side緑谷
「……よし、そろそろ休憩にするか」
「は……い……ご指導、ありがとうございます」
「うむ」
屋内に響く、静かだが存在感のある声。
グラントリノが告げた休憩の声に従い、ワン・フォー・オール・フルカウルを解く。
そう、ワン・フォー・オール・フルカウル。
冷凍たい焼きと電子レンジからヒントを得て手に入れた、僕の新しい力。
今までのように個性を使う一瞬だけ身体を強化するのではなく、常時全身を個性で強化するというスタイルだ。
これにより、今までは使い所の難しかったワン・フォー・オールという個性をかなり有効に使いこなせるようになった。
(……本当に感謝だなあ)
職場体験で、ここに来れて本当に良かった。
そして、グラントリノに出会えて本当に良かった。
そんなグラントリノだが、訓練中の厳しさはどこに行ったのやら?るんるん♫……なんて鼻歌が聞こえて来そうなくらいにご機嫌な様子で、冷凍庫からたい焼きを取り出し電子レンジに入れる。本当にたい焼きが好きなんだなぁ。
そのウキウキとご機嫌なグラントリノの背中を見つつ、たい焼きの解凍を待つ間にお茶を用意するのが僕の役目だ。
グラントリノのヒーロー事務所はそんなに広くはない。
短い時間ではあるが、お茶くらいは問題無く淹れられるくらいにはこの事務所にも馴染んで来た。
「……コッチが何か言う前から、毎度毎度ちゃんと茶の用意が出来るってのはいい事だ。気が利く……ってのはな、今お前が思ってるよりも社会に出てから大切な能力となる。こういうのは俊典じゃあなくて悪ガキの方の仕込み何だろうがよ」
……気がつくと、電子レンジの中を覗いていたグラントリノがいつの間にか僕の方を見ていた。
「……?そんなもの何ですか?」
お茶の用意を進めながらの僕の言葉。
「おう!!そうだぞぉ!!」
それを聞き、グラントリノはとても楽しそうに笑い、
「例えばだな、今、俺とお前の目の前には電子レンジに入った冷凍たい焼きがある。高級品じゃねえよ。それは買ったお前自身がよく分かってるだろうけどな」
「はい」
「……それでも、受け取る側からすりゃ嬉しい訳さ。これはとても大切な事だ」
「はい……それは……まあ」
「……わかってねえなぁ、まだまだ小僧だなこういう所は」
「えっと……」
イマイチ内容がよく分からない僕。
それを見てグラントリノはやれやれ……と嘆息しながら、
「
「……あ、あはは……」
「気が利くってのはこういう事だ。100やれって言われて100をやれるヤツはいる。だが同じ100をやれって言われて105が出来るヤツもいる。気が利くってのはそういう事だ。些細な違いに思えるか?だが……長く生きていくと、その積み重ねは決して小さなままでは終わらねえ。だから、お前のその素養はとても大切なものだ……大事にしろよ」
「……ありがとうございます」
「……まあ、それはそれとして……あのクズな悪ガキよりも気が利かねえ俊典のヤツはどうなんだ……って話なんだがな。あんま言うとやらしくなっちまうから難しいんだよなあ、この手の話を掘り下げるのは……別に俺も金に困ってる訳じゃあねえから、高額な手土産持ってこさせろって言ってる訳じゃねえんだよ。ホントになあ……こういうのって礼儀というか気持ちというか……そういうもんだと思うんだがなぁ……」
「……そう言われると笑うしか出来なくなるので勘弁してください……」
まあ……あのクズコーチよりも社会人的に気が利かないオールマイトってのは僕の脳をざわつかせる概念ではある。本当に勘弁して欲しい所だ。
……チーン♫
苦笑するグラントリノと苦笑する僕。
そして何故か?電子レンジまでもが苦笑したかのようにタイミングを合わせて鳴った。
なんだかなぁ……とか思いつつも、こちらもお茶の用意が終わったのでテーブルに運ぶ。
そして2人で席につき、たい焼きを食べお茶を飲み一服。
(……何だかんだで、ホント、いい職場体験させてもらってるなあ僕は……)
しみじみとそんな事を思う。
他の皆はどうなんだろう?
まず、気になるのは仲のいい麗日さん。
そして心配なのは飯田くん。
(……んで……飯田くんとは別のベクトルで心配なのが八百万さん何だけど……)
……正直、知らんわ。ってのが本音ではある。
あんまクズエピソードに関わりたく無いのがリアルな所だ。
(……まあ、僕の気の所為だったり、もしくは気にし過ぎだったらいいんだけど……ね……)
side拳藤
都内某所にある、とあるスタジオ。
そこは、本来ならばグラビア撮影のために用意されたスタジオだ。
……だが、そこで今とんでもない茶番が始まっていた。
「お姉様と……そう呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「八百万?八百万?ちょっと何言ってんのか良くわかんない」
「ええ……良くってよ」
「ウワバミ!?ウワバミ!?だから!!ちょっと何言ってんのか良くわかんないんだってば!!」
……そのスタジオでは今、何故か八百万とウワバミがハグをし、周囲の女性スタッフ達は何故か全員スタンディングオベーションだ。本当の本当に意味がわからない光景が繰り広げられていた!!
