【完結】恋を知らずに死んだので、あの世で恋を買おうと思います。   作:稀葉

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第二十話 可愛くないの境界線

 

 聡の仕事始めの翌日。

 新居のためのこまごまとした買い物に付き合ってくれた聡からの提案で、柚と聡はこれまでのように連日でなく、互いの予定を調整しながら会うことに取り決めた。

 すぐに、それでいいです、と頷いた柚に、物言いたげだった聡の様子が気になるといえば気になるものの、元々少しずつひとりでもこの世界で困らないように慣れていきたい気持ちもあったし、聡にも店への出勤と柚との契約とで無理をさせないで済むことを思えば、そのくらいのペースの方が都合がいいように思えた。

 

 いざ、ひとりで歩いてみると、この世界は本当に現世とあまり違いがない。

 現世だって繁華街を歩く時は多少の注意は必要だったし、それが夜の飲み屋街なら尚更だ。

 日中はホテルで引っ越しまでに揃えなければいけないものを見直しながらのんびりと過ごした柚は、夕方にホテルを出て、聡の教えてくれた焼き鳥屋さんに行ってみた。

 柚のことを覚えていた店主が出してくれたおすすめの酒や料理を楽しみ、居合わせた常連客ともひとしきり会話が弾んだ。

 

「また、さとちゃんともおいで」

 

 店主に笑顔で頷き、楽しい時間の余韻を味わいながら、ひとりホテルへと帰宅した。

 

 

 

「柚ちゃん、それは聡に文句言っていいと思うよ?」

 

 奈月が眉間に皺を寄せて、気遣わしげに言うのを、柚はぱちりと瞬く。

 

 今日は非番だという奈月の誘いで、聡の店にほど近いカフェで待ち合わせた。

 水槽のあるカフェよりも落ち着いた店内は、それなりに客が入っているにも関わらず、ゆったりとした音楽が会話でかき消されることもない程度には静かだった。

 

「柚ちゃん、甘い物も好きって言ってたから」

 

 いつもの店とは違う待ち合わせについて尋ねると、奈月はそう言って笑っていた。

 ここはシュークリームがおいしいのだと教えて貰った柚は、迷わずシュークリームを注文した。表面がクッキー地でしっかりしているのに、中側のパフはふんわりしており、しかもカスタードが絶品だった。

 さすがパティシエ志望の奈月が推すだけのことはある。

 

 その奈月の予想外のリアクションに、「今の話に、そんな要素ありました?」と首を傾げる。

 昨日は聡と会わなかったから、夕方からはひとりで、聡が以前連れて行ってくれた焼き鳥屋さんに行って、楽しいひとときを過ごした。そういう話だったはずだ。

 

 これのどこに、聡に文句を言う要素があるだろう。

 

「女の子とのデートで、焼き鳥屋なんてなくない? だいたいサラリーマンがいっぱいいる飲み屋でしょ?」

 

「それは……」

 

 カランと入口のドアベルが鳴り、見るともなしに視線をやって、柚は思わず言葉を止めた。

 柚の様子に、視線をたどった奈月は「ああ、来たんだ」と呟いた。

 視線を感じたのか、聡もこちらに気づき、一瞬動きを止める。けれど、すぐにすっと目を逸らすと、伴ってきた女性をエスコートした。

 

「こちらのお席にどうぞ」

 

 店員が聡たちを案内したのは、柚たちのいるふたつ隣のテーブルだった。

 店内はそこそこ客が入っているため、テーブルの間を空けて座れる席は、そこくらいしか空いていない。

 一緒にいるのは奈月と同じくらいの年齢に見える、若い女だ。とはいえ、奈月のように可愛らしい雰囲気ではなく、オフィスにいたら頼りになりそうな、すっと背筋ののびた凜とした美人だった。

 

「奥の席の方がよくないか?」

 

「なんで? ここでいいよ。どうせ珈琲一杯飲んだらお店行くでしょ?」

 

 気安い会話が聞こえる距離。どうやら聡の同伴出勤相手らしい。

 柚は視線を引き剥がすと「なんでしたっけ」と息を吐く。

 

「えーと……あ、そうだ。そこ、すごくおいしいお店なんです。手塚さんは焼き鳥とかお酒とか好きですか?」

 

「焼き鳥は好き。でもお酒は……カクテルとか、サワーくらいなら少しは」

 

「そうなんですね。そこの焼き鳥すごくおいしいんです。よかったら、今度一緒に行きましょう!」

 

 ちらちらと聡の方を見る奈月は、柚の言葉に「柚ちゃんがそう言うなら」と頷いた。

 

「でも、柚ちゃんまだ友達も少ないから寂しいよね。そういう時は、遠慮なく誘って?」

 

「ありがとうございます! そうですね。今度誘います」

 

「うん。時間が空いてたら付き合うからさ。ひとりで呑むなんて寂しいことしないで?」

 

