海賊マスターに俺はなる!   作:ことのはだいり

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第28話 VS ミス・ウェンズデー

「やめて! ゼファー先生をもう苦しめないで!」

 

「よせアイン! モサモサモサモサ!」

 

 これから燃やされる棺桶に縋りつこうとするアインを彼女の同期としてゼファーの教えを受けた海軍特別幼年学校女子クラス担任のビンズがモサモサの実の能力で生やしたツルのムチを巻き付けて抑え込んだ。

 

「今さら喚いてんじゃねぇぞアイン! カゲカゲの実みてぇな能力がこの世に存在する以上、こうせざるを得ねぇんだ! 黙って見守りやがれこのバカ女が!」

 

 アインやビンズよりも前にゼファーの教えを受け、アインやビンズと同等かそれ以上にゼファーを尊敬している海軍特別幼年学校男子クラス担任のシューゾがアインに怒鳴った。

 

「どうして……こんなことになっちまったんだろうな」

 

 マリンフォードに居合わせた全ての海軍関係者が参列したゼファーの告別式。

 その一角に集まった能力者クラスの四人の子供たちはそれぞれ違った理由で暗い顔をしていた。

 

「少なくともあんたのせいじゃないわよ……」

 

 コーラの呟きにタッカが反応した。

 ゼファーは誘拐されそうになったコーラを助けるために重傷を負った身体で治療を受けずにウィーブルと戦った。

 その足止めのおかげで大将白鼠が間に合い、ウィーブルは倒されコーラは救出されたが、残念ながらゼファーは力尽きて命を落とした。

 そのような認識であったためタッカはコーラの言葉がゼファーの死の原因になってしまったことに責任を感じてのものだと解釈していた。

 

「私もあんたも、みんな力が足りてなかった」

 

「そうだよ……あたしなんて戦えもしなかったし……」

 

 タッカだけでなくアピスもコーラを慰めようと加わったが、コーラは何も言わなかった。

 

「しばらくそっとしときましょうか」

 

「でも今のコーラちゃんをひとりにするのは……」

 

「ならコーラは私が見守っておくよ」

 

 タッカとアピスが離れてコーラと二人きりになったミルクが俯くコーラに寄り添うように肩を寄せた。

 

「レッドキング中将のせいだよ」

 

 それから先程のコーラの言葉の正しい解釈に基づいた答えを小さな声で口にした。

 

「……だよな!」

 

 別に落ち込んでなどいなかったコーラが勢い良く顔を上げてミルクに向き合った。

 ウィーブルとゼファーを大将白鼠ことマシロが捕獲した直後、息を切らせて追いかけてきたアインはマシロに状況を尋ねた。

 海賊はどうなったのか。

 そしてゼファー先生は無事なのか。

 

「海賊は二人捕獲しました」

 

 二人の海賊と言われてアインはウィーブルとバッキンを思い浮かべた。

 

「ゼファー先生という人を俺は知らないんですけど、どんな人ですか?」

 

 アインはゼファーの外見を知らないマシロが理解できるように、ゼファーの一番の特徴である右腕の大きな義手のことを教えた。

 

「その人なら港で見かけたはずです」

 

 マシロは右腕の特徴が偶然にもゼファーとかぶってしまったレッドキング中将のことを思い浮かべた。

 それから単独で港に向かったアインはもちろんゼファーを発見できず、代わりに切り落とされたゼファーの義手を見つけて絹を裂くような悲鳴をあげた。

 その後、アインは他の動ける海兵を総動員してゼファーを捜索したが生死不明のまま翌日になり、時間経過で回復したゼファーから話を聞いたマシロが人違いに気付いた時にはマリンフォード中がゼファーの死を悼む空気になっていた。

 

「せめてあの時、ゼファーさんの義手以外の特徴を教えてもらってれば……髪があるかとか……」

 

「それもあっけどよ、今燃やされてるあの爺さんもわりぃだろ。やっぱ生きてたって言やぁ済んでたじゃん」

 

