退学したくない憑依山内くん   作:白黒パーカー

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9話

 

 

 

 佐倉愛里。

 Dクラスの中では冴えない少女であり、しかしその裏の顔としてグラビアアイドル雫という仮面を持つ。そんな彼女に対して、俺はどう向き合えばいいかわからないでいた。

 

 正直な話、俺は佐倉とあまり関わりたくなかったとも言える。

 

 なんたって山内春樹は、佐倉に対して数々の無礼を働いてきた。

 佐倉は俺に告白してきたと嘘をついたり、おっぱいがデカいとセクハラしてたり、ストーカー被害にあったばかりの佐倉に対して、第二のストーカーみたいな行動をしたりと、まぁ、散々だ。

 

 断じて、断じて今の俺がやったわけでもなく、しかして俺が山内春樹であることも否定できないのが現実で。

 なにより、佐倉は……。

 

 まぁ、つまり。佐倉が目撃者であることを直接、指摘できないから、どうしたものかと頭を悩ませていたところなのだが。

 こと、ここに至って俺はさらなる困惑に包まれていた。

 

「よ、よろしくお願いしますっ!」

「お、おう……」

 

 俺の自室にはエプロンを身につけた佐倉が、緊張でガクガクと震えながら、俺に頭を下げている。

 

 気まずくて、会いたくなくて、今日まで距離を開けてきたのに。

 どうしてこうなった?

 

 

 佐倉が料理教室に参加したいと言い出したのは昨日のことで、目を白黒させた俺もひとまず了承することにした。

 洋介に断りを入れて、今日は目撃者探しを一旦お休み。0ポイント食材を買って、今に落ち着くわけだ。

 

 いや、全然落ち着いてないけど。

 いつもの恐怖に満ちた緊張ではなく、シンプルに心臓が早鐘を打っていた。

 

 何を今さらと思う人もいるが、冷静に考えてほしい。目の前にグラビアアイドルがいるのだ。

 たとえ今、佐倉が冴えない陰キャ女子に見えたとしても、中身は正真正銘の有名人だ。前世を普通に生きてきた、ただの凡人からすると、緊張して当たり前のことだと思う。

 

「とりあえず、佐倉は料理をあんまりやったことがないみたいだし、簡単にクリームパスタを作るか」

「は、はい!」

 

 本当に大丈夫だろうか?

 喋るのが苦手なのは知っているが、いきなり男子の部屋に一人でくるなんて。せめて一人くらい誰か知り合いを、って考えたところで、佐倉に知り合いが一人もいないことを思い出し、ため息をつく。

 

 時折彼女は無謀とも言える突飛な行動を起こす。たとえば、人と接するのが苦手なはずなのに別の仮面としてチョイスしたのがグラビアアイドル雫だとか。清隆たちがいない時に勇気を振り絞ってストーカーにワンマンで立ち向かったりとか。

 そういう意味では人には真似できない行動力を持っていることになるが、素直に喜べない。

 

「ゆっくりで大丈夫だよ。一個一個教えてくから、丁寧にやって行こうか」

「そ、そうですね。私、頑張ってみます……」

 

 そう声掛けすると、佐倉は未だ緊張しているものの、頷いてキッチンに向き直った。

 

 俺はそれを横目に思考する。

 佐倉が料理教室に興味がある。それはまぁ、当然ないだろう。引っ込み事案なところはあるが、物語の中で興味を示したシーンは見たことかない。

 

 十中八九、目撃者の件で来たのだろう。

 では何故俺なのか? というと、これも確証は得られない。が、洋介や櫛田に近くて他のメンバーよりは声が掛けやすかったから、俺だっただけな気がする。

 都合のいいことに料理教室に来ました! と言えば、周りから不審にも思われないし。実際、今でも男女問わず俺の料理教室に来てくれる生徒は後を絶たない。

 幸村や佐藤、小野寺と新規メンバーも増えていたりする。

 

 ちなみに長谷部は三宅と共に(無理やり)飯をたかりにくる、綾小路系女子へと進化していた。

 

