【完結】Alice.dat -ハッカーの彼女と公安の彼の騙し合い恋愛 嘘で始めた恋は本物になれますか?- 作:稀葉
亀と熊と犬。アヒルまでいる。
どの子も可愛らしい黒い目が、じっとこちらに向けられている。
だから増やしたくなかったのに、と溜め息が落ちる。
大きなボストンバッグだったとしても、これらのぬいぐるみを詰め込んだら、それだけでぎゅうぎゅうになりそうだ。
ましてや、持って出るのは肩に掛けるトートバッグ。いつもコンビニに持って行っているお買い物バッグは、せいぜい定員二名といったところだろう。
少し迷って、亀を手にする。
初めて一緒に行った水族館で、彼が買ってくれたものだ。
──竜宮城に、帰ろうか?
バッグにぬいぐるみなんて、カメラ越しに見ていたら不審に思われるだろうか。
でも、『いつも通りに』お風呂に入っている間に、ここにぬいぐるみを入れていたことなんて忘れてくれれば万々歳だ。
以前のように映像そのものに干渉することも考えてはみたけれど、『今の透子』はパソコンを触らない。
ログインパスワードを忘れているからだ。
それに加えて、完全に偽装したいわけでもない。
ほんのいっとき、ひとりになれたらラッキーだな、という程度の話だ。
千彰には、いまだに記憶が戻ったことを連携していない。
もう、家に帰ってからでいいかと思っている。
なんならこちらからは一切連絡しないで、知らんぷりをしてみようか。
千彰はずっと見ていた。ずっと知っていたはずなのだ。
糸井を気にしていたことも。川村の正体にやきもきしていた時も。
千彰が、川村の正体を知らなかっただなんてことは絶対にない。狗塚が警察官である以上、そこをあの男が把握していないなんて有り得ない。
でも、教えてくれなかった。
きっと、それなりに事情があったのだろうとは思う。
それでも、透子自身が怒る権利は絶対にある。
完全に臍を曲げた様子を見て、少しは慌てたらいいのだ。
狗塚は、慌てるだろうか。考えかけて、考えてみても仕方ないとすぐにやめた。
答え合わせをするつもりで、それなのに、答えを聞きたくなくて逃げ出すのだから。
うさぎは、忍び込みたかったわけじゃない。
探していたのは、逃げ道だ。
逃げ足を磨いて、役に立つことでほんの少しの居場所を作った。
帰れないことはわかっていた。
臆病で、いつだって、どうしたらこの現実から逃げ出せるのかとそればかり考えていた。
本当は、──三月ウサギの気持が少しだけわかる。
共感なんて一ミリもできなかったけれど、ここが嘘の世界だったならどんなによかっただろうと透子自身も考えた。
でも、夢は覚めないし、ここは、この世界は、どうしようもなく現実だった。
脱衣所で、今日の段取りを考えた。
電車には乗れないし、駅に向かえばその間に監視当番が追いついてくる。
タクシーなら、いいかもしれない。
マンションの前は行き交う車も多い。タクシーもだ。
ここからタクシーで家まで向かうとなると少し金額はいくけれど、そのくらいの贅沢はしていいと言い聞かせる。
そうして、あとから千彰に経費申請してやろうと心に決めて立ち上がった。
乗り込んだエレベータが下降するのと同じく、どんどん気持も重く沈んでいく。
こんな時はどうしたらいいんだったか。
何か楽しいことを考えなくては。
楽しい、こと。
ここ最近の楽しかった出来事には、いつも狗塚が共に居て、かえって暗い気持ちになっていく。
とにかく、帰ろう。
考えるのは、全部後回しでいい。
エレベーターが一階に着いた。
この世界にきたばかりの頃は、ひとりでエレベーターに乗れなかった。
帰れる期待よりも、どこかへ連れ去られるのではと怖くて堪らなかったからだ。
今となっては、いっそどこか違う場所に繋がっていてもいいような気もしてくる。
そうしたらきっと──諦めがつく。
扉が開いた。
顔を上げて、息を呑む。
狗塚が、いた。
まだ勤務時間中のはずだ。息をはずませて、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
