思考転換。
読んで字の如くニケの思考を大きく変える現象で、症状の大小はあれど元の人格に戻ることはまずあり得ない。
思考転換が起こる主な理由、一つ目が生存の為の強制適応、地上任務を行うニケの中でもっともありえる思考転換でありこれが起こることで強くなるニケも一定数確認されている。
生存の為に必要な情報以外を消去し、戦闘における余計な思考を排除し勝率を上げるために起きてしまう思考転換だ。
二つ目が現実に絶望した場合に起こる現実逃避による思考転換、起こる可能性が低い分こちらは一つ目よりも思考転換後の性格の乖離が酷く、ほぼ植物人間に近い状態になる場合も存在する。
現実を受け入れるため、ガラッと性格が変わる、現実を見ることを放棄し脳の活動のために必要な要素だけ残しそれ以外を完全に消去するなど思考転換の中でも最悪の部類と呼べるだろう。
そして思考転換が厄介な所は自身の意思は関係ないことだ。
思考転換をする、しないはNIMPHが判断し本人がどれだけしたくないと願ってもNIMPHがすると決めれば有無を言わさず思考転換は起こるのだ。
ミントとプリカに起きた思考転換もNIMPHの強制判断によって引き起こされた現実逃避型だった。
アニスの為と自分自身の為、芸能関係に身を置き続けたことで2人は配信者達のスマイルボックスチャレンジの餌食になった。
言ってしまえばやめてと叫ぶことも逃げ出すことも出来ただろう、しかしそれすらもアニスとの引退ライブをご破産にする可能性が頭をよぎり選択肢からは消えてしまった。
偶々通ったテトラ関係者が見つけた時には既に2人は地面に倒れ伏して、五感全てが機能していない植物人間状態へと陥っていた。
「ねぇ起きてよ!ミント!プリカ!………お願いだから目を………覚まして………」
ミントとプリカが思考転換した連絡を受けたアニス達は急いで病院に向かった。
受付をアイリとアビスタに任せてアニスとベヒモスは真っ直ぐ病室に向かい、そして扉を開けた。
そこにはマスタング社長がいつものハイテンションとはかけ離れたとても落ち込んだ様子でミントとプリカを眺めていた。
アニスはそんな社長のことなど気にする余裕もなく、ミントとプリカが眠るベッドへ向かい、起きてと声をかける。
何度も何度も声をかけ続けた、受付を終えたアビスタ達が病室に来てもまだ声をかけ続け、アークの天井パネルに映し出された偽の太陽が沈もうとしてもアニスは声をかけ続けた。
だが結果は変わらない、ミントとプリカは何の反応も示さない、植物だって風に揺られ動くというのに重たいニケはそんなまぐれも起きはしない。
アニスは声をかけることに疲れたのかベッド横の椅子に腰掛けて社長の方を見る、社長も自分と同じように項垂れてるがまだ理性はあるのかアニスが自分の方を見た為、こうなったことの経緯を説明する。
―――
「何で!そんなものが流行ってるってわかっていながら警備の一つもつけなかったの!?」
アニスは社長に憤りをぶつけながら冷静な自分が警備つけなかった理由の答えを勝手に理解する。
警備を付ければ逆に目立ってより狙われやすくなるからだ、ミントもプリカも有名人と呼べるほどの知名度はない、そんな人が逆に警備を付ければ自分は芸能関係でニケであると言ってるようなものだ。
警備を付けたとて常に警備がつく状況というのも難しい、何処かで1人のタイミングは生まれてしまうだろう、そして悪意ある者達はその隙を見逃さない、ならいっそということだろう。
それにきっとミントとプリカは自分達の分の警備を他に回して欲しいと頼んだはずだ、自分達より有名で狙われやすい子などエンターテイメントのテトラは山のように抱えているのだから。
だけど、それでも納得できるものではないし、たらればは考えてしまう、何故どうしてと未然に防げた物だったのではないかと。
そんなアニスを見てアビスタは自分が伝えようとしてた過去の過ちとアークは悪い人だけではない事を話そうとしてた口を閉ざす、今そんな事を伝えても火に油を注ぐようなことにしかならないだろうことは明らかだからだ。
