目覚めたら侯爵令息の別人格だった。作法ひとつで家が傾く貴族社会を脳内から観察しています   作:ブンチョウ

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第25話 誓いの言葉は、声に出す前から重い

 教会から正式な通知が届いた。

 

 春月二十日。

 

 中央教会にて、ヴァレスト侯爵家ルシアン・ヴァレストと、ベルンハルト伯爵家クラリス・ベルンハルトの婚約事前祈誓を行う。

 

 まだ結婚ではない。正式婚約の一歩手前だ。

 

 けれど、教会の記録に二人の名が並び、神前で互いの意思を確認する。

 

 つまり。

 

(逃げ道がまた一つ減ったな)

 

 ——言い方を選べ。

 

(じゃあ、橋の板が一枚増えた)

 

 ——まだましだ。

 

 ルシアンは書斎で通知を読んでいた。

 

 机の上には、教会から送られてきた祈誓文の写しが置かれている。羊皮紙に黒いインク。輪と天秤の印。

 

 書かれている言葉は、相変わらず重い。

 

『我、家の名において』

 

『神前において』

 

『誓約を軽んじず』

 

『相手の家名を辱めず』

 

『両家の結びを、秩序の内に保つことを願う』

 

(……婚約前の確認でこれ?)

 

 ——正式婚約前だからだ。

 

(本番どれだけ重いんだよ)

 

 ——重い。

 

(でしょうね)

 

 この世界では、誓いの言葉はただの台詞ではない。

 

 言えば残る。記録される。

 

 教会に。家に。社交界に。

 

 そして、相手の記憶に。

 

 ルシアンは祈誓文を何度も目で追っていた。

 

 暗記するためではない。もう覚えている。

 

 問題は、どの言葉にどの温度を載せるかだ。

 

 声の高さ。間。視線を下げる場所。クラリスの名を呼ぶ時の距離。

 

 全部が意味になる。

 

(読み上げるだけじゃ駄目なのか)

 

 ——駄目だ。

 

(知ってた)

 

 アルヴェルトが静かに言う。

 

「本日午後、クラリス様が祈誓文の確認のためお越しになります」

 

「聞いている」

 

「教会側より、当日はお二人が並んで祈誓する形式とのことです」

 

「並び位置は」

 

「祭壇より三歩手前。ルシアン様が右、クラリス様が左。両家の証人は後方に控えます」

 

(歩数まで決まってる)

 

 ——神前での距離は重要だ。

 

(神様、細かいな)

 

 ——教会が細かい。

 

 アルヴェルトは続けた。

 

「祈誓文の中に、お二人がそれぞれ名を呼ぶ箇所がございます」

 

 ルシアンの感情が、微妙に硬くなる。

 

(名を呼ぶだけで緊張?)

 

 ——神前で正式に名を呼ぶのは重い。

 

(そういうものか)

 

 ——そういうものだ。

 

 祈誓文には、こうあった。

 

『我、ルシアン・ヴァレストは、クラリス・ベルンハルトの名を軽んじぬことを誓う』

 

 そしてクラリス側は、

 

『我、クラリス・ベルンハルトは、ルシアン・ヴァレストの名を軽んじぬことを誓う』

 

 名を軽んじぬ。

 

 それは単に、相手を大事にします、という意味ではない。

 

 相手の家名。出自。背負ってきたもの。これから背負うもの。

 

 それらを軽んじないという意味だ。

 

(これ、クラリスにとってかなり大事だな)

 

 ——ああ。

 

(伯爵家から侯爵家に入る側だから?)

