メイベルは平たいベッドの上で目を覚ます。
「ふわぁ~あ」
そして大きくあくびをして、上体を起こす。
「二度寝したいけど、今日は我慢!!」
と言ってベッドから飛び降り、服を着替える。
「おはよう、メイベル。今日は早起きだね。悪い夢でも見たのかい?」
廊下を歩くメイベルを見て、男性が驚いたように言った。
「ううん。何となく目が覚めただけ」
2人で並んで廊下を歩く。
「そうか。それはいいことだね。明日からも目が覚めてくれると嬉しいよ」
「それは約束できないかも。それじゃあ、図書館に行ってくるね、パーシバル」
玄関扉の取っ手に手を掛けながら、メイベルが言う。
「勉強熱心でいいことだ。行ってらっしゃい。約束は覚えてるね?」
パーシバルが優しく笑う。
「『朝食は放り出してもいいけど、昼食には必ず戻ること』、でしょ?ちゃんと分かってるから!じゃあね!!」
叫ぶように言って、メイベルは教会を後にする。
整備された道を走ってメイベルが向かう先は街の図書館だ。太陽光が彼女の銀色の髪を照らす。
「今日こそはこの街の事、この世界の事を知るんだから!!」
昨日でメイベルがこの世界に生まれて10年目、
恋田鈴禾はごく普通の少女だった。
何故転生してしまったのか、本人は全く分からなかった。
大学から家に帰って、普通に寝て、目覚めたら知らない世界にいた。
よくある、死んで転生というやつでもないし、過労で転生というやつでもない。
何が引き金となって引き起こされた転生なのか。
兎にも角にも、恋田鈴禾はある日突然、メイベルとして生きることになった。
メイベルの記憶は森の中から始まった。
いつも通り目を覚ますと、そこは白い天井ではなく青空だった。辺りには一面の木。
「ここ、どこ?あれ、まだ夢の中とか?」
ほっぺたをつねってみたが、感覚があった。
それに木々のざわめきも聞こえるし、匂いだってする。
鈴禾はこの展開を知っていた。何度も読んだことがあったし、書いたことだってあった。
「噓でしょ......」
転生。それは生まれ変わることであり、次の世で別の形に生まれ変わることでもある。*1
「それよりここはどこ!?しかも、私、7歳ぐらいになってる?こういうのって新生児に転生するものじゃなくて?」
鈴禾の知る転生はいわゆる生まれ変わりで、今の姿はどう見ても新生児ではない。6歳か7歳ぐらいの背格好になっていた。別にそういう転生もあると思う。
困惑しながら当てもなく森の中をさまよっていたところを教会の人に見つけてもらい、教会で育てられることになった。
教会には幾つかルールがあり、『10歳までは1人で外出してはならない』というものがメイベルにとっては一番厄介なものだった。
どうやってこの世界の事を知ればいいのか。というのが最大の試練で悩みだった。
森に教会の人が来ていたのは森での仕事の為だったそうなので、おそらく教会のある場所とは違う国出身なのだろう、ぐらいしか分からない。
知りたいと思っていることは、教会の人に聞くのも恥ずかしいくらいに初歩的なことなのだ。
皆が知っている前提で話をするが、7歳のところから転生したので、それまでに習得する基礎的なことを全て知らない。
この国について。この街について。この世界について。
何故か名前と生まれた年、誕生日は覚えていたので、いつ10歳になるか分かったのは幸いだった。
実年齢より幼く思われていたら、図書館に行くのが遅くなってしまっていたので危なかった。
メイベルはやっと昨日10歳になり、1人での外出が許可された。
なので早速図書館へ向かっている最中、と言う訳だ。
図書館になら何かしら情報があるだろう。メイベルはそう思った。
この街に図書館があると言うことは知っていたし、着き添われて行ったことはあった。
けれど小説コーナーしか立ち寄った事が無かった。
メイベルが立ち寄りたかったのは歴史書のコーナー。
「この世界はどんなところなんだろう」
期待に胸を膨らませて、図書館へ続く道を歩く。
そして何よりメイベルが知りたいことは、
「この世界に魔法があるか」
だった。
鈴禾は読書が趣味で、色々な本を読んでいたが、中でも好きなジャンルはファンタジー、その中でも魔法が好きだった。現実にも魔法があればいいのにと思いをはせていたものだ。
「せっかく転生したなら、魔法が使いたいもの!」
藤色の瞳が輝く。
今のところ誰も魔法は使っていないが、まだ望みはあるとメイベルは思っている。
「いらっしゃいませ」
図書館に入ると、受付にいた女性が挨拶をした。