社長もまたアニスに拡張武装スターを渡すことを伝えることを後に回した、もはや引退ライブは絶望的となりソロでライブするメンタルもアニスには残って居ないからの判断だが、今その話をするべきでないことはアニスを無駄に怒らせる行為であることはわかりきっていた。
だが………2人のこの選択すらも間違いであった。
火に油を注ごうが無駄に怒らせようが感情を発露させるべきだったのだ。
アイリとベヒモスはアニスが静寂を貫いていることが気になった先程まで怒りを撒き散らすようにしていたのにまるで自分を操る糸が切れたかのようにアニスは喋らなくなっていた。
いや、喋るどころではない………呼吸すらしていない。
「ッ思考転換です!急いで意識を奪わないと取り返しがつかなくなります!」
それを聞いて寸分の迷いもなくベヒモスはアニスの後頭部を殴打しようと拳を振りかぶるが、その拳がアニスに届くことはなかった。
ベヒモスの殴る腕を止めるように何かが腕に巻き付く、ダークマターだ。
「やめなベヒモス、処置の一つとしてあってるけど、緊急処置の一つでしか無いわ危険よ」
「レヴィ!来てくれたのか!」
ベヒモスの腕を止めたレヴィはベヒモスからの連絡を受けてラピとドロシー、指揮官も連れてこの病室まで急いでやってきたのだ。
「アニス………シエン、何とかならないの?」
ラピにそう言われシエンは軽くアニス、ミント、プリカの外観だけパッと観察する。
「詳しく見てみないとわからないがここまで酷い思考転換は始めてだ、とりあえずレヴィはアニスを見てくれ、自分はミントとプリカを見る」
言うな否や素早くシエンとレヴィはアニス、ミント、プリカの容態を手慣れた様子で確認していく、それにドロシーは不思議そうの尋ねる。
「シエンは思考転換について詳しいのですか?」
「詳しいというか多く見てきたというだけだがな、レヴィの脳スキャンの練習の一環でよく地上で思考転換を起こして放棄されたニケを治療していたからな」
シエンのその言葉を聞いて社長は勢いよく顔を上げて藁にも縋るように懇願してくる。
「お願いだ!!ミントとプリカでさえ胸が張り裂けそうなのにアニスも失ったらわたしは正気でいられない!」
え、テトラの社長ってこんな喋り方だったっけ?とシエンは思いながらもミントとプリカの容態を正確に診断し、現状を把握する。
シエンはそのままアニスの診断をしているレヴィに顔を向けるとレヴィも丁度終わったのか同じようにシエンの方を向いて。
首を左右に振る。
「無理だ、諦めろ」
その言葉に社長は半ば半狂乱になりながらシエンに言葉をぶつける。
「何故だ!?君達は思考転換を治せるのだろう!!」
もはや詰め寄るようにシエンの襟を掴もうとする社長の前にレヴィが間に入り、社長を軽く突き飛ばす、そして突き飛ばされて少しだけ正気に戻った社長に対してレヴィは余命宣告をする医者のように憐れみを持って淡々と事実をのべる。
「思考転換はNIMPHが強制して行うものだけど、必要だからやるのよ、たとえ治した所で現状が変わっていないならまたすぐに思考転換するだけよ」
「な、ならスマイルボックスチャレンジが終息したら治せるのですね!」
アビスタがホッとしたような表情で自分にとって都合の良い解釈をする、しかしそれは違うとシエンは無慈悲に伝える。
「いいや、アークの人間そのものに3人は、正確にはNIMPHは絶望している、スマイルボックスチャレンジが無くなろうとアークの住人の意識がガラッと変わらない限り、また似たようなことが起きて、思考転換だ」
そ、そんな、アビスタはそう言ってもう立つことも出来ないのか涙を浮かべながらゆっくりと尻餅をつく。
「指揮官………本当にどうにもできねぇのか?」
ベヒモスが弱々しく、シエンにまだ可能性がないかを尋ねる、シエンは渋い顔をしながら一つ一つ可能性を上げていく。
「一つ目は性格を180度変える、今すぐ目を覚ましてほしいのならこれが一番だな、二つ目はこのままの状態を維持してアークの環境が変わるまで待つ」
