恋を知らずに死んだので、あの世で恋を買おうと思います。 作:稀葉
「え?
それが誰なのかを確認した聡は、嫌なタイミングで会った、と思った。
「聡も? え、なんで?」
「えーと、お久しぶり、です?」
柚が少しぎこちなく挨拶すると、「ホント久しぶり! 卒業式以来だもんね。元気だった?……らここにいないか」と笑みが返った。
「柚ちゃん、
「
「やだ、柚ちゃん。
「え、と。そのほうが呼びやすくてつい」
名前で呼んでいいのに、とクスクス笑う奈月は楽しそうに目を細めた後、「柚ちゃんも聡のお客さんだったんだ?」と柚と聡とを交互に見て言った。
「いつこっちに来たの? 私も店にはそこそこ行くけど、一回も会ったことなかったよね?」
「はい。今月来たばかりで」
「……今月?」
ひやりとした空気には気づかなかったようで、柚は「はい。まだ二週間経たないくらいです」と馬鹿正直に答え、聡は内心舌を打つ。それでは、それなりの徳を持っています、と言っているも同然だからだ。
奈月が聡を指名するようになって、ちょうど一年あまり経つ。
これまで、聡は奈月に同伴やアフターをせがまれても、一度も応じたことはない。公私の区別が付かず、本気にしそうで厄介。それが聡の奈月に対する見立てだからだ。
店の外で、他の女と居る時に話しかけてくる。それもマナー違反ではあるが、今回は柚に話しかけてきたのだから仕方ないと内心ため息を落とす。
「奈月さんは、今日はお仕事では?」
奈月が製菓メーカーの工場に勤めていることを知る聡は、柚の腰に手を回したまま奈月に微笑みかけた。
「クリスマスの振休なの。聡は今日はこのまま同伴?」
「いえ、もうこのまま正月休みに入ります」
「え……休みの日に客と会うこともあるの?」
聡が、面倒だな、と思いながら頷くと、奈月はわかりやすく口を尖らせた。
「私とは会ってくれないのに。柚ちゃんはかなりたくさん通ってるの? 聡が二週間で店外デートって、結構早くない?」
「私は……恋人プランだから、ですかね?」
「恋人プラン? なにそれ。そんなのあるの? いくら? 私もそのプランやりたい」
矢継ぎ早な質問に口を開きそうな柚を制して、「店では提示していないんです。役所からの紹介のみのプランで。彼女も俺を指名したわけではなく、たまたま俺が担当になっただけで」とひと息に告げると、柚も空気を読んで口を噤んだ。
「プランでなくても、店の年明けの営業日には全員揃っている予定なので、その時にでも」
「うん。それはもちろん行くつもりだけど。……柚ちゃん。こっち来たばかりだといろいろ不安でしょう? 連絡先交換しとこ」
「はい! ありがとうございます」
「わからないことあったら、いつでも連絡していいからね。今度女子会しようよ!」
「いいですね。楽しみにしています!」
「じゃ、聡もまたね」
柚と連絡先を交換した奈月は、ひらりと手を振った。
聡は充分遠ざかったのを確認してから「どういう知り合いだ?」と柚に視線を向けると、柚はまだ奈月の背中を見つめていた。
「柚?」
「中学の時の、同じクラスだった友達?」
「中学か。仲悪かったのか?」
中学の同級生ならば、咄嗟に相手がわからないこともあるかもしれない。
ただ、柚のぎこちなさが気になって尋ねると、柚はゆるりと首を振った。
「いえ。ただ、同じグループではなかったので。手塚さんはキラキラグループだったので、そんなにたくさん話したりはしてないですかね」
「キラキラグループ? なんだそりゃ」
「うーん。なんだろ、モテるっていうか、陽キャっていうか、そういうグループあるじゃないですか。手塚さんはそのグループの……クラスの、かな、リーダーみたいな感じで、手塚さんがいるとみんな盛り上がる、みたいな?」
いわゆるスクールカースト上位者というやつだろうか。
納得しながら頷いた聡は、「お前は?」と柚に水を向ける。
「私は……目立たない側ですかね。でも仲いい子は多かったし、中学にしろ高校にしろ、毎日楽しかったです」