 死体のふりをして棺桶に入り、火葬の段階で棺桶に持ち込んだボールに入ってダメージをやり過ごしている存命のゼファーにコーラが文句を言った。

 マリンフォードの状況を知ったゼファーはマシロに自分の生存を明かさないように頼んだ。

 その理由はアインを筆頭としたゼファーに精神的に依存している教え子たちを独り立ちさせるためであった。

 海賊と間違えてゼファーをウィーブルごと範囲攻撃に巻き込み、さらには捕獲までしてしまったマシロはゼファーに大きな負い目があったため、その頼みを断れなかったのだ。

 

「ほんとだよ、もう。見聞色の覇気なんてものがあるから死んだふりに気付かれないようにするのもひと苦労だったし……」

 

 マシロが発見したことになったゼファーの死体の管理は大将権限でマシロ単独で行うことにして、葬儀までは誰も接触しないようにできた。

 しかし葬儀中はさすがに人前に出さなければならなかったので、イヌイヌの実モデル『九尾の狐』の能力で他人に変身できるインペルダウン産の大海賊、史上最悪の女囚と悪名高いカタリーナ・デボンを大将白鼠の姿で棺桶に警備役として張り付かせ、ゼファーの気配が白鼠から放たれるものだと誤魔化したのだ。

 

「それに……これが私のやらかしの罰って言われたらそれまでだけど……気まずかったね。みんな、すっごく泣いてるんだもん」

 

「な。特にセンコー」

 

 床にへたり込み、壊れた電伝虫のように「ゼファー先生……」と繰り返しているアインをコーラとミルクが困った顔で眺めた。

 

「あれ独り立ちできるか? 立ち直れずに再起不能になんじゃねぇの?」

 

「……今夜にでもゼファーさんが夢に出たふりをして激励してくるってさ」

 

 伝説の教官は生徒のメンタルケアを疎かにしないのだ。

 

「でも……その必要はなさそうな気もするけどね」

 

 アインに左右から寄り添って支えようとしているタッカとアピスを目撃したミルクは、なんとなくゼファーの助けがなくてもアインは立ち直れそうだと感じたのであった。

 存命のゼファーの葬儀の後、寮の部屋に戻ったミルクとコーラは色々と脱ぎ去ってマシロとコーラルに戻り、ベッドに並んで横になっておしゃべりを始めた。

 

「で? マシロはどこに何しに行ってたんだよ?」

 

 珍しくコーラルの関心はマシロの身体ではなく離れ離れになっていた期間の任務内容に向けられていた。

 

「コーラルにさみしい思いさせただけの収穫はあったんだろうな〜?」

 

「んっ……」

 

 布団の下でお腹をつつかれたマシロがくすぐったさに声を漏らした。

 

「それが……任務はうまくいかなかったんだ。連れ帰るはずだった相手が殺されちゃって」

 

「ちっ……マシロからコーラルを引き離したくせに、勝手に死にやがったのかよ」

 

 マシロに無駄足を踏ませた見ず知らずの誰かにコーラルは苛立った。

 

「そのむかつく野郎はどこの海賊だ?」

 

 マシロが捕まえるのであれば当然海賊なのだろうとコーラルは考えた。

 

「海賊じゃないし、野郎でもないよ」

 

 しかし今回のマシロの標的は意外なことに海賊ではなかった。

 

「コーラルは覚えてる? 俺がマリージョアに連れ帰るよう言われてたのは……アラバスタのビビ王女だったんだ」

 

          ◯

 

 時は少し遡り、インペルダウンが完全崩壊した翌日のこと。

 チュウからマシロに、マシロから海軍に伝わったネフェルタリ・D・マギー率いるデービー・バック・フリートの情報は五老星と世界の王の耳にも届けられた。

 

「ネフェルタリがD……だと?」

 

 世界の王ネロナ・イム聖はその話を聞いて愕然とした。

 

「ありえない……あってはならない」

 

 世界政府の原型を作った二十の家のひとつであるネフェルタリ家がDを名乗るのはありえないことだ。

 なぜならDの名を持つ一族は二十の家と敵対していたのだから。

 

「リリィがムーを裏切るなど……だがポーネグリフが世界にばら撒かれるきっかけとなったあのミスがミスでなかったとすれば……それにデービー……偶然で片付けるには重なり過ぎている……」

