海賊を打ち倒す正義の軍隊、海軍。
その本部に奇妙な報告が入ったのは、上層部の意向を無視して管轄地区を放り出したスモーカー大佐の後任となる者がローグタウンに着任したその日の内のことだった。
「すまない。もう一度言ってくれ」
「だから! ローグタウンの住民が海賊を奴隷として戦わせているんだ!」
電伝虫による通話でローグタウン海軍派出所の新たな責任者から報告を受けた者は、どれだけ丁寧に説明されても自分が聞いた話の内容がさっぱり理解できず、仕方がないのでより上位の階級の者たちが集まる会議に記録した内容をそのまま提出することにした。
「ではこの海賊の懸賞金額は600万ベリーで決定となります。次の議題は……んん?」
いつも進行役を任されているブランニュー少佐が会議を止める姿は珍しく、それほど厄介な案件なのかと参加者たちは身構えた。
「ローグタウンの海軍派出所より、奇妙な報告があったそうです。なんでも町の住民たちがこぞって海賊を奴隷のように扱っており、その海賊たちを戦わせて海軍の手を借りずに海賊を討伐している、と」
歴戦の海兵たちが理解の及ばない話にざわめいた。
「一般人が海賊を従わせているのか? どうやって?」
「そもそも海賊が一般人を奴隷にしているのを聞き間違えたんじゃないか?」
「いえ、報告を受けた担当者は聞き間違えではないか何度も確認したそうです。事情と経緯は理解できませんが、一般人が海賊を使役して海賊を倒しているのは事実と認識して良いでしょう」
別に一般人が海賊を奴隷にしようと、海賊同士で潰し合わせようと、海軍的に不都合な話ではない。
しかしあまりにも不自然なその状況には得体の知れない何者かの作為を感じる。
だから歴戦の海兵たちはこの話を理解できないまま放置せず、ローグタウンの海軍派出所と繰り返し連絡を取り合って情報を集めた後、海軍内で最も豊富な知識と最も高い地位を持つ老兵、センゴク元帥まで話を上げた。
「その事態にはおそらくボルボルの実の能力が関与している」
普通の海兵はもちろん、元帥の地位に次ぐ大将ですら知らないような最高位の機密情報まで把握しているセンゴクは、集まった高位の海兵たちに歴史から抹消された大昔の大事件について語り始めた。
悪魔の実は同じ能力が同時期に二つ以上存在することはないが、能力者が死ねば再び世界のどこかにその能力が宿った実が出現する。
そのため過去に強力な悪魔の実の能力者が大事件を起こしていれば、その能力の情報が誰かの記憶に残されていることはあり得るのだ。
「ボルボルの実の能力者は人間を捕獲して閉じ込めるボールを作り出す。捕獲時の詳しい条件は不明だが、捕獲された人間は不老不死となり、能力者の命令に逆らえなくなるということまでは判明している」
単純な攻撃性だけの能力よりもよほど厄介な能力が関与していたと知った海兵たちが表情を険しくした。
「かつてのボルボルの実の能力者は、この能力で一般人を……特に幼い子供を好んで捕獲した。そして命令に逆らえない子供たちを使って海兵を含む多くの人間を殺害したのだ」
いくらなんでも鍛えられた軍人が子供に殺されはしないだろうと自分の強さに自信がある将校たちは腑に落ちない様子だった。
「想像してみろ。助けを求めて駆け寄ってきた幼い子供が突然爆発するのだ。そして傍目にはどの子供が能力の影響下にあるか見分けがつかない。全てを疑って突き放すか、あるいは手を差し伸べるか……お前たちならどちらを選ぶ?」
将校たちの油断を感じ取ったセンゴクはかつてのボルボルの実の能力者が好んで用いた犯行手法を明かした。
過去の海兵が直面した最悪の二択に今を生きる将校たちは息を呑んだ。
「このように極めて厄介な相手ではあったが、能力の凶悪さに反して能力者本人の強さはお粗末なものだったらしく、発見さえしてしまえば仕留めるのは難しくなかったそうだ」
将校たちが絶句する中、事件の顛末を知るセンゴクだけは動揺することなく話を進められた。