 

 ——それもある。

 

 クラリスは、ベルンハルト家の娘だ。

 

 侯爵家に入るとしても、その名は消えない。消してはいけない。

 

 ルシアンは、それを神前で口にする。

 

 クラリス・ベルンハルトの名を軽んじない、と。

 

 これはかなり重い。

 

 午後。クラリスがヴァレスト家に到着した。

 

 今日の装いは控えめだった。

 

 淡い生成りのドレス。装飾は少ない。香りも軽い。

 

 教会関係の確認だからだろう。祈誓文に合わせた、少し静かな装い。

 

 だが、彼女の表情は硬かった。

 

 いつもの緊張とは違う。もっと内側にある緊張だ。

 

 ルシアンはそれに気づく。

 

「クラリス嬢」

 

「ルシアン様」

 

 礼を交わす。

 

 南サロンではなく、今日は小礼拝室に近い書見室が使われた。

 

 ヴァレスト家の中にも、簡易の祈祷空間がある。

 

 小さな祭壇。白い布。銀の燭台。

 

 壁にはヴァレスト家の紋章と、教会の輪と天秤。

 

 家と教会が同じ部屋にいる。

 

(この部屋、圧が複合してる)

 

 ——家と神の間の部屋だ。

 

(説明が重い)

 

 二人は向かい合って座る。

 

 間には祈誓文。アルヴェルトとベルンハルト家の侍女が控える。

 

 完全な二人きりではない。だが、会話の中心は二人だ。

 

 クラリスが祈誓文を見つめる。

 

「教会の言葉は、家の言葉とはまた違いますね」

 

「ええ」

 

「逃げ場が少ないように感じます」

 

 ルシアンは少しだけ考えた。

 

「教会の言葉は、曖昧さを嫌います」

 

「貴族の言葉は、曖昧さで生きているのに」

 

「だから、神前では皆、少し緊張する」

 

 クラリスが小さく微笑む。

 

「ルシアン様も?」

 

「します」

 

 即答だった。

 

 クラリスが目を上げる。少し驚いた顔。

 

 以前のルシアンなら、たぶん言わなかった。緊張する、と。

 

(お前、素直になったな)

 

 ——必要な事実だ。

 

(はいはい)

 

 クラリスは、少しだけ肩の力を抜いた。

 

「安心しました」

 

「私が緊張することに?」

 

「はい。私だけではないのだと」

 

 ルシアンは静かに言う。

 

「貴女だけではありません」

 

 その言葉は、何度目かの確認だった。

 

 クラリス一人が試されているのではない。

 

 ベルンハルト家だけが上へ差し出されているのではない。

 

 ヴァレスト家も、ルシアンも、同じ席に立つ。

 

 同じ線の上に。

 

 クラリスは祈誓文へ目を戻した。

 

「この箇所が、少し怖いです」

 

 彼女が指したのは、名前の部分だった。

 

『クラリス・ベルンハルトの名を軽んじぬこと』

 

 ルシアンは黙る。

 

 クラリスは続けた。

 

「侯爵家へ嫁げば、いずれ私はヴァレストの名を名乗ることになります」

 

「はい」

 

「でも、ベルンハルトであったことは、消えません」

 

「消すべきではありません」

 

 クラリスの指先が止まる。

 

 ルシアンは、はっきりと言った。

 

「貴女の言葉は、ベルンハルト家から始まってよい。茶葉でも、港でも、香りでも。そこから先へ進むのは、消すことではない」

 

 クラリスが顔を上げる。

 

「母の言葉を、覚えていらしたのですか」

 

「良い言葉でしたので」

 

 少しの沈黙。

 

 クラリスの頬に、ほんのわずかに色が差した。

 

(お前、自然に褒めたな)

 

 ——黙れ。

 

 クラリスは静かに言う。

 

「では、私もこの言葉を怖がるだけではいけませんね」

 

「怖がってもよいと思います」

 

「え?」

 

「怖がった上で、声にすればよい」

 

 ルシアンの内側で、教会の記憶が少し揺れた。

 

 あの祭壇。

 

 外的干渉の問い。

 

 祈り。

 

 俺の声を、ルシアンが初めて聞いた場所。

 

 怖いと言ったルシアン。

 

 それを俺に隠さなかったルシアン。

 