 

 虚の玉座に座して独り言を呟きながら思考を整理するイム聖の眼下では五老星が平伏し、何も言わずにイム聖の神勅を待っていた。

 

「マシロをアラバスタに派遣してリリィが何か遺していないか調査させろ」

 

「直ちに手配します」

 

 下った命令にサターン聖が頷いた。

 

「それとネフェルタリ・ビビを聖地に連れて来させろ」

 

「それは……マシロの能力で捕獲させて、ですか?」

 

「ビビはイム様の奴隷になさるので?」

 

 ピーター聖とナス寿郎聖がイム聖に尋ねた。

 イム聖が望むのであれば粛々と遂行するのみだが、仮にも世界政府加盟国の王女を海賊のように捕獲させるのはさすがに世間体が悪いので、できれば考え直して欲しいというのが五老星たちの本音であった。

 

「奴隷にはしない。ビビの代以降はネフェルタリ家を本来あるべき地位に戻す。素直に聖地に来るのであれば良し。拒否するようならマシロに捕獲させろ」

 

 イム聖の裁定に五老星たちは感嘆した。

 

「ネフェルタリ家が天竜人として帰順したとなれば不遜にも正統王家を名乗るマギーの主張も崩せるな」

 

「マギーの一派を崩せば、残る厄介な敵はカイドウとビッグ・マム……それと革命軍か」

 

「今となってはその程度ならば問題ないな」

 

「ああ。マシロがいれば戦力の心配はない。不死の兵を際限なく増やせるのだから。一方的な消耗戦を強いれば誰が相手だろうといずれは削り切れる……ん? どうしたピーター?」

 

 マーズ聖、ウォーキュリー聖、サターン聖、ナス寿郎聖が自陣営の勝利を確信する一方、五老星の中でも若く見えるピーター聖だけは険しい顔をしていた。

 

「いや……不死の兵と聞いてハラルドのことを思い出してな」

 

 ハラルドは巨人の国エルバフの昔の王で、その戦闘力は大将と同等かそれ以上だった。

 略奪国家だったエルバフの世界政府加盟を条件にイム聖の配下となったハラルドは、イム聖の能力によってほぼ不死身の存在に変貌し、その怪物としか形容できない圧倒的な武力で大海賊時代を終わらせる英雄となるはずだった。

 しかしハラルドは力を与えられたその日のうちに正体不明の何者かの手で殺害されてしまい、イム聖と五老星は期待した分だけ酷く落胆させられたのだ。

 

「……確かに、我々の想定は全てマシロの存在が前提だ」

 

「白ひげに金獅子……攻撃面は大将以上だが、マシロ自身の自衛能力は期待できたものではない」

 

「センゴクもそれを懸念してマリンフォードから出さないようにしているらしい」

 

「さすがは智将、賢明だ。イム様、マシロを遠征させるのは危険です。代わりにシャムロックを行かせては?」

 

 五老星を代表してナス寿郎聖がイム聖に進言した。

 

「ダメだ。今のままでは危険だからこそ早々にマシロに実績を積ませて契約を深海に進めたい」

 

 イム聖は他人と契約を結ぶことでその者に様々な力を与え、それと引き換えにイム聖への服従を強制する。

 現在マシロは恩恵も強制力も少ない浅海契約を結んでいる状態で、条件を満たして次の段階の深海契約に進めばハラルドと同じ限りなく不死に近い身体を手に入れられる。

 そうなった場合の無敵性は武装色の覇気で対処できるロギア系能力者よりもはるかに上だ。

 

「確かに……加盟国のアラバスタであれば危険も少ないでしょうし、ここで実績を積ませておくべきですな」

 

「他の大将は新世界から動かせませんが、集められる限りの戦力を同行させましょう」

 

 イム聖にマシロの派遣を覆すつもりがないとわかり、マシロの深海契約到達を早めるべきというのも一理あるため、五老星は少々の危険を冒す覚悟を決めた。

 

「それに伴いマリンフォードが手薄となり、ひいてはこの聖地まで敵が入り込む懸念が生じますが……」

 

 五老星の五人が大海賊にも劣らない覇気を放ち始めた。

 