帰宅は、仕切り直しか。いや、答え合わせを、しなくてはいけないだろうか。
そうしたら、帰ればいい。
透子が何か言うより先に、狗塚が口を開いた。
「しょっぱかったんだ」
開口一番そう言った彼は、エレベーターのドアが閉まらないように手で押さえながら、透子が降りられないように立ちはだかった。
しょっぱかったんだ。狗塚は、そう言った。
食べたのか。思うと同時に胸に湧いたのは、嬉しさではなく、驚きだった。
食べていない。その答えしか考えていなかったから、ここからどうしていいかわからなかった。
ただ、帰らなくては。そう思った。
まっすぐな視線から逃げるように視線を落とした透子は、狗塚の脇をすり抜けようと足を踏み出した。
「もう少ししょっぱくないほうが……昨日までの味が好き」
(食べてたんだ……)
今日たまたま食べたわけではない。言外にそう告げる狗塚に、透子は言葉が出てこない。
彼の顔をそっと窺うと、眉をさげた男と目が合う。
「……全部、思い出したんだよね?」
「……はい」
「思い出して……嫌になった?」
嫌になっていない。嫌になっていないから、困っている。
いっそ恋愛感情がなければ、カモフラージュでも恋人のフリでも、なんなら仮面夫婦にだってなってあげられた。
でも、それをするには──好きすぎた。
返事も出来ずにすり抜けようとする透子の腕を、狗塚が強く掴んだ。
「……許すって、言ったよね?」
「それはっ」
「記憶がある君も、許すって、言ってたよね?」
『記憶がない私じゃダメかもしれないけど、許します! きっと記憶がある私もそう言いますよ』
たしかに、言った。
でもそれは、と反論を許さない眼差しだった。
狡い!と叫びたいのに、声すら出ない。
黙り込んだ透子の腕を引いて、狗塚がエレベーターに乗り込む。
「とりあえず、帰ろう。部屋で話そう。お互いに、話さなくちゃいけないことがたくさんあるよね」
狗塚はそう言って、エレベーターの『閉』ボタンを指先で数回叩いた。
部屋に帰ると、狗塚は座ってて、と透子の背を押して、自身はキッチンに向かった。
ソファーで待っていると、すぐに珈琲のいい香りがしてきた。
この部屋で狗塚のいれる珈琲を飲むのも、もう最後かもしれない。
最後に、すべきだ。
心を決めた透子の隣、肩が触れそうになる距離に座った狗塚から距離を取って座り直す。
ここで生活を始めてから、拳ひとつ分の距離が、肩が触れる距離になって、人ひとり分の距離になった。
表面上の距離は変わったけれど、本当は最初からずっと、近づいてはいなかった。
自分たちの間にはひとり分のスペースがあいたまま、今日まできた。そのひとりは、川村だったかもしれないし、桃音だったかもしれない。
珈琲の香りを吸い込みながら、何を話せばいいのかもわからずに、とりあえずマグカップに口をつけた。
猫舌用のカフェオレは、相変わらず甘さも温度も透子にぴったりで、それが余計哀しくなった。
訊きたいことはたくさんあったはずなのに、互いの嘘が重なりすぎて、どこから手をつけていいのかわからない。
狗塚も同じことを思ったのか「どこから手をつけたものかな……」と呟いた。
「私から、質問してもいいですか」
「もちろん」
「名前を、訊いてもいいですか」
名前ならいくつも知っているのに、こんなことを訊かなければいけない。
それがいかにも嘘で始めた二人らしいようにも思えた。
「狗塚。狗塚隆司。これが俺の本当の名前だよ。警察官なのも本当だ」
「ちーちゃんに、どこまで聞きましたか?」
「どこまで、って?」
もしもアリスについて知らされていないなら、迂闊なことは言えない。
透子が言葉を選んでいると、狗塚が慌てたように「あ、ごめん」と口を開いた。
「たぶん……全部。透子さんの本来の名前も、脱兎だってことも、それから……アリスについても。透子さんがこの世界に来てから警察官に連れ去られたことも、千秋さんに協力していたことも、全部、聞いてる」
「……そうですか」
これまで透子が必死に隠してきたことが、あっさり開示されている。そのことに、ひどく複雑な気持ちになった。
