side緑谷
ピピピピピピ………トレーニング開始から一時間の経過を知らせるアラーム音が公園に鳴り響く。
「……ん、時間アルね。休憩よ出久きゅん」
そう言って謎の怪しい小太り中国人のフリをした男が僕にスポーツドリンクを渡してくれた。
「はい。ありがとうございます」
お礼を言ってそれを受け取り、失った水分を補給する為飲む。
ここは母須恵砂町のとある公園。
雄英高校の授業が終わった放課後。僕はいつものようにこの町に来て、いつものように武術の指導を受けていた。
自分でも正直どうかとは思うんだけど……大分この町に慣れてしまったなぁ……
学校が終わると当たり前のようにこの町に来て、当たり前のようにこの町の住人達と触れ合っている。
『すっかり染まっちゃったねー出久きゅん♡』
とはクズコーチのセリフだが、残念な事に全く反論が出来なかった。
「雄英ヒーロー科の厳しい授業が終わってから、さらに放課後自主練とは頑張るアルねー出久きゅん。そう言えばもうすぐ体育祭アルか?」
「はい。なので頑張りどころだなぁ、って」
そう。僕は頑張らないといけない。
あの日、相澤先生から例年通りに体育祭が行われると伝えられた日の、その昼休み。
(……僕が来た!!って体育祭で人々に見せつけて欲しい!!……僕はオールマイトにそう求められたんだから)
昼休みの仮眠室で僕はそう望まれて、そして僕はそれに応えたいと思った。
『……………』
コーチはそんな僕たちを困ったような顔で見ながら無言。
《一年の体育祭でそんなにムキにならなくても》
何となくそんな事を考えていそうな顔だったけど、盛り上がる僕達に水を差すような事は決してしなかった。まあこの前のヴィラン襲撃みたいに命の危険があるわけではない。ヤル気あんならやってみれば?ってスタンスっぽかった。
まあそれでも……
『……出久きゅん。体育祭は長丁場だよ。まだ準備期間はあるけど……個性を全く使わずに最後まで勝ち残るのは難しいと思うぞ』
そう言って、個性のトレーニング方法について幾つかアドバイスしてくれた。
曰く、
『体育祭までの時間でワン・フォー・オールを使え。使いまくれ。ただし使ってる間はパンチもキックもデコピンもジャンプも歩く事も何もするな。何なら息も止めてろ』
との事。
コーチが注目したのは、ワン・フォー・オールを使った際に僕の身体が負傷した瞬間。
例えばボールを投げた時。
例えばパンチを繰り出した時。
僕の肉体が反動で傷ついたのはワン・フォー・オールを使用した瞬間ではなく、ワン・フォー・オールで強化した身体で何かしらのアクションを起こした瞬間だった。
ならば、ワン・フォー・オールを使っても……何もしなければ負傷する事は、無い?
『多分、お前に今一番必要なのは個性を使う経験だ。そら世の中じゃおおっぴらに個性を使うのは禁止されてるけどよ。基本皆……特にヒーロー科志望のガキなんてのは、子供の頃から自分の個性をコッソリ使って特訓してるもんだ。だから皆ヒーロー科に受かった時点である程度自分の個性を使いこなせてる。事情があるから仕方ないけど、お前にはその経験が圧倒的に不足してる。だから身体を壊さないように気をつけながら個性を使いまくれ。そして少しずつでもワン・フォー・オールに慣れるんだ』
ワン・フォー・オールという個性を最初から自由自在に操ろうと思うな。
まずはワン・フォー・オールという個性に慣れろ。
その過程で、ワン・フォー・オールという個性との付き合い方、使い方、向き合い方がわかってくる筈だ。
