世界政府が運営する世界最大の監獄、インペルダウン。
雑草のように際限なくはえてくる世界中の悪党の中でも、賞金首という特別凶悪な悪党だけを専門的に幽閉して善良な民衆の安寧を守るその施設では、最近になって職員たちの間でとある噂が流れていた。
「おい聞いたか? もうすぐ俺ら、このクソみてぇな職場からおさらばできるみたいだぞ!」
そう言い出したのは看守室で休憩中のしたっぱ看守だ。
犯罪者たちへの刑罰の一環として過酷な環境が意図的に作られているインペルダウンは住み込みで働く職員たちにとっても辛い職場であった。
「もう人事異動の時期だっけか?」
「いや、インペルダウン全体が閉鎖されるのさ」
「はぁ? バカ言うな。囚人どもはどうすんだ?」
たとえば現在収容中の全囚人に死刑を執行すれば一時的に監獄は不要となるだろう。
実際、犯罪者に生きる価値などないのだから、わざわざ監獄で費用をかけてまで延命させるのは愚かであり、生け捕りなどせずに全員殺してしまうべきだ、と主張する政府関係者も多くいる。
それが認められていないのは、死による安らぎなど犯罪者たちへの罰として生ぬるい、世間への見せしめも兼ねてできるだけ長く生き地獄を与えよ、というのが政府上層部の方針だからだ。
「それがな、近いうちに大将白鼠が引き取りに来るって話だ」
悪党を捕らえて使役するボルボルの実の能力者、大将白鼠ことマシロの活躍の話は外部との交流が乏しいインペルダウンにも届いていた。
つい先日も看守たちは『大将白鼠と黄猿の合同作戦により悪逆非道の海賊国家アマゾン・リリー滅亡!』という見出しの新聞記事を見たばかりだ。
「あの小さいのにいかれてる大将か」
「そうそう、九蛇海賊団の若い女たちに奉仕刑なんてものを科して島巡りをさせてるあの人だ」
アマゾン・リリーで捕獲された女たちの大半が天竜人の所有物となった一方で、グロリオーサが子供たちの護衛に任命して一緒に逃がそうとした見習いとでも言うべき戦士になりたての若者たちはマシロに直接捕まり、マシロのものになった。
戦力としては弱い見習い戦士たちの使い道に悩んだマシロはコーラルから提案された革命軍の本拠地特定作戦における連れ去られ役として使うことを思い付いた。
たとえ罠を疑ったとしても革命軍が思わず助けたくなるようにするにはどうしたらいいか。
それをマシロから聞かれたチェスマーリモが発案した画期的な刑罰こそが奉仕刑であった。
「ここで働いてると厳重に拘束されててもお構いなしに暴れる囚人なんていくらでも見かけるからな。話に聞いた時は安全管理大丈夫かって思ったけど……大将白鼠の能力は誰でも言いなりにできるんだもんな」
「つーわけで、毎日きったねぇ糞を出すだけの穀潰しのクズどもは白鼠様の奴隷に就職。俺たちもこの臭いゴミ箱から解き放たれてお天道様の下で働ける職場に再配置さ。まったく新大将様様だな!」
噂話の信憑性が高いと感じた看守たちは沸き立った。
「この職場から解放されたら、俺、次は腐った血の臭いがしない職場で働きたいな!」
インペルダウンでは拷問や囚人同士の殺し合いによって毎日大量の血が流され、建物全体に染み付いたそれが腐敗して異臭を発している。
職員だけが入れる区画は念入りに換気することで多少ましになっているが、囚人たちを檻に入れたり移動させたりする際には臭い区画で長時間活動しなければならず、それが非常に辛いのだ。
「いきなり襲ってくる頭のおかしい奴が身近にいないってのも大事だよな!」
囚人たちの拘束は完全に身動きができなくなるほどではないため、時には暴れる囚人に体当たりを受けて怪我をする職員もいた。
しかも倒れた場所が普通の床ならば良いが、もしも囚人拷問用の棘だらけの床で倒れでもしたら大怪我では済まないのだ。
「新しい上司は毒を吐かない人だといいなぁ」
毒を吐くというのは比喩ではない。
インペルダウンのマゼラン署長はドクドクの実を食べた毒の能力者で、息を吐くと本物の毒ガスになるのだ。
