とはいえ、浮かれてばかりもいられない。
わたしには勉強もあればバイトもある。それに加えてヤチヨカップに向けて新曲の作曲作業まであるのだ。
今までは自分が納得するように作っていればよかった。かぐやの曲を作るにしても、新人ライバーということで多少はお目溢しされてただろう。
だが、このライブは違う。
新曲のいくつかにわたしが関わるーー関わってしまう以上、マイナス評価はヤチヨにも向かってしまう。
わたしが叩かれる分にはまだ良い。だが、わたしのせいでヤチヨまで非難されるような事があれば、とても生きていけないだろう。
それに時間的な制約もある。
夏休みが終われば、今のような調子でかぐやを手伝うことなんて出来なくなる。
わたしはあくまでも女子高生であり、罷り間違ってもプロのライバーやプロゲーマー、ミュージシャンでも無い。今でさえ、一日中練習に費やしているかぐやと比べると、進捗が芳しく無いのだ。
それ故に、不眠症が復活してしまったのも仕方のない話ではあるのだろう。
夜、布団に入ると決まって同じ夢を見る。コラボライブで失敗する夢だ。演奏をミスる。パフォーマンスに失敗する。そうして呆然と佇んでしまうわたしのせいで……。
そんな想像が鮮明に浮かぶたび、布団から跳ね起きてしまう。そうして疲れが取れずにいると、日中ぼんやりとしてしまう。
眠れないのに、意識がはっきりしない。それが以前のわたしと違うところだった。
「彩葉、大丈夫? ちゃんと眠れてる?」
「へぁ!? あ、大丈夫、です」
嘘だ。大丈夫なら、ヤチヨとの打ち合わせなんて人生に一度あるかどうかもわからない貴重な瞬間に、意識が飛びかけるなんてことはない。
今日は基本的な流れの確認と、曲やパフォーマンスの打ち合わせを行うはずだった。
事実、かぐやはノリノリで踊り、歌っている。まだところどころ間違えているが、許容の範囲内だろう。失敗に怯えて縮こまるわたしとは、大違いだった。
そんなわたしの心境を察することなく、ヤチヨがふらりと近づいてくる。
「彩葉、この部分だけど、彩葉にお任せしたいかなぁって」
「どこですか? ーーって、ここは」
「うん。ワイズマのこれ。ワンフレーズだけで良いから」
「え、でも……」
ただでさえ緊張で吐きそうなのだ。そんなわたしが曲の盛り上がり部分のワンフレーズを歌うなんて、とても考えられない。
流石にいくらヤチヨのお願いだとしても、断ってしまおう。
「ヤチヨ、流石にわたしには荷が重いよ……」
「でも、この部分。ヤッチョもかぐやもイメージじゃないと思うんだよねぇ。だいじょーぶ。失敗してもヤッチョがなんとかするから。
……それに、ヤチヨ、彩葉がワンフレーズだけでも歌ってくれると、嬉しいんだけどなぁ……」
そう言いながら、軽い上目遣いでわたしを見てくる。
ああ、なんて美しい御尊顔だろう。そんな顔を曇らせているのは誰だ。わたしだ。
わたしが頷けば万事解決するんだ。だけど、演奏だけで手一杯なのに、さらに盛り上がりのワンフレーズ歌うなんてーー。
「よよよ喜んで、拝命しますうぅぅぅぅぅ」
ーーあれ? わたしは何を口走っているんだろう?
なんでかぐやはわたしをそんな冷ややかな目で見てるんだろう?
