星の導きと銀河の旅路   作:花咲 凛香

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古き良きフィルムと別れの意味

彼女は初老の男性へ軽く頭を下げる。

 

「ありがとうございました」

 

「なに、ただの年寄りの独り言じゃよ」

 

男性はそう笑いながらグラスを掲げた。

 

彼女も小さく会釈を返し、その場を後にする。

 

銀河鉄道は変わらず走り続けていた。

 

星々の海を。

 

終わりの見えない宇宙を。

 

そして彼女は次の車両へ足を踏み入れる。

 

扉が開く。

 

そこは今までの車両とはまた違う空間だった。

 

薄暗い照明。

 

段差状に並ぶ座席。

 

前方には巨大なスクリーン。

 

まるで映画館のような車両だった。

 

何人かの乗客が静かに座り、上映されている作品を眺めている。

 

(娯楽の映画……ですか……)

 

彼女は空いている席へ腰を下ろした。

 

ちょうど物語の中盤らしい。

 

スクリーンには古びた鉄道が映っている。

 

タイトルは見逃したが、どうやらかなり昔の作品らしい。

 

まだ列車が地上を走ることが当たり前だった時代。

 

およそ五十年前の映画だ。

 

画質も少し粗い。

 

だが不思議と温かみがあった。

 

物語は冬の終わりから始まる。

 

雪に覆われた山間部。

 

利用者の減少によって廃線が決定した地方路線。

 

その最終運行日。

 

主人公は中年の運転士だった。

 

何十年も同じ路線を走り続けた男。

 

そして最後の乗客として現れた一人の女性。

 

彼女もまた、その村で生まれ育った人間だった。

 

列車はゆっくりと発車する。

 

見慣れた駅。

 

使われなくなった商店街。

 

閉校した学校。

 

誰もいないホーム。

 

雪だけが積もる線路。

 

それらを後にしながら列車は進む。

 

女性は窓を見つめている。

 

何も言わず。

 

ただ静かに。

 

そして。

 

気付けば涙が頬を伝っていた。

 

スクリーンの中で運転士が尋ねる。

 

『寂しいですか』

 

女性はしばらく答えない。

 

窓の外には白銀の世界が流れている。

 

やがて彼女は小さく呟く。

 

『ええ』

 

その一言だけだった。

 

だが。

 

その短い言葉の中に、彼女が村で過ごした何十年もの時間が詰まっているように感じられた。

 

幼い頃に遊んだ川。

 

友人たちとの思い出。

 

祭りの日。

 

雪の日。

 

笑った日。

 

泣いた日。

 

恋をした日。

 

全てがあの村にあった。

 

そして今。

 

その全てを置いていく。

 

列車は進む。

 

止まることなく。

 

まるで時間そのもののように。

 

彼女はスクリーンを見つめ続けた。

 

物語の中の女性と自分は違う。

 

生きてきた場所も。

 

歩いてきた人生も。

 

何もかも違う。

 

それなのに。

 

なぜか胸の奥が少しだけ苦しくなった。

 

スクリーンの中で女性が呟く。

 

『思い出って不思議ですね』

 

運転士はバックミラー越しに彼女を見る。

 

『どうしてです?』

 

『離れる時になって初めて、大切だったことに気付くから』

 

その言葉に車内は静まり返る。

 

映画館車両にいる誰一人として声を出さない。

 

銀河鉄道の走行音だけが微かに聞こえる。

 

女性は続ける。

 

『なくなると分かって初めて気付くんです』

 

『私はこの村が好きだったんだって』

 

窓の外では雪が降り続いていた。

 

白く。

 

静かに。

 

どこまでも。

 

彼女は無意識に自分の手元を見る。

 

そして思う。

 

自分は何を置いてきたのだろう。

 

故郷だろうか。

 

過去だろうか。

 

孤独だった日々だろうか。

 

それとも。

 

今向かっているあの星を見上げていた時間だろうか。

 

映画の中では列車が最後の鉄橋を渡っている。

 

村との境界線。

 

その先へ行けば、もう二度と戻らない。

 

女性は最後に振り返る。

 

涙で滲んだ瞳で。

 

そして小さく微笑む。

 

『さようなら』

 

その言葉は誰に向けたものだったのか。

 

村にか。

 

思い出にか。

 

それとも昔の自分にか。

 

彼女には分からなかった。

 

ただ。

 

なぜだろう。

 

スクリーンの中の列車が雪景色の向こうへ消えていくのを見ていると。

 

幼い頃から見上げ続けてきた、あの一番星のことが頭に浮かんだ。

 

まるでその星が。

 

「忘れないで」

 

そう語りかけているような気がした。

 

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