恋を知らずに死んだので、あの世で恋を買おうと思います。   作:稀葉

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第七話 対生姜焼きプラン

 

 デートを難しく感じたことなど、これまであっただろうか。

 明るくなった映画館の客席で、周囲をきょろきょろと見渡す柚の横顔を見つめながら、聡はついそんなことを考えた。

 

 ランチは、女ウケのいいイタリアンでコースを食べた。少しずつ様々な種類の料理が出され、デザートのジェラートは薔薇の花のように盛り付けられていた。「綺麗ですねぇ」と興味深げに眺めていたから、はずしてはいない。

 現世でいうところのクリスマスマーケットに行き、雑貨を見ていたのもそう悪い反応ではなかった。

 ただ、どうにも昨日の生姜焼きほど目を輝かせることがない。

 その後連れてきたのは、今動員数の最も多い恋愛映画だ。

 カップルが多く、周囲の女たちが涙していた横で、柚はけろりとした顔をしていた。

 

「楽しめたか?」

 

 普段ならデートの最中にも後にも、そんなことを訊かない。けれど、柚には訊いてみたくなるほど、手応えがない。

 

 映画は、出逢った男女がほんの一ヶ月だけ時間を共にするラブストーリーだ。

 余命宣告されていた女と、両想いになったばかりの男。

 期限付きの幸せな時間をふたりで惜しむように過ごすが、思いがけず、男の方が事故で死んでしまうのだ。女はもうすぐ逝くからと男に花を手向ける。

 ところどころ、さあ泣けと言わんばかりの音楽と台詞に、すすり泣きが聞こえてくるのだから制作側の狙い通りなのだろう。

 

 実は、聡はこれを観るのは二度目だった。

 店への同伴出勤のために、公開当初、客の女と一緒に観た。女はマスカラが流れるほど泣いて、いかに感動したかを聡に語っていた。だから、悪くないセレクトだと思っていた。

 

「映画ですか? うーん……そうですね。ふたりとも徳積んでたのかなって思いました」

 

「は?」

 

「死ぬ前に観たらもう少しくらいは違う感想になったかもしれないですけど、ほら、もう死んだ後のこと知ってるじゃないですか? だから、なんでみんなあんなに泣いてるのかなって……」

 

 再び周囲を見渡して不思議そうな顔をする柚を前に、聡は笑いがこみ上げてくる。

 聡も同じ事を考えていた。

 死は終わりではない。余命僅かな女なら、すぐに男の元にくるだろうことが容易に想像がつく。

 それなのに、涙をこぼして感動したと口にする客に、聡は違和感を覚えていた。

 

「同感だ」

 

 笑いながら柚の手を取って客席から立ち上がる。

 

「よかった。あんまりみんなが泣いているから、私も泣くべきだったのでは? ってちょっと心配になってました」

 

 肩を竦めた柚は、「でも、映画久しぶりだったので、楽しかったですよ」とにこりと笑みを浮かべた。連れてきた聡を気遣う笑みだと、わかる表情だ。

 

 柚は夕飯は宿にしているホテルで食べるという。そのため、夕方には解散する想定でデートのプランを考えてみたのだが、これが案外難しかった。

 普段デートと言えば、午後から会って買い物や夕飯を楽しんだ後に店に同伴出勤をすることが多かった。そうでなければ、店の後のいわゆるアフター──なんならホテルへ直行することもある。

 現世の頃はどうだったかといえば、とにかく仕事が忙しかった。それにやり甲斐を感じていたし、日々充実していた。

 女は時間が出来た時に会い、好きな物を買ってやって、高い店に食事に連れて行けば機嫌よく笑っていたし、去られたところですぐに次が寄ってきた。

 

 もっとも、その充実の裏側で、自分がどれほどの徳を削っていたかを知ったのは、こちらに来てからのことだったけれど。

 

 さて、この後、どうするか。

 

 そんなことを考えながらエレベーターを降りると、隣にいるはずの柚がない。

 振り返ると、開ボタンを押し、他の者を先に下ろしていた。

 考えてみれば、柚は毎回エレベーターで開ボタンを押してはいないか。

 そういえば最初の預徳(よきん)残高証明にもそれが記載されたと言っていたような気がする。

 この行いがいったいいくらに換算されるのか知らないが、何も毎回やらなくてもいいだろうに。

 隣にやってきた柚にそう言ってみると、不思議そうに「別に急いでないので」などと言う。

 

