作曲家iro   作:冬良

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配信活動の裏側で⑤

 現実に戻って早々、兄からメールが届いていることに気がついた。

『改めてヤチヨカップおめでとう。それで、賭けの内容として何を要求するんだ? 大抵のことならお兄ちゃん叶えてあげられると思うが』

 その気安い文面に苦笑を溢しつつ、背後で結果発表の興奮そのままに配信を行っているかぐやをみる。

 うん、これもいい機会なのだろう。

 ここまで来て仕舞えば、流石にわたしも認めざるを得ない。

 かぐやは確かに本物だ。

 その才を大粒の宝石だとすれば、iroのそれは小粒と言ってもいいほどちっぽけだ。

 だが、『かぐやという才能』を磨くために十分な研磨剤くらいにはなり得る程度の才覚はある、と。

 そして、原石を磨き上げたならば、それ相応の台座、装飾が必要だ。

 そう考えると、このアパートは『かぐや』という至極の宝石には力不足だ。

 物も増えてきたし、いい機会なのだろう。

 幸い、かぐやのおかげかわたしのチャンネルもこの一月でだいぶ収益が上がっている。設定を変えたこともあるが、今のわたしのネット口座にはかぐやほどではないにせよ、見たことのない数字が並んでいる。

「ーーうん、概算でもなんとかなるかな」

 わたし1人ならいいが、宝石はそれ相応の宝石箱が必要だ。

 ベランダに出ると、わたしはさっそく数年ぶりに電話をかけた。

 

「ーー。そんで、保証人になってほしい、と」

 事情を説明すると、兄は少々呆気に取られていた様子だった。流石に予想外だったのだろうか。

 とはいえ、賭けは向こうから言い出してきたことだ。

「流石にわたしたち2人とも未成年だし、それにかぐやの知名度凄いでしょ? いつまでもここで暮らすっていうのも不安だし」

「知名度に関しては彩葉も相当だと思うけどなぁ」

「そんなふうに言わないでよ。かぐやがすごいんでしょ。わたしは所詮オマケだって」

「ほぉ〜。彩葉、お前お兄ちゃんがそんな『オマケ』に作曲依頼をするようなライバーかと思ってたんか」

「あれは逆になんか身内贔屓されてるような感じがして嫌だったし」

「……。はぁ、ま、いいわ。それにしても、本当にそれでいいんか」

「? どういう意味?」

 なぜか電話の向こうで呆れられたような気がした。だが、それ以上に兄の話が気になる。

 大抵、こんな時兄はぶっ飛んだ話を放り込んでくる。そう警戒するわたしの耳に、爆弾発言が響いてきた。

「いや、一棟丸々買わんで良いのかって思って」

「わたしとかぐやをなんだと思ってるのよ!」

 言い出したからには、この兄にはできるだけの資産があるのだろう。例えそれが冗談でも、やりかねない雰囲気がある。

 とはいえ、わたしみたいな貧乏人がそんなものを持っていてもしょうがない。素直に部屋を借りる際の保証人になってもらう旨を了承してもらった。

 翌日、善は急げということで兄に立川まで出向いてもらい、さっそく件の不動産屋に行く。向こうも高校生2人が住むと聞いて流石にびっくりした様子だったが、保証人となる兄の年収を見て、納得した様子で手続きを進めていた。おそらくだが、大層シスコンに思われたことだろう。その点に関しては申し訳なかった。

 幸い、まだかぐやが希望していた部屋は借り手がついておらず、すんなりと入居が決まった。とは言え、すぐに入れるわけでもない。お盆の時期とも重なり、引き渡しは伸びるかとも思っていた。だが、方々に手を尽くしていただき、幸いすんなりと引き渡し日時も決まった。

「そんじゃ、また顔見にくるわ」

「うん。今日は、ありがとう」

 兄を見送り、まだ鍵は手元にないものの、わたしは権利書を手にアパートに帰る。

 帰ると、かぐやはセトリとして送られてきた楽譜を見ながら、鼻歌で音程を取っていた。それだけで、ヤチヨが何を指定してきたのかわかる。

 耳に馴染むまで聴き込んだのだ。多少の慣らしは必要だろうが、今すぐ弾けと言われても、ヤチヨの曲ならば失敗しない自信はあった。

「ただいま、かぐや」

「あ、おかえり〜。どこ行ってたの?」

「ん? まあ、いろいろとね」

 そう言いながら、カバンから権利書を取り出す。

「さて……。かぐや、こっち来て」

「ん? どったの」

 わたしの言葉に疑問符を浮かべながらかぐやが近づいてくる。全く、そんなあどけない姿で不用意に近づくんじゃない。それだけで心臓が不整脈を起こしてしまう。

 瞬間的に高まった胸の高まりを抑え、わたしは権利書を見せる。

「なにこれ」

「引っ越しが決まりました」

「ふ〜ん。…………え゛、彩葉どっか行っちゃうの!?」

「いや、もちろんかぐやも一緒だけど」

 そんなにわたしはかぐやを見捨てるような人間だと思われていたのだろうか。逆はあり得るかもしれないが、その評価は甚だ不本意だ。

「だ、だよね……。で、ここって、どこ?」

「かぐやが住みたがってたタワマン。の、住みたがってた最上階の部屋」

「へぇーー…………。え、マジ?」

「マジ」

「ウッソ!? え!? いいの!? やったー!!」

 正座してたはずのに、その場に飛び上がるかぐや。そのまま部屋を跳ね回って喜びを表現する。その喜びようたるや、ドッキリ企画でもこうは行かないだろう。

「え!? なんで!? どういった風の吹き回し!?」

「あ〜〜。ほら、賭け、やったでしょ。黒鬼と」

「あ〜〜、そう言えば、そうだったね」

「それの対価。先に決めちゃって、ごめん」

 わたしが謝るも、かぐやの耳に入っているところか疑わしい。

「いや、それは良いけどさ!? え、でもなんで急に!?」

「だって、かぐやガンガン物増やすじゃん。それに、顔バレもしてるし近所の公園とかで動画撮影してた時もあるし……。エゴサしただけで、大まかに住所特定されてるよ」

「……マジで?」

 その言葉に、わたしは重々しく頷く。

 幸いと言うべきか、少し踏み込んで調べてみたが、その範囲では立川周辺というあたりでしか特定されず、それ以上に突っ込んだ考察は『なぜか綺麗に存在しない』ものの、自衛のためには仕方ないだろう。

 かぐやになにかあったら、と考えると、それだけで血の気が引く。

 あとは、まぁ、かぐやが喜ぶだろうなぁ……、と言う理由はあるものの、それは秘密だ。

 もちろん、目の前のわがままお姫様はわたしの想像以上に喜んでいた。その様子を微笑ましく眺めながら、わたしは引っ越し業者を検索する。

 どうせかぐやはものをあまり減らさないだろうし、しっかりした大手で見積もりを組まねば。

 そこから引越しまでの日々は慌ただしく過ぎ去った。

 近所のスーパーから段ボールをもらってきたり、コラボや案件依頼を受けたり、荷造りしたり作曲したり……。

 そんなドタバタとした引っ越しを終えて、やっと新居で一息ついた時には、正直少しホッとした。

「なんだか最強になった気分……」

 かぐやの呟いた言葉に内心同意する。

 でも、わたしとしては正直全然落ち着かないけど……。

 もちろん、引っ越し自体は後悔していないが。ソファでくつろぐかぐやを眺めながら、わたしはかぐやに気づかれないように微笑んだ。

 

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