ドラム王国。
そこは雪が降り積もる厳しい環境にありながら優秀な医師たちと最先端の医療を強みとして栄える優れた国だ。
「やあ、よく来たね! ここはサクラ王国だよ!」
ラプラス号での移動中にマシロはそんな話をコーラルから聞いていたのだが、到着したドラム島の港で遭遇した島民は異なる国名を口にした。
「あれ……俺たち、ドラム王国ってとこに行くはずだったんですけど、ここじゃないんですか?」
「ああ、それならここであってるよ。つい最近国王様が変わって、一緒に国名も変えたんだ」
「あははは! んだよあのカバ失脚したのかよ!」
前の国王の顔を知っていたらしいコーラルが笑った。
「ああ、まったくめでたいことさ!」
先代とはいえ一国の王をバカにしてはまずいだろうとマシロはコーラルを注意しかけたが、それよりも早く島民がコーラルに同調した。
「前の王様は悪い人だったのかな? コーラルは会ったことあるんだろ?」
島民との話をほどほどで切り上げて、食料調達のために近くの村に向かう道中、暇潰しにマシロはコーラルとおしゃべりを始めた。
「カバみたいな見た目が特徴的だったから覚えてるだけで、コーラルが直接話したことはねぇよ。まあドラム王国はあのカバが王だった時も世界政府加盟国だったし、レヴェリーにも参加できてたくらいだから、王としては優秀だったんじゃねえの?」
「……? その世界政府? ってやつに加盟してるとすごいの? あとレヴェリーって何?」
マシロは世界政府が何らかの組織であることは話の流れで察したが、どういう存在なのかはいまいち理解できていなかったし、レヴェリーという固有名詞もさっぱりだ。
「おまっ……ほんっと何も知らねぇのな」
「悪かったな。田舎育ちなんだ」
コーラルはマシロを除いて老人しかいなかった自然消滅寸前のマッサラ島の様子を思い出した。
「いや田舎モンでもさすがに世界政府くらい知ってっからな。マシロはもう秘境育ちだろ」
「じゃあそれでいいよ。秘境育ちの俺に世界政府が何なのか教えてくれ」
「しゃあねぇな……世界政府ってのは弱っちい下々の連中を守ってやるために神にも等しい二十人の偉大な王が800年前に創ってやった統治組織だ」
コーラルは自身の認識を基準としてマシロに世界政府について語り始めた。
「で、下々民が興した国は国民の数に応じた天上金を支払うことで世界政府に加盟できる」
「するとどうなるの?」
「恩恵はいろいろあっけど、一番でけぇのは世界政府が保有してる軍隊……主に海軍に守ってもらえるようになるってことだな」
「えっ……誰でも守ってくれるんじゃないの!?」
海軍とは弱きを助け強きを挫く正義のヒーローだと信じ込んでいたマシロはこの時初めて現実を知った。
「守るどころか、むしろ世界政府非加盟国ってのは海軍の敵だぞ。海賊なんてほとんどが非加盟国出身者だし、そもそも海賊が王になってる国もあるくれぇだ。ちょっと天上金を納めるだけで平和な話し合いの輪に入れるってのに、それを拒むような連中なんざ、法を無視して好き勝手やりたいだけの野蛮人しかいねぇんだよ」
コーラルの話には彼女の個人的な意見が多分に含まれていたが、マッサラ島の外の世界に関する知識がまっさらなマシロは言われたことをそのまま受け入れるしかなかった。
「そうなんだ……マッサラ島はどうだったんだろ」
「マシロがいた秘境みてぇなのは例外な。国の体すらなしてねえもん。守る守らない以前に海軍は存在すら認知してなかっただろ」
「……そっか」
どちらにせよ海軍がいたとしてもコーラルに勝てたとは思えないし、自分がこうしてコーラルと旅に出ることになったのは避けられない運命だったのだと自分に言い聞かせ、マシロはやるせない気持ちに整理をつけた。