「長い戦いの終わりが見えた今」

 

「もはや戦えぬ権力者として振る舞う必要などありますまい」

 

「我ら五人の武神が」

 

「この地にいかなる虫が入り込もうと」

 

「速やかな駆除を約束いたします」

 

「ああ。だがあまり気負う必要はない」

 

 頼もしい配下たちに頷き、イム聖も覇気を滲ませながら玉座から立ち上がった。

 

「何が来ようとも結局は……ムーが一番強いのだから!」

 

          ◯

 

 天竜人を取り巻く世界の秘密になぜか異様に詳しい元七武海のティーチを味方につけたネフェルタリ・D・マギーはイワンコフの想定を超えて的確に政府に不都合な発言と行動をとり、世界政府はその存在を可能な限り包み隠す方針となった。

 

「イワ様大変よ〜う! 世経があちしたちの脱獄の主犯がイワ様だって記事を出してるのよ〜う!」

 

「どういうこっチャブル!?」

 

「じょ〜だんじゃないわよ〜う!」

 

「やってくれチャブルねモルガンズ! よくもこんなでたらめ……でたらめ……でたらめじゃなーい!」

 

「でたらめじゃねぇのかよ!」

 

「こりゃ一本とられたよ!」

 

 政府はあらゆる情報媒体を検閲しているため、インペルダウン陥落事件の主犯がマギーであることは世間に広まっておらず、代わりに罪を押し付けられたのは偶然にも真の主犯であるエンポリオ・イワンコフだ。

 政府はイワンコフが事件の主犯であることはおろか生存していることすら把握していなかったが、少なくともインペルダウンに投獄されていたことは確実だったので、海賊を大量に脱獄させた汚名を着せて民衆の味方を主張する革命軍の評判を落とそうと画策したのである。

 現在、マギー率いるデービー・バック・フリートは世界政府加盟国のみを標的とした略奪行為で得た金や物資を貧しい非加盟国にばら撒く義賊活動に専念していて、新聞などには決して載らないその活躍は水面下で人の口伝えにより広まりつつある。

 

「ネフェルタリ・D……か。おそらく、このマギーという者は本当にリリィ女王の子孫だ」

 

 そのためアラバスタ王国は政府から伝書バットというコウモリによって届けられた書簡で初めてマギーの名と思想を知った。

 そしてコブラ王はマギーが自分たちにはないDの名を持っているにもかかわらず間違いなくネフェルタリの一族に連なるものだと確信した。

 

「でも、うちの家系図にルフィさんと同じDがついてる名前なんてひとつもなかったわ」

 

 頭を抱える父王にアラバスタ王女ビビが言った。

 二人が話をしているのはコブラの私室で、人払いをされているため室内にはコブラとビビしかいない。

 

「……王となった者のみが代々継承してきたリリィ女王が遺した短い手紙がある。それに書かれていた送り主の名は……ネフェルタリ・D・リリィ」

 

 これまで知りもしなかったネフェルタリ家の隠し名を聞いてビビが絶句した。

 

「今となっては私しか知らないはずの名を継承しているとなれば、さすがに偶然や詐称であるはずがない。それにリリィ女王の意志までも継承しているのならば世界政府と敵対する姿勢にも頷ける」

 

「政府と敵対って……リリィ女王のことはよく知らないけど、今の天竜人の先祖とは仲間だったったはずでしょ?」

 

「……そのはず、だったのだがな……」

 

 コブラ王が姿勢を正して娘に向き合った。

 

「政府の要求は二つだ。ひとつはリリィ女王に関する情報提供。これについては件の手紙と地下神殿のポーネグリフを今になって発見されたということにして差し出し、我々は内容を把握していないものとして振る舞う」

 

 まだビビは手紙の詳細な内容を教えられておらず、コブラ王は今後も教えるつもりはないようだ。

 気にならないといえば嘘になるが、コブラの態度から知ることで政府から敵視される危険性があると理解したビビは手紙の存在を忘れることにした。

 

「そしてもうひとつが……もうひとつが……」

 

 言い淀むコブラの様子から政府に相当な無理難題を突きつけられたのだとビビは予想した。

 