そんなマゼランと閉鎖空間で一緒に暮らすとなればどうしてもマゼランが吐き出した息を吸い込まずにはいられないわけで、長く働いている職員たちは漏れなく慢性的な下痢症状に苦しめられていた。
唯一の救いはマゼラン自身も慢性的な下痢で頻繁にトイレにこもるため、業務時間内でも自由にトイレに行ける風潮が定着していることだけだ。
「まっ、どんな場所でもここより下の職場はねぇけどな!」
「まったくだ! ははは!」
明るい未来を語って笑い合う看守たち。
そんな彼らの思い描いた未来が実現することはなかった。
「あるよぉ……」
「えっ?」
軋む音を立てながらゆっくりと開かれた看守室の扉。
「ここより下、あるよぉ!」
そこからなだれ込んできたのは、大量の囚人服を着た男たちだった。
「囚人!? 脱獄か!?」
「そーだよ! 脱獄だよぉ!」
「ぎゃははははは! 見りゃ分かんだろ!」
囚人たちはひとつの房が破られたという程度の数ではなく、収容している全員が逃げ出したのかと思えるほどだった。
そしてそれは正しかった。
「こちらレベルワン紅蓮地獄! 制圧完了しやした!」
休憩中の看守たちを拘束した囚人たちのひとりが電伝虫で遠くにいる誰かに報告した。
「ぎゃははは! よくやった野郎どもぉ!」
電伝虫は通信相手の顔を模倣する特性を持っており、今回は鼻が真っ赤な球体に変化してまるでピエロのような顔になった。
「他のフロアはもうしばらくかかる! お前らは捕まえた看守どもに地獄のお返しでもして待ってろ!」
「へい!」
「楽しめよぉ!」
「……だってよ! 聞いたかお前ら!」
「おう! やっちまおうぜ!」
「ぐあっ、貴様ら何をするつもりだ!?」
通信を終えた囚人たちは拘束した看守たちを引きずって移動を始めた。
「お前らがいつも俺たちにやってきたことだよぉ!」
彼らが向かった先はインペルダウンの最も浅い階層である紅蓮地獄の拷問場。
そこは剣や針のように鋭利な葉を持つ植物が繁茂し、大量の毒蜘蛛が生息する血に染まった地獄の森だ。
「ぎゃあああああ!」
「痛い! 痛いいいいい!」
「やめろ! 噛むなぁ!」
地獄の森には先に捕まった多くの職員たちがいて、職員用の防護服を奪い取った囚人たちに三又槍で背中を突かれながら逃げ惑っていた。
「ぶひゃひゃひゃひゃ! 情けねぇなぁ!」
「俺たちゃ毎日ここで散歩させられてたんだぜ! それをてめぇらときたら一時間も我慢できねぇのかよ!」
自分たちを苦しめていた者たちが苦しんでいる姿を囚人たちが笑った。
「じゃ、お前らもお仲間たちと一緒に苦しもうや」
「ひぃ!? や、やめろ!」
「ブルゴリ! いないのかブルゴリ! 助けてくれ!」
拷問を受ける寸前の看守たちが抵抗し、助けを求めて叫んだ。
ブルゴリとはブルーゴリラの略称で、知能も戦闘力も高いその生物をインペルダウンでは有事の際の囚人制圧要員として飼い慣らしていた。
「ブルゴリぃ? そんなものとっくに皆殺しにしてやったぜ」
「嘘をつけ! 貴様らレベルワンの囚人ごときがブルゴリを倒せるものか!」
下の階層ほど強く凶悪な囚人を収容する仕組みのインペルダウンにおいてレベルワンは最弱の階層だ。
ブルゴリを倒せるような実力のある囚人はもっと下の階層に送られるため、レベルワンの囚人がブルゴリを倒すどころか全滅させるなど信じられるはずもない。
「びょほほほほほ! 戦って勝てねぇなら戦わなきゃいいんだよーん!」
「敵わねぇ敵を殺す方法なんざいくらでもあるぜ〜。たとえば、これとかな!」
囚人たちが指の間に挟んで見せびらかしたものはビー玉ほどの大きさの球体だった。
「まさか、毒か!?」
「ざ〜んね〜ん、ふせ〜か〜い!」
「てめぇらの親玉と一緒にすんじゃねぇよ!」
「不正解の罰としてお前の身体で試してみな!」
「やめ、がっ!」
囚人が看守のひとりに力ずくで謎の球体を飲み込ませた。
「おっと、しまった。足枷がはずれちまったな!」
それから不思議なことに謎の球体を飲み込んだ看守は足枷をはずされ、走って逃げられる状態になった。
