【完結】恋を知らずに死んだので、あの世で恋を買おうと思います。   作:稀葉

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第二十六話 アンドゥと彼シャツ

「お、手続きに来たんだ?」

 

 エレベーターに乗り込んでいく男女を見送っていると、背後から声が掛かった。

 三途の手元を覗き込んだ青年は、男女の背中に視線を投げて、澄んだ硝子のような目を細める。

 

「納まるところに納まってなによりだ」

 

「なによりだ、じゃないんですよ。誰のせいだと思ってるんですか」

 

「……僕?」

 

「他に誰がいるんですか! 貴方の決裁漏れが原因ですからね?」

 

 睨めつける三途の視線を物ともせず、青年は喉の奥で笑う。

 

「まあまあ。だからちゃんと帳尻が合うように、三年ずらしてあげたじゃない」

 

「あげた、じゃないですよ。そういうのを自業自得って言うんです」

 

 青年は楽しそうに書類を眺め、「いやぁ、これでサイを選んだらどうしようかと思ったよ」と笑った。

 

名前:寺門 柚

種族:人間

 

 提出されたばかりの書類には、几帳面な文字が綴られている。

 

「ま、雨降って地固まる、だね」

 

「覆水盆に返らずの危機を招かぬよう、ちゃっちゃとそこの書類、片付けてくださいね!」

 

 三途の言葉に、青年は「はいはい」と笑って席に着くと、山のような書類に目を通し始めた。

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

「わ! 玉子焼きと鮭! 朝ご飯って感じがしていいですね」

 

 聡の作った朝食に目を輝かせた柚は、のろのろとダイニングの椅子に腰を下ろす。

 いわゆる彼シャツ姿の柚はなかなかに目の毒ではあるけれど、朝食を前に機嫌を直した柚にこれ以上構えば、今度こそ臍を曲げてしまうのは間違いない。 

 

「ああ。味噌汁はじゃがいもと玉ねぎにした。好きだろ?」

 

「やったぁ!」

 

 無邪気に喜ぶ柚の前に炊きたてのご飯を置いてやり、自身もその向かいに腰を下ろす。

 二人揃って「いただきます」と手を合わせると、柚は早速味噌汁に箸を付けた。

 

「おいしいです。ありがとうございます」

 

「こっちに越してくれば、毎日でも作ってやるぞ?」

 

「ふふ、なんかプロポーズみたいですね」

 

 いや、なかばプロポーズなんだが? と思いつつも、聡は笑みを返すに留めた。

 焦る必要はない。少なくとも、柚はもうサイにはなれない。そんなことで安堵している自分も大概だと思いながら、聡も味噌汁に口をつけた。

 

 味噌汁にじゃがいもなどありえないと思っていたけれど、こうして食卓に並ぶ頻度が増えてくると、これはこれでおいしいと思うのだから不思議なものだ。

 なにより柚がおいしそうに食べるから、それで正解なのだろうと思う。

 

「聡さん、今日お休みでしたっけ? 最近お店に行く回数少なめじゃないですか?」

 

 大丈夫ですか? と心配そうな目を向けてくる柚に、聡は少し迷って口を開いた。

 

「柚は、俺がホストを続けていることについて、どう思う?」

 

「どう? というと?」

 

「辞めてほしいだろ?」

 

 当然だよな、と思って差しだした問いは、いえ、と即答される。

 柚は意味がわからない、という顔で首を傾げていた。

 

「職業選択の自由です。聡さんが続けたいなら、続けていいと思いますけど」

 

「は? 俺が他の女とベタベタしてていいのか?」

 

「それは……」

 

 言い淀んだ柚は軽く目を伏せると、すぐに顔をあげて「そういう仕事だから、仕方ないですね」と苦笑する。

 

「お前はどうなんだ? 俺が他の女に触れても気にならないのか?」

 

 俺は何でこんなに言い連ねる羽目になっているのか。

 辞めてほしいよな、そうだよな、と展開していくはずが、一向に思うように転がらない。

 

「だって、……仕事ですし」

 

「仕事かどうかじゃない。お前がどう思うか訊いている」

 

 まっすぐに見つめると、柚は深い溜め息を落とした。

 

「……面倒くさいです」

 

「ああ、そうかよ。なら、いい」

 

 かきこむように白米を口に運ぶと、柚は「え、と。私の気持ちが面倒だって話なんですけど。伝わってますか?」とおずおずと言った。

 

「なんか、もやもやするし」

 

「……もやもやするのか?」

 

「そりゃ……、でも、聡さんの職業ですし、そこはやっぱり強制しちゃいけないと思うんで」

 

「恋人はいいんだ」

 

 食い気味に言うと、柚は再びこてりと首を傾げた。

 

「恋人なら当然だ」

 

「そう、なんですね……」

 

「ホストは辞めようと思ってる」

 

「そうなんですね……。なんか、やっぱり面倒くさいです」

 

 言葉とは裏腹に、はにかむような笑みを浮かべた柚に「お前……言い方」と指摘すると、「すみません」と返った。

 

「辞めたら何をするんですか?」

 

「コンサルだ。手始めに奈月だ。あの女、放っておいたら原価率の計算もろくにできない」

 

 奈月は、相良の経営するカフェの定休日を月に二回間借りして、ケーキの販売を始めていた。

 帳簿を見て欲しいと言われて目を通すと、売れば売るほど赤字になるという恐ろしい数字が並び、聡を絶句させたのだ。

 

「でも、手塚さんのケーキおいしいです」

 

 相良と奈月との縁を結んだ柚は、ふんわり笑って玉子焼きを口にする。柚好みに焼いた甘めの玉子焼きは口にあったようで、すぐに二切れ目に箸が伸びた。

 

「おいしいだけで商売になるか。趣味じゃないんだ。続けたいなら、そうなるように計算は必須だ」

 

「すごいですね。プロっぽくてかっこいいです」

 

 尊敬の眼差しを受けて、聡も悪い気はしない。

 

「そういえば、聡さん、私最近気づいたんですけど」

 

「何かあったか?」

 

「私、聡さんのことが好きじゃないですか」

 

「そう、だな?」

 

 話の先が見えずに柚の顔を見ると、真剣な眼差しだ。

 

「好きな気持ちって、ずっと増えるんですね。知りませんでした」

 

 得意げに言った柚は、「鮭もおいしいです!」と笑った。

 

「お前……」

 

「はい?」

 

 今日は二人でアンドゥを見に行く約束だったが、家から一歩も出したくない衝動に駆られる。

 けれどもそんなことをすれば、間違いなく柚は拗ねるし、徳だって大幅減待ったなしだろう。

 

「いや……、食べたら、動物園に行くんだろ?」

 

「はい。好きな人と好きなものを見られるって嬉しいですね」

 

 無防備な言葉に、聡は再び理性を試されている心地で小さく息を吐くと、「そうだな」と笑みを返した。




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