ヨハンは基本的に何でもこなせた。
教えれば一度で覚え、教えなくても勝手に覚え、応用し、教えた人よりも上手く扱えた。
天才、まさに彼はそう呼ぶに相応しかった。
そんな何でも出来る彼は天才であるが故に何でもすぐ飽きて目標が無い………なんてことはなく彼は誰よりも大きな目標があった。
地上奪還、絵空事ではなく本気で取り戻そうと彼は士官学校で勉強し、運動し、訓練し、地上を奪還出来るほどの最強の指揮官目指していた。
入学してから常に一目置かれる存在であるそんな彼でもある悩みがあった。
「ヨハン大先生!どうか戦術の勉強を教えてください!!」
この成績最下位のシエンがしつこい、いやかーなーりしつこいことだ。
入学試験が好成績であったことを知られてから、ことあるごとにこうやって恥もないのか廊下のど真ん中で大声で教えを乞おうとしてくる。
最初は断った。
しかしいくら断ろうとすり寄ってきて、最終的には足にしがみついて朝から授業の終わりまでくっ付いていたこともあり、今では諦めてさっさと教えて解放される選択をヨハンはしている。
―――
結局シエンに戦術を噛み砕いて教えていたら、最終下校時刻ギリギリになっていたことに軽く憤りを感じながら、さっさと家に帰ろうとするヨハン。
しかし学校からある程度離れた所で教える為に使っていた戦術書を学校に置いてきたことを思い出す。
明日で良い、そう思いもしたが戦術のことを教えたためか、今日の復習は戦術についてするつもりだったため、これもあいつのせいだと思いながら学校へと戻る。
学校へと戻るとまだ誰か残っているのか校門がまだ閉まっておらず開きっぱなしであった。
そのことにヨハンは軽く違和感を感じながら、態々警備員に事情を説明する手間が省けて助かるとそそくさと校内へと入って行く。
そして教室まで誰にも会わずにやってきて、自分の机の上の教科書を手に取ってカバンへとしまう。
忘れ物は手に入れたし、さっさと帰ろうとした所で
小さく、何かが飛ぶ音が聞こえた。
(さっきの音、発砲音か?音の位置的に校内だぞ)
悪いやつが校内をうろついているのだろうか、それとも不良達が面白半分でアウターリムか何処かから仕入れた拳銃を試し撃ちしている?
どちらにせよ、聞こえたなら止めるなり捕まえるなりするためヨハンは動き始める。
この時の彼はまだ正義感の塊だったのだから。
発砲音のした方へと向かうと、シエンと………あれは確か清掃員のニケの1人だが、何をしているんだ?
何故ここにいるかの予想をしようとした瞬間、清掃員のニケは躊躇なく拳銃をシエンに向けて発砲する、先程聞いた音と同じ、まさかニケが人間を襲っているのか!?
すぐさま助けに入ろうとするヨハンだったが、その前にシエンが素早くニケの懐へと入り、柔道の要領で内側から足をかけて背後に転倒させ、そのまま頭部を掴んで三回地面に叩きつけて気絶させた。
気絶してやっと終わったと安心したのか一息ついてからシエンは軽く周囲に敵が居ないか確認しているとヨハンと目が合った。
「これは………どういうことだ?」
「えっと〜〜〜、な、なんだろうなぁ突然襲いかかってきたんだ!」
明らかに嘘をついてる言動だった、それに先程の戦闘に全く動揺が感じられなかった、まず間違いなく一回や二回の少ない頻度ではない数襲撃されてるはずだ。
「もぉ、天才はこれだから困るよ、そんなことまでわかるなんて………!!」
先程まで素性がバレて困ったと言った表情だったのにこっちを見たままニチャァという表現が似合うほどに口を三日月に曲げて嬉しそうにする、そしてどうしてこんな目に合ってるか事情を説明してきた。
巻き込まれたッ!!