「パパ……いえ、お父様。私も王女としてこの国を守るために力を尽くすわ。だから、まずは教えて。いったい政府は何を要求してきたの?」

 

 献身的な愛娘の決意にコブラも覚悟を決めて政府の要求を明かすことにした。

 

「政府は……お前を天竜人として聖地マリージョアに移住させると言ってきた」

 

「えっ……」

 

 ビビは天竜人と直接会ったことはないが、その悪評だけは把握していた。

 天竜人の持つ権力を知る者であれば誰もが二つ返事で受け入れるはずの政府の提案をビビは望まない政略結婚以上の不幸として受け止めた。

 

「嫌そうだな」

 

「そんなことは……」

 

「私も嫌だ」

 

 表情を僅かに歪めたビビにコブラは真剣な顔で言った。

 

「娘があのような腐敗した権力者を体現した存在に取り込まれるなど、まともな親なら耐えられん」

 

 各国の王すら超越する天竜人の肩書きも善良な為政者であるコブラにとっては唾棄すべき汚名に他ならない。

 

「そうなるくらいならばまだコーザ君と結婚を認める方がまし……いや、やっぱりそれも嫌だ」

 

 コーザはビビの幼なじみで、少し前にクロコダイルが扇動したアラバスタの内乱では反乱軍のリーダーとして民衆からコブラ以上に慕われていた傑物だ。

 次期アラバスタ女王がビビになるのは確定だとして、その隣で女王を支える伴侶としては政治的にも当事者の感情的にもコーザ以上の者はいないと現国王であるコブラは考えている。

 その一方で親としてのコブラは娘には誰とも結婚せずに一生独身でいてほしいとも思っているのだ。

 

「話逸れてる」

 

「すまぬ」

 

 ビビにじっとりとした目で咎められたコブラが小さく頭を下げた。

 

「話を戻すが、ふたつめの要求については受け入れない方針で進めようと思っている。これは決して感情だけで考えたわけではないぞ」

 

 感情の比率が大きそうだと思いながら、天竜人となるのはビビにとってもできれば避けたい未来なのでコブラの言い分をおとなしく聞くことにした。

 

「お前がマリージョアに連れ去られればそれは人質も同然。そうなればアラバスタは未来永劫政府の無理難題に逆らえなくなり、さらにはマギーの足を引っ張ることにもなるだろう。民を守るためにも世界政府と表立って敵対はできないが、だからと言ってマギーの邪魔になるようではリリィ女王に申し訳が立たない」

 

 コブラもビビも世界政府が特権を与えた王下七武海に国を滅亡寸前まで追い詰められた経験から世界政府を信用できなくなっていた。

 その結果二人は無自覚に政府を敵視し、自分たちの思考の偏りに気付くことなく話を進めてしまった。

 

「でも普通に断れば敵対宣言として受け取られかねないわ」

 

「ああ。要求を飲まないのではなく、飲めない理由を用意するべきだろう。幸い政府の使者が到着するまでまだ時間はある。じっくり討議しよう」

 

 コブラとビビは政府の要求を穏便に断る言い訳がないか話し合い、やがて結論を出した。

 

「では、先日発見されたリリィ女王の手紙と、リリィ女王が隠したと思われるポーネグリフは確かにお渡ししました」

 

 政府の通達を受けてから数日後、港町ナノハナに到着した二十隻の軍艦のうち大将白鼠が乗った旗艦に乗り込んだコブラ王と護衛の兵士たちは、首都アルバーナからどうにか運んできた古代文字が書かれた巨大な立方形の石であるポーネグリフとリリィ女王の手紙をマシロに引き渡した。

 

「ええ、確かに受け取りました。それで……ビビ王女は?」

 

「おや? ここまで一緒に来たはずですが……」

 

「おーっほっほっほ!」

 

 とぼけた顔でコブラが辺りを見渡すと、どこからともなく悪者ぶった高笑いが聞こえてきた。

 

「誰だ!? どこにいる!?」

 

「ここよ、コブラ王」

 

 謎の声はうろたえるコブラの服の中から聞こえてきた。

 

「電伝虫か!?」

 

