作曲家iro   作:冬良

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卒業ライブ当日

 2030年9月12日。

 その日は普段と何も変わることなく始まった。

 日付を超えた瞬間に来たらどうしよう。そう不安になり、わざわざかぐやの配信グッズから拝借したプラスチックバット2本は、朝を迎えると同時にガラクタの山に再び眠ることになった。

「彩葉、おっはよ〜〜」

 かぐやは憎らしいほどいつものように起きてきた。

「はい! お昼! ここ10年で最高の出来栄え!」

 いつものようにわたしと一緒に昼食を準備した。

 そして今では鼻歌混じりでライブの準備をしている。これが最後のつもりなのだとしたら、随分あっさりしているが、これもかぐやが考えたことならばわたしからは何もいえない。だから、わたしも落ち着いて普段通りにセッティングを進めていた。

「……え?」

 気がつくと、かぐやが居ない。まさか、という悪寒が全身を貫く。

「かぐや!」

「ん? なに?」

 わたしの慌てた声を聞いたのだろう。ひょっこりと机の下から顔を出した。それだけで、わたしはその場にへたり込みそうだった。

「何してんの? そんなところで」

「あ〜、これ落ちちゃったから拾ってた」

 そう言って手のひらに載せていたのは、いつもかぐやがつけているブレスレット。それをクルクルと指でいじり始めていたが、何を思ったのか突然やめた。そして、そのままわたしへ差し出してきた。

「彩葉。これあげる」

「え? これって……」

「ヤチヨが言ってたんだ。『こういうのは大切な人に渡しなさい』って」

 だから、あげる。

 そう言って差し出してくる。それに対し、わたしはどうしてもまごついてしまう。だが、かぐやはそんなわたしにさらに近づくと、いつもの調子で口にした。

「それに、彩葉からは名前もらったし! だから、そのお返し!」

 笑顔で、かぐやはそう言う。雲のない夜空のような、誰の足跡もない新雪の雪原のような澄んだ笑顔。いつもの笑顔ではなく、今まで見たことのない神々しさすら感じられる笑顔。

 わたしは全く見えていなかった。

 そこに秘められるは、決意と覚悟。まったく、いつも通りなんかじゃ、なかった。

「かぐや……」

「行こっか、彩葉」

 そのまま二人で手を繋いで、ツクヨミへ潜る。

 

 ライブ会場の控え室。わたしは一人でその時を待つ。

 かぐやは先ほどヤチヨに連れられてステージに向かった。今頃、『KASSEN』フィールド内に作られた特設ステージに目を輝かせていることだろう。

 わたしがヤチヨにお願いして作ってもらった特設ステージだ。やはり、戦いはこの場でないと。

「ただいまー⭐︎」

 控え室にヤチヨが出現する。それにも慣れたもので、わたしは驚くことなく話しかける。

「おかえり。かぐやは、どうだった?」

「喜んでたよ〜⭐︎ 燃えるーってさ!」

「そっか。ありがとう、ヤチヨ」

「どう致しましての板挟み〜⭐︎」

 とびきりのウインクを決めて、ヤチヨは宙に星を飛ばす。わたしはそんなヤチヨを見ながら、何を言うべきか言葉に迷っていた。

「もし、わたしがヤチヨだったら、かぐやは帰りたくないって言ったのかな」

 そんな迷いの中からこぼれ落ちた言葉は、わたしにとっても意外なものだった。

 だが、その問いはヤチヨにとってもかなり意外なものだったようで驚きに目を丸くしていた。

「ごめん。変なこと言って。忘れて」

「ううん、そんなことないよ。ただ、びっくりしただけ。……両思いだったんだね」

 ヤチヨの言葉に内心首を傾げる。確かにわたしがかぐやに見蕩れていたのは事実だが、かぐやがわたしにそのような感情を向けるはずがない。

 そりゃ、確かに拾ってやった恩義とかは感じているかもしれないが、それはあくまで感謝の念であって、友愛やそれ以上に発展するようなものでもないだろう。

 普段のわたしなら、そう切り捨てていたはずだ。

 だが、いまのヤチヨの言葉には一概に否定できない何かがあった。やはり、ヤチヨは何かを知っているのだろう。

 それがわたしに隠しておくべきものなのか、知る必要のないものなのかは定かではないが。

 そのかわり、一つ、聞いておきたい疑問が浮かんだ。

 本来ならば、本番前にこんあことを聞くべきではないのだろう。だが、今を逃したらその機会はない。そんな予感がなぜかした。

「ヤチヨ。rememberって」

 もしかして、ヤチヨだけの作曲じゃないんじゃないの?

 明らかにライン超えではある。それも、この言葉を吐くのが、よりによって推しに向かってだ。

 だが、その言葉は紡がれることはなかった。

『各所、準備OKです』

 以前のライブのように、わたしたちの目の前にそのパネルがシャラン、と言う効果音と共に現れる。

 それに阻害され、わたしの言葉はそれ以上紡がれることはなかった。

「なにか聞きたかったみたいだけど、どうしたの?」

「……ううん。なんでもない」

「……そっか。じゃあ、始めようか。……ごめんね? ヤチヨはここから先には行けないことになってるんだ」

「……そういう、運命だから?」

 常々ヤチヨが口にする言葉が紡がれる。

 今までは、運命論者のような、スピリチュアルな言葉としか思わなかった。だが、もしかしたら、ヤチヨは……。

 いや、よそう。そんな話、あり得るはずがないのだ。それに、中の人がいないのに生身の人間のような受け答えが瞬時にできるAIならば、それに費やされる技術はわたしの想像の埒外のものだろう。スパコンレベルの演算装置を組み込んでいたとしてもおかしくない。そして、いまシミュレーションできる未来を、あえて口に出さないようにしているだけと言う可能性もある。

 そんなわたしにヤチヨは頷く代わりに苦笑いをしながら応えた。

「彩葉なら……大丈夫!」

 なんの根拠もない言葉と共にガッツポーズをする。

 無責任だけどあくまで前向き。かぐやが好きそうなノリだ。そう思いながら、わたしはヤチヨが準備してくれた転移装置の中に入る。

 いざ、出陣だ。

 転移する直前に見えたヤチヨの顔は、微笑んでいた。どこかでみたような笑顔。決意と覚悟を秘めた顔。

 なぜか、遠ざかる景色の中でヤチヨとかぐやの顔が重なって見えた。

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