作曲家iro   作:冬良

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ライブ当日

 ライブ当日、ぐっすり眠れたおかげもあり、ベストコンディションで迎えることができた。アルバイトは休ませてもらい、一日予定を空けている。練習は十分に重ねてきた。新曲もヤチヨの持ち歌も、かぐやの曲も、全部頭の中に譜面が入っている。進行もバッチリだ。機材の準備も問題ない。不安は全て潰した。

「ヤバイヤバイヤバイ……。めちゃ怖い」

 とは言え、その程度でわたしの不安が潰える訳ではない。緊張で胃からはキリキリとした感覚があるし、心臓は今にも肋骨を突き破りそうだ。かぐやお手製の昼食も半分程度しか喉を通らなかった。

 かぐやは気にせずバクバク食べていたが。

「だらららら、カニ! だらららら、うさぎ!」

 そんなお姫様はいま、目の前で謎のモノマネルーレットをやっている。

 今のわたしにどんな反応を期待しているのだろう。とは言え、何も反応を返さなければ、ずっと続けそうだ。

「はいはい、可愛い可愛い」

 仕方ないので適当にあしらう。そんな時だった。

「だらららら、どじょう!」

「うわっ、びっくりした」

「あ、ヤチヨ。おつー」

「おつ〜〜〜〜〜⭐︎」

 突然控室にヤチヨが登場する。

 さすがはヤチヨだ。かぐやの慇懃な態度を気にしている様子もなければ、本番前だというのに微塵も動揺している様子がない。

「ねぇーねぇー、いろはー。練習しすぎてお腹空いた。終わったらふかふかパンケーキ食べよ?」

「いやアンタ……。よく終わった後のこと考えられるね。わたしなんて緊張で今にも吐きそうなのに」

 気楽そうに言ってくるかぐやにそう言うそんなことをしていると、ヤチヨも話に入ってきた。

「パンケーキいいなぁ〜。ヤチヨも食べたいなぁ」

「なら、一緒に食べる?」

「ヨヨヨ……。ヤチヨは電子の歌姫なので食べられないのです〜」

「ゔぇ〜。なにそれ、拷問じゃん! かぐやなら絶対無理! なんとかしてあげられないかな?」

「泣けること言ってくれるねぇ、お嬢さん。でも大丈夫なのです。ヤチヨにはみんなのキラキラがあるから」

 キラキラ? ふじゅ〜システムの感情のことだろうか?

「ううん、ツクヨミに集まってくれたみんなのキラキラ。それを見るのがヤチヨの何よりの幸せなのです」

「そうなんだ。じゃ、これあげる」

 そう言ってかぐやがブレスレットを外す。そういえば、生まれた時からずっとつけてるし、この仮想空間にも持ち込めている。よく考えればなかなかに謎だ。

「こらこら。こう言うものはもっと大切な人に渡すものだよ⭐︎」

「ふーん……?」

 よくわからなさそうな顔でかぐやが頷く。その時だった。

 アナウンスが鳴る。

 いよいよ出陣だ。ヤチヨの顔もおどけた表情から電子の歌姫のそれへと変わる。かぐやも雰囲気が変わった。ワクワクしている。緊張もあるだろう。だが、それを微塵も感じさせないものだ。

 そんな2人を見ていたら、わたしも少しは落ち着いた。

 昇降機に乗ると、音もなく上へ登っていく。かぐやは初めて乗ったかのようにはしゃいでいる。そんな様子を、再び緊張で痛み出した心臓を抑えながら見ている時だった。

ヤチヨはそんなわたしの傍にくると、半ば独り言のように呟いた。

「いやー、毎度ヒリヒリなんだよねぇ。この雰囲気」

「ヤチヨでもそうなの?」

 意外な告白に目を丸くする。だが、ヤチヨはその言葉に頷くように話を続けた。

「当っ然っ。みんな楽しんでくれるかなぁ〜、って毎度ガクブルだよ〜」

 ヤチヨでもそうなんだ。そう聞くと、気分が少しだけ楽になった。だからこそだろう。ふと、気になっていた疑問が口をついた。

「ねえ、ヤチヨ」

「なんだいなんだい?」

「もう、『remember』は歌わないの?」

 海の底で溺れかけていたわたしに、救いの空気を届けたヤチヨのデビュー曲。あれがあったからこそ、わたしは生きてこれた。作曲にも再び手を出してみる気になった。今日のライブでさえ、辞退する気が起きなかったのはあの時のわたしの様な存在に、あの時のヤチヨの様な存在になりたいと思ったからだ。……そこまで言い切ると、烏滸がましいだろうか。

