恋を知らずに死んだので、あの世で恋を買おうと思います。   作:稀葉

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第十一話 シャンパンタワーは実在しました

 二階フロアの重厚なドアが開くと、それまでくぐもっていた音楽がわっと耳に響いた。

 青い光を基調として、天井にはミラーボールがあり、きらきらとした光を弾いている。

 

「わ、ホントにあるんですね」

 

 ボックス席に十数人の男たちが集まり、高く積んだグラスにシャンパンを注いでいる最中だった。

 シャンパンタワーだ。青い光がグラスの中でも揺れて幻想的に見える。

 テレビや動画で見たことのあるそれが、まさに今目の前で行われている。

 目を輝かせる柚とは裏腹に、聡は嫌そうに顔をしかめた。

 タワーとは離れた通路へと、手を引かれて歩く。

 

「個室もあるが」

 

「ここがいいです!」

 

 個室に行ってしまっては、せっかくのシャンパンタワーが見られない。

 即答すると、だろうな、と肩を竦めた聡は、タワーからは離れた奥のボックス席へと向かう。

 女性を取り囲んで囃す声。

 これがシャンパンコールか、などと思いながら腰を下ろすと、スピーカーから離れているのか幾分音もやわらいで感じる。

 

「悪い。すぐに戻る。先に何か飲んでてくれ」

 

 柚からコートを預かった聡は、それを黒服に預けると、先ほどのタワーの方に行ってしまった。

 

 そっと店内を見回してみても、ちょうど目線を遮る高さでボックスが区切られている。人目を気にしないで済むように、かといって圧迫感も感じさせない絶妙な高さだ。見えるのは先ほどのシャンパンタワーの上二段だけだ。

 ホストたちがタワーの周りで、その客を褒め称えるコールをしている。どうやら聡もそこに加わりに行ったらしい。

 

(接客業は、大変だよね)

 

 そう思いながら、柚はふかふかの背もたれに寄りかかって息を吐いた。

 

「初めまして、聡さん戻るまでつかせていただきますね」

 

 茶髪の男がそう言うと、柚の返事も待たずに隣に座った。

 

「へ?」

 

「会うの初めてだよね。ルカです。よろしくね」

 

寺門(てらかど) (ゆず)です」

 

「柚ちゃん。可愛い名前。聡さんのご新規の姫だよね。……あれ、何も飲んでないの?」

 

「あ、はい。まだ……」

 

「そうなんだ。じゃあね。はい」

 

 ドリンクメニューを目の前で開かれ、さりげなく距離を詰められる。背中に回された手は、背もたれの上にあるだけで柚に触れてはいないもののとにかく距離が近い。

 淡く香水の香りを感じる。離れて座り直したら失礼だろうか、と考える柚をどう思ったのか「柚姫は、お酒飲める方?」とルカが話しかけてくる。

 

「そうですね。弱くはないと思いますけど……」

 

 メニューに視線を落としたまま答えると「甘いお酒が好き? よかったら姫に似合いそうなの、僕が選んでもいい?」と頬が触れそうな距離で一緒にメニューを覗き込む。

 

「あ、はい」

 

「僕も飲んでいい?」

 

 そういえば、ここはそういうお店だったなと思い出しながら、もちろんです、と頷いた。

 

「ボトルでも?」

 

「いいですけど……飲みきれます?」

 

 聡が戻るまでいるだけだろうに、ボトルなんて飲めるんだろうか。それとも、ボトルで頼んでおけば、聡も飲めるんだろうか。

 なんにせよ、システムもよくわからない。ここは任せてしまうほうがいいだろうかと思いながら尋ねると、「いいね、姫! 堅実な感じで好きだよ」と笑み含んだ声で言った。

 

「姫にオーロラ。僕はジントニックで」

 

 すぐに運ばれてきたカクテルグラスを手にした柚は、乾杯するフリで少しだけ身を離す。

 その段になってようやくルカの顔をまじまじと見た柚は、もてそうな顔だな、と思った。いわゆる、アイドルグループで歌って踊っていそうな顔だ。

 聡も整った顔立ちだがタイプが違う。聡は精悍な顔立ちだが、目の前の男は可愛いと格好いいを適度にブレンドしたようなタイプだなと思いながら、グラスを合わせた。

 

「オーロラ姫にかんぱーい」

 

 グラスに口をつけると、柑橘の爽やかな香りが鼻に抜ける。

 

「おいしい」

 

「気に入ったならよかった。……っていうか飲むのは早くない? 強いじゃん、姫。いいねいいね、次何飲む?」

 

 思いのほか喉が渇いていたようだ。カクテルグラスを飲み干した柚に、ルカが破顔する。

 次に出されたのはビトウィーン・ザ・シーツ。照明が青いせいで本来の色がよくわからないけれど、口をつけてみると、先ほどよりも少し甘い。

 名前は聞いたことがあるけれど、これがそうなのか。

 

「姫、もしかしてかなりお酒強いのかな? この分なら、聡さんの売り上げにかなり貢献できちゃうんじゃない?」

 

「売り上げ?」

 

「そう。聡さん普段は5位以内ははずさないんだけど、ここ何日かちょっとペースが落ちてるんだよねぇ」

 

 ここ何日か。それは聡が柚に付き合っているからに他ならないだろう。

 けれど、ルカの口振りではまるで聡が出勤しているようにも受け取れる。

 