「狗塚さ……川村さんは、どうしてあんな、私を好きだなんて嘘を?」
「……三月ウサギと脱兎が同一人物なんじゃないか、という捜査のために、かな」
嘘というところは否定しないんだな、と思いながら「ちーちゃんのせいもありそうですね」と答える。
脱兎は公安に協力しているのだから、あの男が少し手を回せば、そんな無駄な捜査はしないで済んだはずだ。
警察内の報・連・相はどうなっているのかと、いっそ問い詰めたい心地だ。
「いや、それはこちらの捜査が甘かったせいだから」
「……なんで、食べたんですか? お弁当」
「……透子さんが、作ってくれたから」
ちらりと狗塚を見る。真剣な顔でこちらを見ているその目をまっすぐに見つめて、「前は食べなかったくせに?」と尋ねた。
「それは、ごめん……本当に、ごめん」
沈黙が流れる。
あの時と今と、何が違っただろうか。
記憶を失っていた透子は、警戒する必要がなかったからだろうか。
「糸井だった時の……あの施設の様子を、透子さんはどこまで見ていた?」
固い声だった。緊張感を孕む、声。
あの施設で何が行われていたか、透子は知らない。
最後に爆発した時以外は、行儀良く千彰の言いつけを守り、決まった時間、決まったカメラにしかアクセスしていなかった。
そこで目にしたのが、彼と男性とのキスシーンだ。女性とも。
でも、今問われているのは、そういうことではないことくらい、透子にも理解できた。
「そんなには。ちーちゃんとの約束があったので」
「だよね……。……詳しくは話せないんだけど。あそこは宗教組織の皮をかぶった非人道組織だったんだ。かなり……むごいことがたくさん行われてた。そこで、……俺は」
抑えた声音が僅かに震えている気がした。
言葉の続きを待つように、透子が息を潜めていると、狗塚は息を吐いて口を開いた。
「……俺は、人として絶対に口にしてはいけないものを、口にしたんだ」
「人として、口にしてはいけないもの……」
『あんた……あの『晩餐会』にいたんじゃない?』
『貴重なお肉はおいしかった?』
茶化すような三月ウサギの言葉が思い出され、「晩餐会……」と呟くと、狗塚は僅かに顎を引いた。
「知らないで、食べた。それ以来、よほど知っている店か、悪意が紛れ込む隙がないような……コンビニとか、自分が作ったものしか食べられなくなった。だからといって、食べたフリで嘘をついたことに変わりない」
ごめん、と頭を下げる男を前に、透子はゆるく首を振った。
「それは……そんなことがあったなら、仕方ないです」
「あの施設から逃げ出せたのも、君のお陰だったって、あの時初めて知った。助けてくれて、ありがとう」
「いえ、……あれは、単なる恩返しなので」
「恩返し?」
狗塚は覚えていないだろう。もしくは、覚えていたとしても、あの時の高校生が透子だとは気づいてないはずだ。
これだけ一緒に過ごしていても、その話題の欠片もでなかったのが、証明のように思えた。
「狗塚さんは覚えてないと思うんですけど、私、高校生の頃、狗塚さんに助けて貰ったことがあったんです。その時から狗塚さんは……」
特別なんです、とは言えなかった。
だから、私の恩人です、と笑って見せた。
狗塚は、問うように視線を向けてくる。そうして、もしかして、と呟いた。
「カフェで……珈琲をかけられそうになってた?」
まさか思い出すとも思わなかった透子は、驚いて、すぐに頷いた。
「最初は、男の子かと思ったんだ。でも店に入ってみたら女の子で。そんな子が、大の大人に負けずに正しいことを主張してた……そうかあれが……」
納得するように頷いた狗塚は「あの頃から、君は格好良かったんだね」と微笑んだ。
「前に話してた、高校生の頃に髪を伸ばし始めたのって……透子さんが、一目惚れした相手って……、もしかして、俺?」
カッと顔が熱くなる。
今更、こんなかたちでばれるなんて最悪だ。
それでも、しらばっくれるにはそれもまた今更過ぎて、諦めながら首肯した。
「どうしよう……」
口を掌で覆った狗塚が、嬉しい、と呟いた。
「は?」
嬉しい、とは?