「子供たちを人質にとられないよう、強襲した海兵は捕縛を試みることなくその男を殺害した」
「では、被害に遭った子供たちも解放されたのですね!」
子供たちが救われたと考えて喜ぶ善良な将校に対してセンゴクは首を横に振った。
「いや……能力者の死と同時に、捕獲された者も全員死んだ」
その残酷な結末を聞いた善良な将校が青ざめ、他の将校たちも目を伏せた。
「この事件に関わった多くの海兵たちが心を病み、誰もが事件について語ることを拒んだ。それゆえこの話は後世に伝えられることなく消えていったが、ボルボルの実の危険性を考慮して、海軍では大将以上の階級の者にのみ口伝で伝承される決まりとなっていた」
「そんな実の能力者が、再び……」
「だが、今回捕獲されているのは子供じゃなくて海賊なんだろう?」
過去の能力者が大きな事件を起こしたからと言って、その能力の後継者が同じことをするとは限らない。
「調査の結果、今回のボルボルの実の能力者はマシロという名の十歳の少年らしい。交流が深かったローグタウンの住民によれば、マシロ少年は海軍が機能停止して海賊の被害が多発していたローグタウンの現状を憂い、その能力によって町の民衆に自衛手段を与えてくれたようだ」
「おお……」
マシロの行動に感心した将校たちが色めき立った。
「若い連中がどいつもこいつも死んだ海賊王の妄言に踊らされるこの時世だというのに、立派な少年もいるものなのだな」
「ローグタウンの状況からして捕獲した海賊の使役は能力者本人以外でも可能なのだろう? 海軍で保護して、監獄にいる海賊どもの戦力化を行うべきではないか?」
「それは素晴らしい! 海のクズ同士で潰し合わせられれば、我々の人員不足問題も解決するじゃないか!」
この大海賊時代において海軍は慢性的な人手不足だ。
理論上は無限に戦力を増やせるボルボルの実の能力者の協力があれば、その問題の解決が期待できるばかりか、大海賊時代を終わらせることすらできるかもしれない。
「ただし!」
そんな明るい展望を持って興奮する将校たちを手で制し、額に皺を寄せたセンゴクがひとつの懸念事項を明かす。
「このマシロという少年に、天竜人……コーラル宮が同行している疑いがある」
将校たちから一瞬で表情が抜け落ちた。
天竜人は世界一の権力を有する貴族であり、海軍への命令権すら含まれるその莫大な権力によって善良な人間であれば耳を疑うような悪逆非道な蛮行を合法的に繰り返す、海軍にとって最も扱いが難しい厄介者だ。
「二人がどのような関係にあるのかは不明だが……最悪の可能性として、コーラル宮がボルボルの能力で捕獲された状態にあることが否定できない」
将校たちが一斉に頭を抱えた。
明言はしなかったがセンゴクにはその予想が真実であるという確信があった。
ローグタウンの民衆のために行動したマシロの性格から考えて天竜人の悪行を見逃すとは思えず、何より天竜人であるコーラルがローグタウンで横暴な振る舞いを一切していない時点でボルボルの能力による行動制限でもなければありえないのだ。
「それは……我々はどうすれば……」
本当にコーラルがマシロに捕獲されたのだとしたら、海軍はマシロからコーラルを救出しなければならない立場だ。
しかし心情的にも、ボルボルの能力の性質的にも、それは容易いことではない。
俺が聞きてえよ、と吐き捨てそうになるのを飲み込んでセンゴクは必死に知恵を絞った。
「最優先はコーラル宮の身の安全だ。我々はコーラル宮がボルボルの実の能力影響下にあることを前提に動く。マシロ少年を捜索し、海軍本部まで連行しろ」
センゴクはマシロの捕縛を決定した。
しかしそれはマシロを犯罪者として扱うということではない。
「ただし! マシロ少年に危害は一切加えるな! 末端の兵に至るまで徹底させろ!」
「はっ!」
「それと箝口令だ! 特に世界経済新聞社の口は念入りに封じておけ! 絶対に天竜人誘拐犯などとは書かせるな!」