「あの、歴史書ってありますか?」
「あら、お嬢さんが読むには少し難しいけど、大丈夫?」
「はい!!」
と首を大きく縦に振ると、受付にいた女性が本棚から本を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ。そこの机と椅子を使っていいからね」
「ありがとうございます!!」
お礼を言って駆け出す。
机の上に分厚い本をのせ、椅子に座る。
メイベルはまず、目次を開いた。
「よし、この国についても書かれてるし、この街についても書かれているみたいね!」
と心の中で言う。
目次に書かれたページを開くと、そこには大きな大陸図が載っていた。
「えーっと、この国は『ヴェスパーティナ』??」
不思議なことに鈴禾はこの世界の言葉が話せるし、この世界の文字を読むことも出来るのだ。
便利で羨ましい。
「なになに……『ヴェスパーティナは大魔法王国』、ですって!?」
つまり、この国には魔法がある。メイベルは叫びながら駆け回りたい気分だった。
勿論図書館なので心の中で叫んで走り回るにとどめたが。
大魔法王国であるヴェスパーティナには、ヴェスパーティナの城下町を除いて、大きく6つの都市がある。
と、本には書かれている。
「この街は『セリニス』って言うみたいね」
更にページをめくっていく。
「セリニスは5年前に出来たばかりの新興都市なのね。つい最近じゃない。で、作ったのは『月の魔女アルフェシア・カレス』」
次のページにはアルフェシアについて詳しく書かれていた。
「『アルフェシアはこの国で100年ぶりとなる全属性の持ち主である。』へえ、魔法に属性があるんだ」
この本からはこれ以上の情報は得られなかった。
「すみません。次は魔法界について説明している本が読みたいので、持ってきて貰えたりしませんか?」
「ええ、いいですよ」
と言って受付の女性が持ってきた本は、さらに分厚い本だった。
もう一度椅子に座り、本を開く。
「まずは属性について調べなきゃ。なになに……『属性は火・水・土・風・月・光の6つ』?まあ、普通な感じかな」
色々な魔法もので見た属性だな、と鈴禾は思った。と言っても風ではなく木であったり、闇属性があったりと様々ではあったが。
「えーっと、『魔法使い及び魔女として認められるのは満13歳になってから』!?じゃあ、後3年待たないと魔法が使えないの??」
今すぐにでも魔法を使う気でいたメイベルは落ち込んだ。
ため息を吐きながら、次のページを開く。
「あら、国立の魔法学校があるの!?」
まるでホグワーツ、とメイベルは思った。
別に他にも本の世界の中には魔法学校はあるのだが、鈴禾の脳内データベースで一番最初に出てきた名前だったのだ。
「『魔法学校に入るためには最低でも2つ以上属性を持っていなければいけない。そして2属性以上というのは平民には難しいことだろう』!?魔女だとしても魔法学校へ行けるとは限らないってこと!?ホグワーツはほとんどの魔法使い達に手紙を出してたのに??」
時に本の知識は頼りにならないのだと、その時メイベルは知った。
「……私って平民よね?」
勿論である。教会で育てられている時点で貴族ではない。
因みに教会の人々は聖職者であり、平民より上、貴族より下の位である。
「こうなったら何が何でも2つ以上の属性持ちになってやるわ!!そうするためにはどうしたらいいのかしら?」
と更にページをめくっていく。
「なるほど。属性は13歳になった時に各都市で行われる、『魔色鑑定』という儀式で分かるのね」
「『属性はほとんどの者が生まれた時から変わらない。変わるとしても魔法学校に入ってからなので、魔色鑑定までに属性を増やすといったことは不可能と言っていいだろう』!?嘘、増やせないの!?どうしよう......」
とメイベルが困っていると、図書館の外で鐘の音が響いた。
「そろそろ教会に帰らないと......。また今度調べに来るしかないか」
と呟き、本を閉じる。
「ありがとうございました!!」
と受付の女性に向かってお礼を言いい、本を返してから、メイベルは図書館を後にした。
「ねえ、パーシバル」
図書館から戻り、昼食をとったメイベルは、パーシバルに声をかけた。
パーシバルはいわゆる育ての親だ。
「どうしたんだい?図書館は楽しめたのか?」
「うん。楽しめたんだけどさ、私、魔法学校に行きたいの」
メイベルに言われ、パーシバルは驚いた。
「魔法学校に行きたいのか。平民生まれは中々、2つ以上の属性を得られないということは知ってるね?」