 だが、ヤチヨはこの曲を長らく歌っていない。もちろん、今回のライブーーヤチヨの初期の曲から最近のものまで幅広く揃えられているーーのセトリにも入っていない。もちろん、全体通して2時間半程度予定されているとはいえ、ヤチヨもかぐやーー『かぐやいろP』も10曲ずつライブのために選曲したり書き下ろしたりした構成だ。それほど数を入れられない理由もある。

 とはいえ、気になるものではあった。

 そんなわたしの問いに、ヤチヨはどこか寂しそうな、それでいてやり切った様な表情で答えた。

「あれはもう届いたから、お役目かんりょ〜〜、なのです」

「それってどういう……」

「ほら、もう時間だよ」

 その言葉と共に、昇降機が昇り切る。

 その瞬間、圧倒的な圧力に押しつぶされそうになる。

 詰めかけたファンたちの声援、期待、歓声と熱狂。荒れ狂う興奮は、まるで実態を伴っているかのようにわたしへーーわたしたちへ四方八方から襲いかかり、全身の皮膚を叩き身体を震わせてくる。電撃の様な鳥肌が全身を駆け抜ける。

 無数の星々が客席を埋め尽くし、わたしたちを照らしあげる。

 眩しく熱く、激しく輝く力に満ちた、幾数の星。

 わたしも昨日まではあちら側だった。サイリウムを握り、ステージを見上げる一つの星だった。だからこそ知らなかった。

 ステージからも同じように、客席を見上げていたことを。

 

 やおよろ〜〜⭐︎

 みんな、生きるのはどうですか?

 良いことあった? 

 それとも泣いちゃいそう?

 よしよし、全部大丈夫

 どんなに孤独な道のりでも

 楽しかったなぁーって記憶が足元を照らすよ

 この時間も忘れられない思い出にしたいから……

 どうか、一緒に踊ってくれる?

 

* * * * * *

 

「ヤチヨー!!」

「ヤチヨさいこーー!!」

「かぐや、愛してるぞー!!」

「結婚してくれー!」

「いろPー! 新曲ありがとー!」

「iroー! 作曲お願いしまーす!」

 歓声は止まることを知らない。余韻というにはあまりにも激しすぎるそれが、まだ会場に渦巻いている。それは客席だけではない。

 指が震える。興奮で身体が止まらない。

 だが、確かにやり切ったという感覚が、ある。

 驚くほど一瞬で、驚くほど熱くて、驚くほど消耗して。

「……いろは」

「……かぐや」

「ーーめーーーっちゃ楽しかった!」

 そんな2時間だった。

 かぐやは興奮で潤んだ目で客席を見渡し、そしてわたしをみつめる。

「いろは、すき」

「わたし?」

 突然何を言い出すんだ。

「あー、もー。彩葉と結婚しようかな〜」

「なんで? ……まぁ、生活費、折半してくれるなら良いけど」

「え? 本当?」

 まぁ、お迎えが来るまでの間だけど。

 わたしの照れ隠しの一言は、興奮冷めやらぬファンの声援でかき消されてしまった。会場の熱は冷めることを知らない火山のようで、興奮が絶叫をうみ、絶叫が興奮を煽る。そんなループに陥っていた。

 そんな時だった。

(……?)