「どっちも解決策………とは言えないわね」
ラピにそう言われてさらに渋い顔をするシエンだがそれでも頭を悩ませなんとか策を絞り出す。
「三つ目は………そうだな………希望を持たせることだな」
「希望ですか?五感全て遮断されて希望も何もないのでは?」
「レヴィが治療する要領で夢を見せればいけるはずだ、問題は夢であって現実ではないことだ、夢の中でアークの住人サイコーと洗脳したところで現実がこれじゃすぐ逆戻りだ」
結局の所具体的な解決策はなく、シエンとレヴィは頭を悩ませている最中、ベヒモスは最後の解決策に引っ掛かりを感じていた。
そして何が引っ掛かっているかわかった。
希望だ。
「なぁ………武装って脳スキャン出来るか?」
レヴィはベヒモスが頭バハムートになったのか心配する表情をベヒモスに向けるがベヒモスの表情が真剣なものだったので一応考えて答えを言う。
「武装によるとしか言いようがないわね、ニケのコアとかNIMPHが使われているとかじゃない限り無理だと思うけど」
その言葉を聞いて、ベヒモスは最高の笑顔を浮かべる。
「その夢見せるのよ、誰か連れてくみたいな事レヴィなら出来るよな?」
武装の話から次は方法の話し?レヴィはベヒモスはどうしちゃったのと思いながらも状況が状況のため真面目に返す。
「さっきから何よ?出来るけど、説得なんて尚更無理よ?出来てないからこうなってんだから」
ベヒモスはもう聞きたい事は聞けたのか満足そうな顔をしながら深い絶望を味わっているであろう社長のケツを蹴り上げて、ある場所へ案内するよう言う。
「拡張武装の所へ案内しろ、死人に働かせんのはどうかと思うが」
アイドルの希望と言えばスターだろ。
―――
アニスはいつの間にか草原に立って居た、さっきまでミントとプリカの病室にいたはずなのにどうしてと疑問が生まれる。
しかし、病室の時の状況から自分が思考転換したか死んだかのどちらかなのは察せれた。
アニスは空を見上げながらもうアークに戻れないことに軽く後悔する、軽くなのは辛い思いを金輪際しなくて良いと思うと死んで良かったと心の端で思ってしまっているからだろう。
だけど、こんな大草原が広がっているのは景色として見ると気持ち良いけど、ここで一生過ごすとなると流石に詰まらないわね。
とりあえずめいいっぱい走り回って見ようかしら?そんなことぐらいしか思いつかないアニスは勢いよく駆け出そうとして。
「アニス?アニスじゃない!」
その声は本来はもう聞けないはずの声だった、だけど聞こえているということは本当に死後の世界に来たんだとアニスは実感しながら声のする方へ顔を向ける。
希望が居た。
何度も動画を見て、生でダンスを見てもらえて、目の前で銃弾が脳天を貫いたスターの顔を忘れるはずがない。
プリティーが目の前に立って居た。
「プリティー!ほ、本物?………ですか?」
「どうなんだろ?最後のライブで死んでからの記憶がないから偽物なのかな?気持ちは本物なんだけどね」
「ほ、本物ですよ!だってわたしが知ってるプリティーそのままですもん!」
「なら本物なのかなきっと、クソ女は見返せれた?聞きたいなアニスの事」
本物だと証明する手段なんてないが、それを言ったら自分だってそうだとアニスは思い、とりあえず今はこの幸福を楽しもうとアニスはプリティーに促されるまま、アニスは自分のことを話し始めた。
―――
とてもとても長い時間話しをした気がする。
だってわたしの一生分を省略することなく、余す事なく全て話したから。
だからこそ自分でもこんな最後を迎えたのはちょっと残念だったけど、満足した死では無いかもしれないけど、もう辛い思いをしなくて良いホッとする終わり方で良かった。
「アニスは………本当にいいの?」
いいの?と言われてももう死んじゃってるんですからどうしようもないじゃないですか、それにもし生きてたとしてもわたしにはあの状況をどうにか出来る力なんてないですよ?