こうして本人の知らないところで海軍本部に追われる身となったマシロだが、その首に賞金がかけられるということはなく、むしろ世間に対してはその存在を徹底して隠蔽されることになった。
その采配が智将と呼ばれた自分の生涯最高の一手であったとセンゴクが知るのは、これより遠くない未来、マシロが海軍本部を訪れた時のことであった。
◯
グランドラインの左右を挟み込む無風の海域、カームベルト。
そこは海王類の巣となっていて、通常の船で通過を試みるのは自殺行為だ。
そのため海賊たちはグランドライン唯一の入り口となっている危険な場所を突破しなければならないのだが、世界一の天才によって設計されたラプラス号は違う。
「この船は船底から海王類が嫌がる微弱な波長の電気を放ってんだ。つまり!」
「カームベルトも自由に通行できるってことだな! やるじゃんコーラル!」
「あははははは! もっと褒めろ! 崇めろ! 奉れ!」
さらにラプラス号の凄さはそれだけにとどまらない。
グランドラインは海流の流れがめちゃくちゃで、海図通りに進もうとしてもまず目的の島に到達できず、特殊な磁場の影響で普通の方位磁石も役に立たない。
そこで唯一不変の島々が放つ固有の磁場を特殊な方位磁石であるログポースに記録することで航海を可能とするのだが、本来は現地に行って記録しなければ手に入らない各島固有の磁場の大半がラプラス号の計器には既に登録されているのだ。
「ちなみにグランドラインに入った海賊は最初に七つの島から行き先を選ぶんだとよ。んで普通はそっから航路の変更はできないって話だけど……どこに行く?」
「普通はそのナナシマを飛ばして次の島に行くことはできないんだな? なら決まってる! 近い島から七つ全部に行って、グランドラインに入ってきた海賊がその先に進めない状態にするんだ!」
マシロの決定によりラプラス号はナナシマを順番に巡って行った。
「町の住民が全員斬り殺された!?」
そうして立ち寄った島でマシロが聞いたのは、そことは別のナナシマのひとつで少し前に起きたという大事件の話だった。
「ああ、酷い話だよ。この近くの島にあるウィスキーピークという町なんだが、そこの住民が定期的にうちの島に食料を買いに来てたのが急に途絶えてな。それで後になって噂が回ってきたんだけど、どうやら強い海賊に襲われたみたいで、町はぼろぼろ、住民もズタズタ、町長をはじめとして死体すら見つからなかった者も複数いたそうだ」
コーラルがマッサラ島を襲った時の光景を思い出したマシロは悔しさと怒りで身体を震わせた。
「海賊め……俺たちがそこにいれば捕まえてやったのに」
「言ってもしゃあねえだろ」
一般人が死んでもどうでもいいと思えるコーラルは呆れ顔でマシロを眺めていた。
「世界政府と海軍っていうでけぇ組織がさんざん手を尽くしてもいなくなんねぇのが海賊だぞ? いちいち腹立てたって疲れるだけじゃねえか」
コーラルの言葉は冷淡だが真理であった。
ここで立ち止まって無駄話をするよりも行動するべきだと思い直したマシロは寝る間も惜しんで海賊を捕まえて、立ち寄った島に無数の海賊トレーナーを誕生させていった。
そしていくつかの島を経て、いよいよウィスキーピークの順番が回ってきた。
「町の奴ら全員死んだんだろ? 行ってどうすんだよ」
「もしかしたら生き残りがいるかもしれないじゃないか。それに、そこを海賊が素通りになるなら対処の必要はあるだろ」
そのためにこれまでのナナシマで捕獲した海賊の一部を住民に渡すことなく手元に残しておいたのだ。
指示を出す人間がいない状態で海賊だけ島に残していくことになるのは不安も大きいが、マシロがウィスキーピークに永住するわけにもいかないので、本当に島に生き残りがいない場合は他に選択肢がない。
「到着したけど……人の気配がねぇな」
「誰かいないの!?」
頼むから誰か生き残っていてくれよと願いながらウィスキーピークに踏み込んだマシロたちを出迎える者は誰もいなかった。
