【完結】Alice.dat -ハッカーの彼女と公安の彼の騙し合い恋愛 嘘で始めた恋は本物になれますか?-   作:稀葉

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File.16 うさぎはだんすおことわりです

 臨港モノレールが制御不能になっている。

 その一報で、今日の予定は綺麗に書き換えられた。

 

 システム障害を除外できるほどの制御不能が判明した段階で、公安にも召集がかかった。

 乗客はざっと千人超。一周約16kmのレール周辺には、ビルが多く建ち並び、物流車両の往来も多い。

 最悪、脱線すれば二次被害も甚大だ。

 

 通常ならば、ここまで早い段階で公安に声はかからない。けれど、今回は事情が違った。

 

「どうもサイバー課がやらかしたらしいです」

 

 迎えに来た車のなかで、勘弁してほしいっすよ、と東が渋い顔で溢していた。

 周辺は既にモノレールに乗るはずだった乗客たちや、野次馬、報道関係らしい人だかりができはじめていた。

 

「テロの可能性ありで発表にふみきるとのことです」

 

「わかった。野次馬がこれ以上増える前に、一帯の道路の封鎖を進めろ。避難誘導は管轄に任せていい」

 

 手短に指示を出すと、頷いた東は素早く背を向けて動き出す。

 ふいに、『川村』のスマホが震えた。この番号は、警察関係者以外では透子しか知らない。なかば相手を確信しながら確認すれば、案の定、透子からのメッセージだった。

 

『おはようございます。

ちーちゃんとケーキを食べに行くので出掛けてきます!

お仕事がんばってください』

 

(また『ちーちゃん』か)

 

 まんまと追跡をまかれたのは、記憶に新しい。

 

『ホットケーキがすきなんじゃなくてぇ、ちーちゃんのほっとけーきがすきなの』

 

 酔って少しだけ舌足らずになった彼女の、ふにゃりとした声が思い出される。

 

 それにしても、もし、モノレールの件に三月ウサギが絡んでいたとしたら?

 

 このタイミングで、千彰が透子を連れ出すのはあまりに出来過ぎているようにも思う。

 微かなひっかかりを覚える。

 しかし、モノレールが制御不能になった時、彼女はマンションで眠っていた。直接この件に関わっているとは考えにくい。

 

 念のため、あとで透子のスマホのGPSも確認する必要があるが、まずは目の前のことだ。

 狗塚はさっと周囲を観察してから、足を踏み出した。

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 千彰に連れてこられたのは、透子の母校──F高校のデータセンターだった。

 空調の効いた室内はひんやりと肌寒い。

 むき出しのコンクリの壁に閉ざされたそこは、無機質な白い箱が並び、静かなモーターと空調の音だけが響いていた。

 F高は通信制高校だ。バーチャル空間での授業や遠足を売りにしており、この部屋が数万人の学校生活を支えている。

 そのため、回線も設備も、下手な企業よりよほど強力だ。今この状況で使う場所として、申し分ない。

 

「よくOKがでたね」

 

 壁際の作業机で愛機のノートパソコンを立ち上げる。

 

「権力はこういうときに使わないと」

 

 千彰の声がコンクリに反響した。

 

 透子は愛機から伸ばしたコンソールケーブルで、室内のシステムを支配下に置く。

 パイプ椅子を引き寄せて腰を下ろすと、千彰がリストバンドを放ってよこした。

 

「また火傷して、痛い目みたくはないでしょ?」

 

 負荷の高い作業では、ノートパソコンのパームレストがかなりの熱を発する。

 たしかに今回はそうなりうるだろう。透子は渋々リストバンドをつけた。

 

 早速、千彰に送信してもらったシステムデータを参照して、モノレールのバックドアへとアクセスを試みる。

 案の定、正面からは弾かれた。それならと、いくつかの方法を試したがやはりことごとくエラーが返る。

 

「そりゃそうだよね」

 

 そもそも犯人がバックドアを利用しているかすら不明だ。

 透子は想定の範囲だと軽く息をついた。

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 暗い室内は、モニタからの青い明かりだけしかない。

 その明かりに照らされた口角が、楽しげに引き上がる。

 

「お、うさぎちゃん、ようやく到着かな」

 

 指先がキーボードを叩く。

 

「じゃ、舞踏会を始めようか」

 

 エンターキーを押す音だけが、室内に軽やかに響いた。

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

「ちーちゃん、レールの電源区分が四つに分かれてるみたいだから、実際にどこでどう分かれてるのかデータがほしい。あと、モノレールが今どこを何キロで走ってるか、リアルタイムで把握したい。風速とか環境関連はこっちでひっぱるから」

 

「了解」

 

 隣に立った千彰は、すぐにどこかに電話を始めた。

 

「すぐできる?」

 

「参照用のリンクを送る。もしくはこっちで読み上げるか?」

 

「自動で読みにいくように組むからいい」

 

 頭の中でコードを組み立てる。

 

 レールは内側と外側の二本。

 そこを各二編成のモノレールが走っている。

 

 ふと学生時代の数学の問題が思い起こされる。

 

『点Pが秒速2cmで移動します。点Qがそれを追いかける時、二点が重なるのは何秒後か──』

 

 誰もが一度は「点Pおとなくしてろ」と思う、あの問題。

 あの頃は、こんな計算を日常のどこで使うのかと思ったけれど、まさか乗客の命をかけてやることになるとは思わなかった。

 

 必要なのは、点Pと点Qを重ねさせないためのロジックだ。

 

 千彰のスマホが音を立てる。短い会話を済ませた後に、「なるほどね」と呟いた。

 

「なに?」

 

「昨日、コードを走らせた後にメッセージが出たらしい。ボールを始めようとかなんとか、ってね」

 

「なにそれ」

 

 コードを組み上げる片手間に尋ねた透子に、「おそらくは、Let the ball begin」と返る。

 

「"舞踏会をはじめよう"ってね。シンデレラへの招待状らしいな」

 

「は?」

 

「駅の電光掲示板すべてで、ご丁寧にカボチャとウサギを表示させてからカウントダウンが始まったそうよ」

 

「──っ! ……リミットは?」

 

「昼の12時」

 

 素早く今の時刻を確認する。

 

 10時21分。残り時間はおよそ1時間半。

 

「上等。おとなくしく踊らされるつもりはないよ」

 

 透子は好戦的な笑みを浮かべ、タイピングの速度を加速させた。

 

 

 

 

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