バイトを終えてツクヨミにログインすると、そこではかぐやたちがニュースツクヨミを視聴していた。どうやら、中間発表を見ていたらしい。
かぐやが足をバタバタさせているところを見ると、おそらくは悔しがっているのだろう。
「いや〜〜、それにしても、黒鬼圧倒的だねぇ」
「んーー、終盤でこの差は、ちょっとしんどいね」
「む〜〜。どうしたらいいのだ〜〜!」
そんな3人を見ながら、声をかける。
「お待たせ、それで終盤どんな感じ?」
「今んとこ16位。とは言え、ここら辺になるとね」
「一つ順位を上げるだけでも数千人から数万人単位の増加が必要だからねぇ」
わたしの言葉に、冷静な2人が答える。
本来は真実の家に集まって、対策を練るつもりだったのだが、倒れてしまったわたしを気遣ってツクヨミの中での作戦会議となった。
それにしても、と起き上がれるようになった時のことを思い出す。
まず、スマホの着信数に驚いた。
芦花、真実、バイト先、芦花、店長、芦花、みおちゃん、真実、芦花ーー。
数時間おきだったとはいえ、その着信数の多さには思わず目を剥いた。店長やみおちゃんにはかぐやもあまり事情を明かしていなかったのだろう。純粋に体調を気遣う文面や録音が多かった。特に店長は、『夏風邪は治りにくくて大変だろう。何か必要なものがあったらいってくれ』とまで添えていた。
一方で、芦花と真実の文面も、確かにわたしを気遣う文面ではあった。だが、一年半も友人付き合いをしていると、些細な文面からでもなんとなく2人の感情を察することができる。あの時の2人はーーど怒りだった。
恐る恐る電話をかけるものの、やはりかぐやから事情を聞いていたこともあったのだろう。終始わたしのことを心配していたが、それはそれとして、と言うような形でお説教を頂いた。
確かに、今回はわたしの体調管理の甘さが招いた事態でもあるし、諾々と受け入れるしかなかっただろう。そう思っていたら、さらになぜか怒られた。『もっと、自分を大切にしろ』と。解せぬ。
とは言え、そういった経緯から、今回の集合はツクヨミ内での真実の家となった。
「やっぱ、黒鬼強いねぇ。ま、当然か。帝様だもんね」
「う〜〜。真実の裏切り者ぉ」
「かぐやちゃんも二推しで推してるよ〜」
「やだ〜。かぐやだけにして〜」
そう言いながら、風呂場で足をばたつかせるかぐや。それを見ながら、わたしはソファに身を預ける。
「とはいえ、これ以上となるとねぇ……。いっそ、黒鬼とゲーム対決でもする?」
「さっすが芦花! それだ!」
「それだ! じゃないわ」
ソファの上でだらしなくひっくり返りながら、そう言い返す。それに対してかぐやも管を巻いているようだが、そもそも受けてくれるはずがない。ーーあの兄ならもしかしたらありうるか。……いや、無いな。たとえ兄が了承したところで、2人が了承するとは限らない。
そう思っていた。
「うわ! びっくりした!」
かぐやの声に注意を引かれ、そちらの方をチラリと見る。かぐやの目の前には巻物が浮かんでいる。誰かから連絡でもきたのだろうか。とは言え、たいていがスパムか通知メールだ。今回もその類に違いない。
そう思っていた。
だが、メールを読み進めるかぐやの口元に笑みが浮かぶのが見え、嫌な予感が全身を襲った。
「いーろーはー。プロゲーマー様は格が違うって言ってたよね?」
その言葉だけで嫌な予感が具体的な像を結び始める。あの兄のことだ。ありうるかもしれないとは思っていた。だが、この時期に仕掛けてくるかぁ!?