 コブラが懐から取り出した電伝虫は一本に結ばれた青い髪を後ろに垂らしていた。

 

「ごきげんようコブラ王。私はバロックワークスのエージェント、その名もミス・ウェンズデー!」

 

「バロックワークスだと!?」

 

 コブラ王が大声で叫んだその組織の名はマシロにも覚えがあった。

 

「出てこいクロコダイル」

 

 バロックワークスは元七武海クロコダイルが率いていた組織で、その活動目的はアラバスタ王国の乗っ取りだった。

 手持ちとなった海賊たちに関する資料をしっかり読み込んでいたマシロはその情報が頭の片隅に残っていたのだ。

 

「クロコダイル……! よもや貴様の面をまた見ることになるとは……!」

 

 かつて自国に大きな災いをもたらしたクロコダイルを見てチャカを含めたアラバスタの者たちが殺気立った。

 

「おい白鼠。なぜ俺を出した」

 

 不特定多数から殺気を向けられて不愉快そうに顔をしかめたクロコダイルは移動中のマシロの発言からアラバスタに来ていることは把握していたが、ボールの中にコブラや電伝虫の声は届かなかったのでなぜ自分が出されたのか理解できずにいた。

 

「バロックワークスはお前の組織だったな。そこにミス・ウェンズデーっていた?」

 

「ウェンズデー? そりゃぁ……」

 

 聡明なクロコダイルは周囲を少し見渡しただけでアラバスタの企てを看破した。

 

「クハハ……あぁ、幹部のひとりだ。おいミス・ウェンズデー!」

 

 クロコダイルがアラバスタに味方する義理はないが、マシロに意趣返しをする理由はあった。

 

「なっ、そ、その声はクロコダイル!? あ、い、いえ社長……」

 

「ビビを人質に取ったんだろう? だがお前の言葉だけじゃ真偽がいまいち伝わらねぇ……声でも聞かせてみせろよ」

 

「え、ええ……んんっ……パパ!? そこにいるの!? ねぇ、お願い助けて……私は今……きゃっ!?」

 

 小さく咳払いをして喉の調子を整えたような音が聞こえた後、同じ電伝虫を使ってビビ王女の声が届けられた。

 

「ビビー! ミス・ウェンズデー! 貴様ビビに何をした!?」

 

 電伝虫に唾を吐きかける勢いで迫りながらコブラ王が怒鳴り散らし、ビビ王女が話している間の電伝虫の外見の変化の有無はコブラに隠れてマシロから見えなかった。

 

「ブククク……場所を伝えようとしたからもう一回口を塞がせてもらったのよ! ついでにちょっとしたお仕置きもね!」

 

「おい……笑ってないでさっさと要求を言え。クロコダイルとの交換が目的ならそうしてやるから」

 

 ミス・ウェンズデーの非道な行いに正義の怒りを抱いたマシロが電伝虫を睨みながら言った。

 

「はぁ!? なんで私がそんな奴助けなきゃなんないのよ!? そもそもそんな奴この国に連れてくんじゃないわよ! 国民感情ってものを考えられないの!?」

 

「クハハ、かわいげのねぇ部下だぜ。だが白鼠が人の心をわかってねぇってのは同意だ。被害者の前で加害者を拘束もなしに連れ回すなんざ、威圧目的でもなけりゃ普通は控えるだろうに」

 

「うっ、うるさいな! 砂の国だから相性いいと思ったんだよ! 戻れ!」

 

 言われて少し反省したマシロは速やかにクロコダイルをボールに戻した。

 

「それで! 要求は!?」

 

「そんなの決まってるじゃない!」

 

 殺気を込めても威圧感のないマシロの子供らしい声にミス・ウェンズデーは臆さず堂々と答えた。

 

「私に屈辱を与えたこの国の破滅よ! 世界政府に差し出すはずのビビを守り切れなかったとなれば大きな失態! 政府と争って滅ぶがいいわアラバスタ!」

 

「なっ、なんだと!? 貴様、ビビを殺すつもりか!?」

 

「待て海賊! やめろ!」

 

 コブラやマシロが何を言っても電伝虫越しに会話しているだけのミス・ウェンズデーを止めることはできない。

 