 彼は今、その経験をクラリスへ渡しているのかもしれない。

 

 全部ではない。

 

 だが、恐れを否定しない言葉として。

 

 クラリスは祈誓文を見つめたまま、静かに頷いた。

 

「声に出してみてもよろしいでしょうか」

 

「もちろん」

 

 クラリスは息を整える。

 

 そして、ゆっくり読み始めた。

 

「我、クラリス・ベルンハルトは——」

 

 声は少し硬い。

 

 でも、逃げていない。

 

「ルシアン・ヴァレストの名を軽んじぬことを誓う」

 

 部屋に沈黙が落ちる。

 

 小さな書見室なのに、声が少しだけ響いた。

 

 神前の言葉ではない。まだ練習だ。

 

 だが、それでも重い。

 

 ルシアンは静かに聞いていた。

 

 クラリスが目を伏せる。

 

「……名を口にするだけで、重いのですね」

 

「ええ」

 

「ルシアン様も、読んでいただけますか」

 

「はい」

 

 ルシアンは祈誓文へ目を落とす。

 

 覚えている。だが、あえて紙を見る。

 

 言葉を軽く扱わないために。

 

「我、ルシアン・ヴァレストは——」

 

 その瞬間、俺は少しだけ緊張した。

 

 自分が言うわけではない。

 

 身体を動かしているのはルシアンだ。

 

 それでも、この声の中に俺もいる。

 

 それが急に分かった。

 

 ルシアンが変わった理由の一部に、俺がいる。

 

 その彼が、クラリスの名を軽んじないと誓う。

 

 俺には関係ない、とはもう言えなかった。

 

「クラリス・ベルンハルトの名を軽んじぬことを誓う」

 

 静かな声だった。

 

 低く、澄んでいた。

 

 クラリスが息を止める。

 

 それから、ゆっくり息を吐いた。

 

「……ありがとうございます」

 

「礼を言われることでは」

 

「いいえ」

 

 クラリスは小さく首を振る。

 

「今のルシアン様のお声は、私の名をきちんと持ってくださいました」

 

 ルシアンの内側が、わずかに揺れた。

 

(すごい表現だな)

 

 ——ああ。

 

 クラリスは、本当に言葉の重さを見る人だ。

 

 名前を呼ぶ。

 

 それを持つ。

 

 軽んじない。

 

 ただ読むだけではなく、声で扱う。

 

 それを彼女は感じ取った。

 

 練習は続いた。

 

 礼の角度。祭壇へ向かう歩数。並ぶ距離。

 

 互いに名を呼ぶ時の視線。祈誓文を司祭へ返す手順。

 

 全部、細かい。

 

(これ、リハーサルだな)

 

 ——祈誓の失敗は記録に残る。

 

(神様の前で噛んだらどうなるの?)

 

 ——笑えない。

 

(笑わないけど)

 

 途中で、クラリスが一度だけ言葉に詰まった。

 

『両家の結びを、秩序の内に保つことを——』

 

 そこで止まった。

 

 ほんの一瞬。

 

 だが、ルシアンは見逃さない。

 

「その箇所ですか」

 

 クラリスは少し困ったように笑う。

 

「はい」

 

「秩序、という言葉が重い?」

 

「ええ。秩序の内に保つ、というのは、時々、人の気持ちを閉じ込める言葉にも聞こえます」

 

 これは、かなり踏み込んだ言葉だった。

 

 アルヴェルトも、ベルンハルト家の侍女も表情を変えない。

 

 だが、場の空気が少しだけ硬くなった。

 

 教会の文言への違和感。

 

 婚約前の令嬢が口にするには、危うい。

 

 でも、クラリスは言った。

 

 ルシアンはしばらく黙る。

 

 そして、静かに返した。

 

「秩序は、閉じ込めるためだけにあるのではないと思います」

 

「はい」

 

「ただ、閉じ込めるために使われることはある」

 

 クラリスの目が、少し大きくなる。

 