「ちゃんと世界政府に加盟して国民を守っていたこの国の前の王様は立派だったんだね」
「「そうとも! 我らが王は立派であらせられた!」」
「ん?」
「あ?」
二つの音が重なった奇妙な声が話に割り込んできて、マシロとコーラルは周囲を見渡した。
しかし目に映るのは雪ばかりで、音源を特定できなかったマシロとコーラルは顔を見合わせて首を傾げた。
「誰も……」
「いねえよな……」
「「そうか?」」
背後から声が聞こえてきて、マシロとコーラルは勢いよく振り返った。
「うわぁ!?」
「んだこの化け物!?」
そこにいたのは雪を隠れ蓑として姿を隠していた二面四手の異形であった。
一見して二人の人間が肩車をしているだけのように見えるが、頭部と腕の位置関係をしっかり観察すると人体の構造上それだけでは実現できない形状をしていることが分かる。
「「俺はワポル様のバクバクの実の能力によって生み出されたドラム王国最強の合体戦士!」」
この世界で遭遇する異常は全て悪魔の実の能力に由来する。
二面四手の異形もその例に漏れず、あらゆるものを捕食し、それらを融合させて吐き戻すことができる、バクバクの実の力が関与していた。
「「その名も……チェスマーリモ!」」
四本腕を大きく広げたチェスマーリモはまるで威嚇する熊のようで、小柄なマシロとコーラルは警戒を強めた。
「「レヴェリーとは世界政府加盟国の王たちの中でも選ばれた五十人のみが参加できる栄誉の極みだ。その一席にワポル様もお座りあそばされていた」」
しかしチェスマーリモに戦意はなかったらしく、名乗りを終えた後は先程までの話題を継続した。
「勝負をしかけてきたわけじゃねえのかよ! あんな出方したくせに!」
「落ち着いてよコーラル」
今にも暴れそうなコーラルをなだめて、マシロはチェスマーリモとの会話に応じた。
「えっと……チェスマーリモさんはこの国の前の王様に仕えていたんだよね?」
「ワポル様は今も王であらせられる。簒奪者ドルトンはこの国の王にあらず!」
チェスマーリモの話によると、ドルトンという男はドラム王国の軍の長だったにもかかわらず海賊と手を組み、国王ワポルを国外に追い出して王位を奪い取ったのだという。
そしてワポルの側近であったチェスマーリモはさんざんに痛めつけられて投獄されていたが、どうにか脱出に成功し、行方不明となった王を探す旅に出ようとしていたらしい。
「そんな……酷い!」
「「分かってくれるか!」」
人を信じやすいマシロはチェスマーリモの話を鵜呑みにした。
「その割に島の他の連中は喜んでたみたいじゃん」
チェスマーリモも他の島民も平等に見下しているコーラルはチェスマーリモの話だけを聞いて結論を出すことはしなかった。
「「低能な愚か者どもはワポル様の偉大さを理解できんのだ! 餓死者を多発させるほどの重税を課すこともなければ、戯れに国民を拷問することもない! この世には天上金を捻出するために老人を殺処分とする国も、貧民を焼き払う国も、国民を奴隷として売り払う国もあるというのに、ドラム王国は主産業たる医業の厳密な管理によって国民に過剰な負担をかけることなく常に安定して天上金を支払えていたのだ!」」
人として当然のことを誇られても……と困惑するマシロと対照的に、綺麗事の通じない政治の世界を知るコーラルは感心した。
「へぇ……それがマジならあのカバ、王としちゃ上澄みじゃねぇか」
「それで上澄みなの!? コーラル冗談言ってる!? 本当のこと言ってよ!」
「マジもマジ、大マジだっての。天上金さえちゃんと払えてりゃその国の王が国民に何しようと世界政府は介入しねぇ。それが自治ってもんだからな」