なんとなく想像がつく。真面目に宿題をやってくる。日直も掃除当番もサボらない。柚は、そんな真面目な学生生活を送っていたに違いない。
「聡さん、敬語でしたね。お仕事モードですか?」
「相手によるが、まあそうだな」
距離感を読み違えない相手なら、聡も言葉を崩す。同伴やアフターをする程度の客ならばなおのことだ。
逆に、勘違いしそうな客には敬語を崩さない。わかりやすい線をひいてみせて、わきまえろと暗に告げるためだ。
「私には、最初から敬語じゃなかったです」
「恋人プランだったからな」
それに加えて、最初から明確に一ヶ月という期限が決まっていたからだ。
一ヶ月で勘違いされても、プランの終了と共に店の外で会わなければいいし、恋人プランだったからそうしただけだと言い訳もたつ。そういうつもりで柚に接した。
もっとも、柚の場合は、いっそ勘違いしてくれるくらいのほうがいいのではないかとさえ思う。
プラン期間の三分の一で、ようやく男として意識される程度では、進捗が遅い。
『一ヶ月後、少なくとも『恋人がいたことがない』なんて思わせない。それがゴールだ』
そう言ったのは聡自身だ。
このままでは、聡の考える恋人までは到達しない気がしていた。
別に夜を共にしようというわけではない。ただ、どうにも中学生くらいの恋愛観で、どうにか彼氏がいたと言えるかどうかで終わりそうな気がしているのだ。
三百万も払って、柚はそれでいいんだろうか。
「そういや、柚。
「え? 日本酒ですよね? どこでですか?」
柚がぱっと顔をあげて、目を輝かせた。つくづくわかりやすい。
同時に、こんなに簡単に餌付けされていて、この先大丈夫だろうかと心配にもなる。
けれど、彼女はこれでいいような気がした。
柚と呑む酒は旨い。よく食べて、よく呑んで、屈託なく笑う。そこには、面倒な腹の探り合いも、マウントもない。
「お供えリストに載っていた。注文しとくから、届いたら呑むか」
「ぜひ! やったぁ、もう二度と呑めないって思ってたから、すごく嬉しいです!」
素直に喜ぶ柚を見下ろして、あと二十日か、と思う。
あと二十日、こうしてそれらしい関係性を続けた後、そこでふつりと関係が終わるのだろうか。
柚がホスト遊びするようになるとも思えないし、そういうことは似合わないとも思う。
「柚。お前、本当に人間以外も考えてるのか?」
この世界で何として生きていくか。
聡がその選択を求められた時、人間以外など考えてもみなかった。
生きていく上でこれまでの経験値を活かせて、自由に楽しく生きるなら、それがベストの選択だと思えた。
もっとも、現世から持ち込めたのは経験ばかりで、あれだけ稼いだ財産は一円も持ってこられなかったけれど。
「そうですねぇ。こんな機会なかなかないですし、こっちに家族でもいれば迷わなかったかもしれないですけど……それに、さっき聡さんに言われて気づいたんですけど、私がサイになれば、アンドゥがひとりぼっちじゃないかもってちょっと思いました」
聡の投げやりな言葉で、余計な選択肢を増やしてしまったらしい。
「別にひとりぼっちじゃないだろ。園長も飼育員も……お前だって会いに行くんだろう?」
「まあ、そうなんですけど。ただ、同じサイがいるほうが、アンドゥが楽しいです、きっと」
「サイじゃなくてお前はどうなんだ、柚。人間以外になったら酒も呑めなくなるんだぞ」
彼女が猫になろうがサイになろうが、聡に実害はないはずだ。それなのについ念押ししてしまう。
そんな聡に、こてりと首を傾けた柚は、そうなんですよねぇ、と頷く。それを見て、当然だと聡は思う。
それなのに。
「そこも踏まえて、よく考えてみます」
人間を選びます、と決めないまま、柚は真面目な顔で頷いた。
柚が人間以外を選んだら。
元々一ヶ月という期限付きの関係だ。猫でもサイでも好きにすればいい。
そう思うのに、どうにもすっきりしない。
「人間しか食えないものを食いに行くぞ」
そう言って手を引くと、「選択肢広すぎです」と柚が楽しそうに笑うから、聡もついつられ、口角を引き上げた。