side出久
ピピピピピピ……と、アラームが鳴った。
「……よーしおっけー。まあ今日はこんなもんじゃね?」
9月。満月の夜。
今日も今日とて僕は浜辺の清掃を続けていて、そんな僕の本日の監督役はコーチだった。
アイスブレイド。氷叢零至。
9月半ばの夜にもなると少し肌寒くなってくるのだが、いつも通りのシンプルな白のTシャツ姿。どうも個性の性質上寒さに強いタチらしい、とは本人の弁。
いつも通りの気怠げな様子で、だがしっかりと僕の様子を確認していたコーチが本日の清掃の終わりを告げる。
だけど、
「まだ……もうちょっと……僕はまだいけるので……もう一セット、ダメですか?」
「…………」
身体は疲労しているがまだ動ける。だからもうちょっとだけ無茶をしたい。
そんな僕の様子を見てコーチは「……はぁ……」とため息を一つ。
「……もう一セットだけだぞ。ちゃんと休憩してからのラスト一セットだけだかんな」
「はい。ありがとうございます!!」
しょうがねえなあ全く……という気持ちを欠片も隠す事なく、コーチはとても面倒くさそうな声でそう言ってくれた。
「すみません遅くまで残ってもらって……家も決して近い訳じゃないのに」
「全くだよなーホント……なあこれってゆーたら残業だろ?ねえ知ってる?俺普段ヒーローやってるけど面倒くさいから残業とかした事ねーのよマジで。そんな俺に残業させるんだからさ、ホント罪な男だね出久きゅんは」
「あははは……」
それはもうちょいヒーロー活動も頑張った方が……とは思うけれど、それをこの人に言っても無駄だってわかるくらいにはこの人の事がわかってきた。出会ってから約半年というのは、つまりはまあそういう長さの時間なのだから。
(何だかんだと口では色々と言うけれど……結局コーチは、こういう時に僕だけを一人残して帰ったりしないんだよなぁ……)
水分補給の飲み物を受け取り、彼の横に座る。
「……あーでも家がまーまー遠いのはそーだなー……確かにこの近くに俺が泊まれる家が欲しいってのは正直あるわ。ねーねー出久きゅん?この辺りで股のゆるい一人暮らしのOLが多く住んでるのってどの辺?」
「僕がそれ知ってると思います?まあ知ってても言わないですけど……ちなみに、それを知ってたらどうするんですか?」
「……え?その辺を適当に歩きつつ可愛い子にだけ『やっほー♫今日家に泊めてくんね?』ってフツーに聞くだけなんだけど何で?そしたら泊めてくれるヤツもまーまーの確率でいるじゃん?」
「いるじゃん?って……僕の知らない日本の風習だなぁ……頼みますからそんなアタオカな風習を僕の住んでる町で流行らせないで下さいね」
「堅いよねー出久きゅんはさー。まー童貞だし仕方無いか」
「確かに僕は童貞だけど、これに関しては童貞関係ないと思うけどなぁ」
でも、もしかしたら本当に童貞が関係あるのかもしれない……が、もしもあったとしても出来るだけ近寄りたくない界隈の話ではあった。うーん、このクズ共め。
コーチはポケットからタバコを取り出し、そしてライターで火をつけた。
秋の夜。僕ら2人だけしかいない浜辺を照らすのは満月の光とタバコの火だけ。
そしてそんな2つしかない微かな光に照らされたコーチの姿は……何というか一切の手心とか加減とか遠慮とか無しにして率直にシンプルかつストレートに表現すると……ただただひたすらにエロかった。うん。実に超気怠げで超エロい。
母さんとか同級生の女の子達には絶対に見せたくないエロさである。何か取り敢えずエロい。これはタバコの所為なのか?それとも組み合わせの所為なのか?
「……タバコって、何が良いのかな?」
「……ん?」
「あ!!いや……その……」
思わずこぼれた独り言を聞かれてしまい、何となく恥ずかしくなって急いで僕は口を開いた。
「だって……タバコってアレですよね?本来は吸わなくても良い筈のものなのになんかやたら高いし。しかも健康にも悪いじゃないですか?肺がんのリスクとかスゴイ高まるんでしょ?何でそんなもの好き好んで吸うのかな?って」
「こんなもん何となくで吸ってるに決まってんじゃん。それに健康に悪くて早く死ねるってんならそれはタイヘンにケッコーな事じゃね?」
「えー……そうきます?」
「俺はそーだけどね。やりたいよーに生きて。テキトーに暮らして。年取ってヨボヨボの爺さんになる前にスッパリと死ねるならそれが本望だな。あ、でもあんまガンとかで苦しんで死ぬのはゴメンだから、出来れば安楽死とか尊厳死みたいなのの制度がもっと整って欲しいね」
「まあ……言いたい事はわかりますけど」
「ベッドに寝たきりになって、自分の力だけでは身体を起こす事も出来なくなって、食事も取れなくなって身体に穴開けて栄養流し込むみたいなのあるじゃん?まあ、考え方は人それぞれあると思うし強制出来る類の話じゃないけど……俺はそうなったら安楽死したいし、そんな辛そうな俺をみたら周りの知人に尊厳死させて欲しいと思うけどね」
「うーん……言いたい事はわかるんですけど……ちょっとディストピア感が凄すぎませんかそれ?」
生きられるだけ生きて、ちゃんと生きられなくなったら死ぬ。
それを自ら選ぶか?もしくは周囲の人が選ぶのか?
