「念のため確認させて下さい」
「いーけど、何よ?」
「氷叢さんは私の兄……轟燈矢とは別人……間違いないですよね?」
「……は!!何かと思えばそんな事かよ」
真面目な顔でそんなアホらしい事を聞いてきた目の前の女に俺は答えてやる。
「別人だよ別人!!当たり前だろが。何よおたく?俺のことを山火事で死んだと思われていた実の兄!!だと思ってここに来たってワケ?はっ!!何それウケるんだけど!!」
「…………」
「俺が『昔、死んだ筈の生き別れの兄貴』ねー……いーじゃん俺かっけ~じゃん!!まるでマンガの登場人物みたいじゃんその設定!!え〜ウケるんだけど!!そのマンガでは俺はどんな役割なワケ?おたくら轟家を恨んで復讐でもすればい〜のかな〜?あーおもしれーアンタ脚本家の才能あるよきっと!!ねーねー?現時点で俺がお前ら轟家の一員ってネタバラシしてないのも何かしら理由とかあるのかなー?やっぱ何かしら決定的な場面で俺が『ばばーん!!実は俺は死んだ筈の轟燈矢なのだ!!』とか言っちゃう感じ?その時は踊りながら言うのかなぁ?俺だったら踊りながら言っちゃいそうだなー……あー……おもしれ♫」
へらへら笑いながら軽口を叩く俺を女は『キッ!!』と冷たく睨みながら、
「……そうですか。やっぱりそうですよね。お答えいただいてありがとうございます」
激昂もせずに静かにそう言った。
「……んだよつまんねーなー……せっかくだからノッてこいっての」
わざわざからかってやってるんだから……
言外に含んだ俺の意図を察したのか?
「……時間が許すならばノッても良かったんですが……いえ、先程の弟とのやり取りもあります。迂闊に氷叢さんのペースに場を任せるのは危険そうですね」
「えー……なんだつまんねーの」
ふてくされた感じの俺の言葉にふっ……と軽く彼女は口元だけを緩めて、
「30分って時間を区切ったのは氷叢さんですから。氷叢さんはウチの父を知っているようですが、母の事はご存知ですか?氷叢の家で会ったことなどはありますか?」
「……会ったことはねえよ。確か血筋的にも一つか二つ離れてた筈だ。年齢的にも俺が物心つくころにはおたくらの母親は氷叢の家から出てるだろ。何となく話に聞いてるくらいさ」
……それは何となくの話、
……氷叢の家の為に、ジジイにNo.2ヒーローに売られた女。
……まあ、そんな話。
決して多くはないけれど……多分、今もこの世界の何処かで多少はあるだろうな?っていう……つまり、そんな話だ。
(……ま、そんな女が産んだ娘と、
そんな事を考えつつも、表情には決して出さないように気をつけつつ会話に対応する。
女は、
「そうですか……まあ氷叢の家も大きいみたいですしそんなものなのかな……氷叢さんのご両親はまだ氷叢の本家の近くに?」
「父親はそーじゃね?母親は知らね」
「……というと?」
「俺が小3の時に両親離婚してんだよ」
「…………」
「……そんな顔すんなっての。多少は知ってるんだろーけどな。氷叢の家ってああいう所だから。元々氷叢の家で産まれた父親はともかく、外から恋愛結婚で嫁いで来た母親が耐えられなくてもしゃーないだろ。話に聞く限りだけど、むしろよく耐えたほーだと思うぜ」
「……配慮の足りない事を聞いてしまいました……申し訳ありませんでした……」
さっきまでの冷たく睨んでいた表情が歪み、申し訳なさそうに謝罪する。別にかまわねーよこれくらい。
……そう。それくらいの話だ。