誰かに好意を向けられて悪い気がしないのはわからなくもない。
でも、そんな風に喜ばれるのは、違和感しかなかった。
思ったよりも低い声がでて、狗塚が不思議そうに「え?」とこちらを向く。
「なんで……この期に及んで、そんな嘘つくんですか?」
「嘘?」
「だって……狗塚さん、女は恋愛対象外ですよね?」
「……は?」
今度は狗塚の喉から、低い声が漏れた。
「東さんというものがありながら、そういうこと言うのは軽率だと思います!」
「誰が、……は? 東?」
狗塚にしてみれば、ばれていないと思っているのかもしれない。
それにしても、この場は嘘を謝罪し合って、お互いの真実をさらけ出す場のはずだ。
それなのに、と思う。
「すみませんが、恋人偽装してくれる女性は他をあたってください。私は……狗塚さんをホントに好きなので、そういうは無理です!」
「……ごめん。嬉しいことを言われたはずなのに、何がなんだか」
眉間に皺を寄せた狗塚は、整理しよう、と透子に向き直る。
「まず、俺の恋愛対象は女性だよ。ここまでいい?」
「だって……キスしてた」
「は? 俺が? 東と?」
「そうじゃ、なくて……」
狗塚はハッとしたように目を見開くと、ひどく気まずそうに口を開く。
「……もしかして、糸井の時のあれ、見てた?」
透子が頷いた途端、盛大に息を吐いて項垂れた男は、痛っ、と声を上げて肋を押さえた。
「大丈夫ですか?」
「うん。いや、大丈夫じゃない。あれはね、違うんだ。その、川村と同じで、いや、川村とも違うっていうか……」
「恋人のふりだったって、言いたいんですか?」
そうなんだ、と食い気味に答える男に、透子は胡乱げな目を向ける。
仮にあれが恋人のフリだったとしても、透子にはもうひとつ目撃材料がある。
「でも……女の人とキスしたら、嫌そうに口拭いてた」
「そこも見てたの?……あれは、……あの女、口紅がべったべたで……気持ち悪かったんだ」
「じゃあ、東さんは?」
「そこが一番わからないよ。なんで俺が、東と恋人だなんて思ったの?」
「だって……」
言いかけて、はたと考える。
決定的な何かがあったかといえば、ない。
「……あれ? えっと……そう、隣に引っ越してきたし!」
「君の記憶が戻った今だから話せるけど。隣はアリス班の当番部屋だよ。俺が留守中の護衛が毎度マンションの外にいるよりは、合理的だろうって判断だそうだよ」
「……え、じゃあ、東さんは?」
「あいつも護衛のひとり。しかも東は今日、彼女の作った弁当をおいしそうに食べてたよ」
東の、彼女。
そういえば、ゴミ捨ての時にも彼はそう言っていた。
彼女のプレゼントを迷っている、と。
「……他に、質問は?」
「……なんで、婚約目前って嘘をついたんですか?」
透子と川村の恋愛関係は、嘘の上に成り立っていた。
そのうえ、恋人としてもさして進展していたわけでもない。
プロポーズなんて、寸前どころか遠く彼方にも見えていなかっただろう。
「それは……俺が、君を離したくなかったからだよ」
「え……?」
「君が記憶をなくした時に、千秋さんから恋人のフリはやめていいって言われたんだ。もう、そういう捜査もいらないだろう、って」
確かに、透子が脱兎だと明かされた段階で、『川村』の役目は終わったはずだ。
千彰がそう言ったのも、当たり前だろう。
「でも、俺はやめたくなかった。君がいいと言ってくれたら続けていいと言われたから、どうにか頷いてもらおうと、これでも必死だったんだよ」
狗塚の台詞に透子が固まる。
やめたくなかった。必死だった。
そんなの、まるで──。