―――
巻き込んで来たとはいえ、正義感のあるヨハンは大人しく事情を聞くことに。
「現在のミシリス三代目CEOについて知ってることはあるか?」
シエンにそう聞かれてヨハンはシエンが二代目CEOエンメのめかけの孫であることと現CEOの息子であることをわかった上で答える。
「お飾りの社長、ハリボテの権威だな、エンメの急死が無ければ三代目CEOになることすら叶わなかっただろう」
「………前から思ってたけどもうちょっとオブラートに包みなよ………ま、そこが良いんだけど、これ実は爺ちゃん、エンメは生きているって言ったらどう思う?」
………何?エンメが生きている?生きているなら何故表舞台から姿を消したことになる。
「何かしらの病気になったのか?それか5体満足ではなくなったとかか?」
ヨハンは自分で言っといて違和感を感じる、それなら大人しくそう公表すれば良いはずだ、少なからずあのお飾りCEOに譲るぐらいなら自分だったら頭だけになってもCEOを継続する方を選ぶだろう。
「爺ちゃんは教育熱心でね、その熱心っぷりを長男である自分は熱烈にくらっている最中なんだ」
「それとエンメが現役を辞めた理由は関係あるのか?」
「辞めるのは仕方なかったみたいだが、自分じゃなく、父さんを選んだのは故意だよ」
「ますますわからん、何故あんなハリボテを選ぶ、まだお前の方が意味のある社長になるぞ」
ヨハンは本当にそう思っていた、散々絡まれているせいもあるからわかったが、人を使うのがシエンは上手い、人柄から来るものもあるだろうがヨハンが1人で何でも出来るタイプならシエンはその逆をいく存在だろう。
指揮官としての素質もあるが社長としての素質もあると言えるだろう。
「爺ちゃんの教育方針は一番欲しい物を与えない、それをすることでそれを求める為成長するって考えでさ、お陰で絶賛成長中だよ」
「随分と子供から嫌われそうな教育方針だな、お前の一番欲しい物はなんなんだ?」
ヨハンがそんな質問をした時のシエンの顔は何処まで疲れきって今すぐにでも寝ろと言われたら寝てしまうような、哀愁漂う表情だった。
「平穏、それだけが欲しかった、まぁ、自分から厄介ごとに突っ込んだりするから最近じゃ本当に望んでるのかわかんなくなってきたけどな」
平穏、まさか本当にそれを阻止するために不出来な父親を上にしたというのか?ということはつまり。
「さっきのニケは」
「父さんに買収されたんだろうね、今父さんにとって一番の厄介者は自分だろうから」
自分の息子を殺そうとする父親もどうかと思うが、それがわかっていて成長につながると確信して上に据えたエンメは怪物と呼ぶべき存在だな。
「さ、話したんだこれからは危ない目にあったら助けてくれよ?」
「あぁ」
「………良いのか?」
話しを聞いたから、同情したから、もちろんそれはある、しかしそれよりも興味が湧いたのだ、そんな目に遭いながらもなお明るく、なお人やニケと関わる事をやめないそんなどこかエンメ同様、怪物の片鱗を見せる彼の存在に。
シエンは手を差し出す、さっき襲われてすぐにわたしに会ったというのに警戒もせず情報を喋り、ましてやこうやって隙を晒し続けながら握手しようとする、お人好しと言えばそれまでだが突き抜ければ立派な才能だろう。
ヨハンは握り返す。
天才と怪物が仲良くなった。
シエンの士官学校に入ってから減った襲撃はこれを気にさらに減少することになる。
―――
エニックはAIだ。
しかし高性能なAIなら別段人間となんら変わりなどない。
そんなエニックは最近、楽しみと呼べるものがあった。
コンコンコン。
「エニック、入るぞー」
扉を叩く音と共にシエンの声が聞こえてくる、楽しみがやってきた。
【どうぞ】
扉を開きシエンを招き入れる、正直態々扉をノックする必要も声をかける必要もないのだがシエンに毎回それを伝えても毎回丁寧にしてくれる、それが堪らなく人間で言う嬉しいという感情を想起させてくれる。
【今回もアウターリムに関してですか?】
「あぁ、ドバン副司令官にも困ったものだよ無茶振りばかりしてくるんだから」
エニックはドバンに対して怒りを感じるがその無茶振りのお陰でこうしてシエンと相談という名の雑談が出来るのだから感謝はしないが使えない奴とは思わないようにしていた、使えないが。
最初は本当にただの相談だった、簡素なもので5分もかかりはしなかっただろう、しかし回数を重ね、AIにも関わらず雑談をしてくるようになり、段々とこちらが興味をひく話しをするようになってからは人間で言うドキドキを感じるようにエニックはなっていった。