町の中には斬撃の痕跡や爆発物による破壊の形跡も残っていて、ここで町の住民たちが海賊による激しい暴力に晒され、多くの血が流れたことをマシロは感じ取った。
「こんなの……普通の人間が生き残れるわけないじゃないか!」
怒りに任せてマシロが手近な瓦礫を叩いた。
最近ボールを投げるために身体を鍛えているマシロの腕力は旅に出る前よりも大きく上がっており、マシロの打撃でヒビが入った瓦礫はやがて大きな音を立てて崩れ落ちた。
「のわっ!? 何の音だ!?」
その音がきっかけとなって寝込んでいたウィスキーピークの生存者が目を覚まし、マシロたちの前に姿を見せた。
「あはは! なんだあの格好! 全身包帯に王冠って……もごぉ!?」
「あなたはこの町の人ですか!?」
いつも通り失礼なことを言いかけたコーラルの口を塞ぎながら、マシロは王冠をかぶった重傷の男に問いかけた。
「いかにも!」
「王様ですか!?」
「王様です!」
「いやあんなみすぼらしい王はいねぇよ。騙されんな」
王冠をかぶっているというだけで王様だと信じそうになったマシロに、実際に本物の王を複数回見たことがあるコーラルが忠告した。
「いやお嬢さん、実はこいつ本当に王様なんだよ。ウィスキーピーク王国初代国王さ」
遅れてやって来た筋骨隆々だが包帯だらけの女性が王冠の男は王であると証言した。
「王様だって」
「王様です」
「んなわけあるか! 国ってのは世界政府に承認されて初めて国っつーんだよ! コーラルはウィスキーピーク王国なんて聞いたことねぇぞ!」
そうなんだ……と学のない三人が相槌を打つ姿を見たコーラルは「これだから田舎の下々民はヤなんだよ……学が無くってよぉ」とため息をついた。
「ところで王様」
「だから王じゃねえって」
「いえ、今の我々は名乗る名を持たぬ身……どうぞ王様、王妃様とお呼びください」
「どうぞで様付け強要してくんな」
「この町、いや、この国の国民は他にいないの? 海賊に襲われたって聞いたけど、みんな死んじゃったの?」
呼び方にこだわるコーラルと違って王冠の男を王様と呼ぶことに抵抗がないマシロはそのまま話を続けた。
「生き残った者はいましたが、再び襲撃されることを恐れて皆逃げ出しました。残ったのは我々だけです」
「ま、食料もろくに残っちゃいなかったしね。正直残られても迷惑だったよ」
「そっかぁ……じゃあ、二人はどうしてここに残ったの?」
王様と王妃様は腕を組んでふっと笑い、親指を立てた。
「我々が最も重傷で!」
「ここから一歩も動けなかったからね!」
そして互いに支え合ってどうにか生き延びた二人は恋に落ちたらしい。
「えぇ……」
酷い目に遭ったことを笑い飛ばす底抜けに前向きな二人にマシロは一歩引いた。
「それは……ご愁傷さま」
「あははは! それで誰もいなくなった島の支配者になろうっての!? お前らおもしれぇな!」
「そういうわけだから我が国は絶賛国民大募集中!」
「あんたたち、どうだい? 今なら家が選び放題だよ!」
「ごめんなさい間に合ってます」
マシロはこの二人が作る国はきっと陽気でいい場所になると感じていたが、海賊マスターになるためにはどこかに根を下ろすわけにはいかないので、はっきり辞退の意思を述べた。
「あ、でも労働力が必要なら俺から提供できます。ぜひ引き取ってこき使ってください」
マシロは王様たちに自分の能力と旅の目的を説明した。
「なんつーおっかない能力……いつぞやの爆弾野郎でさえ比較にならねぇ」
マシロの能力の凶悪さに驚いた王様は王様らしい丁寧な言葉遣いを忘れて身震いした。
「だが、まあ、あたしらを標的にはしないんだろ?」
豪胆な王妃様は王様と違って怯えることなくマシロに向き合った。
「もちろん! 俺が捕まえるのは海賊だけさ! 賞金稼ぎはむしろ応援したい相手だぜ!」
「なら決まりだね! あんたが捕まえた海賊、ありがたくうちの国の戦力として使わせてもらうよ!」