「さぁ! これでバイバイベイビーよ!」

 

 再び小さな咳払いが聞こえた。

 

「やだっ、パパ、パパっ! 助け……いやああああああああああ!」

 

 ビビの悲鳴を最後に通信は途切れた。

 

「そんな……ビビいいいいいいいいいい!」

 

 娘を喪った父親の慟哭を目の当たりにしたマシロはかける言葉が見つからず、目を伏せて立ちつくすことしかできなかった。

 それからアラバスタ軍および海軍の合同でビビとミス・ウェンズデーを捜索したがどちらも発見できず、公式にビビの死亡が宣言されてアラバスタ王国は悲しみに包まれた。

 

「申し訳ございませんがコブラ様は心身共に衰弱されており、お見送りは私のみで行わせていただきたく……」

 

 コブラの代理としてマシロと話しているのはアラバスタの軍部の最高責任者であるイガラムという巻き髪の男で、もしもコブラがこのまま職務に復帰できない場合は暫定的な国王となる見込みらしい。

 

「構いません……お悔やみ申し上げます」

 

 生粋の天竜人であれば要求に応じられなかったアラバスタの失態を咎めて国家滅亡によって償わせようとしただろうが、マシロがそのような横暴を考えつくはずもなく、滞在時間の限界を迎えた海軍は速やかにマリンフォードへと撤退することになった。

 

「あの……この国はこれからどうなりますか? 何か俺にできることがあれば……」

 

「政府の意に添えなかったこのアラバスタに対する寛大なご配慮、感謝いたします。ですがこれ以上、皆様のお手を煩わせるわけにはいきません」

 

「そうですか。でしたら……」

 

 マシロは手招きしてイガラムに屈んでもらい、背後の海兵たちに聞こえないように耳元に小声でささやき始めた。

 

「せめてチャカさんの所有者だけでも変更させてください。死んでボールに戻ったら俺が来ないと誰も外に出せなくなるので」

 

 チャカのボールをビビは持ち歩いておらず、彼女の私室に残されていたのだとマシロは聞いていた。

 

「それが……チャカはビビ様をお守りできなかったことを悔やみ、もしも自分が死んだらそのままにしてほしいと望んでいるのです。それが自分に与えられた罰だから、と。その気持ちは私にも痛いほどわかるのです。どうか、奴の望みを叶えてやっていただけませんか?」

 

「……わかりました」

 

 こうして海軍の大艦隊を引き連れたマシロはポーネグリフとリリィ女王の手紙だけを持ってアラバスタを去った。

 後に残されたのは愛するビビの死を悼むアラバスタの民と、民に申し訳なさを感じながらも計画が成功して安堵している五人の共犯者であった。

 

「ふぅ、どうにかやり過ごせたか」

 

「あの数の軍艦が見えた時には初めからこの国を滅ぼすつもりで来たのかと疑いましたが……杞憂に終わって良かった」

 

「パパ! イガラム!」

 

 コブラの私室で密談をしているのは心身共に健康なコブラ王とイガラムの二人で、そこに今しがた隠し通路から出てきたビビ、チャカ、ペルの三人が加わった。

 今回のビビの死亡偽装計画にはビビとミス・ウェンズデーが同一人物であることを知る者だけが関与することを許された。

 つまりはコブラとビビ以外ではイガラム、チャカ、ペルのみだった。

 港町までコブラに同行していたビビはそこから飛行能力を有するペルに運ばれて首都アルバーナに引き返し、王族のみが知る緊急避難用の部屋に身を潜めながらミス・ウェンズデーとしてコブラに連絡をかけた。

 ミス・ウェンズデーの捜索が始まってからはチャカもビビの護衛として合流し、海軍がいなくなってようやく外に出られるようになったのだ。

 

「ビビ。窮屈なところで長く過ごさせてすまなかったな。白鼠殿が思いのほか捜索に乗り気で……」

 

「大丈夫よ。このくらいならバロックワークスに潜入してた時に比べたらなんてことないわ」

 

 親子の包容を三人の護衛は温かい目で見守り、この二人が引き裂かれずに済んで良かったと心から思った。

 