「…………チョロ葉」
「まさか、これほど効くとはねぇ」
2人が何か話している。
だが、言わせてもらいたい。
チョロくなっても仕方のないことだ。目の前で、自分だけに、普段は見せない表情を、推しが見せてくれたのだ。言わば、普段は大衆に向けられるファンサを一身に、独占して受け取る事ができたのだ。浮かれるな、という方が無理だろう。
推しに目の前でファンサされて浮かれない人だけわたしに石を投げるが良い。
「ま、緊張がほぐれたならよかったよ〜」
「そういうレベルじゃないと思うけど」
「まあまあ。ところでかぐや、これ見て欲しいんだ」
「なに、コレ? 歌詞?」
「うん。今度のライブに向けて書き下ろした新曲。かぐやをイメージしてみたんだけど、どうかなぁ?」
そう言いながら、ヤチヨが懐から巻物を取り出す。
それは普段のメールと設定上は変わらないもののようで、わたしの目の前にも同じものが広がった。
ーーこれ、は。
「何コレ!? スッゴ! かぐやのことまんまじゃん! 解像度たっか!」
かぐやのいう通りだ。全体的な雰囲気はいつものヤチヨらしく、幽玄の美というべきか、儚さがあるものの、歌詞を紐解いて見ていけば、かぐやのことが歌われている。
だがーー。
「ねぇヤチヨ。これ、2番とかないの?」
わたしはそう疑問の声を上げる。
確かに良い歌詞ではある。だが、この分量では精々1番とラスサビくらいにしかならないだろう。普段のヤチヨなら、もっと歌詞を書き込むはずだ。
「う〜〜ん。考えたんだけどねぇ、なかなか上手く纏まらなくて。それに、彩葉に作ってもらうから、歌詞に時間かけて彩葉の作曲の時間が足りなくなったらいけないなって思って」
「そう……」
確かに、そもそもライブまで時間がない。作曲に費やせる時間が多いことはありがたい。
それに、歌詞がまとまらなかったというのも事実なのだろう。だが、纏まらなかった理由はそれだけではない気がした。
とはいえ、否定できる材料がある訳でもない。
それに時間がないのも事実だ。
かぐやがキーボードをコントローラーに改造してくれたおかげで、ツクヨミの中でも作曲が捗るとはいえ、期日まで時間がない。それに、曲が完成しないことには振り付けも決まらないだろう。早速、インスピレーションに任せて音を奏で始める。
全体的にヤチヨの雰囲気を出すならば、最初はゆったりとした、淑やかな感じがいいだろう。だが、これは間違いなくかぐやの曲でもあるのだ。サビは激しく楽しくした方がいい。
色々考えながら、譜面を作り上げていく。
そうしてリアルとツクヨミで忙しなく過ごしていくうち、気がつけばコラボライブ前日にまでなっていた。
ーーあれ? 時間縮んだ?
訝しみながらカレンダーを見てもスマホを見ても、日付も時間も変わらない。
演奏はできる。だが、いまだに本番のことを考えるだけで指が震える。失敗したらどうしよう。演奏の入りをミスっただけで、ライブとしては失敗だ。
ーー誰か、助けて。
そう思った瞬間、けたたましく寝室の扉が開いた。
「彩葉ー、助けてーー」
声の主はわたしに助けを求めてきた。
「これ何? どうやって開くの?」
「ちょ、何? 勝手に見ないでよ」
ライブ前日に何やってるんだ、かぐやは。
かぐやの持っているのはわたしのノートパソコンだ。どうやってたどり着いたのか、画面に表示されていたのはーー。
「ーーあ」
一瞬、動けなくなる。
それはずっと忘れていたもの。忘れたと、しまい込んでいたもの。でも、ずっとわたしの心の奥にあったもの。わたしの心の1番真ん中、大切な大切な思い出。
「これ……、聞いたの?」
「うん、すっごく素敵だった」
「そっか……」
「なんか、途中までなんだ〜。続き、ないの?」
「ない。……もう、作れないんだ」
お父さんと幼いわたしが一緒に作り上げた曲。音階は忘れてしまったが、ただ楽しい思い出だけは覚えている。
無邪気に音/彩を埋めていくわたし。そんなわたしを微笑みながら見守り、一緒になって譜面を埋めていく父。
あの時の気持ちは今でもはっきりと思い出せる。
わたしはあの時、自由だった。わたしの指は、恐れを知らなかった。お父さんが受け止めてくれたから。お父さんが受け止めてくれると、信じていたから。お父さんがいた頃は、みんな笑っていた。みんなが信じていた。
それは決して家族だけではなかったのだろう。父はそういう人だった。ならば、そんな父の気持ちを受け止めてくれる人は、一体誰だったのだろうーー。
「聞いてみる?」
「いや、いい。ライブ前日だし。もう寝よ?」
「それもそだね〜。それにしてもヤチヨ、ライブの歌クソむずいんだが」
わたしがノートパソコンを閉じると、あっさりとかぐやは諦めた。気にしてたんじゃないんかい。そう言いながらも、わたしは頭の中がどこかチリチリする感覚が止まらなかった。
何かが引っ掛かる。
だが、その正体に気がつく前に、かぐやとの雑談に押し流されてしまった。
「ヤチヨのやつ、AIだし彩葉とコラボできるからってさー」
「ちょっと待って。どういうこと?」
「え? ヤチヨ、だいぶ前から彩葉に注目してたっぽいよ? BGMも汎用性高いし、内心お気に入りの作曲者だったんだって〜」
初めて明かされる事実に顔が赤くなる。
そっか。ヤチヨ、わたしの曲好きなんだ……。
頬が緩むのを抑えられない。それに気づいたかぐやがむくれた様子で布団の中に潜り込んでくる。
「かぐや?」
「彩葉は、わたしのだもん……」
そう言いながら、すぐに寝息を立てる。
全く、これでは寝室を分けた意味がないじゃないか。
そう思いながらかぐやを撫でる。
「全く、わがまま欲深お姫様は……」
子供のように無邪気に振り回し、独占欲を発揮する。なのに何故かそれが心地よい。全く、不思議な宇宙人だ。
そう思いながらかぐやのホカホカと暖かい体を抱きしめるうち、いつのまにかわたしの意識も深い眠りに落ちていた。