「そこで牛乳を入れて」

「こ、こうですか?」

「そうそう、丁寧でいいね」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 佐倉に調理の手順を教えながら、俺は頭を悩ます。

 

 今ここで佐倉に目撃者のことを聞いて、証人に立ってもらえば、少しは問題が解決する。佐倉本人もそのつもりで来たから、問題はないはずなのだが……どうしようかなぁ。

 心が迷っている。彼女に対しての向き合い方が未だに分からないでいた。

 

 

「じゃあ、いただきます」

「い、いただきます!」

 

 それから料理は順調に進み、クリームパスタは完成した。

 テーブルに向かい合って、手を合わせる。それから俺はフォークで絡めとったパスタを口にする。

 

「うん、美味い! よく出来てるよ、佐倉さん」

「ほ、本当ですか? あむ。……ほんとだ、美味しい」

 

 驚きながらパスタを口にした佐倉が嬉しそうに顔を綻ばせる。それは、今の冴えない彼女であっても素敵な笑顔だったと思う。

 

 ふと、俺の視線に気づいた佐倉と目が合い、彼女の頬が赤くなる。

 

「あ、ああ、あの! そのっ……」

「ごめん。喜んでいて、つい」

「はぅ……っ」

 

 俺が見ていることに気づいた佐倉の挙動がおかしくなり、苦笑しながら謝罪する。

 

 それからちょっとした雑談を交えながらも、食事の手は止めず、いずれお皿の上は空になった。

 

「ごちうさまでした」

「ご、ごちそうさま、です」

「……」

「……ッ」

 

 そうして訪れたのは沈黙だった。

 少しだけ気まずい、けど、なんて会話をしようか少し悩む空白の時間。

 

「あ、あのっ……!」

 

 何の話題を振ろうか悩んでいると、佐倉が唐突に声を上げた。

 普段会話し慣れてない人間特有のボリュームミス。

 

「ご、ごめんなさい」

「大丈夫だよ、ここにいるのは二人なんだし。ゆっくりで問題ないよ」

「は、はい。何度も、ありがとうございます。……その、そのですね…………私、実は」

 

 正直、無理をしなくても良い。心の中ではどこかそんな考えがよぎっていて。でも、彼女は佐倉愛里だから。きっと、ここで目撃者であることを俺に教えてくれるのだろう。

 

 さて、俺はどうするべきか?

 

 俺は佐倉愛里とあまり関わりたくない。

 その理由の半分は山内であるともう伝えたが、もう半分はなんとも言い難いことで。

 

 “彼女は俺のことを退学にしない”。

 それが分かりきっているから、尚のこと接し方が不安定になってしまうのだ。

 

 例えばだが、松下と櫛田は、向こうから俺に吹っ掛けてきた人間だ。俺を退学にできるだけの実力を持ち、場合によっては俺を切り捨てる判断ができる人間たち。

 この学校は普通じゃない。そしてこの学校に通う優秀な生徒たちは、必要になれば他者を退学にするだけの決断ができてしまうのだ。

 だからこそ、俺は彼女たちに優しく漬け込み、肯定して、唯一無二になって切り捨てることができないよう、アプローチを仕掛けている。

 

 例えばだが、洋介という人間は、俺を退学に追い込むような性格をしてない。しかし、彼には影響力があって、彼の一言には重みがある。だから、俺は彼と仲良くなって、自分の立場を確かなものにするため、グループに所属して数少ない男友達となった。

 

 篠原、佐藤といった生徒たちも、その一言、その時の感情の向き方で俺を致命傷に落とすことができてしまう。

 “惨めな末路を迎えたくない”。山内にとってそれは“退学”なのだから。俺は毎日、怯えながらも笑って優しさを振りまくのだ。

 

 

 では、佐倉愛里はどうだろうか?

 学力も、運動能力も、社交性や機転力ですら俺に及ばず、2年生編では成績ドベになってしまう彼女。人間性も臆病ではあるものの、この学校では珍しく善性に満ちている。

 彼女の一言に影響力もなく、そもそも彼女はそんな発言をしない。

 佐倉唯一の強みである、作中随一のビジュアルもグラビアアイドル雫という知名度も、原作では一度も見せ場がなかった。

 

 佐倉は俺を退学させない。どころか、俺と同じく“退学してしまう側”の人間だ。

 彼女にとって、退学は不幸なことなのか? それともこんな殺伐とした学校から離れて、グラビアアイドルとして人気を手に入れていく人生の方が幸福なのか?