それは確かに効率化でもあり時には優しさでもあると思うのだけれど……何というかそれは、人間性を放棄して人類が突き進むディストピアへの片道切符のようにも思えてしまう。
「そーかねー?じゃあ……何でそんなに苦しい状態なのに、それでも人は生きようとするのかねー?」
「うーん……」
自分1人の力ではベッドから起きる事も出来ず。
食事も自力では取れなくなって。
でもそれでも……そんな辛い状況にも関わらず、それでもその人が生きようとしているのなら……それは……
「例え今がどんなに辛くって……ひょっとしたら今すぐ死んでしまいたくなる程に辛い状況だったとしても……それでもその辛さに耐えて……耐えて耐えて耐えて生き抜いた先に……その頑張りが全て報われるような、そんな素敵な未来があるって……そう信じてるからじゃないですか?」
「………………」
例えばそれは、お見舞いに来てくれた子供や孫の姿を見た時かもしれない。
懸命に生きる自分を支えてくれる、そんな人々の優しさに触れた時かもしれない。
「……それがどんな種類の幸せかわからないけど……それでも、生きて耐えて進んでいったその先に待ってる素敵な未来……そんな素敵な未来を生きるために、今がどれだけ辛くても皆頑張って生きてるんじゃないですかね?」
「…………」
「……コーチ?」
思ったよりも長くなってしまった僕のセリフ……それを思ってたよりも遥かに真面目な顔でコーチが聞いていた。
「……ふ……ふ、ふは………」
そして、
「あーっはっはっはっはっはっはっ!!!!!」
コーチが笑っていた!!
それはもう!!ものすっっっっっっっっっごい!!笑顔で!!
いつもの捻くれてへらへらとした感じの笑顔じゃなくて、本当に心の底から笑っているような……そんな無邪気な子供みたいな笑顔だった!!
(……こういうとこ、ホントにズルいんだよなあこの人……)
普段のどうしようもないクズとしてのコーチ。
でも極々たまに、こんな姿を見せるコーチ。
(……僕は男だけどさ……確かに、この人が多くの女の人達にモテるってのはわかっちゃうんだよなぁ……)
さっきまであんなにエロがっていたのに、今は本当の子供みたいにこんなに無邪気に笑ってる。
……正直、こんなギャップを見せられたら誰だってイチコロだと思う。
「……ひっーひっー!!あー!!クソ!!クソ!!」
「……ちょっと笑い過ぎですよコーチ……真面目に話したのに失礼だなあホント……」
「あ〜……うん。わりわり」
そう言うと、コーチは笑うのをやめて。
「出久」
「はい」
真面目な顔でこう言った。
「頑張れよ出久。頑張ってちゃんと雄英に合格しろよな」
「……はい!!」
それに僕は大きな声で応えた。
「ちゃんと雄英に合格したら何かご褒美でもやるかな?おー出久?何かあるか?雄英高校合格祝いのご褒美に欲しいもんとかさ?」
「うーん……あ!!じゃあ!!アイスブレイドのヒーロー事務所とか見てみたい!!僕はヒーローオタクだけどそれは町中で活動するヒーローを見ているヒーローオタクってだけで、そのヒーローの隠れた姿である事務所内の様子とか今まで見たことなくてそれはまあ当然なんだけどもしそれを見ることが出来るなら僕はもうブツブツブツブツブツブツ………!!!!」
「……あ、やっべ……完全に地雷踏んだわコレ……おーい?出久?出久きゅん?童貞?そろそろ休憩終わりだぞ?戻ってこい。戻ってこい……」
「ブツブツブツブツ………」
「あ……ダメかこれ……」
……まあ、こんな感じ。
こんな感じで、僕とコーチとオールマイトの3人の時間は過ぎていった。
こんな感じの必要な話。
真面目な話が続いたから……次は……種馬話かなぁ(ニッコリ)