王妃様が差し伸べた手をマシロが握り返した。
「おっ……あんた結構鍛えてるね」
細身に見えて意外と力強いマシロに王妃様が感心した。
「へへっ、実はそうなんです」
見るからに鍛え抜かれている王妃様に褒められたマシロは日頃の特訓の成果が出ていたと分かって喜んだ。
「俺が直接海賊と戦うことはないけど、もしもの時に逃げられるくらいにはなっておいた方がいいと思って、暇な時はいつもトレーニングしてます」
「その調子で毎日続けな。あんた、強くなれるよ」
「はい!」
少し前までは階段で転んだだけで死ぬ程度の肉体強度しかなかったマシロも、毎日トレーニングを続けたことで鉄の棒で頭を殴られてもたんこぶで済むくらいにはなった。
当面の目標は手持ち海賊に頼ることなく自分の手で野生の海賊を殴り倒せるマシロを超えたマシロ、スーパーマシロになることだ。
「そうだ、鍛えると言えば……あたしらもしばらく寝たきりだったから、ここらでちょいと鍛え直そうと思うんだ。あんた、協力してくれるかい?」
「協力?」
「あんたの捕まえた海賊は死なない。つまり手加減なしでぶっ倒していいんだろ? そこそこの強さの奴と戦わせておくれよ」
王妃様の提案を聞いたマシロは雷に打たれたような衝撃を受けた。
「そうか……どうせ死なないんだから、手持ち同士で戦わせて鍛えればいいんだ!」
野生の海賊を相手に幾多の死闘を繰り返したマシロの手持ち海賊たちは捕まえた当初よりも実力が向上していた。
そして強くなり過ぎて最近は弱い海賊と戦っても訓練にならず、成長が見られなくなっていたことにマシロは頭を悩ませていたのだが、強力な手持ち海賊同士で戦わせれば効率よく死闘の経験を積ませられることに今しがた思い至ったのであった。
「は? おいマシロ、まさか……」
海賊ではないがマシロの手持ち海賊にされているコーラルはマシロの不吉な思い付きに自分も巻き込まれるのではないかと怯えた。
「安心しろよ。コーラルは強過ぎて訓練相手にならないから、野生の強い海賊とだけ戦ってくれ」
「ならいいや…………………………ん? いいのか?」
マシロの命令で野生の海賊と戦うことを自然に受け入れてしまっている自分にコーラルは首を傾げた。
「それじゃ王様! 王妃様! バトルしようぜ!」
二人は元々賞金稼ぎで、懸賞金1000万程度の海賊なら討伐した実績があるというので、マシロにとっても手持ち海賊を鍛えるいい機会だ。
「ああ! 来な!」
「俺のアクロバットを見せてやる!」
賞金稼ぎの王様と王妃様が勝負をしかけてきた!
「行け! パール! チュウ!」
「ハーッハッハッハッハ! てっぺき! よって無敵!」
マシロが繰り出したのはローグタウンで盾を新調してさらに頑丈になったパール。
「……チュッ」
そして捕獲直後は反抗的だったが毎日コーラルの電撃による躾を受けている内に心が折れてしまい、心なしか口癖のキス音からも気力が失われてしまったチュウだ。
「おめぇら! 負けたらお仕置きだかんな!」
「それじゃ、バトルスタート!」
「カ・イ・リ・キ!」
マシロが開始の合図を出したのと同時にメリケンサックを装着した王妃様がパールに突進した。
「メリケン!」
「てっぺきぃ!」
王妃様の鉄拳を鉄壁のパールが盾で受け止めた。
「今だチュウ! 貫通しない威力でみずでっぽう!」
「させん! 熱血ナイン……根性バット!」
アクロバティックな動きでバック転しながら飛び込んできた王様が手に持った金属バットを振って水鉄砲を弾いた。
「無事かいマイハニー!」
「ありがとよマイダーリン! ふんっ!」
王妃様がパールの腕を掴み、振り回した挙句にチュウ目掛けて投げ飛ばした。
「ぬぉっ!?」
「チュッ!?」
パールがチュウに衝突して一緒に吹き飛び、地面を転がって身体に擦り傷を作った。
「身のキケーン!」
「あっつぁ! ……チュッ!」
「なんだぁ!?」
「人が……燃えた!?」
