列車は補給と乗客の乗降のため、とある惑星へ停車した。
窓から見えた街並みは美しかった。
白い石造りの建物。
整備された道路。
市場には色鮮やかな果物や工芸品が並び、人々は笑顔で行き交っている。
まるで絵本の中のような平和な光景だった。
せっかくの停車時間だ。
彼女も列車を降り、街を歩いてみることにした。
最初は観光気分だった。
知らない文化。
知らない景色。
知らない人々。
だが。
駅から少し離れたところで、その印象は崩れる。
舗装された道は消えた。
建物は古びている。
服は擦り切れている。
痩せ細った人々が道端に座り込んでいた。
子供たちは靴すら履いていない。
笑顔も少ない。
市場に並んでいた華やかな景色とはまるで別世界だった。
(どうして……)
同じ街なのに。
同じ惑星なのに。
ほんの数十分歩いただけなのに。
彼女は足を止める。
道端には小さな子供が座っていた。
空腹なのだろう。
力なく壁にもたれかかっている。
彼女は思わず近づく。
ポケットから財布を取り出そうとした。
せめて何か食べ物でも。
そう思った瞬間だった。
「やめとけ」
低い声が響く。
彼女の手が止まる。
振り向くと、一人の男が立っていた。
年齢は三十代半ばほど。
日焼けした顔。
作業着のような服。
決して裕福そうではない。
だが目には強い意志があった。
彼女は眉をひそめる。
「どうしてですか」
男は子供を見る。
その視線は冷たくはなかった。
むしろどこか苦しそうだった。
「恵んでも意味がないからだ」
「意味がない?」
「今日の飯にはなる」
男は答える。
「明日の飯にもなるかもしれない」
そして少し間を置いた。
「だが一年後は?」
彼女は答えられなかった。
男は続ける。
「誰かに助けてもらうこと自体が悪いわけじゃない」
「……」
「本当に動けなくなった時、人は支え合わなきゃ生きていけない」
男は道端の人々を見る。
「だがな」
その声は重かった。
「誰かに恵んでもらうことが当たり前になったら終わりだ」
風が吹く。
砂埃が舞う。
「自分で立とうとしなくなる」
「自分で歩こうとしなくなる」
「自分で変えようとしなくなる」
彼女は黙って聞いていた。
男は苦笑する。
「俺も昔はお前と同じことを考えたよ」
「……」
「困ってる奴を見たら金を渡した」
「食べ物を配った」
「服もやった」
男は空を見上げる。
「だが結局、何も変わらなかった」
「どうしてですか」
男は静かに答える。
「渡したからだ」
彼女は首を傾げる。
男は近くの古びた井戸を指差した。
「魚を渡せば一日生きられる」
「釣り方を教えれば一生生きられる」
どこかで聞いたことのある言葉だった。
しかし彼の口から出ると妙に重く聞こえる。
「俺が渡したのは魚だった」
男は笑う。
「しかも腐るほどな」
「……」
「だから誰も釣りを覚えなかった」
しばらく沈黙が続く。
遠くで子供たちの声が聞こえる。
彼女は道端の人々を見る。
そして自分の手を見る。
善意は間違っているのだろうか。
助けることは悪いことなのだろうか。
そんな疑問が浮かぶ。
すると男は首を横に振った。
まるで彼女の考えを読んだかのように。
「勘違いするなよ」
「?」
「助けるなと言ってるわけじゃない」
男は優しく言う。
「手を差し伸べるのは大事だ」
「転んだ人を起こすのも大事だ」
「飢えた人に食べ物を渡すのも必要だ」
彼は拳を握る。
「だが」
その一言に力が入る。
「最後の一歩だけは本人が踏み出さなきゃならない」
彼女は目を見開く。
男は続けた。
「誰かに人生を歩いてもらうことはできない」
「誰かに夢を叶えてもらうこともできない」
「誰かに未来を生きてもらうこともできない」
彼は静かに笑う。
「だから手は引っ張るんじゃない」
「差し出すものなんだ」
風が吹く。
遠くでは銀河鉄道の汽笛が聞こえた。
出発が近いのだろう。
男は振り返る。
「ほら」
駅の方向を指差す。
「列車に乗り遅れるぞ」
彼女はまだ答えを見つけられなかった。
けれど。
この旅で出会ったマスターも。
年輪を語った老人も。
そしてこの男も。
皆、違う言葉を語りながら、どこか同じことを伝えている気がした。
人生は誰かが代わりに歩いてくれるものではない。
だからこそ、人は自分の足で進まなければならない。
彼女は最後にもう一度だけ振り返る。
そして道端にいた子供へ歩み寄った。
財布を差し出す代わりに。
近くの店で買ったパンを渡しながら、店主へ向かって言う。
「この子を働かせてください」
店主は驚いた顔をする。
彼女は続けた。
「最初は皿洗いでも荷運びでも構いません」
そして子供を見る。
「その代わり、明日も来てください」
子供は戸惑いながらも、小さく頷いた。
男はそれを見て苦笑した。
「なるほど」
彼女も少しだけ笑う。
答えはまだ分からない。
それでも。
ただ与えるだけではない何かを、少しだけ理解できた気がした。
そして彼女は再び銀河鉄道へ向かう。
遥かな星を目指して。