「最近、櫛田さんと仲が良いんじゃない?」
洋介と櫛田の提案によって始まった目撃者探し。俺は松下と共にケヤキモール付近を尋ね回っていたのだが、唐突に隣を歩く彼女がそんなことを言い始めた。
以前はクスクスと俺をからかうためにそう発言した松下は、なぜだか今日は不満げに眉をひそめている。
スマホで個人チャットを送っていた俺は、それをポケットにしまう。
「仲良いって言っても、櫛田さんの場合は大体の生徒と仲が良くないか?」
「それは、そうなんだけどさ。……なんていうか距離近くない?」
俺が不思議そうに首を傾げると、珍しく松下が吃りながらもそう口にした。
最近、公の場でも交流が増えた櫛田との関係。池を筆頭とした一部の男子生徒は俺にヘイトを向けているが、もう半分くらい、三宅や幸村といった生徒はそんな光景も気にしなくなっていた。
やはり過去問を使って、退学のピンチを救ったという事実が大きいのだろうか?
「ねー、聞いてる?」
「あのぉ、いふぁいんですけど」
そんなことを考えていたら、松下にほっぺを引っ張られた。
そこまで痛くはないけど、ちょっと話しにくい。
「はぁ……、もういいよ。早く、須藤くんの言う目撃者を探しに行こ」
そう言って松下はほっぺから手を離すと、俺の先を行くようにズンズンと歩き始めてしまった。
俺も置いてかれないように、歩くスピードを上げる。
別に松下は怒っているわけではない。どちらかと言えば、関係性が変化したからこその遠慮のなさだろう。
彼女と協力関係を築いてもう二ヶ月も経つのだ。短いようで長いこの日々の中で俺はコツコツと小さな成功体験を彼女に与え続けてきた。
勉強会はもちろんのこと、最近は料理作りにも挑戦してもらい、その度に松下が求めているであろう言葉を掛け、褒め続けてきた。
人は基本、捻くれていない限り、他人に褒められたら嬉しいものだ。それは松下も例外ではなく、褒められる度に満更でもない笑みを浮かべていた。
自然と言葉は砕けていくし、態度にだって雑さは目立ってくる。人を信用するということは、同時に敵から身を守るための防具を外していくことだから。
「正直、どうなると思う?」
「今回の暴行事件の結末か?」
「うん。須藤くんに勝ち目はあるのかなって」
そう尋ねてくる松下に、俺は腕を組んで難しい顔をする。
「……厳しいだろうなぁ」
「あー、やっぱりそうなんだ」
頭の回転が早い松下は何となく察していたのだろう。渋そうな表情になる。
「監視カメラがなくて、Cクラスの生徒はケガをして、おまけに須藤の印象は最悪。仮に須藤が本当に無罪だとしても、それを証明する方法がいるかもわからない目撃者だけなのは、ちょっとなぁ」
「絶対、ポイント減るじゃん。やだなー……」
これから訪れる未来に嫌気が差したのだろう。松下の口がへの字に歪む。
テンションだだ下がりの松下のために、ここはひとつ、夏のバカンスの話を持ち出してみた。
「ところで今回の件とは違うが、茶柱先生が夏休みにバカンスに連れてってくれるって話をしたのを覚えてるか?」
「そういえば、中間テスト直前にそんなこと言ってたっけ?」
「俺の予想なんだが、たぶんそのバカンス中に特別試験があると思うんだ」
俺がそう言うと、松下はうへー、と声を漏らした。
「それ、本当だったらこの学校性格悪くない?」
「性格は、悪いだろ。5月の10万ポイントから、中間テスト。どれを取っても突発的だったし」
「やだなー。普通に楽しみたかったのに」
「でも、ポイント獲得のチャンスだぞ?」
「それはまぁ、確かに」
夏の特別試験は二つある。無人島でのサバイバルと船の中での人狼モドキ。
他クラスとの交流も本格的になるこの試験では、これまで以上に立ち回りに気を付ける必要がある。
その点、松下は実力を隠したまま迎えるつもりだろうが、俺はそれを良しとしない。
「松下さんの活躍の場が盛りだくさんかもよ?」
「えー、それはちょっと言い過ぎじゃない?」
「そんなことないと思うぞ。俺は松下さんがスゴいってこと知ってるからな」
「もー、やめてよ。私の秘密、知ってるの山内くんだけなんだからさ」
片手を振って、俺の言葉をやんわりと否定する松下。だが、浮かべる笑顔自体に嫌そうな気配はない。
むしろ、もっと褒めてもいいんだよ? と言わんばかりに距離が近づく。肩が触れ合いそうな、そんな距離感。
松下は前のハニートラップのノリで近づいているのだろうが、本人は気づいているのだろうか?
