目覚めたら侯爵令息の別人格だった。作法ひとつで家が傾く貴族社会を脳内から観察しています 作:ブンチョウ
これまでにも、ルシアンの朝はそれなりに物騒だった。
姿勢を整えるための体術。剣の型。乗馬の基礎。礼法と区別がつかない歩行訓練。
そういうものは見てきた。
ただ、俺はどこかでそれを、
(貴族のたしなみってやつだな)
くらいに思っていた。
フェンシング。乗馬クラブ。上流階級スポーツ。
そんな現代人の雑な箱に放り込んでいた。
その認識は、今日、完全に間違いだったと分かった。
練武場の中央に、槍が並んでいた。
馬上で扱うための、長い槍が。
(……なあ、ルシアン)
——何だ。
(あれ、何?)
——槍だ。
(いや、それは分かる。なんで馬の横にある?)
——馬上で使うからだ。
(貴族の朝練、急に殺意が高くなったな!?)
——殺意ではない。軍役の基礎だ。
(それを殺意って言うんだよ)
練武場は、屋敷の北側にあった。
石畳ではない。土だ。
踏み固められた土。ところどころに砂が撒かれ、馬蹄の跡が幾重にも重なっている。
朝露の匂い。革具の匂い。馬の汗。鉄。油。
これまでのサロンや食堂とは、まるで違う空気だった。
ここには香油も紅茶もない。
あるのは、身体を動かすための場所だ。
そして、失敗すれば怪我をする場所だ。
騎士たちが並んでいた。
礼服ではない。訓練用の革鎧。籠手。膝当て。腰には剣。
その中央に、ひときわ大柄な男が立っている。
灰色の髪。傷のある頬。太い首。
名前はガイゼル。
ヴァレスト家の騎士長であり、父侯爵の古参らしい。
目が怖い。
父侯爵とは別方向に怖い。
父侯爵が法廷の刃なら、この人は普通に鉄の刃である。
「若君」
ガイゼルが低い声で言った。
「本日は馬上槍の確認を行います」
「分かっている」
ルシアンは淡々と答える。
その声に驚きはない。
当然なのだ。
侯爵家嫡男にとって、馬に乗り、槍を構えることは。
俺は全然当然ではない。
(お前、馬上槍なんてやるの?)
——やる。
(やる、じゃない。危ないだろ)
——危ない。
(認めるの早いな!?)
——危なくない訓練に意味はない。
(教育方針が蛮族)
——武門侯爵家だ。
ルシアンは馬へ近づいた。
黒鹿毛の大きな馬。
近くで見ると、でかい。
現代の映像で見る馬とは違う。
画面越しではない。同じ空気を吸っている。
鼻息が白い。筋肉が動く。蹄が地面を叩くたび、胸の奥に響く。
(待て待て。馬ってこんなでかいのか)
——騒ぐな。
(これに乗るの?)
——乗る。
(高くない?)
——馬だからな。
(落ちたら?)
——怪我をする。
(死ぬことは?)
——ある。
(軽く言うな!!)
ルシアンは鞍へ手をかけ、流れるように乗った。
身体が持ち上がる。
視界が一気に高くなる。
地面が遠い。
俺は息を呑んだ。
いや、俺に息はない。
でも、喉の奥が縮むような感覚だけはあった。
(高っ……!)
——だから騒ぐな。
(いや、高い! 思ってた三倍高い!)
——感覚の基準が分からん。
(俺、今この身体の命綱をお前に預けてるんだぞ!?)
——私の身体だ。
(今は俺も同居してるんだよ! 家賃払ってないけど命は乗ってる!)
——なら静かにしていろ。落ちるぞ。
(その脅しは効く!!)