 

 俺には分からない。俺は彼女にどうしたいのかも分からない。ただひたすらに、“退学に怯える”俺では、佐倉愛里の心中は理解できないのだ。

 ……いや、誰も分かるわけがない。

 幸福か不幸か。それは本編の、退学してしまった“佐倉愛里”にしか分からないことなのだから。

 

 

 

 

 

 

「ん、いい感じだね。勉強したことちゃんと身についているよ」

 

 松下との勉強会。

 彼女は俺が問いた問題の採点を終えると、笑顔でそう言ってくれた。

 

「それにしても、よく目撃者見つけたね」

「見つけたというか、本人から相談してくれたんだよ」

 

 既に佐倉のことはクラスのみんなに報告済みで、証言として出てくれることになった。

 ひとまず安堵のため息が漏れるが、松下はどこか微妙そうに眉を顰めていた。

 

「でも、Dクラスなんだもんね」

「まぁ、こればっかりは仕方ないよ」

「ままならないねー」

 

 力なくベッドに倒れ込む松下。

 気だるげにぽつぽつと言葉をこぼしていく。

 

「なんていうか、私、何の役にも立ってないね」

「……そんなことないんじゃないか?」

 

 その顔に元気はなく、俺がそう慰めるが、ううん、と否定された。

 

「だって、山内くんは目撃者を見つけて、櫛田さんなんて、有益な情報見つけたでしょ? なんなら、審議の時は須藤くんと一緒にでるんだから、すごいね」

「そんなこと言ったら、俺も別に自分で見つけた訳じゃないし、櫛田さんだけがすごいことになると思うぞ」

「……そっか。じゃあ、櫛田さんがすごいや」

 

 あの日から、櫛田と自分を比較しているのだろう。

 どこか投げやりにそうボヤく松下は、つまんなそうに天井を見上げた。

 

「私、結構優秀だと思ってたんだけどなぁ」

 

 松下を横目で見ながら考える。

 

 弱りきった心。その心にはきっとまだ火種が燻っているはず。

 今なら優しくすれば、松下の心に響くはず。

 

 打算的な思考。そう思って口を開こうとするが、

 

『ほ、本当ですか? あむ。……ほんとだ、美味しい』

 

 ふと思い出すのは、佐倉のこと。

 退学とは本当に不幸なのか? それとも幸福なのか?

 

 ここまでして俺は、本当にこの学校に残りたいのだろうか? でも、あんな惨めな最後は嫌で……。そんな疑念と恐怖が頭の中を埋め尽くすように、グルグルと、グルグルと容赦なく巡り始めていた。

 なんだか頭が痛くなって、顔から血の気が引くような、そんな感覚。

 

 ……やっぱり佐倉とは関わるべきではなかった。

 何をすればいいのか、どうすればいいのか、分からなくなってしまいそうになる。

 

「大丈夫? 山内くん」

「え?」

 

 いつの間にか、松下が俺のことを見ていた。

 どこかおかしそうに、呆れた笑みを浮かべている。

 

「なんで、私よりも山内くんの方が落ち込んでるの?」

「……いや、その、……なんでだろうな?」

「そんなの知らないよ。……ふふ」

 

 口元に手を添えて、上品に笑う松下の瞳。そこにはさっきまで燻っていた火種が小さくなったような気がして。

 チャンスを逃した。致命的なミス。俺としては悔しがる最悪の状況のはずなのに。

 

「……そう、だな。変なの」

 

 なぜだが俺は、ホッとしたような気がしたのだ。

 

 

 





Dクラスメンバー心の声
佐倉(やっぱり、山内くんの目は怖くない……けど、なんでそんなに……)
松下(なんだかバカらしくなっちゃったな)→自分より酷い山内の表情を見て。

退学したくない。けれど、登場人物が嫌いなわけじゃない。
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