「ヒーローに必要なもの、それは……」
「……それは……そう、それは……『愛』ですわね……」
「何でだよ!!いや!!確かにそういう要素もあるかもしれないけど!!何でだよ!!何でだよ!!」
ウワバミの言葉に、八百万が合わせる。
そして何故か私だけがツッコむのだ!!
マジで周囲はさらなる拍手拍手拍手……万雷の拍手。ブラボーだのハラショーだの何だのかんだの……正直やかましい!!
控え目に言って、私以外全員頭がおかしい。マジでそう思ってしまう。
そんなイカれた万雷の喝采の中、私が思う事はただ一つ。
(職場体験先……絶対!!来るトコ間違えた!!)
正直!!職場体験で呼んでくれた人に対して抱く感想としては失礼かな!?とは思うけど!!うん!!そう思ってしまう!!だって仕方無いだろこんなん!!
(だってこんなん!!何でこうなったのさ!!一体!!誰の所為!?誰が悪くてこうなっちゃったのさ!?)
思わずそんな事を思ってしまう。申し訳無いんだけどね!!
本当に……一体、誰の所為でこうなったのか……ホント、誰が悪いのか……
『まーでも僕は悪くないもん。うん。多分。てか絶対』
そんな事を考えていると……ふと、何となくだけど、そんな、ちょっとだけ聞き覚えのある声が聞こえた気がした。何となく、ちょっと理不尽気味のヘイトを集めてそうなヤツの声……
……まあ……多分、空耳だとは思うけど……
sideマニュアル
保須市。
今日も今日とて俺はこの馴染みの街をパトロールしている。
いつも通りの日常と言えば日常。
そんないつも通りの日常なのだが、この数日に関しては少しだけ様子が違う所もあって……
(……大丈夫かな飯田くん……正直、気負い過ぎている……いや、気負い過ぎているというよりは……これはむしろ……)
いつも通りのパトロール。
……とは、ちょっとだけ違う要素。
雄英高校ヒーロー科の職場体験で受け入れた将来有望なヒーローの卵。
飯田天哉。
今も俺の隣を歩く彼。
その彼が、俺の今の悩みの種であった。
「そうは言ってもお前が自分で指名したんだろ?今更何言ってるんだ?」という批判は甘んじて受けるよ。
(だけど……これは……ちょっと。いや……それも込みで俺の考えが甘過ぎる、と言われたら確かにそれまで何だけど……)
今も真剣な顔でパトロールをする彼。
飯田天哉。
何一つ異変を見逃さない……そんな真剣な顔で街を見回す彼。コレだけ見れば、ただの真面目なヒーロー候補生と言えるんだけど……
(……正直言って危うい。そういう目をしている)
共に街を歩きながら……一緒に彼と過ごす時間が長くなれば長くなる程、そんな不安が大きくなっていく。
正直、理由は予想がつく。
……というか、つかない方がおかしい。
(ヒーロー殺し……そして、インゲニウム……)
ヒーロー殺しステイン。
そのステインによって重傷を負わされたインゲニウム。
……そしてインゲニウムの弟である飯田天哉が、この保須市にこのタイミングで来ている。
『復讐』
兄の、復讐。
あまりにもわかりやすい。
むしろわかりやす過ぎて本当にそうなの?何て疑念すら浮かんでしまうくらいだ。
だが、彼と一緒にちょっとでも過ごすと、そんな疑念はすぐに消え去ってしまう。
(本当に……復讐……のために、俺の所に来たんだなこの子は……)
何一つ異変は見逃さない……今もそんな真剣な目で街を見回す彼を見ながら、そんな事を思ってしまう。
それが残念であり……だがしかし……そんな彼を諭すのも年長者の役割なのか?そんな事を考える。
そんなタイミングで、
「……あれ?氷叢、さん?」
「……ん?お?おー……真面目くんじゃん、やほー」
2人並んで街をパトロールする俺と飯田くん。
そんな俺達の前方から、へらへらと笑いながらとんでもないイケメンが歩いて来た。
「氷叢?……氷叢?……あ!!まさかアイスブレイド!?」
「どもですー」
軽薄な笑みを浮かべながら挨拶してくるその顔と、氷叢という名前でピンとくる!!