「知ってるわ。でも私、どうしても行きたいの。どうすればいいと思う?」
「それなら勉強するのが一番いいと思うよ。入学後に授業に置いて行かれないようにするためにね」
「ありがとう、そうするわ!!流石、
瞳を輝かせたメイベルが廊下をスキップしながら去って行く。
「今の校長の名前ってそんなのだったっけ?」
と、遠ざかっていく背中に向けてパーシバルは呟いた。
3年後、メイベルの魔色鑑定の日がやって来た。
「すまないね、メイベル」
と、急用で付いて行くことが出来なくなってしまったパーシバルが言った。
「1人で行けるから大丈夫よ!!」
「僕は君に属性が2つ以上あることを祈ってるよ」
「ありがとね。じゃあ行ってきます!!」
メイベルは転移の魔法具を握りしめた。
会場に着くと、待機しているように、と部屋へ案内された。
「初めて図書館に行った日から3年、私がこの世界に来てから6年。あっという間だったなあ......」
あの日から、メイベルは3年間図書館に通い続けた。
そして今日、メイベルが魔法学校へ通えるのかが決まる。
今日と言う一瞬で決まってしまうのだ。
「順番になりましたので、後ろについてきてください」
女の人が先導する。この神殿の人だろうか。
「こちらの部屋になります。属性が判明しましたら、」
「向かって右側の扉から出る、ですよね!」
予習はばっちりである。
けれど魔色鑑定は飛行訓練と同じで、いくら予習したとしても、本番では意味を成さないものである。
本に書いてあるような、予習通りの展開には決してならないのだ。
よし、と決意を固めて、メイベルは扉を開いた。
部屋の中には本に書かれていた通り、貴族たちがいた。
平民としては付き添う人がおらずに1人で式を受けるのはさほど珍しいことではないので、じろじろと見られることは無かった。
メイベルはアルフェシアの元へ向かって歩く。
「メイベル、この杖を持つように」
「はい」
この都市をつくり、現領主であり、全属性持ちの生ける伝説であるアルフェシア様に名前を呼ばれるなんて光栄だな、と思いながらメイベルは杖を受け取った。
(杖を持ったら属性と対応する色のステンドグラスが光るんだよね?)
と考えながらメイベルが杖を握った時、辺りが白く輝いた。
「え、嘘!?」
思わずメイベルの口から小さく声が出た。さすがのメイベルも、このことは予想していなかった。
辺りが白く輝くのは……
全属性を持つ者だけ。
アルフェシア以来のことだった。
「貴女は全ての属性を持っています。属性が無くならぬ様に、日々魔法を愛するように」
「勿論です」
と答えてアルフェシアに杖を返す。
右側の扉へ向かて歩くメイベルの耳に、貴族たちの驚きの声が聞こえる。
(私だってこんな事予想していなかったし!!)
とメイベルは叫び出したい気分だった。
「お疲れさまでした。もう一度この部屋へ集まるよう指示がありますので、それまではこの部屋でお待ちください」
と扉を出ると近くにいた女性に部屋へ案内された。
部屋に1人になった瞬間、メイベルは心の中で考え始めた。
「えっと、取り敢えずは魔法学校には入れるのよね?よかった、よかった。っと」
魔法学校への入学は決まったので、ひとまず安心だ。
「で、問題は属性数!全属性!?全属性ってこれまで貴族出身者しかいなかったんじゃないっけ?」
その通りである。貴族出身者の中でも全属性はとても珍しいことだ。
「100人に1人いたら多いって書いてあったのに、14年ぶりとかすぐ過ぎだし……ここまでの属性数を望んではいないよ......」
とメイベルが考えていると、コンコン、と部屋の扉がノックされた。
部屋に集まるようにの指示かな?と思い、メイベルは
「どうぞー!!」
と声をあげた。
「失礼するわ」
と言って入って来たのは月の魔女アルフェシアだった。
「アルフェシア様!?え、えっと、私に何か?」
「ほら、全属性仲間として話をしておこうと思って」
確かにそう言えるかも......??とメイベルは首を傾げた。
全属性仲間、とは希少度の高い呼び方だ。
全属性持ちが2人同じタイミングで生きていることなどこれまでなかった。
「アドバイスとして、全属性との繋がりをほぼすべての貴族たちが求めてくるわ。まあ、誘いに乗ったりはしないようにね。それと、卒業するころには国からお誘いがかかるから、断るなら断るでちゃんと理由を考えておいてね」
「アルフェシア様のような?」
「私の行動が“ちゃんとした理由”だと思ったならいいわよ」
流石に誘いを断るために都市をつくるのはちゃんとした理由ではないだろう。