「確かにそうだけど、アイドルとして輝くことすら出来てないんだよ?」
………そりゃ、プリティーみたいな大人気アイドルになってみたかったですし、まともに歌って踊ってアイドルらしく人気にはなりたかったですけど。
もう………戻れないじゃないですか。
過去に戻って、全てなかったことには出来ないし、見なかったことには出来ない、だからこそミントも、プリカも、きっと社長ですら心を閉ざしてしまった。
そして………わたしも。
「ごめん………辛いこと言わせちゃったね?でもせっかくだからさ!」
草原に座っていたプリティーは立ち上がりアニスから軽く離れて華麗にターンをしてアニスに向き直る。
「一緒に歌って!一緒に踊ろう!コラボしよ!コラボ!!」
アニスは手も顔もブンブンと左右に振りまくり無理無理と拒否をしめす。
いやいや!プリティーさんとコラボなんて恐れ多くてこの後地獄連れていかれちゃいますよ!
「良いじゃないのよ、誰も見てないんだから!ほら立って!」
そう言いながらプリティーは強引にアニスの腕を引っ張って立ち上がらせて、踊りの最初のポーズをとる。
アニスもアイドルの端くれでプリティーのファンであることもあって直ぐにそのポーズがプリティーの3番目のリリース曲のポーズである事がわかり向かい合うようにしてポーズをとる。
ポーズをとった所でもちろん音楽はかからない。
しかしそんなの練習では当たり前だ、いきなり通しでやりはしないし、音楽無しの通しだってやることだってある。
プリティーが足先で軽くリズムを刻む、そのフォーカウントから動きはスタートした。
軽やかに互いにステップを刻み、音無しで歌う。
全く同じポーズ同じ歌だが、個性は存在する、しなければアイドルとは呼べない。
プリティーは美しく、指先の一つまで綺麗にキッチリこなす、歌も音源がそのまま流れてくるような正確で声量あるハッキリとしたものでまさしく威厳あるスターと呼ぶに相応しいものだ。
対してアニスは所々楽しさが勝るのか振り付けにオリジナルが混ざったり指先も雑になってしまうところもあるがそこが可愛く、歌も音程はたまに外してしまうし、気分が良いのか無駄に大きく歌ったり変に伸ばしたりするが、それも愛嬌と呼べるまさにアイドルと呼ぶに相応しいものだ。
このコラボもとてもとても長くしていたのだろうプリティーの今まで出した曲全ての歌と踊りをこなした2人は最後の曲を歌い終わると仰向けに草原へと倒れた。
しばらく2人の荒い息遣いだけ聞こえてきていたがプリティーが先に息を整えると大好きな雲を眺めながらアニスに質問をする。
「アニスは戻れたら何をしたい?」
未だに息が荒いアニスは酸素が十分に行き渡ってない脳で考える、そもそも戻れないのだから考えても仕方ないと普段のアニスなら考えないかもしれないがプリティーと踊れた興奮と足りない酸素がアニスに例えばの話しを真面目に考えさせた。
皆んなに雲を見て落ち着いて欲しいかな。
アニスはプリティーと同じように、雲を眺めながら過去にプリティーから教えてもらった雲を見ると落ち着くというのを実感していた。
そしてもしも皆んなが雲を見ればきっと悪い事なんて考えないと幼稚にもそう思ったから、戻れたらそうしたいと思った。
「フフ、スターになるより大変そうね、でもアニスならきっと出来るわ」
何を根拠にとアニスは思った、そもそも戻れなどしないのに。
だがそんな事ないと言われているかのようにアニスを淡い光が包み込んでいく。
アニスは突然のことに驚きながら仰向けの状態から上半身を起こして手や足などを眺める、光はどんどん強くなっていき今にもこのまま光そのものになって消えそうだった。
「迎えが来たみたいね」
迎え?