 音が、ズレた。

 正確には違うのかもしれない。ただ、そうとしか言いようのない、何か異質な感覚がした。

「? いろは、どうしたの?」

 突如、戦闘用の音を奏で始めたためだろう。かぐやは不思議そうな顔でわたしをみる。

 一方の観客席は、アンコールか何かかと更なる興奮に包まれる。

 だが、かぐやの問いに答える余裕はない。

 ただ、嫌な予感がする。それだけでこれは過剰な反応なのかもしれない。だが、わたしはチリチリと感じるそれを、気のせいにはできなかった。

「ん? なんだろ」

 何かに気がついたように、かぐやが客席を覗き込む。

 その直後、わたしの隣を何かが通り過ぎようとした。

「させない!」

 咄嗟に普段使いの双剣を取り出すと、ステージに入り込んだ不審者を吹き飛ばす。

「なに、あれ……」

 灯籠の頭をもつ、真っ白な人形がそこにはいた。何かのイベントだろうか。そう思ったが、直後にその考えを祓う。

 ヤチヨはイベント好きだが、こんな私たちにすら不意打ちを決めるようなことはしない。それに、コラボライブを潰すような可能性を背負ってまでやるはずがない。

 なにより、ステージを取り囲むように立つその存在は、同じプログラム上で動いているようには見えなかった。

「かぐや!」

 安全を確認するため、振り返った時だった。

 白い存在に腕を掴まれ、崩れ落ちるかぐやが目に入った。

「ーーっ! かぐやから、離れろ!」

 咄嗟にソレに切り掛かる。

 さしたる抵抗もなく、腕が切断される。だが、ツクヨミ内なら花びらとなって消えるはずのそれは、青い血のようなものを撒き散らしながらステージを転がる。

 なんなんだ、こいつらは。

 先ほどまでは疑念だったが、これで明らかになった。こいつらは、ツクヨミ内の存在じゃ、ない。

「しっかりして、かぐや!」

 出来ればログアウトして逃げたい。だが、なぜかかぐやは放心したままだ。放ってわたしだけ逃げることはできない。

 かぐやを抱き寄せると、わたしはかぐやを守るように立つ。

 感情は煮えたぎっているはずなのに、内心は驚くほど静かだ。だが、ソレに反比例するようにわたしの手元から奏でられる音楽はbpmを上げていく。

 だが、まだだ。この間合いではダメだ。もっと近づいてこい。かぐやに手を出そうとした報いをその身に受けさせてやる。地獄を見ても後悔するなよ。

 上がっていくBPMをなんとかなけなしの理性で抑える。

 その気迫に押されたのか、灯籠頭どもはなかなか近づいてこない。だが、正面の奴がわたしの気を引こうとし、同時に背後から3体時間差をつけて襲いかかってきた時だった。

「おイタは、だめだよ〜」

 そんなヤチヨの声と共に、吹き飛んだ。

 ヤチヨが海色のネイルに飾られた指を、指揮棒のように振るうたびに異形が吹き飛ばされていく。ソレを見て、残った人型も数歩下がり、距離を取る。

「モウシワケゴザイマセン」

 カタコトの言葉が、ソレから紡がれる。そして、次々と消滅していく。ソレはさながらログアウトのようで、でも普段のツクヨミでみるものとは違う消え方だ。

 最後に残った一体は、こちらに恭しく一礼すると、消えていったように見えたのは、わたしの気のせいだろうか。

 なんだったんだ、こいつらは。

「ヤチヨ……」

「彩葉、今は抑えて」

 耳打ちされる。確かに、わたしの手元では今だにスタンバイ状態の音楽が掻き鳴らされている。それは何も知らなければ戦闘用BGM、もしくは決戦直前のBGMのようにも聞こえることだろう。その音楽を、少しずつ止めていく。

 その音楽の収まりに合わせるように、ヤチヨは客席に振り向くと声を張り上げる。

「今のは一体!? 何が起きてしまうんだ? 続報を待て!」

 その声に、ざわめいていた観客席も徐々に落ち着きを取り戻していく。

 演出として早々に方をつける気なのだろう。

 そのまま幕を下ろし、接続を切る。これでステージと客席は隔離された。ここにいるのはわたし達だけだ。

「ヤチヨ、今のって……」

「う〜ん、バグじゃなさそうだし、やんちゃっ子の悪戯かにゃ〜〜。調べとくよ⭐︎」

 数秒考える仕草をしたのち、ヤチヨは答えた。キュートな角度に首を傾けて、今しがた侵入者を吹き飛ばした指を顎に添えて。

 嘘をついている。直感的に確信する。

 なぜか、誤魔化そうとする時のかぐやと、今のヤチヨが重なる。とはいえ、証拠もない。

 何より、今なお放心しているかぐやのことが気になった。

 まるで、ここではなく別世界を見ているかのような、その感情の抜け落ちた表情が。

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