「なに、これ」
バイトから帰ってきて早々、目の前に見せつけられた動画に対してそんな声を漏らす。
PCの画面の中では、下手くそな絵が不気味な不協和音と共にカクカクと動いていた。
『かぐやっほー! 月からやってきた、かぐやだよー。今日はやること思いつかないからこれで終わり!じゃあねーー。
…………………ん? これで切れてるのかな?』
あまつさえ、最後はインカメに切り替わり、部屋とかぐやを映して。
「本気でライバーになるつもり?」
「もっちろん! ヤチヨカップで優勝するにはライバーになるしかないもんね」
わたしの質問に自信満々にそう答える。
だが、動画の質はお世辞にも良くない。
せめてツクヨミのアバターを使うとか、BGMにしてもネットでフリー音源拾ってくるなり考えなかったのだろうか。おそらくは全て自作なのだろう。今日日こんな不気味な音楽、ネットにも転がってないぞ。
「そもそも、この不気味な音楽、何?」
「なにって、ジングルだけど」
「それにしても、なんでこんな不気味なのよ……」
印象には残るため、ジングルとしての役割は果たしているといえよう。だが、それにしたって限度があるはずだ。
こんな不気味なジングルでは、キャッチーさではなく怪談チャンネルか何かだと思われるだろう。
それにしても、どうやって自作したのだろうか。
そう思いながらふと床に目をやる。
「もしかして、わたしのキーボード使った?」
普段きちんと手入れしてしまってあったはずのそれは、なぜか今ガラクタの上に乗っかるようにしてその姿を見せている。流石に大切にしているものを雑に扱われるとイラッとする。
それに床にこずんたくられているガラクタも、おそらくはわたしの財布の中身から出たものだろう。今のかぐやには自由にできるお金などあろうはずが無いのだから。
いっぺん月までぶっ飛ばした方がいいのでは無いだろうか。
昨日は沸いてこなかったはずの怒りが沸々と湧き上がってくる。
だが、目の前の宇宙人はそんなわたしの怒りに気がつく事なくクルクルと回りながら話を続けていた。
「お、その感じ。彩葉やっぱり弾けるね? 全然うまくいかなくてさぁ。いっちょお願いしますよ、先生!」
わたしの反応から弾けると確信したのだろう。ガラクタの山の上からひょいと取り上げると、電源を入れた。
「なんでそんなこと……。ネットでも見れば弾き方教えてるチャンネルいくらでもあるでしょう」
「おねが〜〜〜〜い⭐︎」
慣れたものでウインクと共にお願いしてくるかぐや。お願いのバリエーションだけ増えて、その全てが可愛くあざといのは、もはや月の人間がそのような生態をしているのでは無いかと疑いたくなるほどだ。
無視するよりも、大人しく付き合った方が早く自分の勉強に取り掛かれるだろう。ため息をつきながらわたしは鍵盤へ手を伸ばした。
「いい? まずコードって言うのがあって……」
そう言いながら、鍵盤に指を置いた時だった。
(あ……)
今までかけていた何かが、かちりとハマる感覚がした。それは、わたしがいつしか封じ込めていた記憶。そして、鍵盤に指を走らせるときに感じていた懐かしさの正体。
『彩葉。音楽は自由に楽しむもんやで』
お父さんの言葉。幼い頃のわたしは笑っている。そんなわたしを見ながら隣でお父さんも笑っている。同じ部屋にいるお母さんもお兄ちゃんも笑っている。部屋の中はどちらかといえばピアノの音よりもわたしのはしゃぐ声の方が大きいくらいだったが、誰も気にしていない。
いつからだろう。そんな光景が家の中から消えてしまったのは。母が笑わなくなり、兄がサッカーを辞めて家の中に居るようになったのは。
きっとお父さんの葬式からだ。あの時から、母は感情をあまり外に出さなくなった。葬式でも火葬場でも顔色ひとつ変えない母。泣きじゃくるわたし。
ふと気を取り直すと、かぐやが期待に満ちた目でこちらを見ている。その期待に後押しされるように、ゆっくりと鍵盤の上を指が走る。
部屋の中に音楽が溢れた。
今即興で組んでいる音楽。それは目の前のかぐやをそのまま曲にしているようで、普段のわたしの曲とは想像もつかないほど華やぐものだった。
一音、一音。苦悩するでもなく、ただひたすらに、衝動のままに。あの日、笑い合って音楽を奏で、作っていた時のように。
「彩葉すごいすごい! 何、この曲!」
その言葉に答える余裕はない。今は、ひたすら自由にこの曲を奏でていたかった。
幼い頃に考えていた曲の一つ。それを目の前の少女に合わせる形に即興でアレンジし、新たな旋律を作り上げる。
「hmーー、laーー誰も止められやしない。歌わずには居られない!」
かぐやが即興で歌詞を作る。なんて綺麗な声だろうか。春風のように暖かく、爽やかに伸びる声。それに合わせるように、わたしとかぐやのセッションは続いた。
かぐやが歌うことでさらにかぐやへの印象が深まる。次の一音は半音高く、紡ぐ旋律は軽やかに、けれども確かな重みを含めて。
今のわたしには、万の言葉を紡ぐよりも共に奏でる方が何倍も濃厚な語らいとなっていた。
「イエイ!」
気がつくと、一曲丸々弾ききっていた。
鳥肌が全身を駆け抜ける。指は今だに震えている。こんなに気持ちよく弾いたのは何年振りのことだろう。今だに興奮で胸が震えている。
その思いはかぐやも同じだったようで、興奮に目を輝かせている。
「やっば、これ彩葉が作ったの!? 凄すぎ!」