ガイゼルが槍を差し出した。
長い。重そうだ。
先端は訓練用に丸められている。
だが、それでも怖い。
あれで人を突けば、普通に折れる。
骨とか。精神とか。
ルシアンは槍を受け取る。
腕。肩。背中。脚。
身体の各部が、すっと整った。
礼をする時のように。ダンスの前に姿勢を作る時のように。
だが、意味はまるで違う。
これは、人を突く姿勢だ。
ガイゼルが見る。
「肘が高い」
ルシアンは黙って直す。
「槍先を見るな。槍は手元で決める。見るのは的の奥です」
「承知」
「馬の耳に意識を置きすぎです。馬を信じなされ」
「分かっている」
「分かっている時の若君は、たいてい少し硬い」
言うなあ、この人。
ルシアンは反論しない。
騎士長の指摘を受ける時のルシアンは、父やアルヴェルトへの態度と少し違う。
もっと身体的だ。
言葉で返すのではなく、姿勢で返している。
(お前、怒らないんだな)
——訓練で正しい指摘に怒る理由がない。
(真面目)
——死にたくないからな。
その一言で、俺は少し黙った。
冗談ではなかった。
馬が歩き出す。
最初はゆっくり。
それでも地面が動く。身体が揺れる。鞍が軋む。
ルシアンの脚が馬体を挟む。
腰が揺れを吸収する。
上半身は崩れない。
俺は、ただ見ているしかない。
手綱を握れない。足に力を入れられない。
落ちるな、と叫ぶことしかできない。
つまり俺は今、ルシアンに命を預けていた。
これまで、何度もルシアンの人生を見てきた。
食卓。茶会。舞踏会。教会。風呂。
だが、それらはまだ「見る」ものだった。
今は違う。
この身体が落ちたら、俺も落ちる。
この身体が潰れたら、俺も消えるかもしれない。
身体の主導権がないということが、急に恐ろしくなった。
(……ルシアン)
——何だ。
(これ、怖い)
ルシアンは少しだけ沈黙した。
そして、静かに返す。
——そうか。
(馬鹿にしないのか)
——怖いものは怖いだろう。
その声が、妙に落ち着いていた。
馬は速度を上げる。
速歩。
身体が上下に跳ねる。視界が揺れる。
槍が揺れないよう、ルシアンの腕が微調整する。
ガイゼルの声が飛ぶ。
「肩を落とせ! 腕で槍を持つな、背中で持て!」
背中で槍を持つ。
何を言っているのか分からない。
だが、ルシアンの身体は分かっている。
肩が下がる。背中の筋肉が締まる。槍先が安定する。
(お前、今何したの?)
——腕ではなく、体幹で支えた。
(体幹って言葉こっちにもあるのか)
——意味は分かる。
(俺は分からん)
——後で説明する。
後で。
今ではない。
なぜなら、馬がさらに速度を上げたからだ。
的が前方に見える。
木製の的。
人の胴体くらいの高さ。
そこへ向かって馬が走る。
槍を構える。
視界が狭まる。
的が近づく。
(待て待て待て、速い!)
——黙れ。
(いや無理! これ無理! ぶつかる!)
——ぶつける訓練だ。
(そういう問題じゃない!)
ルシアンの呼吸が深くなる。
馬の脚音が速くなる。
槍先が的へ向く。
俺は、どうしても力んだ。
いや、俺に身体はない。
ないはずだった。
だが、その瞬間。
ルシアンの右腕が、ほんのわずかに固まった。
槍先が跳ねる。
的の中央を外れた。
ガイゼルの声が鋭く飛ぶ。
「若君、腕が硬い!」
ルシアンは即座に槍を下げ、馬を制御した。
的をかすめる。
馬が走り抜ける。
大きく円を描いて速度を落とす。
練武場に、嫌な沈黙が落ちた。
ルシアンは馬上で姿勢を戻す。
表情は崩れていない。
だが内側は冷えていた。
——今のは、私ではない。
俺は凍った。
(……俺?)