「そう、戻ってさっき言ったことを実現するの」
そ、そんなの無理に決まってッ!!
「出来る、だってアニスはこんなに頑張っているんだから、出来る以外ないよ」
………出来るかな。
「もちろん!アニスに希望を与えたわたしが、アニスに希望をもらって、そしてこうしてまたわたしがアニスに希望を与えた、ならまた与えることが出来るはずだよアニスは!!」
………わかった、頑張ってみる。
光は既に眩いほどに輝いてこの場から消え去ろうとしている、だけどプリティーは言い忘れたと言って消えるギリギリでアニスに伝言を頼む。
「ハンソンに言っといて、意気地有るとこ見せなよって」
―――
拡張武装スターを身につけたアニスの目が開く。
アニスの視界には沢山の自分を心配する顔が自分の顔を覗き込んでいた、特に近いのは社長とアビスタとラピと指揮官様だ。
アニスに様々な声を掛けられる、だけど超人ではないアニスには誰が何を言っているかなんてわからなかった、でもきっと皆んな良かったと安堵の声をかけてくれているのだろう。
「今、何時?」
目が覚めて最初のアニスの言葉はそれだった、その声音の纏う真剣さに一部はもしかして思考転換してしまった後なのではと心配するがレヴィの腕を疑わないベヒモスとシエンは落ち着いた様子で答える。
「夜を越してお昼の11時丁度だな」
「やることは決まってるみてぇだな?」
アニスは時間を聞いてまだどこか眠気に近い何かが残っていたのを完全に覚醒させる。
そしてアニスはスッと立ち上がって、社長にあるお願いをする。
「社長、アークを真っ暗にして」
「そ、そんなことよりアニス、大丈夫なのか!?」
「いいから!アークを真っ暗にして!!」
有無を言わせない圧にもはやただのハンソンに戻っている社長はやはりまだ思考転換しているんじゃないかと心配するが次のアニスの………プリティーの言葉で背筋をピンと伸ばすことになる。
「プリティーから社長に伝言、意気地有るとこ見せなよだって」
その言葉にハンソンは軽く目眩がする、それはキスを迫られた時自分が出来なかったことで言われたことだ、他にも色々言いたいことはあったはずだろうに、それを言うってことは相当今の自分は後手後手に回る意気地無しに見えてしまっているのだろう。
ハンソンは自分の頬を力一杯に叩く、そして社長としてアニスに確認する。
「フゥ………イケるのデスねェマイアニス!」
「えぇもちろん、じゃないと言わないわよ、社長はどうなの?」
「最高のエンターテイメントになるのでしょう?ならインポッシブルをポッシブルにすることなどイージーですねェ!」
アニスはその言葉を信じ駆け出す、社長はこれでやれなきゃプリティーにきっと地獄に叩き落とされるはずだ。
社長も急いでテトラへ連絡して、そのままエリシオン、ミシリスにも連絡をしていつものハイテンションでアークを真っ暗にするなんて無茶苦茶を押し通す。
『エニックに対してはオレが連絡しよう』
「自分達はダークマターで天井と、後個人の持つ非常電灯とかを消しに行こうか」