本当のことを言えと命令されたコーラルはマシロに嘘を言えない。
だからマシロはまるで海賊のような振る舞いをする王様がこの世界には本当にいるのだと信じることができた。
「そっか……じゃあ、海賊と手を組んで王様の地位を奪い取ったドルトンって奴も……」
「「兵隊上がりの野牛男に政治などできるはずもない。今は人気取りで国民にいい顔をしているが、遠からず天上金を払えなくなって仮面がはがれるだろう」」
マシロはマッサラ島の人たちがコーラルに殺された時の光景を思い浮かべた。
あの時と同じことどころか、人口を考慮すればマッサラ島よりもはるかに凄惨な虐殺がこの国で起きるかもしれない。
人としてまともな心を持っていればできるはずのない行為でも、海賊と手を組んで国家を転覆するような輩であればできてしまうに違いない。
「……コーラル」
「ドルトンって奴を捕まえんだな。いいぜ、マシロがやりたいなら付き合ってやんよ」
もはや言われるまでもなくマシロの望みを察せるようになったコーラルは、チェスマーリモの話の真偽に関係なく、ワポル王から王位を奪ったドルトンという男と戦うことに決めた。
「ああ! 海賊と手を組んだ奴なんて海賊と同じだ! 俺が捕まえてやる!」
「「なっ……おい待て少年! 気持ちは嬉しいが、さすがに君のような子供が勝てるほどドルトンは弱くないぞ! 奴は悪魔の実の能力者だ! 君にやらせるくらいなら俺が……ぅぐっ!」」
本来であればドルトンに容易く勝てるだけの力を持つチェスマーリモだが、今は海賊から受けた傷が癒えておらず、とてもじゃないが戦闘は不可能だ。
「安心して、チェスマーリモさん。戦うのは俺じゃないから」
「「ぬ……? ならばそっちの少女か?」」
「まあ、手に負えなかったらコーラルがやっけどよ」
「「では、誰が……」」
二つの頭を傾げるチェスマーリモにマシロとコーラルは不敵に笑った。
「それはその時になってからのお楽しみだぜ!」
「おら行くぞ四本腕! そのドルトンとかいう奴のとこまで案内しな!」
◯
サクラ王国の上層部は騒然としていた。
「チェスとクロマーリモが脱獄しただと!?」
兵士からその報告を受けたサクラ王国初代国王ドルトンは、合体してチェスマーリモとなっていることを知っていながら、あえて合体前の名前でかつて同僚だった二人を呼んだ。
「状況は!?」
「はっ! 見張りの兵士を三人殺害されましたが、現在のところ市民に被害が出たという報告はありません!」
「騒ぎを起こさず潜伏することを選んだか……厄介だな」
国王としては経験が浅い一方で軍人としては経験豊富なドルトンは狼狽せず冷静に対応方針を決めた。
「家屋に押し入られると危険だ。各村の集会所に民を避難させろ。平和部隊は二割を脱獄犯の捜索担当に、八割を集会所の防衛担当に振り分けろ。脱獄犯と遭遇しても戦う必要はない。発見次第狼煙を上げて私に伝えるんだ。あの二人の始末は私がつける。あと……そうだな……イッシーたちに負傷者が出た場合に備えるよう伝えてくれ」
「はっ!」
慌ただしく走り出した兵士たちを見送り、ドルトンはその太い両腕に怒りを込めて震わせた。
「チェス……クロマーリモ……お前たちはまだこの国に災いをもたらそうというのか」
頼むから民に被害を出す前に見つかってくれとドルトンは願った。
狼煙が上がったのはその直後だった。
「えっ」
「脱獄犯発見! 脱獄犯発見! 村の入り口に見かけない子供二人を連れて立っています!」
実はドルトンがいるこの場所は城ではなく城下の村だ。
サクラ王国の城は実質的にとある老婆医師のものとなっており、ドルトンは王でありながら村で寝泊まりをしている。