「聡さん、お店に出てたんですか?」

 

 午前中から柚に付き合って、夕方ホテルまで送ってくれた後に店に出ていたとなると、なかなかにハードだ。

 待ち合わせの朝、ラウンジでコーヒーを飲む聡の少し眠そうな顔が思い出される。

 

「あれ? 姫は休みとでも聞いてたの? ちゃんと毎日店に来てたよ」

 

「毎日……」

 

「そんな深く考えることないよ。今日は同伴だったんだしさ」

 

 そう言いながら、ルカは再び柚と肩が触れる距離に座り、肩に腕を回された。

 ホストクラブなら、こういう距離はきっと普通なんだろう。そうは思っても、初対面の男に肩を抱かれるのは、あまり嬉しい状況ではない。かといって、払いのけるのも、また座り直すのもわざとらしすぎるだろうか、などとぐるぐると考え出す。

 

「聡さんとは長いの? 姫、店に来たことなくない?」

 

「まだそれほどでは……」

 

「そうなんだ。聡さん、アフターで出ることのほうが多いイメージでさ。どこか楽しいとこ行った?」

 

 ルカの言葉になんとなく棘を感じたのは気のせいだろうか。

 アフターばかりで楽しいところには行っていないんじゃないか。そう受け取るのはうがち過ぎかなと思いつつも、柚は口を開く。

 

「動物園とか」

 

「動物園、マジで?」

 

「楽しかったですよ」

 

「姫、動物好きなんだ。可愛いね。じゃあさ、僕とは猫カフェとかどう?」

 

 ルカのどこか馬鹿にした気配を感じた柚はグラスを飲み干すと、「サイカフェないんですかね?」とにっこりと微笑んだ。

 

「サイ? ……ウケる。いいね、柚姫。サイカフェもいいけどさ、僕ともうちょっと大人らしいデートしない?」

 

「大人らしいデート……」

 

「聡さんとは違う楽しいとこ連れてったげるよ。今日このあと」

 

「楽しそうだな」

 

 聡の低い声が不意にかかり、ルカがさっと身を離した。

 

「ヘルプは頼んでないが? オールコールにも来ないでいいご身分じゃないか」

 

「すみません。姫が寂しそうだったので、つい……」

 

 聡が顎で示すと、ルカはすぐに立ち上がり、一礼して去って行く。

 普段とは違う怒気を纏う聡に、柚もなんとなく背筋を伸ばして座り直した。

 

「もう二杯か。何を飲んだ?」

 

「オーロラとビトウィーンザシーツです。ルカさんが選んでくれました」

 

「あいつ……」

 

 舌打ちした聡は、すぐに黒服に水を持ってこさせる。

 

「なんともないか?」

 

 水に口をつけた柚を気遣う聡からは、まだ怒気を感じる。

 

「なんともないですけど……怒ってますか?」

 

「柚にじゃない。いや、お前もだな。知らない男が出した酒をほいほい飲むな」

 

「おいしかったですよ」

 

「度数をわかってて言ってるのか? カクテルは後からくる。ちゃんと水を飲め」

 

 聡は怒っているというよりも、心配してくれたのだ。

 それに気づいて、なんとなく嬉しくなった柚が笑いを漏らすと、聡が酔っ払いに向ける視線で眉を寄せた。

 

「私酔ったことないんです。血統書付きです」

 

「は?」

 

「両親共にお酒に強いし、ひとりで一升開けられます」

 

「日本酒を?」

 

「焼酎も好きですけどね」

 

 だからなんともないですよ、と笑うと、ネクタイを緩めた聡は呆れたように息を吐いた。

 

「シャンパンタワーも見たし、満足したか?」

 

「そうですね。ネットで見たことがあるのと同じだなって思いました。あのタワー、飾るだけかと思ったら、飲むんですね」

 

「客によってはそのままのこともあるが、大抵は飲むな。指名で席に着いた奴が全部飲まされることもあるし、今日みたいにコールメンバー全員で飲むこともある」

 

「私もシャンパンタワーやった方がいいですかね?」

 

「……やりたいのか?」

 

「いえ、そしたら聡さんの売り上げに貢献できるのかなって」

 

 柚の言葉に、聡が再び舌を打った。

 

「ルカが何を言ったか知らんが、現世と違って、いくら売り上げても俺の給料には連動しない。気にするな」

 

「五位以内に入らなくていいんですか?」

 

「興味はないな。それより、柚。酒が好きなのか?」

 

「嫌いじゃないですよ。でもご飯食べる方が好きなので、飲み会とかはあんまり好きじゃないです」

 

 サラダやフライドポテトがメインだったのでは? という飲み会にも参加したことはあるけれど、あれに五千円の価値があるとも思えなかった。

 だから、柚は付き合いに支障のない程度しか飲み会には参加しないことにしていた。

 

「日本酒の旨い店がある」

 

「日本酒」

 

「焼き鳥が旨い店だ」 

 

「焼き鳥!」

 

「ただし、夕方からしかやっていない」

 

 柚はホテルで夕飯を食べることにしている。この世界の防犯具合もわからないし、ホテルの食事に不満がないからだ。

 それでも、聡が一緒なら安心だし、なにより日本酒と焼き鳥は魅惑的過ぎる。

 

「行きます!」

 

 頷く柚に、聡も満足げに頷いた。

 

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