ケヤキモールという人目がたくさんあるこの場所で、男女二人がこんな目立つような真似をしていることに。
たとえ同じグループに所属する生徒とはいえ、下手にDクラスの生徒に見られたら、変な噂が流されるリスクはある。
少し前の目立ちたくない松下なら絶対にしない判断。
順調に松下千秋は底の見えない沼へと沈んでいる。
俺が内心そう考えていると、背中に何かがぶつかって来た。
「山内くんと松下さんだ! あっ」
「く、櫛田さん!?」
俺の背中にぶつかってきたのは櫛田だったみたいで、松下は驚いたように彼女の名前を呼んだ。
どうにか踏ん張って、後ろを振り返る。
「ごめんね、山内くん。勢いあまって、コケちゃった」
「あー、大丈夫。それより櫛田さんはケガしてないか?」
「うん! 心配してくれて、ありがとうね」
にこやかに櫛田はそう言ったが、嘘だろうなたぶん。
さすがに人前では本性を見せられないため、表向きいつもの櫛田が、痛かったよね? と俺の背中をさすってくれた。
「それで、櫛田さんは何の用かな? 確か、池くんたちと探してたんじゃなかったの?」
そんなやり取りを見ていた松下が、俺たちの間に割り込むように話しに参加してきた。
さっきまでのご機嫌さはどこに行ったのか、その言葉は少し冷たく感じた。
「実は、池くんたち目撃者を探すって張り切っちゃって。見失っちゃったんだよね……」
あはは、と苦笑いする櫛田に、松下はふーんとどこか納得いってない声を漏らす。
「私のスマホ、充電切れちゃって連絡できないし。探し回ってたら二人を見つけたんだ」
「なるほどなぁ」
「その……一人は心細いし、私も一緒に探してもいいかな?」
「えっと、山内くんどうする?」
松下から断ってほしそうな雰囲気を感じたがスルーする。俺はいいんじゃないか、と一言言えば、櫛田はありがとう! とお礼を言ってくれた。
「ところで、櫛田さんは何か情報を見つけたか?」
俺がそう聞くと、櫛田はうんと首を縦に振った。
「んー、目撃者じゃないんだけどね。ケガをおった男子の一人に石崎くんって子がいるんだけど。中学時代はケンカが強かったんだって、他のクラスの子に教えてもらったんだ」
「ふむ。3対1なのに一方的にケガしただけでもおかしいのに、その一人はケンカ慣れしてると……」
なるほどと俺は頷き、櫛田のことを見ると、ニコッと笑った。
「お手柄じゃないか、櫛田さん! これで須藤が勝てるってわけじゃないけどさ。幾分かこっちの有利に働く情報だよ!」
「ほ、本当かな? 役に立つ情報を見つけられたなら、嬉しいよ、山内くん!」
俺の手を両手で包み込み、嬉しそうにはにかむ櫛田。
その視界の端で、苦々しく唇を噛み締める松下がいることを、こっそりと確認した。
「この調子で一緒に目撃者を探しに行こうね!」
そう言って、テンション高めにケヤキモールの奥に進もうとする櫛田。俺の手を握ったことを忘れたまま。
「ちょちょ、ちょっ。櫛田さん、ストップ。ストーップ! 手、手握ったままだから!?」
「あっ」
俺の言葉で思い出したのか、手を離す櫛田。振り向いて、照れくさそうに頬をかいた。
「えへへ、私も池くんみたいに張り切っちゃったのかも」
頬を染めてそう言った。いつも通りあざとくてかわいい顔。
……さて。
これまでの櫛田の一連の行動。
俺との関係の変化によって起きた、彼女の暴走。……というわけではなく、俺の指示によって動いてもらった結果だった。
俺が松下と二人で目撃者を探すことになった時点で、個人チャットによって櫛田を呼び出すことを決めた。
池たちを撒いて、スマホに常備されている位置情報サービスの閲覧で俺の元に来てもらい、事前に伝えておいた石崎の話を俺に共有してもらう。
目的は一つ。松下千秋に危機感を与えるためだ。
俺と彼女の関係はAクラスを目指す協力関係。しかし、彼女が実力を隠す間はそれは対等な関係と言えないだろう。
それは同時に、まだ松下が俺を裏切る余地があるとも言える。
櫛田と共に歩もうとして、立ち止まる。後ろを振り返り、動こうとしない松下に呼びかける。
「行こうぜ、松下さん」
「うん。そうだね」
俺の言葉に淀みなく答えた松下。
いつの間にか様子を取り戻した彼女。しかし、その目に映る感情は黒々としていた。
どこかで見た目。まだ浅いが、すごく見慣れた目。
山内春樹と先に協力関係を築き、仲良くなったのは私だという嫉妬に不満。そして独占欲。