「子供だと!? 人質とは相変わらず卑怯な……奴らの要求は!?」
「ドルトン様を呼べと……どわっ!?」
要求内容を聞いた瞬間、ドルトンは半人半牛の獣人に変貌し、暴れ牛のように駆け出した。
ドルトンが食べた悪魔の実はウシウシの実モデル『バイソン』。
超常の力を得られるマシロのボルボルの実のようなパラミシア系とも、自然の力を得られるコーラルのピリピリの実のようなロギア系とも異なり、動物の力を得られるゾオン系に分類される悪魔の実だ。
「チェス! クロマーリモ! 貴様ら、そこまで堕ちたか!」
「「……? 突然どうした?」」
ドルトンの怒号を浴びたチェスマーリモは二つの首を傾げた。
「子供を人質にするなど人としてあるまじき行いだ! 要求通り私は来たぞ! その二人を今すぐ解放しろ!」
「えっ、子供の人質? どこ? すぐ助けなきゃ!」
「いやこれコーラルたちのこと言ってんだろ」
人質にされた子供はどこだろうかと周囲を忙しなく見回すマシロにコーラルが言った。
「あっ……そういうことか」
「あはは! 顔真っ赤だぞ!」
「これはしもやけ!」
間抜けな勘違いを指摘されて赤くなった顔をしもやけだと言い張り、気を取り直してマシロはドルトンに人差し指を突きつけた。
「お前がドルトンだな! 海賊と一緒にこの国の王様を追い出して国を乗っ取った悪い奴め!」
「いや、私は……」
「この俺が捕まえてやる! パール、君に決めた!」
恥ずかしさでいっぱいのマシロはドルトンの話を聞く余裕がなく、問答無用で勝負をしかけた。
「ハーッハッハッハッハ! てっぺき! よって無敵!」
「人が……! 悪魔の実の能力者か!」
自分が能力者であるドルトンは、ボールから変な盾男が出てくるという現実離れした不思議な光景を見て、すぐにマシロが能力者であると看破した。
「そうとも! 俺の能力でお前も捕まえてやる! パール、自分に着火しろ!」
「身のキケーン!」
パールがほのおのまもりを纏ったことで温度が上昇し、足元の雪が溶けて滑る危険がなくなった。
「たいあたり!」
パールは肩に装備した盾を利用してドルトンにショルダータックルをしかけた。
「ぐあっ!?」
野牛の力が上乗せされたドルトンの肉体は屈強なはずだが、鍛え方が足りないのか、それ以上にパールが鍛え抜かれていたのか、たいあたり攻撃であっけなく村の中まで吹き飛んでいった。
「どわっ!? なんか飛んできたぞ!?」
「えっ、これって……ドルトンさん!?」
集会所に避難する途中だった村人たちが騒ぎを聞きつけてドルトンの周りに集まってきた。
「来るな! 巻き込まれるぞ!」
燃える盾男に追撃を受ければ集まってきた村人たちは飛び散る炎の巻き添えを受けてしまう。
転倒したドルトンの隙を敵が見逃すはずもなく、間に合わないだろうとは心のどこかで思っていながらも、ドルトンは必死に声を張り上げた。
「そうだぜ一般人諸君! 君たちを巻き込んだら俺がマシロさんに怒られちまう! さっさと離れな!」
しかしなぜか敵の盾男はドルトンを追撃せず、それどころか村人たちに危険だから離れるよう呼びかけてくれた。
「なぜ……お前は何者だ? いったいどういった立場なんだ?」
それにより態勢を立て直すことができたドルトンは困惑しながらパールに尋ねた。
「俺かい? 俺は盾男で……ダテ男だ!」
パールは会話が成り立たないタイプだった。
「パール! ずつきだ!」
追いかけてきたマシロから指示を受けたパールが高く跳躍した。
既に村人たちは戦場を離れて遠巻きに眺めており、パールが多少のひのこをまき散らしても被害が及ぶ心配はない。
「サービスパール!」
「ぬぅ……来るなら来い! 受けて立つ!」
