ダンジョンの外で戦技売りをするのは間違っているだろうか 作:ルンルンベア
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日が暮れて来たので今日の仕事はしまいにする事にした。今日の客は結局二人だけで稼ぎは10,100ヴァリス。いや、この100ヴァリスは赤毛の女の人が俺のことを乞食と勘違いしてくれた分だから稼ぎからは省くか。10,000ヴァリス。なんとか屋根付きの宿に泊まれて晩飯にありつけそうだ。
今日のお宿を探している途中。街頭の灯りがぼんやり灯り始め、飲み屋通りには仕事帰りの労働者や冒険者が河のようにごった返し始めている。皆想い想いの店に入って美味い酒や料理を楽しむのだろう。
(いいなぁ……)
今日の稼ぎを考えれば飲み屋に行くこと自体は可能だ。しかしそうすると宿に泊まれなくなる。それに乞食として見られないように身綺麗にしたり、もっと商人らしく見えるように綺麗な服がほしいし、贅沢を言うなら手押し車の屋台かなんかでもっとそれらしく見せたい。だから飲みに金を使うのは我慢だ。今は節制の時だ。
(今日だけ我慢だ。今日だけ酒は我慢する)
店から溢れる明かりも、楽しげな声も、美味しそうな匂いも、全て無視する。直視するときっと目に染みて惨めさが溢れ出てきてしまうから。そう思いながら裏路地に入る。表通りの明るさが遮断されて恐ろしい暗がりが広がっているが、この道の先に用がある。
前に泊まった宿がこの裏路地の先にあるのだ。なんと一泊500ヴァリスの激安宿『洞穴』! 三畳分の広さでベッド代わりに麦藁の上に黄ばんだシーツがかけてあるだけ! 本来は小人族の労働者向けの部屋だから天井が低い! しかもカビ臭い素敵なお部屋!
(本当はもっと綺麗なところに泊まりたいけど、節約しなくちゃ)
先週辺りまでは日本の住居環境を基準にしすぎて高い部屋ばかり泊まっていた。しかしそれでは金が貯まらない現実を直視しなくてはならなくなったので、泊まる宿は洞穴のような所に切り替えた。お陰で客が一人も来ない日も屋根がある場所で寝泊まりできるようになっているし、貯金もしやすくなっている。
(今日の稼ぎと施しを合わせて貯金は3万621ヴァリス。宿代が500ヴァリス、その後に麦がゆと干し肉を食べに行くから食費300ヴァリス。残りが2万9千821ヴァリスか。明日の稼ぎ次第じゃ服を買いに行ったり、公衆浴場に行けるかもしれない。少しでも身綺麗にしてちゃんとした露天商っぽくしないとな)
そんな事を考えながら歩いていると、後ろから足音が二つ聞こえて来た。嫌な予感がして足を止める。すると後ろの足音も止まった。歩き出すと再び音が聞こえる。歩く速度を早めて小走りになると、足音も小走りになる。
勘違いでなければ、追跡されている。
(や、やばい)
俺は懐から錆びついたナイフを取り出して握る。ゴミ捨て場から拾った物だ。万が一の時に相手を刺す為、なんて恐ろしい事は本当に最後の最後の手段。このナイフには緊急用の戦技を擦り込んである。
俺は走り出した。
「待ちやがれ!」
「その小汚い箱の中に金が入ってるのは知っているぞ!」
怒鳴り声が聞こえてくる。ヤバい、強盗だ。前はいなかったのに。俺は曲がり角に入って、めちゃくちゃ嫌だけど刃を握って自分の手のひらを切る。めちゃくちゃ痛いし錆びた刃だから破傷風が怖いがそんな事言っている場合じゃない。そして素早く壁に張り付く。
「オラ! ……どこいった?」
「その辺の物陰に隠れたのか? 探せ! 今日の獲物だぞ!」
強盗たちは目の前を通り過ぎて路地裏の闇の中へと消えていった。そして連中の姿が完全に見えなくなった所で手を開く。
「いっっっっ………てぇ………!」
ちょっと深く切りすぎたのか、どくどくと血が流れてくる。ゲームと違ってほんのちょっぴりHPを消費するだけにとどまらないのが自傷系戦技の嫌な所だ。戦技【切腹】なんてやったら敵倒す前に自分が死ぬぞきっと。
戦技【暗殺の作法】。血を代償に使用者の姿を半透明にして足音を消す技だ。もう暗いから半透明でもバレないと思って使った。それに、ゲームではわからなかったが臭いまで消せるらしい。そうでなかったらこんなに匂い立つ血に気づかないはずがないからだ。
(や、宿に着いたら、戦技【聖域】で少しずつでも治そう)
回復系の戦技だと【聖域】以外は【祈りの一撃】【血の徴収】【命奪拳】くらいなもので、そいつらは何かしら生き物を殴らないと効果を発揮しないので使えない。まあ切り傷程度ならゆっくりでも治せばいい。破傷風に関しては考えないようにする。
鋭利派生にすれは錆が取れるかなと思っていたのだが、錆びついたまま鋭利でピカピカになるという訳のわからん状態になったので派生無しなのだ。
(しかし、強盗があいつらだけとは限らないし、さっさと宿に行こう。また手を切りつけたくないし、あの手を使わざるを得なくなったらまずい)
俺はそう思いながら隠れた道から出て、宿へと急ぐ。日本にいた頃はこんなに怖い目に遭った事はなかったのにな。
「帰りたい」
誰にと言うわけでもなく、俺はそう呟いた。
「金、出せ」
しかし運命とは俺に郷愁の想いに浸る時間すらくれないらしい。物陰からまた別の強盗が現れた。ヒョロリと背が高い。目の焦点が定まっておらず、歯がところどころ抜け落ちている半開きの口からは涎を垂らしている。アル中か薬中のヤバいやつだと一目でわかる。体の芯が冷えるような恐怖を感じる。
「く、来るな」
ナイフの先端を向けて後退りする。この距離では【暗殺の作法】を使った所で効果は薄い。ナイフに怯えて逃げ出すような輩にも見えない。
「キシシシシシシシシシ……」
そして最悪なことに後ろから気配を感じる。コイツの仲間か別の強盗かはわからない。しかし挟み撃ちにされてしまった。
なんなんだ一体。前来た時はこんな奴らいなかったぞ。
(こ、これ以上は……)
相手がゆっくりと近づいてくる。後ろからの足音も迫ってくる。絶体絶命のピンチとはこう言うシチュエーションだ。
(や、やるしかない。しのごの言っていられない。あの手を使うしかない)
俺は覚悟を決めた。
◇
強盗は追っ払った。しかし覚悟していたリスクに襲われている。
壁に寄りかかるように、身体を擦り付けるようにして歩いて、何とか人通りのそれなりにある場所に出られた。完全に疲労困憊していた。ガクガクと震え、力が入らない。視界が二重に揺れて、足がもつれる。虚脱感に飲み込まれそうになる。手の切り傷も感じなくなっている。
(【ウォークライ】とか、【野蛮な咆哮】とか、叫んで相手をビビらせる戦技も、持っておくべきだったかなぁ)
そんな事を考えながらどうにか石畳の上まで這い出たところで、限界が来た。
「ぐっ…」
そのまま倒れ込む。動けない。息をするだけで精一杯だ。
その時、近くで足音が近づき、誰かが駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
その声を聞いた瞬間、俺は意識を手放して闇の中へ沈んでいった。