 アルヴェルトの視線も、ほんのわずかにルシアンへ向いた。

 

(お前、結構なこと言ったぞ)

 

 ——分かっている。

 

 ルシアンは続ける。

 

「だから、その言葉をどう使うかは、私たちの側にも責任がある」

 

 教会での記録司祭の問い。

 

 外的干渉。

 

 誓約不全。

 

 そして、神は答えではなく問いを置くのかもしれないという考え。

 

 それらが、ルシアンの中でまだ整理されていない。

 

 けれど、今の言葉は本音だった。

 

 クラリスは祈誓文を見つめる。

 

「では、秩序の内に保つ、とは」

 

「互いを黙らせるためではなく、互いの名を壊さずに立つため、と読めばよいのではないでしょうか」

 

 クラリスはゆっくり頷いた。

 

「それなら、声にできます」

 

 そしてもう一度読んだ。

 

「両家の結びを、秩序の内に保つことを願います」

 

 今度は止まらなかった。

 

 声も少し落ち着いていた。

 

 ルシアンは聞いていた。

 

 たぶん、彼自身も同じ言葉を自分に通していた。

 

 秩序。

 

 家。

 

 誓約。

 

 それは人を守る。

 

 同時に、人を閉じ込める。

 

 ならば、どう使うか。

 

 それは、これから先の二人にとって、かなり大きな問いになりそうだった。

 

 練習が終わる頃には、夕方近くになっていた。

 

 窓の外から、遠い教会の鐘が聞こえる。

 

 低い音。

 

 ルシアンの内側が、ほんのわずかに揺れる。

 

 クラリスがそれに気づいた。

 

 本当に、わずかな変化だった。

 

 目の動き。

 

 呼吸。

 

 沈黙の質。

 

 彼女は静かに尋ねる。

 

「ルシアン様は、教会の鐘がお苦手ですか」

 

 来た。

 

 俺は内心で固まった。

 

 ルシアンも、少しだけ動きを止める。

 

「なぜそう思われますか」

 

「以前から、鐘の音がすると、少しだけ遠くをご覧になるので」

 

(見られてる……)

 

 ——黙れ。

 

 クラリスは急いで言い足した。

 

「失礼でしたら、お答えいただかなくて構いません」

 

 ルシアンは沈黙した。

 

 長い。

 

 だが、逃げる沈黙ではない。

 

 答えるかどうかを選ぶ沈黙。

 

「苦手、というほどではありません」

 

「はい」

 

「ただ、教会には少し思うところがあります」

 

 クラリスは、深く聞きすぎない。

 

 ただ受け取る。

 

「そうでしたか」

 

 それだけ。

 

 しかし、彼女の目には何かが残った。

 

 この人は、覚えておくだろう。

 

 鐘。

 

 教会。

 

 ルシアンの遠い目。

 

 いつか、その点がつながる。

 

 俺には分かった。

 

 ルシアンも分かっている。

 

 それでも、彼は否定しなかった。

 

 これもまた、変化だ。

 

 クラリスが祈誓文を畳む。

 

「本日はありがとうございました。少し、怖さが減りました」

 

「それはよかった」

 

「ただ」

 

「ただ?」

 

「言葉の重さは増えました」

 

 クラリスは微笑む。

 

「怖さが減って、重さが増えるのは、不思議ですね」

 

「意味が分かったからでしょう」

 

「そうかもしれません」

 

 彼女は少し考えた。

 

「意味が分からないものは怖い。意味が分かるものは、重い」

 

 良い言葉だった。

 

 俺は、少し感心した。

 

(クラリス、たまに核心を刺すな)

 

 ——たまにではない。

 

(お前も評価高いな)

 

 ——事実だ。

 

 帰り際。

 

 クラリスはルシアンへ一礼した。

 

「春月二十日、よろしくお願いいたします」

 

「こちらこそ」

 

「当日は、緊張すると思います」

 