「うわあああああ!」
囚人の意図は理解できなくても、拷問場から逃げられるのならばと看守はすぐに走り出した。
「あんだけ離れてりゃ大丈夫かな?」
「念のためもちっと離れとこうぜ」
囚人たちが逃げる看守と反対の方向に移動し、両者の間隔が十分に開いたその時、謎の球体を飲み込ませられた看守はだいばくはつを起こした。
「ひぃぃいいい!」
肉片となって飛び散る同僚の悲惨な最期にまだ生きている看守たちが悲鳴をあげた。
「ひゃははははは! つーわけで正解は爆弾でした!」
「このサイズであの威力! 丸飲みさせて身体の内側から吹っ飛ばしてやりゃあ、ブルゴリだろうと一撃必殺よ!」
「マギー玉万歳! 俺たちの救世主、『正統王家』のクイーン・マギー様万歳!」
囚人たちはマギーという名を口々に称えていた。
看守たちの誰ひとりとして聞き覚えがないその名の持ち主こそ、脅威の高性能小型爆弾マギー玉の開発者であり、今回の大規模脱獄の首謀者。
世界政府を作った最初の二十人でありながら天竜人とならなかった大昔のアラバスタ女王ネフェルタリ・リリィの血と意志を継ぎ、腐敗した政府から世界を取り戻す使命を背負いし者。
目立つ赤い鼻が特徴的で、それを除けば現アラバスタ王国王女ビビによく似た容姿のその女は……ネフェルタリ・D・マギーを名乗っていた。
◯
インペルダウンの脱獄者は歴史上ひとり、『金獅子』のシキだけ。
公式にはそうなっているのだが、実はシキの前にもうひとり、モーリーというオカマの巨人が誰にも知られることなく脱獄を果たしていた。
オシオシの実の能力者であるモーリーはあらゆるものを押し退ける力を持っていて、そのおかげで地道にスプーンで牢屋の壁を削るといったことをせずに巨大な抜け穴を作り出せたのだ。
それから長い時が過ぎてもモーリー脱獄のために作られた秘密の広大な空洞はインペルダウン内に埋められることなく残されていた。
そこに偶然行き着いた囚人こそが、バーソロミュー・くまと肩を並べた革命軍の幹部、エンポリオ・イワンコフという名のオカマだった。
「ここは地獄に咲き誇る秘密の花園! イッツ・ア・ニュ〜〜〜カマ〜〜〜ラ〜〜〜〜〜ンド! ヒ〜〜〜〜〜ハ〜〜〜〜〜!」
インペルダウンの物資を盗み出して何もなかった空洞に居住環境を整えたイワンコフは、同じく迷い込んできた囚人たちを自分と同じオカマに変えて住まわせ、戦力を増強しながら脱獄の機会を待っていた。
「顔も声もうるせぇ! なんだこの派手バカマ野郎どもは!」
そこに少し前……具体的には白ひげ海賊団と海軍の戦争が始まる数日前に迷い込んできた囚人がいた。
青い髪と正反対の真っ赤な丸い鼻が特徴的なその男の名は『道化』のバギー。
懸賞金1500万ベリーの小物海賊だ。
「ン〜フフフ……バカでもカマでもナッシブル! ヴァターシたちは男も女も超越した新人類、ニューカマー!」
初対面でイワンコフに暴言を吐いたバギーは大きすぎる代償を支払うことになった。
「ヴァナタもなってみなっシブル! エンポリオ・女ホルモン!」
イワンコフはホルホルの実の能力者で、爪の先から分泌するホルモンを注射して生物を内側から改造できる。
その能力による恐怖のなかまづくりの餌食となったバギーは性転換して女に……ニューカマーにされてしまった。
「ぎゃあああああ! 何しやがんだてめぇ! 俺様のバギー玉を返しやがれ!」
「ん〜〜〜、そんなに頼まれたら返してあげ……あげ……あげなーい!」
「あげないのかよ!」
「こりゃ一本取られたよ!」
煽ってきたイワンコフに他のニューカマーたちまでもが耳障りな合いの手を入れてきたものだから、バギーはその場にいる全員を殺してやろうと衝動的に攻撃した。
「ふざけやがってぇ! くらえ特製マギー玉ぁ!」
バギーは弱いが、独自開発したマギー玉の威力だけは大したものだった。
撒き散らしたマギー玉が正しく狙い通りに命中していれば、ニューカマーたちの被害は甚大だっただろう。
「デス・ウィンク!」