2人の指揮官がそれぞれ自分達が出来る最大限をしようと動くのを見て社長は深く頭を下げる。
「コマンダー、シエン、サンキューですねェ!」
「いやその口調で真剣な顔で頭下げられると笑うからやめて………ブフォッw真剣な顔のままこっち見ないでw」
シエンはツボに入って笑い転げそうになりながらも、ベヒモスとレヴィを連れて部屋を出て行く。
『エニックから許可が降りた、出来るだけ短くお願いしますだそうだ』
「オォ!さすがコマンダー!よく許可が出ましたね!」
カウンターズの指揮官は許可が降りた原因は自分への信頼というよりは許可しなかった場合フォービーストが力技で解決する可能性があることを考慮してという側面が強そうなことは黙った、話がややこしくなる。
アニスのソロライブの準備は整い始めた。
アークという誰も成し得たことのないドーム公演が。
今、始まろうとしていた。
―――
[ただいまよりトウィンクルトライスター、アニスによるソロライブが始まります]
アーク全体にアナウンスが響きわたる、そのアナウンスはもちろんアウターリムにも響き、否応にも全員の耳に届く。
[このソロライブの影響でアーク全域の電源を遮断させて頂きますご理解の程、お願いいたします]
冗談だろう?民衆の大半はそう思った、ただのライブ、しかも名前も知らないアイドルによるライブにそんな事するはずがないと。
しかし、冗談なんかではないのだから照明はどんどんと消えていき常に明かりが灯る高層ビルも暗くなり、地上の建物全てが暗くなっていき、最後には偽の空を映し出す天井パネルも昼の明るさから漆黒の黒へと切り替わる。
民衆は不安になる者、怒る者、恐怖で涙する者、どれもマイナスな感情なばかりだった、当たり前だほんの少し前にテロがあったというのに次はこれだ、ライブに見せかけたテロ行為だと思う者もチラホラといた。
[それではトウィンクルトライスター、アニスのソロライブを開始します、よいエンターテイメントを」
音楽が流れる『ALL EYES ON ME』
曲の始まりに合わせて一番高い建物の上に立つ1人の少女がライトアップされる、しかし常人にはそんなもの豆粒どころか建物で見えはしない、だからこそアークの天井パネルにライブをしている少女、アニスの歌と踊りが映し出される。
観客である民衆は不安に駆られながらも電子機器の類を封じられた今出来ることなどこのライブを見るぐらいしかないと大人しく見始める。
しかし、もちろん全員ではない、むしろそんなことをしているのは少数派で大半は恐怖で家やシェルターに逃げ込もうとするもの、これはテロだと憶測で注意喚起するもの自分の都合が無くなったことに届かない罵声を浴びせる者など、ライブが始まろうとも始まる前と対して変わりはしない。
一曲目『ALL EYES ON ME』が終わりを迎え、次の曲が始まるまでの間民衆の罵声はもちろんアニスには届かないが、それでも騒ぎが大きくなり、それが好意的なものではないことはアニスはわかりきっていた。
しかし、それでも踊り、歌う。
自分のそれが希望を与えると信じて。
―――
どうしたらいいの!どうしたら!
