【完結】恋を知らずに死んだので、あの世で恋を買おうと思います。   作:稀葉

18 / 26
第十八話 買ってもいない宝くじ

 じゃがバタを食べた後、参道の出店のひとつ、椅子やテーブルを設えたおでん屋に落ち着いた聡と柚は、熱燗とおでんで暖を取ることにした。

 人混みとはいえ、真冬の屋外に小一時間もいれば体も冷える。湯気の立つおでんをはふはふと食べる柚は、「おでんはやっぱり大根ですよね」と上機嫌だ。

 

 こいつを、俺が?

 

 柚の横顔をちらりと窺いながら、聡は内心頭を抱えた。

 彼女は客だ。惚れさせるどころか、自分が先に落ちるなんてプロ失格だ。だいたい、期間限定だ、本気にはなるなと上から目線で釘を刺しておいて、どの面下げて好きだなどと言うのか。

 

「聡さん、調子悪いですか?」

 

 気遣わしげな柚に、「いいや?」と首を振って見せる。

 

 まだ二十日ある。今なら、柚には想う相手もいない。ここから自分に惚れさせれば済む話だ。

 少なくとも、このままおとなしく呑み友達に納まる気は毛頭ない。

 

「ならいいんですけど……三が日はお休みのお店多いですよね?」

 

「店によるな。どこか行きたいところがあるのか?」

 

「結局、家電類とかいろいろ買えてないなって」

 

「家電を売る店ならやってるぞ? このあと行くか?」

 

「はい」

 

 頷いた柚が小さく笑うのを見て、どうした? と尋ねる。

 柚は玉子に箸をつけながら、子どもの頃、と口を開いた。

 

「お正月にお年玉を貰ったら、すぐゲームを買いに行ったなぁって。……そういえばこの世界では、子どもを見ないですね」

 

 柚は参道を見遣ってから玉子を口に運ぶ。

 聡も軽く参拝を待つ人波を見てから、柚に視線を戻した。

 

「この世界では年を取らないからな。サポートセンターでも子どもの姿は推奨しないらしい」

 

 転生するまで数十年から百年ほど。年を取らないこの世界で子どもの姿を選ぶのは、どちらかといえばデメリットのほうが多い。

 

「でも、子どもが彼岸(こちら)に来る時もありますよね?」

 

「物心つかないくらい小さければ、すぐに転生させてるらしい。そこそこの年齢でも、基本的には成人の姿を選ばせるとは聞いたな。まあ、バイトすらできない年齢なら、それなりにサポートするんだろ」

 

「人間を選ぶとしても、選べる年齢の範囲は徳次第、でしたっけ?」

 

「まあ、そうだな。もっとも、低徳でも、未成年なら成年程度の年齢になれるし、年寄りでもそこそこ若い年齢は選べる」

 

 だから、必然的に、この世界には、成人から働き盛りの年代ばかりとなるのだ。

 柚ほどの徳があれば、人間を選ぶ時に性別の行き来も自由だろう。ただ、それを話せば「面白そうですね!」などと言って、サイや猫に加えて男まで選択肢に入れかねない。

 他の人間が男を選ぼうが女を選ぼうが知ったことではないが、柚には女でいて貰わないと困る。

 聡は、それ以上の説明は切り上げて、「もう少し店をひやかしたら、家電を買いに行くか」と尋ねて、残りの酒を流し込んだ。

 

「ありがとうございます。……その前に、甘酒だけ飲みたいです」

 

 初詣といえば甘酒ですからね、とひとり頷く柚を可愛く思う自分を自覚した聡は、再び内心頭を抱えた。

 

「……なんで恋人が欲しかったんだ? やってみたいこととか、あったんじゃないのか?」

 

 もう幾度か投げた質問だ。

 奈月に話したのは方便ではなく事実だ。恋人プランは、サポートセンターからの紹介でしか受けない。逆に言えば、そこまでの事情や強い願いでもなければ、依頼されるはずもないのだ。

 その割に柚の願いはどこか曖昧で、特別それが現世での強い心の残りにも見えない。

 

「改めて考えてみると、私そこまで恋人欲しかったかなって」

 

「……三百万も出してか?」

 

「その三百万もなんかピンとこなかったんです。だって、まず『死にました』って言われて、大混乱だったわけですよ」

 

「まあ、そうだろうな」

 