——お前だ。
(いや、俺、何もしてない)
——恐怖で腕を固めた。
(そんなことできるのかよ)
——私が聞きたい。
心臓がないのに、心臓が嫌な音を立てた気がした。
俺は見ているだけのはずだった。
声をかけるだけのはずだった。
ツッコむだけのはずだった。
でも今、ルシアンの身体に影響した。
ほんの一瞬。
ほんのわずか。
だが、馬上での一瞬は危ない。
もし実戦なら。
もし的ではなく敵なら。
もしその腕の硬直で、槍が外れ、相手の槍がこちらへ来ていたら。
(……悪い)
——今は黙れ。
ルシアンの声は冷たかった。
怒っている。
当然だ。
ガイゼルが近づいてくる。
「若君」
「もう一度」
ルシアンは短く言った。
ガイゼルは一瞬だけ目を細めた。
「原因は」
「恐怖ではありません。制御の乱れです」
「ならば直せますな」
「はい」
ガイゼルはそれ以上聞かない。
鋭い人だ。
たぶん、何か妙だとは感じた。
だが訓練中に問い詰めることはしない。
ルシアンは馬首を返す。
俺は震えていた。
精神的に。
たぶん。
(ルシアン、俺、次も邪魔したら)
——黙れと言った。
(でも)
——聞け。
声が低くなる。
——馬が走り出したら、腕を見るな。
(え?)
——槍先も見るな。怖くなる。
(じゃあ何を見るんだよ)
——私の呼吸を聞け。
(呼吸?)
——吸う。止める。通す。抜く。それだけだ。
意味は分からない。
でも、ルシアンは俺に説明している。
今、戦い方ではなく、怖がらない方法を教えている。
——馬の揺れは腰で受ける。腕で止めるな。腕は最後まで通すためのものだ。恐怖で固めるなら、腹にしろ。
(腹に力入れろってこと?)
——近い。
(俺に腹ないけど)
——なら黙って見ろ。
(はい)
馬が再び動き出す。
的が遠くにある。
さっきより怖い。
失敗した記憶があるからだ。
だが、今度はルシアンの呼吸に意識を向ける。
吸う。
身体が沈む。
馬の揺れを腰で受ける。
止める。
槍が構えられる。
通す。
馬の速度、身体の重さ、槍の軸が一本になる。
抜く。
槍先が的を突いた。
乾いた音。
的が大きく揺れる。
馬は走り抜ける。
今度は中央だった。
ガイゼルが頷く。
「よろしい」
俺は、ようやく思考を取り戻した。
(……当たった)
——当てる訓練だ。
(いや、今の、すごかった)
——当然だ。
(出た)
ルシアンの内側は、まだ少し硬い。
怒りは消えていない。
だが、さっきよりは落ち着いていた。
訓練は続いた。
馬を歩かせる。止める。旋回する。槍を構える。的を突く。外す。修正する。
何度も。
何度も。
俺はだんだん理解した。
槍は腕で突くものではない。
馬の速度と身体の重さを、槍の先へ通すものだ。
ルシアンが恐れているのは、敵ではなく、軸が乱れること。
腕が固まること。
呼吸が詰まること。
そして、その乱れが馬へ伝わること。
馬も生きている。
乗り手の恐怖を拾う。
俺の恐怖がルシアンの腕に出れば、それは馬にも伝わる。
馬が乱れれば、命が危ない。
同居人の恐怖が、馬にまで迷惑をかける。
世界は思ったよりつながっていた。
(俺、静かにしてるのも訓練なんだな)
——ようやく分かったか。
(めちゃくちゃ悔しいけど分かった)
やがて訓練が終わる。
ルシアンは馬を降りた。
足が地面に着く。
その瞬間、俺はものすごく安心した。
(地面、最高……)
——馬に謝れ。
(馬は偉い。俺が悪かった)
ルシアンは馬の首を軽く叩いた。
馬が鼻を鳴らす。
ガイゼルが近づく。
「本日はここまでにしましょう」
「まだ続けられる」