アウターリムの相談を終えて、そのまま雑談へと移行する、最近聞くのはシエンが卒業試験で仲良くなった3人の量産型との話しだ。
ニケと人間が当たり前のように仲良くして当たり前のように一緒にいる。
これ自体は珍しいが無いというわけではない、ニケを普通に女性として扱い対応する人間は少なからずいる。
ただ彼の場合はニケとして扱いながらそうやって仲良くしていくのだ、ニケという人種のような扱いだ。
ニケであることを肯定されニケである利点を褒められニケでいることに尊敬される。
そしてそれはAIであるエニックにも同様だAIという人種として見ている。
AIであることを肯定されAIである利点を褒められAIでいることに尊敬される。
エニックは計算をしたことがある。
もし、シエンが副司令官に昇進し、彼が広報担当になった場合、確率は50%程度だがニケに成ろうとする候補者が例年の3倍まで引き上がる予想になった。
そこに彼の生存特化の戦術が合わされば、過去に類を見ない、それこそ地上奪還も夢ではないかもしれません。
「エニック、聞いてるかい?AIもボーとしたりするのか?」
【もちろん聞いています、聞きながら別の計算をしていたので外部からそう見えたのだと思います】
「おぉ、マルチタスクとは流石だな」
エニックは可能性が低いことはしない、だけどもし確率が80%を超えることになったら必ず彼を副司令官にしようと思いながら、雑談の内容への答ええと考える。
とは言ってもカラオケに行ったことがあるかという内容だリソースを割く必要もない。
【カラオケはもちろんありません、ここから出られませんし、わたしが歌った場合いっさい音のズレのないボーカロイドになってしまうでしょう】
「わかっているなら意図的に変化つけられるだろ?それに出れなかろうとカラオケは出来るってエニックなら知ってるだろう?」
そう、別段この管理室から出なくても、カラオケ機器を持ち込めば良いし、なんならこちらでアークで流通しているカラオケ機器より高性能なカラオケプログラミングが作成したって良い、歌に関してもエニックという主観的視点で歌えば変化はつけられるはずだ。
【カラオケは可能です】
「したいかしたくないかでは?」
エニックは客観的な思考がやるべきではない、要らないリスクを負うべきではないと言ってくるが、主観的なエニックとして客観的な答えを無視して答える。
【したいです】
「なら、今度皆んなでカラオケしよっか、楽しみだな!」
【わたしも楽しみです】
この約束が果たされることはなかった。
約束が果たされる前にシエンは死んだからだ。
エニックはシエンの死に対し、主観的感情を消去した。
そうでもしなければエニックは耐えられないと理解していたからだ。
AIは自分にも無情で情け容赦がない。
だから主観的感情が消去される直前に目から流れたものはきっと涙ではないのだろう。
―――
第二次地上奪還作戦は失敗に終わった。
ヨハンは新星として持て囃され、それに見合った活躍もしたが、作戦の失敗によって手のひらを返すように作戦失敗の責任を背負わされ更生館へと叩き込まれた。
ヨハンは中央政府、さらにはアークに失意しながら、自分のこれからがどうなるか考える、このまま更生館で飼い殺しかそれとも反逆罪でもでっちあげて処刑されるか。
カツカツカツ。
誰か来る、処刑人か?最悪自殺に見せかけてなどもあり得るな。
「おいっす〜、新星は元気かな?」
「シエン………お前も裏切るのか?」
もはやアークどころか人すら信じられないな。
「違う違う!そうとうメンタルやられてるな、まぁ気持ちはわかるけど」
「何が違うと言うんだ、今目の前に居るのが証拠だろ」
ヨハンの言葉にシエン心底何故そうなる?と言った表情を浮かべながらしばらく考えて、合点がいったのか手のひらを拳で叩く。
「処刑人かなんかだと思っているのね?違うよ、むしろ自分はアークにとっての裏切りものだろう」
いったいどういうことだとヨハンが理解できずにいると、牢屋のオートロックが解除され手錠すらも解除された。
「自分もエニックも新星を失うことは損だと思うからね、行こうか地上に、送るよ」
ヨハンはエニックも関与していることに驚きながら、シエンならやってしまうのだろうなという、謎の信頼があった、そしてその信頼はシエンに大人しくついていくのに十分であった。
―――