『アイスブレイド』
『クズ・オブ・クズ』
『ちょっと今いい感じの女の子を会わせたくない男性ヒーローランキングNo.1』
『男が合コンに誘いたくない男性ヒーローランキングNo.1』
……等など。その他、ありとあらゆる男性&男性ヒーロー達のヘイトを一身に集める、ある意味でのNo.1ヒーローである。
そのNo.1は決していい意味ではないのだけれど。
「真面目くんここで職場体験してたのねーマジウケる」
「……軽いですね。そんなにウケるのでしょうか?……まあ取り敢えず、俺はこの街で、このマニュアルさんの下で職場体験をしています」
「……ふーん」
そこでアイスブレイドがこちらをチラッと見る。
何となくぺこりと軽く会釈。
正直、ちょっと真面目すぎる対応かな?なんて自分でも思ってしまう。
そんな俺の反応を見て、アイスブレイドはにぱーっととてもとても楽しそうに笑い、
「へー、ふーん……マニュアル……ねえ……なんか色々とマニュアルに詳しそうな名前すねー」
「え?ああ……まあ、ね。うん」
「ねーねー聞いてもいいすか?」
「いいよ。俺に答えられる事なら、ね」
俺のその返答を聞き、アイスブレイドはにっこりと笑い、
「デリヘルの代金って、領収書もらえばヒーロー活動の経費で落とせますかねぇ?」
「「………………………………………………………………………………………………………は?」」
……その質問を聞いて、俺と飯田くんの頭は真っ白になった。
そんな俺達の様子を見て、
「んー……やっぱデリヘルは経費で落とすのキツイかー……んじゃキャバクラくらいかなぁ?ねえねえ、キャバクラくらいなら領収書もらえば経費でイケるっすよね?」
「ひ!!氷叢さん!!神聖なヒーロー活動をしているのに!!キャバクラのような不純なモノを経費で落とすなどと!!」
そんな巫山戯た彼の言葉に、真面目な飯田少年が反論するが、
「……うーん……まあ、税理士と相談もいるけど……常識的な金額の範囲内でなら、頻度にもよるけど……交際費の範囲で経費として処理は出来ると思うよ」
「な!!そんな!!」
「……っすよねー。どもですー」
……だがすまない、真面目な飯田少年……
キャバクラくらいなら……キャバクラくらいならば!!経費として処理できなくもないのだ!!金額と頻度にもよるけど!!
「そ!!そんな!!マニュアルさん!!マニュアルさん!!まさか!!まさか貴方もキャバクラに行っているのですか!?マニュアルさん!?」
「あばばばばばば!!!!」
「……へー♡……ふーん♡」
信じられない!!破廉恥な!!
……そんな目で俺を見る飯田くんと、とてもとても邪悪な笑みを浮かべこちらを見るアイスブレイド。
「ああ!!もう!!」
そんな目で見られて、つい思わず!!
「キャバクラくらいは……キャバクラくらいは行くよ!!行くさ!!でも!!経費で処理したことは一度もないよ!!全部!!自分の稼いだお金で行っている!!何も悪い事はないぞ!!」
「それでも!!キャバクラには行っているのですねマニュアルさん!!」
「いいじゃん!!キャバクラくらいいいじゃん!!」
だって!!ヒーローだけど俺も男の子なんだもん!!
それくらいいいじゃん!!
自分で稼いだ給料の範囲で遊んでるだけなんだから!!
信じられない!!そんな目でこちらを見続けている飯田くん。
「へー♡へー♡ふーん♡ねえねえ?この街でオススメのキャバクラって何処♡誰を指名してるとかあるのかなー♡ちょっと気になるから教えてほしーなー♡」
それとは対象的に、とてもとても楽しそうに俺の顔を覗き込んでくるアイスブレイド!!
俺の行きつけを教えろ!!だとぉ!!
「嫌だ!!断る!!絶対に嫌だ!!」
ふざけるな!!断固拒否だ!!拒否に決まってる!!
「えー?何で何で?いいじゃーん♡」
くっくっくっと笑う悪魔。
アイスブレイド。
超絶的なイケメン。
ちょっと今いい感じの女の子を紹介したくない男性ヒーローNo.1。
「教える訳無いだろ!!俺は
こんなイケメンを行きつけのキャバクラに紹介なんかするもんか!!もしも万が一!!自分の推しの子とかが取られたら死にたくなるじゃないか!!
「えー♡そんな事心配してんの?マジウケるんだけど。寝取られの心配をするなら、先に最低一回は寝てからじゃなきゃダメよ♡ねえねえ♡推しの子とは一回くらいは寝てるワケ?どーなの?えー……ちょっと無理そな感じ?マジウケるんだけど♡」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!最悪だ!!最悪だぞこの男!!このクズ!!」
「マニュアルさん!!マニュアルさん!!今の貴方も結構最悪ですよ!!マニュアルさん!!マニュアルさーん!!」
へらへらと笑うクズ。
色々と困る俺!!
そして色々と!!本当に色々と心配な飯田くん!!
……酷い話だ。
正直、本当に酷い話だった!!
でも……
本当に酷い話は、この後に始まった。
今の俺は……まだ、それを知らない。