それはまだまだ小さな火種で、彼女自身を大きく変えてしまうような、大したものではない。
それでも、燃えていることには違いなく。いつか熱く、激しく、より燃え上がるはずの何か。
俺はこの火種が消えてしまわないように、仰ぎ続ける必要がある。
櫛田と松下に無用な対立が生まれるリスクもあるにはあるが、櫛田の方はまだどうにかなると思う。
松下も今のままだと対立を深めるが、彼女の心をより深く沈めることができれば、その問題もなくなる。
ふと思考する。
優しさとは時に人を変えてしまう“毒物”であることを、知っている。
俺はそれを綾小路清隆から、一之瀬帆波から学んだ。状況さえ整えてしまえば、善性であの純粋だった少女を豹変させてしまうものだと。
ああ、そう考えると、今の俺がいるのは清隆がいたからだ。清隆が俺を学習するように、俺もまた清隆から学習しているのだと。
小さくも、ドス黒い何かが蠢き始めた松下の目を見て、そう思ったのだ。
◇
「お待ちどうさん」
「おぉ!」
今日は清隆だけが部屋にやってきた。
うちに来るメンバートップ3は、松下、櫛田、そして清隆だったりする。
仮にもホワイトルーム最高傑作の彼が、ご飯をたかりにくるなんて……。
ドカッと机に置いたお皿を 。今日の晩御飯は麻婆豆腐である。
「はふっ、……はふっ! 辛いな」
とても辛そうには見えない無表情で清隆はそう言うが、でも美味い、と言う言葉も漏らしていた。
嬉しい限りである。
「最近、櫛田と仲が良いんだな」
「……なんだぁ? 清隆もそれかよ」
スプーンを片手に俺も麻婆豆腐を食べていると、唐突にそう言われたので、怪訝な顔になる。
「俺、池とかに後ろからナイフで刺されないよな?」
「どうだろうな? ないとも言いきれない」
「そこはないって、断言してくれよー」
ガクッと肩を許す。それに対してノーリアクションの清隆。
そんなしょうもないやり取りをしながらも、食べる手は止めなかった。
「そういう清隆こそ、最近佐藤と仲良いよな?」
「……そうだな。今度の休日二人で出掛けることになった」
「青春してるな」
俺が笑うと、清隆も感慨深そうに頷いた。
「ああ、誰かとこんな親密になるなんて、入学した当初は想像もできなかったな」
清隆はそう言うが、果たして、佐藤は恋愛の教科書扱いをされているのだろうか? それとも本心からの恋?
正直、椎名ひより以外に清隆の心をキュンキュンさせる未来が見えないのだが。
「ところで、目撃者は見つかったのか?」
「いや、全然。……須藤はCクラスに嵌められちゃったよなぁ。上手くやっても引き分けだし、どうしたもんか……」
「……」
ここで、ようやく清隆のスプーンの手が止まる。少し考え込むように、無言になると、
「他に方法は思いつかないのか? 引き分けではなく勝てるような何か」
「……んー、さすがに無理だろ」
あらかじめ予想していたから、息が止まることはなかった。
できるだけ平然と振る舞い、とぼけることにそう言った。
たぶん、俺がどこまでの発想ができるのか確認してるんだよな?
今回の暴行事件を無事解決できるのか、それを確認するための質問。でも、最初からこの件については清隆にお譲りするつもりだったので、俺がこれ以上深入りすることはない。
むしろ、俺が考えるべきことは目撃者、佐倉の方だろう。
残念なことにメンタルが弱った堀北が、佐倉の反応に気づいた様子はない。つまり、このままだと目撃者が見つからないまま審議が始まってしまう。
証人がいるのといないのとでは、須藤の罪の重さが多少変わる。損が少ない方がいいから、できることなら佐倉には証人に立ってほしいが。
俺としては佐倉と会話をするのは気まずいんだよなぁ……。
腕を組んで、うんうん悩んでいると、
「なぁ、春樹。おかわりを貰ってもいいか?」
「清隆……」
目の前にはペロリと皿の上を平らげた清隆が、どこか物欲しそうな顔で、皿を持ち上げていた。
そんな清隆がおかしくて、ついつい苦笑してしまう。
「いいよ。ちょっと待ってろよ」
そう言って、清隆の皿に麻婆豆腐を再度盛り付けたのだった。
Dクラス心の声
松下(なにそれ。……おもしろくない)→自分でもよく分からない、小さなモヤモヤ。
櫛田(あは、松下さん悔しそう! ざまぁ♪)→ストレス発散も兼ねた嫌がらせに満足。
清隆(麻婆豆腐も悪くないな。痛み自体には耐性はあるが、それを食事の楽しみ方として活かすのは興味深い……)パクパク。