手を叩き、ぴょんぴょん飛び跳ねている。そのままくるりと回ると、勢いよく提案してきた。
「彩葉! プロデューサーになって!」
そう、とんでもない提案を。
「は? プロデューサー? なんで?」
「だってだって! ヤチヨカップ暫定一位はあの黒鬼なんだよ、ズルくない? かぐや1人で頑張って8000位なのに」
素早く開かれたノートパソコンには今の暫定順位が載っている。確かにトップを爆走しているのはブラックオニキスだ。新規登録者で競うというルールの都合上、不利なはずなのに大したものではある。
一方、昨日のライブで高らかに優勝宣言をかましたかぐやはというと、今の順位は8016位。優勝など夢のまた夢ーーと見ている間にも、順位がわずかに変動する。とはいえ下位層には変わらない。優勝など夢のまた夢だ。
「だからさ! 一緒にやろ? 彩葉の曲をわたしが歌えば万バズ確定じゃん! このアパートから伝説が始まる!」
「ボロアパートいうなし。てか時間がーー」
なくもない、か。そもそも最近はかぐやを抱けば多少は深く眠れるとはいえ、わたしの不眠症は続いている。夜にはいくらでも時間がある。
それに、昔作った曲のアレンジや、ヤチヨに歌ってもらえたら、なんてキショい考えのもと作り出されて日の目を見ていない曲もいくつもある。
それらを手直しすればかぐやの求める曲ぐらいはなんとかなるだろう。
それに、普段曲を作っている時よりも楽しかったしーー。
なんて甘い部分を見せて仕舞えば、目の前の甘え上手な宇宙人が見逃すはずもなかった。
「お願い、彩葉。このまま終わりたくない……。ハッピーエンドにしたい、な……?」
涙を浮かべ、鼻を啜り、両手を握り込んで上目遣い。それはそれは完成度の高い可哀想で憐れな子を演じて、超必殺のおねだりをかましてくる。
それに対して言いたい言葉はいくつも頭の中に思い浮かぶものの、実際にわたしの口から漏れた言葉は「ちょっとだけなら、いいけど」という敗北宣言だった。
こうなったら、かぐやが辞めてくれと言うほど大量に楽曲を提供してやろうではないか。
まずは手始めにヤチヨをイメージして作ったこのフォルダの中からいくつか見繕ってーー。
そう思いながら先ほどまではよく見ていなかったコメント欄が目に入る。
『・iroってかぐやって名前でライバー始めたん?』
ーーなぜ、わたしの名前が?
そう思ってよく見た時、わたしは思わず天を仰いだ。
そうだ、よく考えればこの宇宙人はネットリテラシーどころか一般常識にさえ疎いのだ。先に気がつくべきだった。
「かぐや。正座」
「へ? なんで?」
「いいから。正座」
「……はい」
わたしの圧に気圧されたのか、大人しく正座するかぐや。その前に、わたしは先ほどのかぐやのように画面を突きつける。
「あんた。アカウント間違えたでしょ」
「え?」
きょとんとした顔でかぐやが答える。
だが、今画面に映っているのはかぐやが新しく作ったチャンネルではない。
わたしのーーiroのアカウントだ。
おそらくはサブ垢のような形にしてチャンネルを開設したのだろう。事実、今軽く調べた限りではわたしのアカウントに連動する形で『かぐやチャンネル』という見覚えのないアカウントが存在している。
おそらくはこちらで動画を上げようとしていたのだろう。
だが、基本的にわたしのアカウントがログインしっぱなしだったため、切り替え損ねたのだ。
故に、見せられたあの不気味な動画は、わたしのチャンネルからアップされてしまっていた。
通りで先ほどから動画が一本もないかぐやのチャンネルが動くわけだ。わたしのBGMはそこそこ再生数があるため、完全無名な状態よりは人目につきやすい。
そこから興味を持った人が、わざわざまだ一本も動画を上げていないかぐやのチャンネルをフォローしているのだろう。
とはいえ、これは流石に見逃せるものではなかった。
「さっきのに条件追加。動画あげる時はわたしのチェックを受けてから、アカウントをきちんと確認すること!」
「増えた!」
とはいえ、こちらとしてはアップされた動画をかぐやのアカウントに移さねばならない。その作業を思うと、少しげんなりする。
そんななか、今流れてきたコメントが目に入る。
『・iroジングル作るの下手すぎて草
・ホラー系に鞍替えでもしたかwww』
ーーもしや、あの不協和音までわたしのものだと思われてる?
軽く頰がひくつく。口角はゆっくりと上がり、自然と笑みが浮かぶ。
後ろでかぐやが「ぴいっ」と声を上げたが、どうでもいい。今はかぐやに罰として10曲分の歌詞でも考えてもらおう。適当に見繕ったデータをタブレットに移し、かぐやに渡す。
それよりも今は、こんなふざけたことを抜かした奴に誅罰を加えなければ。わたしの曲調すら感じられない、腐った耳にわたしの曲を刻みつけてやらねばなるまい。
先ほどまで立てていた勉強という予定をぶん投げ、わたしはキーボードに手を伸ばす。
まずは手始めに雅楽風のジングルを作ってやろう。
その次は、この世から冷房が要らなくなるほど背筋が震えるようなホラーBGMだ。不要な冷房をつけることなく夏を過ごせるようにするなんて、わたしはなんてリスナーの財布と地球環境に優しいのだろう。
そう自画自賛しながら、キーボードに指を這わせた。
その日、公開したBGMのコメント欄には、ヤチヨが即座に納涼怪談配信に使ったこともあり、ネット史上過去最大級の悲鳴と絶叫が溢れたという。