それを防いだのはイワンコフのただのまばたきが起こした衝撃波で、はね返されたマギー玉は全弾バギーの近くで爆発した。
「ぎぃいいいいやぁぁあああ!」
バギーは弱いが、生命力だけは妙に高かった。
「ヒ〜〜〜ハ〜〜〜! 元『道化』のバギーだったニューカマー! ヴァターシと取引しない? あの爆弾の製法と、ヴァナタの欲しいもの、交換だっチャブル!」
爆発で瀕死にはなっても死にはしなかったバギーをイワンコフは治療して、やがて意識を取り戻したところで取引を持ちかけた。
バギー特製マギー玉を量産すれば革命軍の大きな力となる。
そう考えたイワンコフはバギーからマギー玉の製法を教わり、その代金としてバギー玉を返却した。
「ぎゃははは! 戻ってきたな俺様のバギー玉ぁ! って、なんじゃこりゃあああああ!」
バギー玉は確かに返却された。
しかしバギーの外見は女体化状態から変わらなかった。
「玉を返せと言われたから返してやっチャブルけど、男に戻りたいとは言われなかっタブル!」
イワンコフの奇跡の人体改造によってバギーはなんと女性でありながら男性の特徴を併せ持つ両性具有に変えられてしまったのであった。
「ふざけんなてめぇ! 状態異常が悪化してんじゃねえかぁ!」
「ここに来る前の姿に戻りたいのなら、もうひとつだけやってもらいたいことがあっチャブル」
いつでも脱獄できたにもかかわらず、囚人をニューカマー化させて革命軍の戦力として取り込むためにインペルダウンに潜伏し続けていたイワンコフは、新しく海軍に加わった大将白鼠が囚人を引き取りに来ると知って、その前に有力な囚人を全て回収して脱獄することにした。
しかしイワンコフが集団脱獄事件の首謀者として多数の凶悪な囚人たちを解放したことが世間に知れ渡ったとすれば、民衆の味方として名声を高めている革命軍の足を引っ張りかねない。
そこでイワンコフはバギーを身代わりとして矢面に立たせることを企てたのだ。
「上等だ! やってやっから、てめぇ今度こそ俺を元の姿に戻せよな!」
バギーの快諾が得られたことで大脱獄計画が始動した。
「ね、ネフェルタリ・ビビ!? なぜアラバスタの王女がこんな場所にいるのカネ!?」
脱獄準備が始まって間もなく、作戦の鍵としてひと足先に回収してきたドルドルの実の能力者、変幻自在の蝋で囚人たちの拘束具の合鍵を作れるギャルディーノという囚人は、バギーを見るなりそんなことを言い出した。
ビビ王女の容姿を知らなかったイワンコフはそこで初めて女になったバギーがビビ王女に似ていると知った。
「ヴァナタ、これからはネフェルタリ・D・マギーを名乗りなさい」
一方でネフェルタリ家が天竜人と同じように世界政府を作った最初の二十人の血を引いていることや、聖地マリージョアの天竜人たちがDの名を持つ存在を恐れていることをイワンコフは知っていた。
そこで世界政府の注目をバギーに集約させるべく、イワンコフはそんな偽名を名乗ることを要求した。
脱獄後に大事件の首謀者として自分の本名が広まり、政府に目をつけられて強い海兵を差し向けられることを警戒したバギーはそれを了承した。
どうせ元の身体に戻れば容姿が大きく異なるマギーとバギーが同一人物であると見抜ける者などいないのだから、どんな名前を名乗ろうと構わないだろうと楽観視したのだ。
「体内からの爆破はどんな強者にも有効だガネ。マゼランは毒を好んで食す味覚異常者……食事にマギー玉を混ぜてやれば、巨人でもない人間など即死だガネ!」
こうしてバギー改めマギーが主導したことになる脱獄計画は着実に進み、最大の障害だったマゼラン署長の排除もギャルディーノのおかげで見通しが立った。
「ぐおおおおお……今日は一段と強烈な……さっき食べた毒団子スープのせぼがあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?」
下痢のため一日の大半を便所の個室で過ごすマゼランはマギー玉入りスープを食べた後で普段通り便座に座り、そこで爆発した。