「さて、ではこれからの話をしよう。ネフェルタリ・D・マギーが政府に目をつけられている現状、ネフェルタリ家が王家として君臨していてはこのアラバスタも争いに巻き込まれる恐れがある。よって私とビビは隠居し、表に出ることなく……がはっ!?」

 

 コブラが何の前触れもなく血を吐いた。

 

「パパ!?」

 

 前に倒れ込んだコブラをビビが受け止めると、その背後に立っていた仮面の男の姿が見えた。

 

「手銃」

 

 男はコブラ王の背後から心臓に突き立てた手刀を引き抜きながら言った。

 

「貴様ぁぁあえ?」

 

 続けてイガラムの頭が胴体から離れて落ちた。

 

「嵐脚」

 

「いやああああ! パパ! イガラム!」

 

「まったく……おとなしくビビを差し出していれば無駄な血を流すこともなかったというのに」

 

 仮面の男は政府の諜報機関『サイファーポール』の中でも最高位の実力者のみが所属する『イージスゼロ』のエージェントで、名をゲルニカという。

 ここに至るまで姿を見せることはなかったが、実はゲルニカはマシロの護衛兼補助要員としてマシロに気付かれることなくマリンフォードから同行していたのだ。

 

「政府を欺こうとした代償を払ってもらうぞ」

 

 拙い即興劇では素直なマシロは騙せても熟練の諜報員であるゲルニカは騙せなかった。

 ゲルニカの実力は白ひげ海賊団の平均的な強さの隊長までなら問題なく勝てるほどで、口封じが不可能な相手に政府への敵対行動を認識されたアラバスタはその瞬間に亡国となることが確定した。

 

「指……何!?」

 

 それを覆したのはマシロの過去の失敗の産物であるチャカだった。

 

「ペル! ビビ様を連れて逃げろ!」

 

「ああ!」

 

「待って! 私は……」

 

 トリトリの実モデル『隼』の能力で大きな鳥に変身したペルがビビを掴んで飛び去り、後にはチャカとゲルニカだけが残された。

 

「待て……ゔっ」

 

「行かせるものか!」

 

 白い羽衣を纏う青い体色の半犬半人に変貌したチャカに足止めされ、ゲルニカはビビの追跡を後回しにせざるを得なかった。

 

「覚醒したゾオン系能力者……しかも青い犬となれば何らかの幻獣種か。楽園の一国家に過ぎないアラバスタに貴様のような化け物がいるとはな」

 

 筋肉を引き締めて鉄のごとき防御力を得る六式のひとつ『鉄塊』を使って受けたにもかかわらず、チャカの攻撃はゲルニカに血を流させた。

 背を向ければ致命的だと予見したゲルニカはチャカを真っ直ぐ見据えて臨戦態勢をとった。

 

「五老星の命令は絶対だ! この命に代えてもビビはいただいていく!」

 

「させるものか! 我、アラバスタの守護神ジャッカル! 王家の敵を討ち滅ぼす者なり!」

 

 チャカとゲルニカが衝突し、アラバスタの宮殿は崩壊した。

 五老星のもとにゲルニカから連絡があったのはそれからおよそ一時間後だった。

 

「ミス……ウェンズデーが……ビ……ビ……」

 

 ゲルニカはたったそれだけを言い残し、それ以降はどれだけ待っても続報はなかった。

 世界政府はアラバスタ国王コブラと王女ビビの殺害犯としてゲルニカを倒すほどの強者であると思われるミス・ウェンズデーの首に賞金額五億ベリーをかけて手配し、指導者となれる人材を喪失したアラバスタ王国を直轄地として統治することを決定した。

 

「再び立ち上がれ砂砂団! 俺たちの手で憎き海賊を……ビビの仇を仕留めるんだ!」

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 ビビを殺害したミス・ウェンズデーの討滅を悲願とするアラバスタの民は反発せずに政府の支配を受け入れ、多くの資金と兵力を提供して大いに世界政府に貢献することになる。

 愛する者を奪われた民衆の怒りは続く。

 

「海賊は! 根絶やしだああああああああああ!」

 

 もはや愛する者がいなくなった空虚な人生が終わりを迎えるその時まで、永遠に続く。

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