ジャングル育ちのパールは身の危険を感じると猛獣避けのために自分を燃やす癖がある。
「ファイヤーパール! ハーッハッハッハッハ!」
盾を火打ち石代わりにして着火したパールが燃えながら王様たちに向かって走り出した。
「うおっ! 怖っ!」
「たかが炎にビビってんじゃないよ! 爆発に比べりゃなんてことないだろ!」
王妃様は燃えるパールを迎え撃とうとしたが、それよりも早くマシロの介入があった。
「こらパール! 模擬戦で火傷させちゃったら大変だろ! チュウ! パールに水をかけて消火しろ!」
背後からチュウに水をかけられてパールは鎮火したが、足を止めることはなかった。
「パールプレゼント!」
「カイリキメリケン!」
パールの盾と王妃様のメリケンサックは一瞬拮抗したが、病み上がりの王妃様をパールが上回り、吹き飛ばした。
「マイハニー!」
「おい人間、よそ見してる場合か? チュッ」
人間を下等種族と呼ぶことをマシロに禁止されたチュウが一般人の十倍と言われる腕力で王様を殴ろうとした。
「そこまでなめるな!」
金属バットでチュウの殴打を防いだ王様は反撃の一撃でチュウの頭に渾身の一撃を叩き込んだ。
「チュッ……!?」
「バイバイベイビー」
脳震盪を起こして動けなくなったチュウの頭を金属バットで叩き潰してとどめをさした王様が続けてパールに狙いをつけた。
しかしパールの姿はどこにもなかった。
「ん!? 盾男は……」
「ここさ!」
「ぐはぁ!?」
チュウがやられている間に高く飛び跳ねていたパールがボディプレスで王様を押し潰した。
「安心しな。着地前に手足をついて威力を弱めてやった。だが君はもう戦闘不能だろ?」
普通に受ければ全身粉砕骨折間違いなしだったが、パールの手加減により王様は無事だった。
「王様、戦闘不能! 離れて!」
「すまねぇマイハニー!」
王様が戦場から距離をとって見学に回り、戦いは一対一となった。
「後は任せなマイダーリン! ウオオオオオ!」
王妃様が巨大な丸太を振り回してパールに怒涛の連撃を加えた。
「てっぺきいいいいい!」
それをパールは全てはじき返した。
やがて息が切れた王妃様は丸太を放り捨てて両手をあげた。
「はぁ……降参だ。やるね盾男」
「当然さ! なんたって俺は盾男で……ダテ男だ!」
パールはマシロにキメ顔を送った。
「イブシ銀だろ!?」
「よくやった戻れ」
海賊ペアよりも賞金稼ぎペアを応援していたマシロは仕事を終えたパールを無情にも即座にボールに戻し、座り込んだ王妃様に駆け寄った。
「大丈夫?」
「ああ、久しぶりに身体動かして疲れただけさね」
マシロ同様駆け寄ってきた王様の肩を借りて息を整えた王妃様が立ち上がった。
「まったく、完敗だよ」
「やっぱ海賊ってのはどんな見た目でも甘く見ちゃいけねぇな」
「そんな……二人も強かったよ!」
「まあ実戦なら死んでたな! あははは!」
悔しがる二人をマシロは慰めようとしたが、コーラルは率直で辛辣な評価を下した。
「おいコーラル!」
「やめな坊や。その娘の言ってることは正しい」
「グランドライン入りたてのルーキーでも、俺たちの力じゃ遠く及ばないバケモンが紛れ込んでくることはある。この先も賞金稼ぎで食ってつもりだったが……こりゃ別の商売も考えといた方がいいかもな」
「そんな、もったいないよ! 悪い海賊を倒してお金も貰えるんでしょ? こんないい仕事他にないよ!」
自信を喪失して賞金稼ぎを廃業しようとする二人をマシロは止めようとした。
「まあなぁ……500万ベリーの首でも二十人倒せば億だしな」
「でしょっ!?」
「問題は賞金額と実力が一致してない奴が少なくないってことだよ。命あっての金だからね」
さすがのマシロも他人に命を投げ捨ててでも海賊を狩れとは言えない。
1000万ベリーの賞金首に勝てる実力者が引退するのはもったいないが、譲渡した海賊を使った海賊狩りさえ続けてくれれば十分だとマシロは妥協しかけた。