「ボタンを押して後から降りても、ほんの何秒かしか変わらないですし」

 

「その何秒かの積み重ねで、何ができるか考えないのか?」

 

 時は金なり。一秒の差でビジネスチャンスは逃げていく。

 取引先にタッチの差で出遅れて受注を逃し、数億の利益を逃したことだってある。

 それに引き換え、エレベーターの開ボタンを押して、なんの得があるのか。

 

「そこまで考えたことはないです。大した手間でもないですし」

 

「……善人ぶって疲れないか?」

 

「善人ぶるっていうか……この程度のことで円滑にまわるならいっかっていう習慣? あ、処世術ですね!」

 

 ドヤ顔で言う柚に毒気を抜かれた聡は、「なるほど」と同意にもならない言葉を口にした。

 

 結局その後も、柚は『それなりに』楽しそうに笑う。

 でも何か違う気がして、聡は思い切って柚にストレートに要望を尋ねた。

 

「明日はどうしたい?」

 

 クライアントに要望を尋ねるのはビジネスの基本だ。

 イロコイではセオリーがあるが、それが柚に刺さらないのならば仕方ない。

 本当ならば聡が考えたプランで喜ばせたいところだが、恐らく柚にはそれが通用しない。聡は少しだけ敗北感を感じながらも、軌道修正は早いほうがいいだろうと直球で要望を尋ねた。

 

「どう……デートってどういう感じが正解ですか?」

 

 目を瞬かせて小首を傾げた柚に、聡も考えてしまう。

 正解、とは?

 

「柚が楽しければいいんじゃないか?」 

 

「その理屈なら、聡さんも楽しくないとダメじゃないですか」

 

「俺は別に……。何かないのか? 恋人ができたら行きたかったところとか、やりたかったこととか」

 

「昨日と今日で、わりとやりましたね。買い物したり、一緒にご飯食べたり、映画を見たり?」

 

「は?」

 

 あれで? という言葉はすんでの所で飲み込んだ。

 どう考えてもそうじゃないだろう、と思う。

 この二日間で彼女の目が一番輝いたのは、生姜焼きだった。

 うまいものを用意すればいいのか? がっつりしたもの? 焼き肉にでも連れて行けばいいのか?

 聡の頭の中を、対生姜焼きプランが駆け巡る。けれど、そのどれも、いわゆる『恋人満喫』というよりは、『食い倒れプラン』へと繋がっていく。

 

「聡さんは、デートはどんなところに行くんですか?」

 

 ホテル。などと言えるはずもない。

 柚の考えるデートはもっと、高校生のカップルがするようなデートだろう。

 ならば。

 

「そりゃ、テーマパークとか、水族館とか。あとは、動物園……」

 

「動物園!?」

 

 食い気味に言った柚の声は、期待に弾んでいた。

 そうか、と思う。彼女はサイが好きだと言っていた。

 行ける範囲の動物園にサイがいるかは知らないが、このリアクションなら調べて連れて行く価値はありそうだ。

 

「……行くか? 明日。動物園」

 

「はい! わぁ……動物園久しぶりです! 動物園といえばお弁当ですね! 私お弁当作って行きます!」

 

 子どものようにはしゃいで言う柚に、聡は手応えと呆れとを感じながら笑みを浮かべた。

 

 手作り弁当。料理が出来ますアピールに余念のない女が好きそうだ。

 柚の場合は、遠足や運動会の弁当を楽しみにする子どものようなはしゃぎっぷりではあるけれど、確かに恋人っぽいことには違いない。

 

「柚の手料理か。楽しみにしてるよ」

 

「はい!」

 

 色気の欠片もない元気な返事に、生姜焼きを好む柚の弁当に、少しだけ興味がそそられた。

 

 

 その夜。動物園のホームページを見た聡は、目にした告知に、これだ、と笑みを浮かべた。

 明日こそは柚の望むデートができるに違いない。

 

『インドサイが来園! 命名権の販売が決まりました』

 

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