「私もです」

 

 クラリスが少し笑う。

 

「では、同じ線の上で緊張いたしましょう」

 

「ええ」

 

 同じ線の上で緊張する。

 

 それは、なかなか良い関係だと思った。

 

 クラリスが去った後、ルシアンは小礼拝室に一人残った。

 

 いや、一人ではない。

 

 俺がいる。

 

 最近、そのことをルシアンも俺も、少し違う重さで感じるようになっていた。

 

 机の上には、祈誓文の写しが残っている。

 

 ルシアンはその中の一文を見つめた。

 

『相手の名を軽んじぬこと』

 

(なあ)

 

 ——何だ。

 

(俺は、お前の名を軽んじてないかな)

 

 ルシアンは、しばらく黙った。

 

 自分でも意外なことを聞いたと思う。

 

 俺はルシアンの中にいる。

 

 彼の視界を借り、感覚を借り、人生に口を出している。

 

 そのことを、教会以降、少し重く感じる。

 

 ルシアンは静かに答えた。

 

 ——最初は、かなり軽んじていた。

 

(そこ正直に言う?)

 

 ——パンと風呂で私の人生を測る者を、どう評価しろと。

 

(すみません)

 

 ルシアンは、ほんの少しだけ息を吐く。

 

 ——だが、今は違う。

 

(違う?)

 

 ——君は、私の名が背負うものを知ろうとしている。

 

 その言葉は、不意打ちだった。

 

 俺は黙った。

 

 ルシアンは続ける。

 

 ——ならば、軽んじているとは言わん。

 

(……そうか)

 

 ——ただし、頭皮の話は別だ。

 

(そこは大事だろ)

 

 ——黙れ。

 

 少し笑いそうになった。

 

 でも、胸の奥は少し温かかった。

 

 ルシアンも、もう俺をただの寄生虫とは思っていない。

 

 俺も、ルシアンの人生をただの異世界見物とは思えなくなっている。

 

 同じ線の上。

 

 クラリスとの言葉だったはずなのに、今は少し、俺たちにもかかっている気がした。

 

 窓の外で、また鐘が鳴る。

 

 今度はルシアンの内側が大きく揺れなかった。

 

 ただ、静かに聞いていた。

 

 教会の鐘。

 

 祈誓文。

 

 クラリスの名。

 

 ルシアンの名。

 

 そして、まだ名を持たない俺。

 

 いつか、クラリスに話す日が来るのかもしれない。

 

 その時、俺は何と呼ばれるのだろう。

 

 同居人。

 

 声。

 

 外側の目。

 

 それとも。

 

 ルシアンが、ふと小さく呟いた。

 

 ——君にも、名はあるのだろうな。

 

 俺は答えようとして、止まった。

 

 自分の名。

 

 現代での名前。

 

 あるはずだ。

 

 あったはずだ。

 

 けれど、霧がかかっている。

 

(……ある、と思う)

 

 ルシアンの内側が静かになる。

 

 責めない。

 

 急かさない。

 

 ただ、待つ。

 

 昔の彼なら、正解を求めただろう。

 

 今は待っている。

 

 俺が思い出す半拍を。

 

 クラリスを待つように。

 

 エミリアを待つように。

 

 自分自身の迷いを待つように。

 

(いつか思い出したら言う)

 

 ——ああ。

 

(でも今は、まだ無理だ)

 

 ——それでいい。

 

 その返事に、俺は少し救われた。

 

 誓いの言葉は、声に出す前から重い。

 

 名前も同じだ。

 

 名乗る前から、その人の人生を背負っている。

 

 ルシアンは祈誓文を畳んだ。

 

 白い布の上に置く。

 

 そして静かに部屋を出た。

 

 春月二十日。

 

 教会で、彼とクラリスは互いの名を声に出す。

 

 俺はその場にいる。

 

 見えないまま。

 

 聞こえるまま。

 

 たぶん、誰よりも近くで。

 

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