「じゃーあ、断れないよねぇ! 格上のプロゲーマー様から! 名指しで! 挑戦状を受ければ! よっしゃあ! 大物釣れたぁ!」
そのままテンションの上がったかぐやは、バスタオル姿で釣り堀の中に飛び込んでいた。一方のわたしは、もはや何も言う気が起きずにソファの中に突っ伏した。
ソッコーで決まった黒鬼との決戦。それはこの時期に衆目を集めるのはもはや当然のことで、『世紀の竹取合戦』なんて煽りがつけられてわたしの目の前に現れた。
いつの間にか手配されたのか、当日には大規模観客ブースに加え、実況席なんて用意されている。そこに座るは、乙事照琴と忠犬オタ公。もはやこの手の実況では見慣れた2人だ。
その2人が、試合を盛り上げるための口上を派手に謳っている。
どうやら2人の話によれば、この出来事が広まったこともあり、『かぐやいろPチャンネル』は優勝を射程圏内に収めているようだ。
とはいえ、今は外野の意見は関係ない。
「ーーなんで、こんなことに」
いつものように狐の着ぐるみアバターで、わたしは合戦場で立ち尽くしていた。
今回、SENGOKUということもあり、真実を助っ人に呼んでいる。とは言え、真実は間近で黒鬼に会えるという興奮と緊張で、さっきから意識が危うい。一方のかぐやは気楽そうに待ち構えている。こちらとしてはそこまで図太くなれる神経が羨ましい。
内心ため息をついていると、遠くの岩壁が爆散した。どうせあの兄のことだ。派手に登場するのは予想できていたが、今回はこう来たか。
半ば呆れながら見ていると、そのまま黒鬼は虎バイクを疾走させ、こちらに向かってくる。それだけで真実はもう限界寸前だ。気絶しなきゃいいけど……。
もちろん、濃厚な黒鬼成分ーーそれも一押しである帝から、至近距離で受けて耐えられるはずもなく、真実は気を失ってしまった。
「真実、大丈夫?」
そう声をかけながら、真実の好物写真フォルダを見せる。……反応がない。強制ログアウトになってないから、まだツクヨミの基準内ではあるのだろう。
とは言え、このままでは……。急いで芦花を呼ぶか?あとかぐや、どさくさに紛れておにぎりとメロンパンを強奪するな。
そう思っていた時だった。
空から玉手箱が降ってくる。ーーこれは。
「ヤチヨ……」
お助けヤチヨだ。何度かKASSENで見たことがある。ーー仲間でも、敵としても。
「えへへ、絶対、勝とうね!」
戦闘用の身軽な服装で、わたしの最推しの人はそう言った。
とは言え、やることは普段と変わらない。戦略も、定石に則って行う。それに対し、黒鬼はーー。
「トライデント、か」
そして、わたしたちの相手はーー、帝。
「お前、彩葉だろ」
「チガイマス」
こうして話をするのは何年ぶりだろうか。向こうはツクヨミの中でも有名人だ。いくらでも噂は耳に入ってくる。
「彩葉ーー!」
「あ、バカッ!」
背後からかぐやが叫ぶ。AIはあくまでも配信に乗りそうな時に制限するシステムだ。ツクヨミ内なら、その規定は通用しない。必然、わたしの名前はツクヨミ内に知れ渡ることになった。
とは言え、兄の前で叫ばれるのは話が違う。
つい振り返ってしまい、その隙に頭を棍棒でポカポカと殴られる。
「そのスキン当てやすくて助かるわーー。それで無傷で300人抜きはオレでもできねーかもしれないけど、そのままで後悔しない? 本気出せよ」
ここまでか。確かに兄の言う通りだ。これは、兄相手では枷にしかならない。
スキンを解除する。
「やっぱ、彩葉じゃん」
「なんでわたしのアバター知ってんの」
「お兄ちゃんにはなんでもお見通し、ってね。それに一年くらい前にも、その狐の着ぐるみきてKASSENで暴れ回ってたろ。そっちのアバターと武器も適宜切り替えて特定は避けてたみたいだけどさ。あと、かぐやちゃんの曲。あれ父さんと作ってた曲だろ」
「……くっ」
確かに、あの頃はKASSENを金策の手段にしていた。そして強いプレイヤーやネタ武器を使うプレイヤーを兄が気にしないはずがなかった。
キツネの着ぐるみとネタ武器を使いまくって身バレしないようにしていたが、兄の目を欺くことはできなかったらしい。
それに、当然知っているだろう。わたしとお父さんが作っていた曲のメロディーは。ほんの一部だけとはいえ、それを覚えていて、今更突き止められるとは思ってもいなかった。
「ええっ! お兄ちゃん!?!?」
わたしに合わせてちょこちょこ攻撃していたかぐやが、驚きのあまり攻撃の手を止めてしまう。
『おーーっと! 衝撃の事実発覚ぅ! 帝とiroは兄妹だったぁーー!?』
大袈裟な実況が耳に入る。おそらく会場は混乱の極みだろう。だが、ここでは関係ない。即座に兄との距離を詰め、連撃を仕掛ける。
「母さん気にしてたよ。少しくらい連絡とりゃいいのに」
「うっさい! わたしにも順序ってもんがあんの!」
「それも母さんの教えだろ? 愚直に守るからギスギスすんの。母さんは反抗待ちなんだから」
「知らん! 口出さないで!」
だが、敵も去るもの。内部チャットに切り替え、お説教をしながらわたしを追い詰める。
双剣もワイヤーも簡単にいなされる。小銃は牽制にすらならない。限界まで速度を高めているのに、兄は余裕綽々と言った動作で受け流す。
それだけではない。わたしへの対処を継続しながら、忍び寄ってきたかぐやにもきっちり攻撃を入れる。その間に攻撃を加えるが、痛打にはならない。そして、追撃しようとしたら必殺の一撃がわたしを狙いすましている。
そのまま拮抗した状態で牛鬼へと到着してしまう。こちらが先に倒したいが、わたし1人ではかぐやが牛鬼を撃破するまで帝を抑えていられない。かぐやも牛鬼を瞬殺するにはそこまでプレイスキルがない。
「もっと上手くやれよな。オレみたいに」
結果、帝に牛鬼を取られてしまった。だが、先に櫓を占拠すればーー。そう思ってかけ出すものの、考えることは向こうも同じ。そしてわずかな隙をつかれて、かぐやが真っ先に撃破される。となると、わたしには勝ち目がない。
そのまま櫓を占拠され、一回戦は負けて終わった。