というのがコーチの助言だった。
小手先のテクニックとかではなく、本質的な問題を指摘されたと思う。使い方がわからないとか以前に、僕がそもそもワン・フォー・オールという個性に慣れていないという指摘。確かにそうだ。何せ受け継いでからこれまで使ったのは数えられる程度。制御とかそれ以前の問題だろ?と。
それで上手く制御出来ないのは当たり前。ご尤もだ。
「……ふう」
なのでこうして今も僕はトレーニングの合間の休憩時間に、ベンチに腰掛け完全に脱力、そしてワン・フォー・オールを使う。
その瞬間に全身から溢れる破滅的な力。
自分の身体すら傷つける程の圧倒的な力。
でも僕は何もしない。
一瞬ワン・フォー・オールを使い、すぐにやめる。
そして少し休みワン・フォー・オールを使い、またすぐにやめる。
誰にも気づかれないような地味なトレーニングではある。が、色々と意識しながら行えば、今までわからなかったワン・フォー・オールへの理解が深まりそうだと思った。元々僕はこういう地味な分析みたいなのが好きだしね。
「……お!!いたいた出久きゅん!!」
「……あ!!エンシェントラノベ兄さん!!」
そんな感じで休憩時間をトレーニングしながら過ごしていると、チリンチリンとママチャリのベルを鳴らしながら一人の男性がこちらに来た。
エンシェントラノベ兄さんだ。
10年以上昔に流行っていた古いラノベを布教し、こちらが面白そうと思ったラノベを無償で貸してくれるナイスガイだ。
ぱっと見はタイムリープモノのヤンキー漫画に登場する喧嘩自慢みたいな外見なのにメッチャ良い人。エロゲ兄さんとは無二の親友らしい。知らんけど。
「はいよ出久きゅん!!やっぱラノベ入門編というとスレイヤーズらへんだよなぁ!!キリのいい巻まで持ってきたぜ!!読んでみて続きが気になったら連絡くれ!!そしたらそれ以降の貸すからよ!!」
「ありがとうございます!!」
「いいってことよ!!じゃ!!またな!!」
そう言ってママチャリに乗って爽やかに去っていく。顔に墨入ってるからって最初ビビっちゃってごめんなさい。さよなら良い人。
そんな良い人を見送っていると、良くない4人組にも絡まれた。
「あー♡出久きゅんだー♡」
「ねーねーうまい棒おごってー!!」
「謝礼のパンツは何回見たい?」
「ほれほれー早く言わなきゃ見せちゃうぞ♡」
「あーごめんねJKギャルズ四天王。今トレーニング中でさ。うまい棒みたいなスナック菓子食うと確実に死ぬからまた今度ね」
「「出久きゅんが冷たいよーー!!」」」
「「ちょっと前まではあんなに赤面しながら食い入るように私らのパンツ見てたクセにーー!!」」
「ごめんね」
「「「「はーい!!トレーニング頑張ってねー♡♡」」」」
案外素直何だよなぁ……去っていく彼女たちを見送っていると、またピピピピピピ……とアラームが鳴って、
「……さて出久きゅん。休憩は終わりアルよ」
「はい」
僕はベンチから立ち上がり、武術の鍛錬を再開した。
残りの時間は少ない。
結果はわからないけど、出来るだけの準備はしよう。
……そして、体育祭へ。
side八百万
(……あれは)
「ひ!!氷叢さん!!」
「……ん?……おー……おー……あ、痴女っ子か」
「……え?ウ……ウソ?……ウソですわよね!?絶対!!今!!私の事一瞬忘れてましたわよね!?」
「……えーそんな事無いよー何でそんな事思ったのー(へらへら)」
「この人やっぱ最低最悪ですわ!!」
絶対に忘れてましたわ私の事!!