離婚しないで母親が氷叢の家に耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐え………て、残っていたならば、
……もしかしたら……あの時、残っていたのが父親でなく母親ならば……
(……売られていく俺を、止めてくれたかものしれない)
つまりその程度の話。
「……まあ、この話はこの辺でいーだろ?別にお互いの家の不幸自慢がしたくて俺の事務所まで来たワケじゃないだろうし」
「…………」
……せっかくわざわざこの俺が!!気を遣って言ってやったというのに!!まだ凹んだ顔の女に俺は、
「……カードゲームみたいに、こっちのカスな家族エピソードとそっちのクソな家族エピソードを交互にぶつけ合うのがお望みだってんなら付き合ってやってもいいけどな。どっちも幸せにはならんぜ。それだけは保証してやる」
「……そうですね、はい……では」
さらに言葉を続ける。
そんな俺の言葉に気を取り直したのか?彼女はこちらを見て、
「私がここに来た理由ですが……氷叢さんにお願いがあって来ました」
「……どーせそんな事だとは思ってたよ。で、何よ?」
俺の先を促す言葉に彼女は、
「……月に数回でいいんです……」
「……は?」
ボソボソっと……小さな声で、下を向き、
「……月に数回でいいので……轟家で、夕食を取ってくれませんか?」
「……あん?」
「……父と!!」
……下を向いていた筈の顔。
それをバッ!!と急激に上げて、
「父とずっと過ごしていて!!あんな父の顔は初めて見ました!!」
(……そらそーだろよ……)
内心での俺のボヤキも知らず、
「わかってはいたけれど……父も昔の事を強く悔やんでいて……そして、出来るならやり直したい……今からでも償いたいと思っているのだと……体育祭での父を見て確信しました」
「……なるへそ。才女様でいらっしゃるね。すーんばらしー洞察力だー」
茶化す俺の声に、再びこちらを睨む女。
「……んで?そんな天〜才レディ様が俺にどーしろって?月に数度そっちの家でエンデヴァーと夕飯食えっての?」
続く俺の茶化し、それを下唇を噛みながら女が、
「……あの様子を見て……父が昔の事を悔やんでいないと思う人間はいないと思います。2人の弟も……そして、見ることが出来るなら母も」
「……その様子を見て『ああ、あの男も昔の事を悔やんでいるんだ。俺達も耳と目を塞いでばかりいるんじゃなくて、もう少しエンデヴァーと向き合わなければ』って思わせたいって?そんな上手くいくかね?」
俺の疑問。
「……でも、あんな父の顔は初めて見たんです、私」
それに、実に苦しそうな顔で女は、
「……正確には、兄が生きていた時も父は時折あんな顔をしていたのかもしれない。でも、あの時の私は小さな子供で……だからこそ、それに気がつく事が出来なかった。だって……あの頃の父は私にはあまりにも大き過ぎて……『この人に何て話しかけていいかのわからない』だ、なんて……あの強くて大きな父が考えているだなんて全くわからなかったんです!!」
そう答えた女に、今度は俺が黙る。
「……多分ですけれど……今も昔も父は……忙しく責任も重い日々の中で、自分なりに家の事もなんとかしたいと考えていたのだと思います。結局……それは上手くいかなかったんですけれど。そして……今もやってはいます。今も昔と同様、上手くいってはいないんですけれど……」
「…………」
「……だからもう一度……今の環境を変えてやり直すキッカケが欲しいんです!!」
「…………」