完全に野牛に変化したドルトンが向かってくるパールに頭からとっしんした。
「イブシギンプレゼント!」
「!?」
正面からのぶつかり合いを制したのはパールであった。
パールのずつきの威力はドルトンごと地面を陥没させるほどで、土煙が晴れると窪みの中心部に変身が解除されたドルトンが頭から血を流して倒れているのが見えるようになった。
「イブシ銀だろ!」
「よくやったパール! 行け、監獄ボール!」
格好つけた顔で決めゼリフを言うパールに労いの言葉をかけて、マシロがドルトンを捕獲するべくボールを投げた。
「やめろおおおおお!」
「えっ!?」
しかし乱入した村人にボールをはじかれた。
抵抗の意思を持つ人間にぶつかったボールは何も捕まえることなく消滅した。
中に誰も閉じ込めていないボールは長時間実体を維持できないのだ。
「これ以上ドルトンさんを傷つけるなぁ!」
「なっ……待ってよ! その牛男は海賊と手を組んだ悪者だろ!? なんで庇うんだよ!?」
想定外の事態に動揺するマシロの前でさらなる異常事態が起きた。
「みんなこっちだ! ドルトンさんを、俺たちの王を守れ!」
「やっと平和になったこの国を滅ぼさせなんてしない! 今度は私たちも戦うのよ!」
村人たちが次々に集まり、ドルトンを守るようにマシロの前に立ちはだかったのだ。
「出ていけ悪者!」
村人たちがマシロに石をなげつけた。
「てっぺき! よって無敵!」
パールに庇われたマシロに石は届かず肉体へのダメージはなかったが、その行為はマシロの心にダメージを与えた。
「あ……う……」
言葉を失ったマシロは村人たちに背を向けて逃げ出した。
「えっ、お、おい!? どこ行くんだよマシロ!」
慌ててコーラルとパールがマシロを追いかけ、後にはチェスマーリモだけが残された。
「……」
「「……」」
サクラ王国の民たちと今は亡きドラム王国の亡霊が無言で睨み合った。
「「プリーズ……」」
一触即発の張り詰めた沈黙を破ったのはチェスマーリモだった。
「「リメンバー……アス!」」
何をしてくるのかと息を呑むサクラ王国の民たちの前で、迫真の顔で叫んだチェスマーリモは、四本腕を振り回して雪を巻き上げた。
そして目眩ましが消えるとチェスマーリモは姿をくらましていた。
◯
「元気出せって。な?」
海の上、ラプラス号の甲板上で抱えた膝に顔をうずめるマシロの背中をコーラルがさすった。
「なんなら今から戻ってあいつら皆殺しにしようぜ!」
「……それはダメ」
コーラルの提案に一瞬心が揺れたものの、マッサラ島で培った善性がマシロの首を縦に振らせなかった。
「「こういう時は酒の力に頼るのが一番だ。飲もう、おい飲もう」」
「マシロもコーラルも十歳だぞ! 酒なんて積んでるわけが……」
コーラルとマシロはようやくチェスマーリモが同行していることに気付いた。
「なんでいんだよ!?」
「「それは……なんでだ?」」
チェスマーリモはこれといった理由もなく流れでラプラス号に乗り込んでしまったようだ。
「「ところで少年、君はなぜドルトンと戦うことを選んだのかね?」」
「えっ……だって、海賊と手を組むような悪い奴だったから……」
「「悪い奴を倒すことで弱く愚かな民の称賛を得たかったということか?」」
チェスマーリモの指摘を受けたマシロは自分の原点を思い出した。
「……ううん。俺が旅に出たのは、俺が海賊を捕まえるのは、そんな理由じゃなかった」
コーラルを捕まえた時点でマシロは既にマッサラ島の人たちを殺された復讐を終えている。
それ以降のマシロの行動は後ろ向きな復讐者としてのものではなく、前向きな夢追い人としてのものだ。
大海賊時代が始まって以来、多くの人たちが宝を見つけた後の使い道すら決めずに海賊王を目指して海に出た。