「うーん……友達との呑みももちろん楽しいんですけど、ひとり呑みはひとり呑みで、楽しいですよ? 分けて食べられないから、たくさんの種類を試せないのは惜しいですけど」

 

 現世の頃は、たまにひとりでも呑みに行った。予算が限られていたから安い居酒屋に行くことが多かったけれど、参加費ばかりが高い飲み会や合コンに行くよりも、よほど楽しく呑めたことを思い出す。

 

「現世でも、会社帰りにたまにひとりで呑んだりしてたし……手塚さんは、ひとり呑みはしないですか?」

 

「女の子がひとり呑みって可愛くなくない?」

 

 奈月の向けてくる眼差しは、柚がよく知るものだ。

 小学生の時に好きな動物を発表した時、友達と一緒に服を買いに行って、流行よりも肌触りと動きやすさを優先したいと言った時、合コンで一杯目から日本酒を頼んだ時、少し面白がるように、時には呆れを孕んで向けられる目。学生時代は少しは気になった覚えもあるけれど、社会に出てみると同じ考えの人もたくさん居たし、自分とは価値観が違うのだなと思う人も多く目にした。

 だから今、奈月にそういう目を向けられても、柚はただ、彼女はそうなのだな、としか思わない。

 

「可愛くないですかね……でも、楽しく過ごせる方がいいです」

 

「柚は可愛いから大丈夫だ」

 

 聡の声に、奈月と揃って視線を向けると、聡は涼しい顔でコーヒーカップを傾けていた。

 連れの女性の姿がない。化粧室にでも立ったらしい。

 

「奈月さんは、今日はご来店されますか?」

 

 営業スマイルだとわかる笑みを浮かべる聡に、「……そのつもりだけど」と奈月が答える。

 奈月が聡の店に向かうなら、今日は夕飯はひとりだな、と考える柚を他所に聡と奈月の会話が続く。

 

「そうですか。今日は少しお待たせしてしまうかもしれませんから、先に謝っておきますね」

 

「それは……別にいいけど」

 

「申し訳ありません。……柚、夜連絡するから寝るなよ」

 

「えーと……寝ちゃったらすみません」

 

「……起きてそうなうちに掛ける」

 

 聡の妥協案に、柚は笑って頷いた。

 

「聡、そういう特別扱いのフリ、残酷だよ」

 

 奈月が「そういう契約なんだろうけど、柚ちゃんは契約が終わったらひとりで生きていかないといけないんだよ」と硬質な声で言った。

 

 聡の契約が終わったらひとりで生きていく。そうだろうか?

 

「ひとりでもないと思いますよ」

 

「え?」

 

「は?」

 

 奈月と聡の声が重なった。

 

「どういう意味だ?」

 

 問いを向けた聡に答えようと口を開いた瞬間、「あら」と聡の連れが戻ってきた。

 

「この子たちも聡のカノジョたち?」

 

 女性はふわりと微笑むと「ごめんね。今日は私の。ね?」と、聡の向かいに腰を下ろした。

 

 聡も先ほどのやり取りなどなかったように、「そうだな」と笑みを返す。

 さすがプロだと感心していると、「柚ちゃん、さっきのあれ、どういう意味?」と奈月が尋ねてきた。

 

「さっきの?」

 

「ひとりじゃないって。恋人ができそうってこと?」

 

「ああ」

 

 柚は小さく笑って、そういうんじゃないですよ、と首を振る。

 

「昨日呑みに行って、話が盛り上がった人がいるって話したじゃないですか」

 

「焼き鳥屋さんね」

 

「はい。その人、何軒かカフェを持ってるから、遊びにおいでって。なので、そうやって知り合いも増えていくから、案外ひとりぼっちにはならなそうだなって」

 

 アンドゥも山下さんもいますしね、と付け加えると、奈月は曖昧な笑みを浮かべ「そうなんだ」と頷いた。

 

「それって、ナンパされたってこと?」

 

「ナンパって感じじゃないですよ。ただ、名刺をもらっただけです」

 

「……柚ちゃん、案外コミュ力あるんだね」

 

「まあ……いろんな会社に行ったので、結構必要になりました」

 

 そうこうするうちに、聡と女性が席を立つ。

 

「お先に」

 

 柚たちに声を掛けてきた女性に、柚もぺこりと会釈を返す。

 

「なんか余裕ぶってて感じ悪い」

 

 ふて腐れた顔で背もたれによりかかる奈月に、そうだろうか、と内心首を傾げながら、柚は少し冷めたミルクティーに口をつける。

 

 ふいにスマホが震えた。

 まだこの番号を知る人間は少ない。

 誰だろうと取り出してみれば、聡からのメッセージだった。

 

『ゆっくり話せなくて悪かったな。どこの誰ともわからない奴に連絡するなよ? 夜電話するまで待ってろ』

 

 口調まで想像がつくメッセージに、思わず笑ってしまう。

 

「どうしたの?」

 

「いえ」

 

 柚は奈月に首を振って見せてから、今夜は電話が鳴るまで起きていようと心に決めた。

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