「うおっ!? なんだ、爆発!?」
「署長室のトイレの方か!?」
「……なら署長のおならに引火しただけだな。たまにあることだ」
マゼランの体内で起きた爆発が周囲を吹き飛ばすということはなく、外部に漏れた異常は爆音のみだった。
マゼランがドクドクの実の能力で作り出す毒の中には可燃性のものがあり、以前にも囚人たちを灼熱の拷問で苦しめるために高温になっているエリアで屁をこいて自爆した前例があったため、看守たちはマゼランの窮地に気付けなかった。
それからも水面下でインペルダウンは戦力を削られていった。
ブルゴリのような飼い慣らされた猛獣戦力は餌にマギー玉を混ぜられて爆死。
覚醒に失敗してマシロのオオタチと同じ状態になった獄卒獣と呼ばれる四人のゾオン系能力者たちも餌にマギー玉を混ぜられて瀕死になり、囚人拷問用の煮えたぎる血の池に沈められて溺死。
「ぎゃははは! さぁ野郎ども! 自由に向かってキックオフだ!」
そして最後にマギー玉の食事混入に気付いてしまう普通の人間たちだけが残された段階になって、事前にギャルディーノが作った鍵を配っておいた囚人たちにマギーが脱獄開始を命じた。
「うおおおおお! 解放の女神クイーン・マギーに看守どもの血を捧げろおおおおお!」
「こんな時に獄卒獣はどこに行ったの!?」
「ブルゴリ!? なぜ来ねぇ!?」
「あのクソ漏らし署長はどこに……ぎゃあああああ!」
残っていたインペルダウン職員たちの中にはほどほどに強い者も含まれていたが、全ての囚人たちが計画的に、一斉に解放されたとなれば、数の暴力の前に抗う余地はなかった。
「クイーン・マギー! 獄卒長サディを仕留めました!」
「クイーン・マギー! 牢番長サルデス、始末完了でさぁ!」
「クイーン・マギー! 副署長ハンニャバルの首をとったと報告が! こっちも結構やられたみたいっすけど……」
「ぎゃははは! でかした野郎どもぉ! 散った勇士たちの遺体は回収してやれ! せめて監獄の外で弔ってやろうじゃねぇか!」
「はっ! 敵の死体はどうします?」
「好きにしろ!」
「へい! 好きにしやす!」
戦闘に参加せず、ニューカマーランドに隠れて指示を出していただけのマギーは、ひと仕事終えたと言わんばかりの晴れやかな顔で額の汗をぬぐった。
「さーて、そろそろ元の身体に戻るとするか!」
革命軍に加えても問題ない最低限の良識を備えた囚人だけを連れ出してイワンコフは既にインペルダウンから脱出しており、その去り際にマギーは男に戻るホルモンが入った注射器を渡されていた。
しかし囚人たちに命令するためにはマギーの姿と声でいなければならず、男に戻りたいのは山々だが、インペルダウン全体の制圧が完了するまでは待つことにしていたのだ。
「……待つんだガネ、マギー」
「なんでいギャルディーノ」
注射を打とうとするマギーをイワンコフに連れて行かれずに残されたギャルディーノが止めた。
「脱獄した後は適当な島まで航海するわけだが、その道中で海軍と遭遇しない保証はないガネ。それまでは囚人どもを動かせるよう、戻らないでおくべきだガネ」
「なるほど、確かに」
マギーからバギーに戻ることはいつでもできるが、その逆は不可能だ。
ギャルディーノの懸念に同意したマギーはマギーのまま大勢の囚人たちを引き連れてインペルダウンの出口に向かった。
「それ、やったのお前ら?」
そこでマギーは海賊の天敵に出会ってしまった。
上空に浮遊する小型船からインペルダウンを見下ろして、激しい損壊の末に監獄の外壁上に晒された職員たちの骸を見て怒りに震える大将白鼠は、右手側に『金獅子』のシキを、左手側に『白ひげ』エドワード・ニューゲートを侍らせていた。
「人を人とも思わないお前らみたいな海賊を、俺は絶対に許さない!」
悪魔の実の能力によって他者を従える大将白鼠と、生まれ持ったカリスマ性によって他者を従えるマギー。
従えている者たちよりもはるかに弱いことも、性別を偽っていることまでもが共通した、二人の海賊トレーナーの戦いが今、始まる!