幼い頃に患った大病から救われ、それゆえに医者を目指すなどといった明確な憧れの根拠もなく、彼らはただ熱に浮かされて海賊という犯罪者に成り果てたのだ。
マシロも同じだ。
なった後のことなど考えず、ただなりたいから海賊マスターを目指して海に出た。
その結果として人々の役に立って称賛を浴びることもあったというだけで、今回のように民衆から悪意を向けられたからといって気にする必要など全くないのだ。
「俺の夢は海賊マスターになること! 世界中の海賊を倒して、捕まえてやるんだ!」
マシロは立ち上がり、水平線の彼方目掛けてボールを向けた。
「海賊と手を組んだ小悪党なんか知らない! さっきの国が滅んだって構わない! 俺がやらなきゃならないのは……あの牛の人を唆した海賊を追いかけて、捕まえることだ!」
「あはははは! 調子でてきたじゃん! マシロはそうじゃなくっちゃな!」
マシロが元気になったことをコーラルは喜び、それを成し遂げたチェスマーリモに好意的な視線を送った。
「やるじゃん四本腕!」
「「ふっ……これが大人というものだ」」
腕を組んで頷くチェスマーリモは仮にも一国の要職に長年就いていただけあって頼りになる大人の威厳を醸し出していた。
「「そして、そんな大人な俺から提案だ。少年、俺をそのボールで捕まえる気はないか?」」
「えっ!?」
マシロから能力の詳細を説明されていないチェスマーリモだが、その洞察力でボールによって人を捕獲するものであると見抜いていた。
「やめとけよ。このボールに捕まった奴はマシロの命令に逆らえなくなんだぞ」
「「そうなのか。だが、構わない」」
珍しくコーラルが善意で忠告したが、チェスマーリモは承知の上だった。
「「少年……いや、マシロ様。先程あなた様が夢をお語りあそばされた時、俺はあなた様に王の資質を感じました。生まれてよりずっと王に仕える従者として生きてきたこの身を賭して、あなた様の歩む覇道にお力添えをしたいと、そう思わされたのです」」
跪くチェスマーリモの覚悟を感じ取ったマシロは取り乱すことなく彼をまっすぐ見据えた。
「捕まえなくても俺と一緒に来ることはできるけど……それじゃダメな理由があるんだよね?」
「「はい。王たる者は臣下を完全に支配し、管理しなければならないのです。マシロ様の能力であればそれがおできあそばされるのですから、臣下が王に刃を向ける余地など残すべきではありません」」
チェスマーリモは……元ドラム王国参謀チェスと元ドラム王国代官クロマーリモはドラム王国の民衆にとって良い存在ではなかったかもしれない。
しかし彼らがドラム王家に最後まで忠義を貫き通した真の忠臣であったことだけは、誰にも否定できない事実であった。
「あなたの王様は、探さなくていいんだね?」
「「……ワポル様は能力者です。おひとりで海に流されあそばされたとなれば、おそらく、もう……」」
大切な人を失う痛みを知るマシロは声を落としたチェスマーリモに同情せずにはいられなかった。
そして、せめて彼の覚悟に報いなければと考えたマシロは、悪ではない者に自分の能力を使うことに対する心理的な壁を乗り越えた。
「……チェスマーリモ」
「「はっ」」
「俺に力を貸してくれ」
「「我が王の御心のままに」」
マシロが差し出したボールにチェスマーリモは自ら触れた。
ボールは抵抗する意思を持たないチェスマーリモを吸い込み、マシロの手に収まった。
「チェスマーリモ、ゲットだぜ」
かくしてドラム王国は海賊の手によって滅び、故郷を失った悲しき戦士は新たな主と巡り合った。
頼もしい相談役を仲間に加えたマシロとコーラル、二人の旅はまだまだ続く!