黙る俺。
女は少し前に身を伸ばし、
「……ギリギリの所で保たれていた昔の轟家は、兄の死により決定的な亀裂が生まれてしまいました。だから……父が、死んだ筈の兄のように接する貴方を家に迎えて……そんな貴方と家族皆が一緒に時間を過ごす事で……その亀裂を少しでも埋めて、家族が近づくキッカケが欲しいんです」
「……なるほど、ね……」
……まあ、何となく話はわかった。
「でもよ、それ……上手く行く保証は無くね?」
「そうなったら……そこで氷叢さんには家に来るのをやめてもらいますので」
ニッコリと冷たく笑ってそう言った女に、俺も思わず笑い、
「わおーいーね!!そーいうシビアなの痺れちゃうね」
「……(無言でぺこりとお辞儀)」
……ふーんいいじゃん。ただの良い子ちゃんかと思えば案外良い性格してるなコイツ。
燃え尽きたタバコを吸い殻に。そして新しいタバコに火をつけ、
「……そっちの話はわかった。んでそっちのメリットもわかった。でも正直俺にメリット無いよな?晩飯ご馳走してもらうってだけで、あのクソデカ激重感情向けてくるオッサンの相手をするのは正直面倒なんだけど」
煙を吸って吐き出し……その煙の行き先をぼんやり眺めながら、
「……そうですね、そうだと思います」
「……おん?」
……ながらの俺の言葉を遮るように、向かいの女が口を開く。
「……夕飯をご馳走するだけでは……正直、お礼には不足しているとわかってはいます」
ソファーに座った女が、凍った様な無表情のままで、
「お礼が不足しているのなら……私個人が出来る事であれば何でもするつもりです。正直、お金はそこまでありませんから金銭以外がいいですけど……轟家での夕飯だけでなく、この家の家事全般……家事掃除洗濯……やれと言われれば何でもやります……」
「へえ……?何でも……ねえ……?」
そこで、俺は楽しくなってついつい、
「……夜のお世話もしてくれんの?」
わざと下卑た好色な笑みを浮かべてそう言ってやる。
「…………」
ドン引きして帰るなら帰ればいい。
俺のそんな言葉を聞いて一瞬彼女は無言。そして、
「……それが結婚前提の関係なら、前向きに検討しますよ」
「おおう……」
ニッコリと笑いながら、でも冷気が面の皮から滲み出てる。そんな笑顔。個性使ってんのかねこの女?
そんな笑顔でそう言ってのけた女に、俺は、
「……悪かった。今のは冗談だよ」
感覚的に自己保身1580%くらいのイメージで、自分で自分のさっきの言葉を否定する。
(いや流石に気まず過ぎるだろ……)
…自分の都合で氷叢の家から嫁を引っ張って来たエンデヴァー。
……そのエンデヴァーの所為で崩壊した家庭。
………その家庭を何とかしたいと考えている可愛い娘が、自分の行いのツケを払うようにして好きでもない男に嫁ぐ。
(……これで俺が当事者じゃなきゃ『ゲラゲラ!!インガオホー!!』って笑いながらビール飲みながら見物すんだけどなぁ……)
……いや、これクッソみたいにエンデヴァーのオッサン曇るだろ……
え?何?自分の都合で嫁を迎えて?自分のミスで悩み苦しんだ娘をダメンズの嫁にやるワケ?マジでインガオホー!!
流石にこれ実現したら曇り顔が天元突破してエンデヴァーの胃に穴が空きそうではあるが……
俺がこの件に全くの無関係の他人であるならば正直見たかった!!このネタで曇るエンデヴァーは見てみたいよね!!でも頼むから俺にクソデカ激重感情向けないでね!!うん!!絶対無理じゃん!!じゃあはいしゅーりょー!!