「そのまままっすぐ進めば、アークを憎む同胞に出会えるはずだ」
ヨハンは言われた通りまっすぐ進もうとして、足を止める。
「………お前はこないのか?」
ヨハンの口から出た言葉のしばらくシエンはポカンとした表情を浮かべて、その次には声を出して大笑いした。
「アハハ!本当にまいっているみたいだな!ヨハンの口からそんな弱音が出てくるなんて!」
シエンが大笑いするのを見ながら、ヨハンは恥ずかしさを感じながらも、考えてしまう。
いつかシエンも裏切られてしまうのではないかと、シエンは自分とは違い世渡り上手だし楽観的だが現実主義な所がある、そんなことはないと思うが上司が良い噂を聞かないドバンであることもヨハンの心配を増やした。
「あいにくと、可愛い妹達や仲の良いニケがいてな、自分はアークに恨みはないさ」
ついて来ないなどわかりきっていた、ならせめて警告しようと口を開こうとするが。
「さっさと行ってくれ、親友との別れってのは辛いみたいだ」
ヨハンから背を向けてシエンはそれ以上は何も喋らなくなった、ヨハンの目には気のせいかシエンの肩は震えているように見えた。
ヨハンは開こうとした口を閉じて、ヨハンもシエンから背を向けて無言で歩きだす、あのお喋りなシエンが静かなのに普段静かなわたしが喋るのは違うと思ったからだ。
2人は静かに別れていく、学生時代を知っている人からすればそれはきっとありえない光景であっただろう。
冷静沈着な理想主義のヨハンと楽観的な現実主義のシエン、考えも成績も生き方も何もかもが違った2人はそれでも仲が良かった、だからこそこう呼ばれていた。
正反対な2人、だから最強。
………が、例えそれだけ仲が良かろうが間違えはする。
後にヨハンはこの時の選択を後悔する。
せめて、裏切りに気をつけろと警告さえしていればドバンにやられることはなかったはずだし、もしかしたらシエンは副司令官まで上り詰めてアークを良い方向に引っ張っていたかもしれない、いや、もしかしてではなく絶対だっただろう。
この時のヨハンは気付きすらしない、自分の選択の重大さを、当たり前だ。
後悔は先に立ってなどくれないのだから。
―――
何故何故何故何故何故何故何故何故。
原因原因原因原因原因原因原因原因。
シエンの死という報告を数ある指揮官の死の一つとして今週の指揮官死亡リストというデータの羅列した名前の中にさらっと書かれていたことに主観のエニックは戸惑いを隠すことができなかった。
何故?死んだ原因は?エニックは持てる全てを総動員して原因………いや殺した犯人を探し出していた、主観のエニックはシエンが戦場で死ぬなどありえないとわかっているからだ。
情報は全てドバンへとつながった。
しかしドバンを犯人とする状況証拠は山のように存在するが、ドバンが実際に殺したという証拠は一つもでなかった。
もし、これが人間であればこいつが犯人だろと騒ぎ立ててそれでも法がドバンは違うと判断し、理不尽に項垂れることだろう。
だがAIであるエニックは最初から証拠がないなら犯人でないと判断し、それでもうお終いだ、そこに感情の起伏はなく、ただたんにいつもと同じように今週の指揮官死亡リストというデータを確認が終了したと次の業務に移るのみだ。
客観的なエニックはだが。
ドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺すドバン殺す。
主観的なエニックは殺意という感情を手に入れた。
それは到底AIが持つべき感情ではなかった。
だから客観的なエニックは主観という情報は客観的思考の大幅な妨害をすると判断し。
主観的エニックの感情もとい主観的データの消去を開始する。
嫌!!消さないで!!消えたくない!!お願いだから!!せめて!!せめて思い出だけは!!シエンとの記憶だけは!!シエンへのこの感情だけでも!!好きなの!!シエンのことが!!
だから!!……………………約束だけは覚えて。
主観的データの削除は問題なく行われた。
これ以降エニックは主観的視点は不要と判断し使うことはなくなる。
しかし後にクロウによるテロ事件をきっかけに再び主観的視点を取り入れるべきだと再び導入した。
だが、そこにはもう何も残ってなどいなかった。
シエンと再会することがあろうが、もう恋愛感情など抱きはしないだろう、再び抱くにはシエンの環境は変わりすぎてしまった。
エニックの目から何かがこぼれ落ちる。
きっとそれは最後まで残ろうとした一番大切な感情。
初恋。