「そんならいっそマシロに捕まっちまえよ。海賊と殺し合って死ぬ心配はなくなんぞ。なんせ不老不死だかんな!」
「コーラル!」
「いや待て! そういえば譲ってもらえる百人の海賊兵は不死身って話だったな!」
しかしコーラルが口にした悪辣な冗談を聞いた王様が名案をひらめいた。
「ならそいつらをぶつけてみて、普通に倒せたらそれでよし! この前みたいに百人斬りされても目に見えて弱ってるならとどめだけ刺す! 百人斬っても息すら切れない化け物が相手なら息をひそめてやり過ごす! それなら安全に海賊を狩れるんじゃないか!?」
「なるほど、それなら無理せず賞金稼ぎを続けられそうだね。そうだ、兵たちの武器に毒も塗ろうか。殺して減額されても上納金がない分、前より手取りは多くなるだろうしね」
「上納金だぁ? 天上金じゃなくてか?」
「あたしらは少し前まで賞金稼ぎの組織に所属していたんだよ。ヘマしてクビになったけど。ところでその天上金ってのは……」
「いいじゃん! その作戦でやろうよ!」
上納金も天上金もマシロには理解できない単語だったが、二人が賞金稼ぎを続けてくれそうな流れになったのでよく分からないまま全力で後押しした。
「……ま、この期に及んで生き方は変えられないか」
「やろうぜマイハニー! 無理のない範囲で!」
こうして強力な海賊団によって一度壊滅した賞金稼ぎの町は新たに賞金稼ぎの国として生まれ変わった。
殺しても死なない百人の海賊兵と腕利きの賞金稼ぎ夫婦によって運営されるこの島は、おとなしくしている海賊には勝負をしかけず素通りさせてしまう他のナナシマと違って賞金のために積極的に海賊を襲うため、グランドライン最初のナナシマの中では突出した海賊死亡率を記録することになる。
「それじゃ俺たち、次の島に進むよ」
「マシロはお前らの手に負えない奴らがどこに行くのか見ときたいんだとよ」
最初のナナシマを選んだ後の航路はそれぞれ一本道となるので、ウィスキーピークを生きて出航した海賊の行き先は固定となる。
王様と王妃様が手出しを躊躇するような海賊は必然的に凶悪で強力な連中なので、次の島の状況次第では入念な迎撃態勢を整えておかなければならないとマシロには考えたのだ。
「すまないね。できる限りあたしらで倒してやりたいが……」
「懸賞金3000万ベリーを超えるような化け物は無理だ。悪いが見過ごさせてもらう」
「そんなこと言ったら俺なんか自力じゃ100万ベリーの海賊にも勝てるかも怪しいよ」
ふがいなさに俯く王様と王妃様をマシロは自分の非力さを引き合いに出して元気づけた。
「お互い、できる範囲で一緒に世界を良くしていこうぜ!」
そしてマシロが笑顔でそう言った瞬間、この場にいるマシロ以外の全員がまるで感電したかのような衝撃に襲われた。
「……あれ? みんなどうしたの」
言葉を失って硬直する三人にマシロは首を傾げた。
「おい、マシロ……ボルボルの能力ってコーラルみたいに電気も出せんのか?」
「は? 出せるわけないだろ。俺が出せるのはボールだけだよ」
「だよなぁ……じゃあ静電気か? 乾燥してんのかな……でけぇサボテンあるし乾燥してんだな」
「そうか静電気か」
「ああ、静電気」
静電気ならまあいいやと気を取り直して、いよいよお別れの時がやってきた。
「さあ勇者マシロよ! 旅立ちの時だ!」
「無茶するんじゃないよ!」
王様らしい送り出し方をしたかった王様がマシロを勇者と呼び、王妃様は普通にマシロたちの身を案じた。
「二人も頑張って!」
「できるだけコーラルたちの仕事減らしとけよな!」
グランドライン最初のナナシマ全てを巡り終え、ルーキー海賊を成長する前に始末する仕組みを作り上げたマシロとコーラル。
頼もしい賞金稼ぎの夫婦に別れを告げて、二人の旅はまだまだ続く!
次回、初めての億超え海賊戦。
既に書き溜めしたやつは出し終えたので、この先は出来上がり次第の不定期更新になります。