【完結】恋を知らずに死んだので、あの世で恋を買おうと思います。 作:稀葉
じゃがバタを食べた後、参道の出店のひとつ、椅子やテーブルを設えたおでん屋に落ち着いた聡と柚は、熱燗とおでんで暖を取ることにした。
人混みとはいえ、真冬の屋外に小一時間もいれば体も冷える。湯気の立つおでんをはふはふと食べる柚は、「おでんはやっぱり大根ですよね」と上機嫌だ。
こいつを、俺が?
柚の横顔をちらりと窺いながら、聡は内心頭を抱えた。
彼女は客だ。惚れさせるどころか、自分が先に落ちるなんてプロ失格だ。だいたい、期間限定だ、本気にはなるなと上から目線で釘を刺しておいて、どの面下げて好きだなどと言うのか。
「聡さん、調子悪いですか?」
気遣わしげな柚に、「いいや?」と首を振って見せる。
まだ二十日ある。今なら、柚には想う相手もいない。ここから自分に惚れさせれば済む話だ。
少なくとも、このままおとなしく呑み友達に納まる気は毛頭ない。
「ならいいんですけど……三が日はお休みのお店多いですよね?」
「店によるな。どこか行きたいところがあるのか?」
「結局、家電類とかいろいろ買えてないなって」
「家電を売る店ならやってるぞ? このあと行くか?」
「はい」
頷いた柚が小さく笑うのを見て、どうした? と尋ねる。
柚は玉子に箸をつけながら、子どもの頃、と口を開いた。
「お正月にお年玉を貰ったら、すぐゲームを買いに行ったなぁって。……そういえばこの世界では、子どもを見ないですね」
柚は参道を見遣ってから玉子を口に運ぶ。
聡も軽く参拝を待つ人波を見てから、柚に視線を戻した。
「この世界では年を取らないからな。サポートセンターでも子どもの姿は推奨しないらしい」
転生するまで数十年から百年ほど。年を取らないこの世界で子どもの姿を選ぶのは、どちらかといえばデメリットのほうが多い。
「でも、子どもが
「物心つかないくらい小さければ、すぐに転生させてるらしい。そこそこの年齢でも、基本的には成人の姿を選ばせるとは聞いたな。まあ、バイトすらできない年齢なら、それなりにサポートするんだろ」
「人間を選ぶとしても、選べる年齢の範囲は徳次第、でしたっけ?」
「まあ、そうだな。もっとも、低徳でも、未成年なら成年程度の年齢になれるし、年寄りでもそこそこ若い年齢は選べる」
だから、必然的に、この世界には、成人から働き盛りの年代ばかりとなるのだ。
柚ほどの徳があれば、人間を選ぶ時に性別の行き来も自由だろう。ただ、それを話せば「面白そうですね!」などと言って、サイや猫に加えて男まで選択肢に入れかねない。
他の人間が男を選ぼうが女を選ぼうが知ったことではないが、柚には女でいて貰わないと困る。
聡は、それ以上の説明は切り上げて、「もう少し店をひやかしたら、家電を買いに行くか」と尋ねて、残りの酒を流し込んだ。
「ありがとうございます。……その前に、甘酒だけ飲みたいです」
初詣といえば甘酒ですからね、とひとり頷く柚を可愛く思う自分を自覚した聡は、再び内心頭を抱えた。
「……なんで恋人が欲しかったんだ? やってみたいこととか、あったんじゃないのか?」
もう幾度か投げた質問だ。
奈月に話したのは方便ではなく事実だ。恋人プランは、サポートセンターからの紹介でしか受けない。逆に言えば、そこまでの事情や強い願いでもなければ、依頼されるはずもないのだ。
その割に柚の願いはどこか曖昧で、特別それが現世での強い心の残りにも見えない。
「改めて考えてみると、私そこまで恋人欲しかったかなって」
「……三百万も出してか?」
「その三百万もなんかピンとこなかったんです。だって、まず『死にました』って言われて、大混乱だったわけですよ」
「まあ、そうだろうな」
「そうです。師走で忙しくて、早く仕事納めしたいな、とか、お正月休みは嬉しいけど、一月の給料は減っちゃうな、とか思っていたはずがですよ。徳が、いち、……一億ありますとか言われて、実感できると思いますか?」