「続けられることと、続けるべきことは別でございます」
ルシアンは黙った。
ガイゼルは続ける。
「初回の乱れにしては、立て直しは悪くありませんでした」
「乱れましたか」
「はい」
ガイゼルは容赦がない。
「若君にしては珍しく、腕が先に恐れました」
俺は内心で縮こまる。
ルシアンは表情を変えない。
「次までに直します」
「直すのではなく、知ることです」
ガイゼルは低く言った。
「恐れは消せません。消したと言う者から落ちます」
お。
ルシアンの内側が、わずかに反応した。
ガイゼルは続ける。
「馬上では、恐れをどこに置くかが肝要です。腕に置けば槍が死ぬ。脚に置けば馬が死ぬ。目に置けば的が消える」
(怖いこと言うなあ……)
——正しい。
「腹に置きなされ」
ガイゼルは、自分の腹のあたりを軽く叩いた。
「怖さは腹へ沈める。そこなら身体を支えます」
ルシアンは深く頷く。
「心得ました」
「それと」
ガイゼルの目が鋭くなる。
「兵は、主の背を見ております」
空気が変わった。
訓練の技術から、別の話へ移った。
「主が恐れぬと思えば、兵は嘘を見ます。主が恐れに呑まれれば、兵は逃げ道を探します」
ガイゼルは言う。
「恐れを知り、恐れを置き、なお前を向く。それができる者に、兵は命を預けます」
命を預ける。
その言葉が、俺の中で響いた。
さっき俺は、ルシアンに命を預けていた。
そして怖かった。
何もできないことが。
ルシアンの腕ひとつで落ちるかもしれないことが。
でも、戦場の兵はもっとそうなのだ。
主の判断ひとつで、進む。止まる。死ぬ。生きる。
ルシアンは、いつかその前に立つ。
俺は初めて、その意味を少しだけ身体で知った。
訓練後、ルシアンは汗を拭い、簡易の清めを受けた。
湯浴みではない。
だが、布で汗と土を落とす。
ここでも手順がある。
身体を整える。呼吸を整える。武具を返す。馬へ礼をする。
(馬にも礼するんだな)
——当然だ。命を預けた相手だ。
(……そうだな)
さっきまでの俺なら、馬にまで作法かよ、とツッコんだかもしれない。
でも今は、少し分かる。
命を預けた相手に礼をする。
それは人でも馬でも、たぶん必要だ。
部屋へ戻る途中、ルシアンは無言だった。
俺も、しばらく黙っていた。
怖かった。
申し訳なかった。
そして、自分が本当にこの身体に同居しているのだと、今さら実感していた。
俺は観客ではない。
でも操縦者でもない。
命だけ乗っている、厄介な同乗者だ。
(ルシアン)
——何だ。
(さっきは悪かった)
——聞いた。
(いや、本当に。怖くて、腕を固めた)
——分かっている。
(したくてしたんじゃない)
——それも分かっている。
(でも危なかった)
——ああ。
ルシアンは容赦なく肯定した。
それがありがたかった。
変に慰められるより、ずっといい。
(俺、どうすればいい)
ルシアンは少し沈黙した。
そして言った。
——覚えろ。
(何を)
——私が何を見て、何を意図して、どう身体を動かしているか。
(剣とか槍とか?)
——馬もだ。呼吸も、重心も、腕の力を抜く場所も。
(俺、身体ないぞ)
——だからこそ知れ。知らないまま怖がるな。
その言葉は、先日クラリスが口にした言葉ともつながった。
意味が分からないものは怖い。
意味が分かるものは、重い。
俺にとって馬上槍は怖かった。
知らなかったからだ。
何が起きるか分からなかったから、恐怖が腕に出た。
なら、知るしかない。
怖さを消すのではなく、形を与える。
(俺にも訓練が必要ってことか)
——今さら気づいたのか。
(俺、訓練される側なの?)