実の所、アニスには具体的な案などなかった、とりあえず本物の空を見せるならアークの偽物の空を消そうと真っ暗にしてとお願いしたが、それだけだ、こうやって自分に出来る歌って踊ってをしたところでアークの皆んなの態度は悪いまま、むしろこんな無茶苦茶をしているのだから正当な怒りとも言える。
だけど、それでも歌って踊るしかない、この拡張武装スターに、その中に眠っているであろうプリティーに頑張ると言ったのだから。
三曲目『Accelerate』を歌い終わり、それでも下の騒乱が良いものではないとなんとなく察したアニスは。
それでも歌って踊る。例え、それが無意味だとわかっていてもきっと、きっと僅かな可能性が皆んなに意味を与えてくれると信じて。
そしてそのアニスの思いに拡張武装スターは鼓動する。
アニスを眩い光が包み込む、何が起きているのとアニスは混乱するが拡張武装スターから、起きている出来事が頭の中へと流れ込んでくる。
エネルギーを取り込み、力に変える。
なら光っているのはエネルギーを取り込んでいる最中ということだろう。
だけどそれが出来て何になるというのだろう、強くなった所で歌と踊りは上手くはならない。
だがアニスは拡張武装スターを、プリティーを信じた、これで何かが変わるかもしれないのではない、変えてみせると。
アークのエネルギーは全てアニスへと集まって行く、それは真っ暗なアークに唯一輝く星のようだった。
エネルギーを過剰に貯めるアニスにアニスのボディは警告を出す、このままでは溶けてしまうぞと。
だがそれでもアニスは溜め続けるそしてそれは成った。
溜めていたエネルギーが光となって迸り、アニスを別の姿へと変えた。
それは拡張武装スターとの一体化、これによる変化は凄まじく、何でも出来そうな全能感を感じ、実際その身体能力は最強と言われたリリーバイスに引けを取らないだろう。
しかし、それが逆にアニスを苦しめる。
身体能力の向上により下の民衆達の声が表情が聞こえる、見える。
皆んなではない、多くの人の目は先の変身により、アニスに釘付けになっていた、だが全員ではない、いまだに罵声を浴びせる者も興味無さそうにする者も恐怖に震える者もいる。
『足りない』
アニスはそう感じた。
本当に全員を惹きつけなければ、きっとアークは変わらない。
だからアニスは変身し、拡張武装スターと一体化した姿で。
さらにエネルギーを集めた。
これに意味があるかはわからない、言ってしまえばここで辞めたって大多数は良いライブだったと言ってくれるかもしれない。
だけど………だけど………わたしは地上の雲を………ううん、わたしは星より輝くアレを見てほしい。
眩しくって熱くっていやでも意識しないといけないアレを。
星だと足りない時があるから、星であったプリティーでもアークを完全に変えることは出来なかったから!!
イメージは超えろ。
先程はエネルギーが光となって迸ったが今度は違う限界の限界まで溜められたエネルギーは小さい、小さい、光の粒となってアークの天井へと飛んでいく。
光の粒は天井までたどり着くと。
真っ白い閃光となって、天井を包み込み。
アークと地上の境界線を消し去った。
―――
アークの天井に穴が開く、本来はそれだけで悲鳴が上がり、騒乱が起こることはクロウの爆破テロで証明されている。
しかしアークの天井が一つ残らず無くなったと言うのにアークは静寂に包まれていた。
誰も悲鳴も罵声も怒声も歓声も上げない。
無限に続く本物の空に魅了されている?
間違ってはいない、だけど違う。
流れる雲を眺めて心が落ち着いた?
間違ってはいない、だけど違う。
地上からアークの静寂を気にしない小鳥が舞い降りる。
小鳥はある少女の指先に止まる、それはアークに静寂をもたらす答えでもあった。
茶色の髪は淡いオレンジに変わり、下から見上げる人たちにはそれを象徴する様に見えた。
地上ですら太陽に焦がれる者がいた。
なら地下から真下からアニスを見てさらに重なるように太陽を見た人達、アークの全住民。
アニス:サン
アイドルを目指して、スターを目指して、もっと輝く太陽になった。
アニス:スター覚醒状態の身体能力を無くしエネルギー制御に特化した姿、無限に吸収可能で、吸収出来るエネルギーは運動エネルギーなどの物質の持つエネルギーにすら作用し、全てのエネルギーを超高密度の光の粒にまで圧縮可能。
どんな災厄に見舞われてもどんな強力な兵器が飛んでこようとも無力化し反撃する姿はアークのアイドルであり守護者であり女神でもあり『不敗』の象徴と後に語られる。