放課後の自主練が終わり、職員室に施設の鍵を返した帰り道。
職員室近くの喫煙所でタバコを吸っている一人の男性の姿を見つけてしまった。
氷叢零至さん。
氷剣ヒーロー・アイスブレイド。
USJでの戦いで、オールマイトは躊躇無く彼に凶悪なヴィランの相手を任せ、自分は生徒達の安全確保に動いた。オールマイトからそれだけ信頼されている無名のヒーロー。
「………(ぷかー……へらへら)」
(……やっぱり、そんな凄い人には見えませんけれど……)
今もだらしなく緩んだ顔でタバコを吸っている氷叢さん。
女性の自分から見ても美しいと思える程整った綺麗な顔……そんな顔を軽薄に歪めながら、本当に美味しそうにタバコを吸っていた。
「……タバコは健康に悪いですわよ。お控えになった方がよろしいのでは?」
喫煙所に入り……思わずタバコの匂いに顔をしかめてしまった。が、我慢して氷叢さんに近づく。
「タバコは健康に悪いかー……まーでも俺の心の健康的には良いからなー。あれ?これプラマイで言うとゼロじゃね?むしろ俺的にはプラスな気がすんだけど」
「そんなワケ無いですわ……全くもう……」
「へへー」
ああ言えばこう言うというか……緑谷さんが『あの人はたまたま僕らより10年早く産まれただけのクソガキだと思って接した方がいいと思うよ』と言うのがよくわかるクソガキムーブっぷりですわねコレは……
「……タバコはご自分の健康だけでなく、副流煙で周囲の人達の健康まで害します。ヒーローとしてどうかと思いますけれど」
「一応吸う場所とかは気にしてるよ。だから喫煙所で吸ってるんだけどね。副流煙の事わかってて喫煙所まで来たヤツは自己責任じゃね?ヒーローがどうとかの問題じゃねーと思うけど?」
「それはそうですけれど……」
……もう!!
……それでは副流煙の事を知ってて、その上で喫煙所にあなたの姿を見かけただけで近寄って来た私がバカみたいではありませんか!!
へらへらとしまりない顔で楽しそうに笑う氷叢さん。
そんな彼を見てて私はなんか悔しくなり……どうにかして1本取ってやりたいと思い、そして、
「……じゃあ、子供!!子供ならどうですの?」
「……んー?」
「タバコや副流煙のリスクを知らない子供ですわ!!例えばですけれど!!ご自分の子供が出来たりしたら流石にタバコを控えたりはしないんですの!?そういう事を考えればやはり周囲に悪影響を与えるタバコはよろしくないのでは……と……」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「………………………あ」
……凍った。
凍っていた。
「………………………………………」
「……あ……その……あ……」
先程までの軽薄な笑み。
その全てが消えていた。
残ったのはあまりにも冷たい無表情。
個性・コキュートス。
氷の個性を持つのに相応しい凍てついた無表情。
綺麗だけれど、一切の体温を感じられない冷たい無表情。
私の目の前で、氷叢さんの顔から一切の温度が消えていた。
「……俺の、子供?」
「……あ……は、い……」
……そして、無表情のまま凍える吐息とともに吐き捨てる。
「…………ゾッとするね。気持ち悪ぃ」
「……………あ」
……その顔を見て、私の胸の中で爆発した感情にどういう名前をつければいいのだろうか?
無表情なのに、何処か壊れそうな儚い気配。
何も見えて無さそうなのに、泣き出すのをこらえてそうなその瞳。
閉ざされているのに……今にも何かを叫び出しそうな……吐き出すのを我慢しているような口元。
……その全てを、間近で私は見てしまって……
(……………………………ああ)
……この人を一人では放っておけないな……と、そう思ってしまった。
side根津校長
「……氷叢くんの協力が得られたのは幸いだったのさ」
誰もいない校長室。
私は自分のスマホでとあるSNSを巡回していた。
#雄英落ちた、日本死ね
大勢にはバズっていない。
……だが、極々少数の間で熱狂的にバズっているこの、
『#雄英落ちた、日本死ね』
「……雄英体育祭……厄介な事になりそうなのさ!!」
氷叢くんは『無観客試合にするべきだ。雄英体育祭は動画配信だけでいいだろ』とそう言った。
……だが、そうもいかないのだ。
事はオリンピックの代替えになるほどのビッグイベント。
活躍した生徒の今後の飛躍にも役立つ。
……だから、そう簡単には中止にも無観客にも出来ない。
結論開催するしかない。
後は、どう上手く終わらせるかだ。
頼むのさ氷叢くん………
未来ある子供達の為に、君の力も貸してくれ!!
マンダレイはやっぱ人気なんだなー、と思った今日この頃。
……え?ヤオモモ?
ああ……まだまだ仕込みのターンですよ。まぁまだキッズですからねヤオモモは……