——当然だ。
(当然の範囲がまた広がった)
ルシアンは、少しだけ口元を緩めた。
——恐怖は責めん。だが、恐怖で私の腕を縛るな。
重い言葉だった。
けれど、突き放してはいない。
むしろ、俺を戦力として扱うための言葉に聞こえた。
(分かった)
俺は答えた。
(怖がり方を覚える)
——妙な言い方だが、それでいい。
その日の夕方。
ルシアンは書斎で、馬上槍の動作を紙に書き出した。
図まで描いている。
馬の首。鞍。乗り手の腰。槍の角度。的。矢印。
(お前、俺に説明するために図を描いてる?)
——理解が遅いからな。
(家庭教師かよ)
——出来の悪い生徒を持った気分だ。
(生徒扱いが確定した)
ルシアンは淡々と説明する。
馬の揺れは上に跳ねるのではなく、前へ流す。
槍は腕で押さない。
肩を固めると先が跳ねる。
視線は的の表面ではなく奥へ置く。
怖い時ほど、見る場所を減らすな。
俺は聞いた。
最初は難しかった。
途中で何度も、
(物理の授業?)
(これ、俺にできる?)
(馬って偉すぎない?)
と茶化した。
そのたびにルシアンが、
——黙って聞け。
と返した。
だが、説明を聞くうちに、朝の恐怖が少し違って見えてきた。
馬が速いから怖かった。
槍が長いから怖かった。
落ちそうだから怖かった。
でも、どこに力を置くか。
何を見るか。
どの瞬間に息を止めるか。
それを知ると、恐怖に輪郭ができる。
消えはしない。
だが、ただの暗闇ではなくなる。
(知らないって、怖いんだな)
俺が言うと、ルシアンはペンを止めた。
——だから教える。
その返答は、短かった。
でも、妙に優しかった。
本人は絶対に認めないだろうが。
夜。
寝台へ入る前、ルシアンは窓の外を見た。
遠くに練武場がある。
もう誰もいない。
昼間の馬蹄跡だけが、月明かりの下に残っている。
(なあ)
——何だ。
(お前、本当にいつか戦場に出るのか)
沈黙。
長い沈黙ではなかった。
答えは決まっているのだろう。
——必要なら。
(怖くないのか)
——怖い。
また、素直に言った。
最近のルシアンは、怖いと言うことが増えた。
だが、それは弱くなったのではない。
むしろ、怖いものを怖いと言った上で立つ強さを覚え始めている。
——怖くない者に、兵を預けてはならん。
その言葉は、ガイゼルの言葉とも重なった。
恐れを知り、恐れを置き、なお前を向く。
俺は今日、馬上で命を預ける怖さを知った。
ルシアンはいつか、命を預けられる怖さを背負うのだろう。
どちらも怖い。
どちらも重い。
(俺、邪魔しないようにする)
——邪魔をしないだけでは足りん。
(え?)
——見ることを覚えろ。
(何を)
ルシアンは窓の外を見る。
遠い練武場。
その先の、まだ見えない何か。
——私が正面を見る時、お前は私が見落とすものを見ろ。
俺は一瞬、意味が分からなかった。
だが、すぐに何かが胸の奥で引っかかった。
これは、まだ先の話だ。
今すぐできることではない。
でも、その言葉だけが、胸の奥に残った。
ルシアンは続けない。
俺も聞き返さなかった。
今はまだ、馬から落ちないだけで精一杯だ。
けれど、いつか。
この訓練が、別の場所で意味を持つのかもしれない。
訓練が終わった後も、俺の中には馬の揺れが残っていた。
手綱を握っていたのはルシアンだ。
槍を構えていたのもルシアンだ。
落ちないよう身体を保っていたのもルシアンだ。
なのに、怖かったのは俺だった。
命を預ける。
その言葉の意味を、俺は初めて身体で知った。
そして、ルシアンがいつか兵の前に立つということの意味も、少しだけ分かった気がした。
馬上の礼法は、優雅さではない。
落ちれば死ぬ。
だからこそ、姿勢も、呼吸も、沈黙も、すべてが命に関わる。
この世界では、作法が人を殺す。
そしてたぶん、正しい作法が人を生かすこともあるのだ。