……いや俺も可能なら見たかったよ。
チャラ男ムーブかまして激怒するエンデヴァーと弟くんとかね。
俺が当事者でさえなければ良かったのに……
……さて、そして、
「……とりあえず今日話すべきネタは全部話終えたかな?そろそろ時間だ。そっちの話はわかったよ。ま、悪いけど轟家に行く気は無いけどな」
「……こちらがお願いしてる立場なので無理強いは出来ませんけど……ダメでしょうか?」
そんな事を言ってくる女。
そろそろ約束の時間だ。詰めにはいるとしよう。
「……正直に言って俺は面倒くさいのが嫌いだ」
「……何となくそれはわかります」
俺の言葉に、ちょっと呆れたような顔で返事をする彼女。そんな彼女に、
「……だから、その程度の条件で、そんなめんどくさいネタに関わるつもりはねえんだよ」
「……家事全般はその程度のものですか?独身男性はやりたがらないと思ってましたけど」
「家事全般?俺はやらないよ。でもどーせ家に来たヤツらが適当にいつもやってるし」
「……は?」
こちん……と表情の固まった女に続けて俺は、
「セフレが俺の家に泊まるじゃん?」
「……はい?」
「何も言わないけど勝手に気になる所掃除とかするじゃん?」
「……は?………え?……ええぇぇぇぇ………?」
「やってって言ったら洗濯もするじゃん?」
「……そ?そうですかね?私の知らない日本の風習だなぁ……?」
よくわからないけど戸惑う彼女に俺は、
「だからおたくの出した条件とか、マジで俺にメリットねーのさ」
「……あ」
……そこで、ようやく女の顔が固まる。
「家事全般もやってくれる女はいるし」
「………」
「正直、夜の相手も困ってない」
「………………」
黙る女。
まあ正直美人だとは思うよ。
スタイルもいい。
後、何となくだけどムッツリっぽいから夜がエロそう。それもすっごくエロ!!これは偏見だけど!!
これが出久きゅんみたいな童貞だったら危なかった!!
でも俺は童貞じゃないから仕方無いよね!!
時間の確認のためにスマホを見たら丁度タイミング良く出久きゅんからLINE来てんじゃん!!お!?職場体験先決まったのね?何々……爺様ちゃんと指名してくれたのか!!ありがとラブ爺様ー!!
「……あの……ひ?氷叢さん?」
「あ、わりちょっと待って?今出久きゅんにLINE返してるから」
「……え?この展開で?な?何なんですかその『出久きゅん』って?」
「出久きゅんは出久きゅんだよー」
「えええ………」
なんか爺様に対してオールマイトが滅茶苦茶ビビってて何なんだろうアレ?ってなってるけど……まあ、厳しいけど爺様は良い人だからあんま心配するなよ出久きゅん……っと、とりあえずLINEを返しておく。
「……う……う、うーん……ど、どうしようかな……?」
ぽちぽちスマホを操作する俺。そんな俺を見ていた女。
そんな彼女に。
「……あ、もう時間だわな。すまんが今日はこの辺で」
「ええ……」
困った顔のこの彼女。それを畳み掛けるようにして。
「悪いがこの後用事があるんだわ」
✳『無いけど』
今日を打ち切るためにあえて強くそう言う。
元々そういうつもりだったし。
「…………うううぅぅぅ……!!」
目の前の女は数度もにょもにょと顔を歪め、そして、
「……わかりました。今日のところはこれで」
「……おうー……来世でまた……ん?今日の、とこ…ろ……は?」
それに適当に返事をしようとした俺。
そんな俺に彼女が、
「いきなりの話で失礼しました」
「いやホントにそれな」
俺の言葉に「あはは……」と笑いながら、
「……でも、氷叢さんにお願いした事に嘘は何も無いんです。本当に氷叢さんにお願いしたい事何です。月に数回が難しいとしても、年に数回でも来て欲しいんです」
「………」
(……なるほど、コレがコイツの本当の……)
フット・イン・ザ・ドア。
良くあるテクニックだ。
それに気づいた俺に、彼女はニッコリと笑い。
「また、連絡しますね」
「へーい」
くすくす……と彼女は笑いながら、
「来れる時でいいので……ウチにも遊びに来てくださいね。夕飯、気合入れて作りますので」
「……気が向いたらねー……」
「はい!!」
「……気が、向いたらねー………」
「ではまた」
「おうー」
ではまた、とそう言った彼女はあらかじめ呼んでいたタクシーに乗って帰るそうな。
この町の攻略法を知ってる辺り、ある程度下調べしてそうなこの感じ。
「うーん……やっぱりあれよなー……」
女は、怖い。
特に、覚悟が決まってる女は。