一億からは声を潜めた柚は、彼女なりに学習しているらしい。
少しだけ口を尖らせていたはずが、さつま揚げを口にした途端ふわりと笑って「おいしい」などと呟くのが彼女らしい。
「そりゃそうだ。……なら、後悔してるか?」
「それはしてないですよ。聡さんと会えましたから」
柚の言葉に箸を取り落としそうになった聡は、少しだけ期待を込めて彼女の横顔を見つめる。
「それに、実感はなくてもアンドゥの水場が作れたし、使った割には結構戻ってきたし」
期待した方向に話が転がることもなく、結局着地点はサイだ。でも、それをひっくるめて柚なのだ。
「まだ実感はないのか?」
「ないですよ。買ってもいない宝くじが当たったって言われて、信じられます? しかも、使っても増えたり、使ってないのに減ったりするなんて、ワケわかりません」
「そこは、同意する。俺もいまだにわからん」
休みなく働いても減る。そうかと思えば、労働していなくても増える。
柚のためにエレベーターの開ボタンを押してやり、食べ物に感謝して手を合わせる。そんな行いが、わずかながら加算されていた先日の収支書を思い返す。
徳のシステムはおおよそわかっていたつもりになっていたけれど、柚を見ていると、高徳になるには相応の行いがあるのだと改めて知ることも多い。
「昨日、山下さんと話した時に、聡さんとの契約が終わったら『うちに来ませんか』って誘っていただいて」
「……は?」
低い声が出て、柚がびくりと肩を揺らした。
「え、すみません。私なにか変なこと言いましたか?」
「山下のそれは、どういう意味だ?」
うちに来ませんか? 自宅に誘ったということか? どういう了見だ。
ムカムカとした気持ちを抑えて聞くと、柚は「売店でバイトを募集しているそうなんです」と聡の様子を窺うように上目遣いで答えた。
「バイト?」
「はい。……やっぱり正社員で探すべきですかね?」
「うちっていうのは、動物園って意味か?」
「他にありますか?」
不思議そうに目を瞬かせた柚は、「動物園で働いたら、毎日アンドゥに会い放題だし、今の徳残高なら、いったんバイトもありかなぁって」とまるでお伺いをたてるように聡を見る。
「それを言うなら、そもそもすぐに働く必要ないんじゃないか?」
「どういう仕組みで増えたり減ったりしてるんだかわからないのに、仕事もしないなんて怖いですよ」
柚はそう言って残りのさつま揚げを口に入れると、いつものように丁寧に「ご馳走様でした」と手を合わせた。
「そういえば、山下さんが、聡さんに会いたがってました」
「俺に?」
「はい。計画書の相談にのってほしいって。聡さん、そういう仕事をしてたんですか? こないだスラスラお話ししてて、すごいなって」
羨望の眼差しを向けられて悪い気はしない。でも、現世の終わりを考えれば、あまり素直にも喜べない。
「私、ああいうの苦手で……かっこよかったです!」
「まあ、ホストをしているよりもマシだったかもな」
「……? ホストの聡さんもかっこいいですよ?」
「嘘を売る仕事が?」
自嘲しながら言うと、柚が小さく息を詰めて目を伏せた。けれど、すぐに顔をあげてこちらをまっすぐ見ると「嘘でも、相手が幸せならいいと思います!」と言い切った。
「ただ……動物園で書類を見ていた聡さんは楽しそうだったし、かっこよかったです。現世ではそういうお仕事だったんですか?」
「ああ。経営コンサルをしていた」
「おお! だからですね、仕事ができる人って感じでした。隣にいてくれてすごく頼もしかったし、かっこいいなって思いました」
そう言われて悪い気はしない。悪い気はしないどころか、柚にそう言われるのは素直に嬉しかった。
でも、少しもかっこよくないということを、聡自身が、誰よりもよく知っていた。
「かっこいい、か……そのせいで、刺されて死んだって言ってもか?」
柚が息を呑んで動きを止めた。