「そうです。師走で忙しくて、早く仕事納めしたいな、とか、お正月休みは嬉しいけど、一月の給料は減っちゃうな、とか思っていたはずがですよ。徳が、いち、……一億ありますとか言われて、実感できると思いますか?」

 

 一億からは声を潜めた柚は、彼女なりに学習しているらしい。

 少しだけ口を尖らせていたはずが、さつま揚げを口にした途端ふわりと笑って「おいしい」などと呟くのが彼女らしい。

 

「そりゃそうだ。……なら、後悔してるか?」

 

「それはしてないですよ。聡さんと会えましたから」

 

 柚の言葉に箸を取り落としそうになった聡は、少しだけ期待を込めて彼女の横顔を見つめる。

 

「それに、実感はなくてもアンドゥの水場が作れたし、使った割には結構戻ってきたし」

 

 期待した方向に話が転がることもなく、結局着地点はサイだ。でも、それをひっくるめて柚なのだ。

 

「まだ実感はないのか?」

 

「ないですよ。買ってもいない宝くじが当たったって言われて、信じられます? しかも、使っても増えたり、使ってないのに減ったりするなんて、ワケわかりません」

 

「そこは、同意する。俺もいまだにわからん」

 

 休みなく働いても減る。そうかと思えば、労働していなくても増える。

 柚のためにエレベーターの開ボタンを押してやり、食べ物に感謝して手を合わせる。そんな行いが、わずかながら加算されていた先日の収支書を思い返す。

 徳のシステムはおおよそわかっていたつもりになっていたけれど、柚を見ていると、高徳になるには相応の行いがあるのだと改めて知ることも多い。

 

「昨日、山下さんと話した時に、聡さんとの契約が終わったら『うちに来ませんか』って誘っていただいて」

 

「……は?」

 

 低い声が出て、柚がびくりと肩を揺らした。

 

「え、すみません。私なにか変なこと言いましたか?」

 

「山下のそれは、どういう意味だ?」

 

 うちに来ませんか? 自宅に誘ったということか? どういう了見だ。

 ムカムカとした気持ちを抑えて聞くと、柚は「売店でバイトを募集しているそうなんです」と聡の様子を窺うように上目遣いで答えた。

 

「バイト?」

 

「はい。……やっぱり正社員で探すべきですかね?」

 

「うちっていうのは、動物園って意味か?」

 

「他にありますか?」

 

 不思議そうに目を瞬かせた柚は、「動物園で働いたら、毎日アンドゥに会い放題だし、今の徳残高なら、いったんバイトもありかなぁって」とまるでお伺いをたてるように聡を見る。

 

「それを言うなら、そもそもすぐに働く必要ないんじゃないか?」

 

「どういう仕組みで増えたり減ったりしてるんだかわからないのに、仕事もしないなんて怖いですよ」

 

 柚はそう言って残りのさつま揚げを口に入れると、いつものように丁寧に「ご馳走様でした」と手を合わせた。

 

「そういえば、山下さんが、聡さんに会いたがってました」

 

「俺に?」

 

「はい。計画書の相談にのってほしいって。聡さん、そういう仕事をしてたんですか? こないだスラスラお話ししてて、すごいなって」

 

 羨望の眼差しを向けられて悪い気はしない。でも、現世の終わりを考えれば、あまり素直にも喜べない。

 

「私、ああいうの苦手で……かっこよかったです!」

 

「まあ、ホストをしているよりもマシだったかもな」

 

「……? ホストの聡さんもかっこいいですよ?」

 

「嘘を売る仕事が?」

 

 自嘲しながら言うと、柚が小さく息を詰めて目を伏せた。けれど、すぐに顔をあげてこちらをまっすぐ見ると「嘘でも、相手が幸せならいいと思います!」と言い切った。

 

「ただ……動物園で書類を見ていた聡さんは楽しそうだったし、かっこよかったです。現世ではそういうお仕事だったんですか?」

 

「ああ。経営コンサルをしていた」

 

「おお! だからですね、仕事ができる人って感じでした。隣にいてくれてすごく頼もしかったし、かっこいいなって思いました」

 

 そう言われて悪い気はしない。悪い気はしないどころか、柚にそう言われるのは素直に嬉しかった。

 でも、少しもかっこよくないということを、聡自身が、誰よりもよく知っていた。

 

「かっこいい、か……そのせいで、刺されて死んだって言ってもか?」

 

 柚が息を呑んで動きを止めた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。