昔話風の短いお話です。
※当作品はクトゥルフ神話を題材としたフィクションです。実在する人物、出来事等とは関係ありません。
(志摩半島のとある集落に伝わる民話より)
昔々、大きな一本松の生えた浜に、与助という名の若い男がいた。
与助は貧しかったが、大層な働き者であった。漁を生業とし、毎日のように浜に出ては、魚や貝などを獲って暮らしていた。
その日も与助は、いつものように浜へ魚を獲りに出た。前日の晩に嵐が通り過ぎたため、浜には流木や海藻などが幾つも流れ着いていた。
与助が浜で打ち上げられた獲物を探していると、波打ち際に、うつ伏せに倒れている者を見つけた。
さては、昨日の嵐で波に攫われ、流された者だろうか。
目を凝らした与助は、その姿を認めて、大きな声を上げた。
その者は、手と足があるのは人と同じであったが、背中には鰭が生えていた。青白い裸身には毛の一本もなく、代わりに鱗で覆われていた。
「これは人魚か、それとも物の怪か」
与助はその者から目を離さぬようにして、ヤスをいつでも突き出せるように構えると、一歩、また一歩と、少しずつ近寄った。
近寄ってみると、その者は魚とも、蛙ともつかぬ姿ではあったが、胸には膨らみがあり、腰つきは艶かしく、どうやら女であるとわかった。手足の指は水かきになっていて、顔は人食い魚のようであり、目は瞼が無いのか、かっと見開いていた。
「殺さないでくれ」
女は与助に気がついて、しゃがれた声で語りかけた。
「海の怪物に追われて、傷を負ってしまったのだ。嵐に飲まれて、仲間とも逸れてしまった」
その言葉の通り、女は足に怪我をしていて、赤い血が海へと流れていた。
このような面妖な者と関わりなど持ちたくはないが、ここで助けなければ、きっと祟りがあるに違いない。
そう考えた与助は、女を家に連れ帰り、傷の手当てをした。
女の傷が癒えるまでの間、与助は女を家に住まわせることになった。
「ここで待っておれ。魚を獲ってこよう」
与助は一人で暮らしてきたが、女を養うとなれば、二人分の獲物を獲らなければならない。
与助が浅瀬で獲物を探していると、よく肥えた魚が一匹、ゆっくりと近寄ってきた。魚はどういうわけか、逃げようともしない。与助がすかさずヤスで突くと、魚はあっさりと捕まった。
次の日、与助がまた漁に出ると、いつもなら岩陰に隠れるはずの魚が、どういうわけか、よく見えるところに姿を晒していた。与助がヤスで突くと、やはり魚は、逃げようともせずに捕まった。
その次の日も、そのまた次の日も、同じようなことが続いた。その度に与助は首を傾げたが、きっと海の神様のお恵みであろうと考え、ありがたく頂くことにした。
家に帰ると、与助は獲れた魚を手ずから捌いて、女に振る舞った。
女は魚を美味そうに食らうと、ただ世話になるばかりなのも憚られるからと、海の世界の話を与助に聞かせた。
曰く、女は海の底にある石の都で暮らしており、そこには大勢の仲間たちもいる。その都は、女が生まれるよりもずっと昔には海の上にあったのだが、何か大きな災いが起こって、海に沈んでしまったのだとか。
他にも女は、色々な話を与助に語り聞かせた。海に棲む怪物や、天からやってきた神々の話。大昔の戦に、古いまじないの話。
夜毎語られる話は、与助を飽きさせることがなかった。与助は二親を既に亡くし、嫁も兄弟も居なかったから、こうして話す相手ができたことを、大変に嬉しく思った。
いつの頃からか、与助は女を、恐ろしいと思わなくなった。それどころか、女の待つ家に帰ることを楽しみにしながら、仕事に一層精を出すようになった。
あっという間に半月ほど過ぎて、女の傷はすっかり良くなった。
女は与助に、
「今まで多くの者に会ってきたが、ここまで良く扱ってくれたのは、お前が初めてだ。海に帰る前に、何か礼をさせてほしい」
と言った。
それを聞いた与助は、
「では、お前を嫁にほしい」
と答えた。
女は求婚を快く受け入れ、二人は夫婦の契りを結んだ。
夫婦となった二人は、連れ立って漁をするようになった。
女は陸ではひょこひょこと跳ねるような歩き方をしたが、ひとたび海に潜れば、鳥が空を飛ぶように速く泳いだ。魚を獲るのも達者であったから、食う物には困らなかった。
海が荒れ漁に出られない日は、二人で漁具の手入れをした。することが無くなると、女は拾った流木を小刀で彫り、一体の像を作った。その像は、首から上が蛸で、体は人、手足は蜥蜴、背には蝙蝠のような翼があった。
木彫りの像を見た与助は、これは海の仏様に違いないと考え、家の中のよく見えるところに飾った。そうして毎朝欠かさず拝み、魚が沢山獲れた日には、感謝を述べながら供え物をした。
幾年かが過ぎ、夫婦は三人の息子に恵まれた。
三人の息子たちは皆すくすくと育ち、そのうちに家族揃って漁に出るようになった。息子たちは皆、幼いうちから海を怖がらず、泳ぎも上手だった。
生まれたばかりの息子たちは人の姿をしていたが、大きく育つにつれて、段々と母親に似た、魚のような顔つきへと変わっていった。上の子から順に髪が抜け、肌は鱗に変わり、首元には皺ができて、やがて鰓になった。
それでもなお、与助は息子たちを可愛がった。手足の指が水かきになり、背中に鰭が生え始めても、与助にとっては大事な息子たちであった。
息子たちには海に棲む者の血が流れているから、鰭が立派になる頃には海に帰るのだと、女は言った。
そうして年月は流れ、いよいよ一番上の息子が、海に帰るときが来た。
与助が一番上の息子に、
「どこへ行くのか」
と尋ねると、一番上の息子は、
「海の向こうの地へ渡ろう。そこで美しい嫁を探そう」
と答えた。
一番上の息子は海に入り、遠くへ、遠くへと泳いでいった。
また一年が過ぎて、真ん中の息子も、海に帰るときが来た。
与助が真ん中の息子に、
「どこへ行くのか」
と尋ねると、真ん中の息子は、
「海の底の都へ行こう。そこで王様にお目見えしよう」
と答えた。
真ん中の息子は海に入り、深く、深く潜っていった。
さらに一年が過ぎて、とうとう末の息子も、海に帰るときが来た。
与助が末の息子に、
「どこへ行くのか」
と尋ねると、末の息子は、
「わしは兄らほど遠くへは行かぬ。この海の者らと、泳いで暮らそう」
と答えた。
末の息子は海へと入り、何処かへと泳いでいった。
女はそれからも浜に留まり、夫婦は二人で幸せに暮らした。
だがあるとき、与助は病に罹り、そのままぽっくりと死んでしまった。満月の光が、海に道を作る夜のことだった。
女は与助が毎朝拝んでいた木彫りの像を、浜に生えた大きな一本松の根元に置いた。そして与助の亡骸を抱え、夜の海を月明かりの道に沿って、どこまでも泳いでいった。
それきり、浜には誰もおらず、女や息子たちを見た者もいない。
やがて与助の家は朽ち果てたが、木彫りの像だけが、今も一本松の根元に置かれているという。
また、その辺りの海では魚がよく獲れると言われ、漁師たちは皆船の上から、浜辺に生えた大きな一本松を探すのだそうだ。
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また、当作品はクトゥルフ神話に属する作品ですので、他のクトゥルフ神話作品でも設定等をご利用頂いて構いません。