「他に質問がなければ、俺も訊いていいかな。……俺のこと、嫌い?」
狡い訊き方をするな、と思った。
同時に、それは狡さというより、狗塚の自信のなさなのかもしれないとも思えた。
「無理強いしたいんじゃないんだ。でも俺は、君がいい。君とずっと一緒に暮らしたい。君が……好きなんだ」
彼にそう言われるのは、初めてではない。
それなのに、透子はまるで息の根を止められたように呼吸をとめた。
「君は、椅子がないって言ってた。でも、それは俺の隣じゃだめかな? 透子さんはまるでそこが他の誰かのものだと思っていそうだけど、俺は君が……君じゃなければ嫌なんだ」
胸が詰まる。声も出せないままでいる透子の前で、狗塚は言葉を続けた。
「もう、友達からでいい、なんて言えない。正真正銘、婚約者になってもらえませんか?」
一人分の距離を超えて、狗塚に抱き着く。
痛みの声をあげた彼から慌てて身を離そうとすると、離さないとばかりに、ぎゅうと抱き締められた。
「……返事、もらってもいいかな?」
「はいっ」
元気に答えた声は、少しだけ涙に濡れた音がした。
◇ ◇ ◇
「で? 報告にきたわけだ?」
ふたり揃って、千彰の家を訪問すると、珍しく綺麗に整頓されていた。
透子がその綺麗さに気を取られているのとは別に、狗塚もなぜか驚いた顔をしている。
「もう、いっそこのまま別れるのかと思った。だいたい、ハニトラ仕掛けといて甘いんだよ。さっさとやっちまえばいいのに、ホントに不能かと心配した」
「ちーちゃんっ」
「お、なんだ? そうじゃないって確かめたのか?」
「それはっ……まだ、だけど」
「そっちが、素ですか? 男言葉の……」
狗塚の言葉に、自称従兄は「あら、こっちのアタシのほうが好み?」とニヤリと笑う。
「いえ!」
「ま、雨降って地固まるってな。よかったな」
「よくない! ちーちゃん! 私、ちーちゃんが川村さんのこと黙ってたこととか、許してないからね」
今日は絶対言ってやろうと決めてきたことを叩きつけると、まあまあといなすような千彰は、冷蔵庫から大きな箱を出してきた。
「そんな透子に、ちょっと早いクリスマスプレゼントだ」
「もう、そんなんで買収され……キルフェボン!!しかもクリスマス限定!!」
怒りの欠片もなく目を輝かせると、隣の狗塚から「さすが……よく把握していますね」と声があがった。
「ヴァージンロードのエスコート、楽しみにしてる」
「許していただけるんですか?」
「あら、娘はやらんぞ! みたいなのを期待してたの?」
「期待してたわけでは……でも大事な妹を簡単にはやれないくらいの展開は想定してました」
妹。その言葉に千彰を見ると、やわらかな笑みを浮かべた。
「それもいいな……まあ、オレの大切な家族だ。幸せにしてやってくれ」
「はい」
ジンと感動していると、「ということで」と千彰が透子に書類の束を差し出した。
「そのタルト食べながら、これの解析頼む」
「今!?」
「そ。ちょーっと急ぎなの。よろしくね」
片目を閉じた千彰は、「RFTの尻尾よ。今度こそ捕まえましょ」と狗塚に頷く。
途端に仕事モードになった彼は、それなら仕方ないですね、と首肯した。
「……狗塚さん、仕事と私なら、仕事のほうが大事そうですよね」
げんなりと口にすれば、「透子さんのほうが大事に決まっているよ」と大真面目に頷いた後に、「不能じゃないことも、たいがい証明したほうがよさそうだしね」と透子の耳元で囁いた。
途端に真っ赤になった透子を見て、狗塚が愉しげに目を細める。
狗塚が汚名返上したかは、ふたりだけの秘密だ。