メイベルはそう思ったので何も言わなかった。
「そうそう。さっきの部屋に集まる時間になったから呼びに来たの」
「わざわざありがとうございます」
「私は別の人を呼んでくるから、先に向かっていてね」
と言われ、1人で先ほどの部屋へ向かう。
部屋に入るとアルフェシアの言っていた通り、貴族たちに囲まれた。
適当に受け答えしつつ、逃げ場所は無いかな~と辺りを見回していると、アルフェシアと傍にいる人たちがこちらを見ていた。
近づいていき、
「アルフェシア様、本日はありがとうございました。皆さんは初めましてですね。私、メイベルと言います」
とメイベルは自己紹介をした。
「私はアルフェシア様の従者のリゼッテです。こちらの2人はアルフェシア様の警護のフェリアとデフィネです」
「「よろしくお願いいたします」」
と2人が頭を下げる。
「そちらの方は?」
アルフェシアの隣に立つ少女が目にとまった。メイドと言うには幼すぎる。
「この子は私の弟子の、」
「セレステです」
「貴女が噂のアルフェシア様のお弟子さん?」
貴族たちは専らメイベルの噂をしたが、それ以外にアルフェシアの弟子が現れた、というものもあった。
「ええ。貴女の同級生になるわよ」
とアルフェシアが言い、
「そうなんですか!よろしくお願いしますね!!」
と笑顔で言った。
「こちらこそよろしくお願いしますね」
と2人でお辞儀し合う。
「お弟子さんと言うことはアルフェシア様がお名前を?」
「ええ」
弟子の名前は師がつけるのが決まりだ。
「素敵なお名前ですね!私の名字も、楽しみにしていますので」
「頑張るわ」
『貴族出身でないものが全属性持ちであった場合には、儀式を執り行った領主が名字を付けるように』という法律に則って、メイベルの名字はアルフェシアが考えるのだ。憧れの魔女に名字を付けてもらうなんて幸せだなあ、とメイベルは思った。
「メイベル様はお一人でこちらに?」
とフェリアが聞く。
「様付けされるなんて初めて!はい、今日は一人でここに来ました」
「では私が傍についてもよろしいですか?貴族に囲まれるので対処が必要でしょうし」
「いいんですか!?」
とメイベルがフェリアの申し出に驚く。
「それがいいかも。お願いね、フェリア」
とアルフェシアが頷く。
「ありがとうございます、フェリアさん」
フェリアとメイベルは4人から離れていった。
しばらく経って、アルフェシアが2人の元へやってきた。
「そろそろ屋敷に戻ろうってなったから呼びに来たの」
「分かりました。それでは失礼いたします」
と頭を下げたフェリアに対して
「ありがとうございました、フェリアさん」
と声をかけて別れる。
「ただいまー」
とメイベルが教会の扉を開くと、
「「おかえりなさい」」
とパーシバルとアリアナが扉の方を振り向いて言った。
パーシバルとアリアナ。ここまで来たらアバーフォースがいて欲しい、とメイベルはしょっちゅう思っている。
因みにパーシバルはこの教会のトップで、アリアナは掃除を担当している。
「魔色鑑定はどうだったんだい?」
「魔法学校には行けそう?」
と、2人がそれぞれメイベルに聞く。
「うん。魔法学校からの招待の手紙を貰ったよ」
と、内側が薄い金色になったローブの、右側のポケットから封筒を取り出し、2人に見せた。
「それは良かったわね!それで、何属性だったの?」
「あー、それがね......」
メイベルは2人から目線を逸らした。
「全属性だったの」
「まあ!!それは凄いわね」
とアリアナは手を合わせて喜んだ。
「やっぱり全属性か!ローブが薄い金色だからそうじゃないかと思ったが、本当に全属性だったんだな」
「そう言う訳だから、魔法学校入学までの間、
「アルフェシア様!」
玄関の方からアルフェシアの声がし、3人は扉の方を向いた。
「久しいわね、パーシバル」
「久しいって、1週間前に会ったばかりでは?」
パーシバルが呆れたように言った。
「それで、どう?」
「教えていただきたいです!!アルフェシア様から教えていただけるだなんて贅沢なことが出来るチャンスは今しかありませんから!」
「じゃあ早速明後日練習しましょう!呼びに来るから教会で待っていてね」
「はい!!」
とメイベルは笑顔で大きく頷いた。
序章は3日に1話公開でしたが、本編は少し投稿頻度が落ちます!
メイベル
セリニスの教会暮らしの少女。現在13歳。全属性持ち。思ったより属性を持っていて驚いた。
転生前は恋田鈴禾。
恋田鈴禾
ある日突然、7歳のメイベルに転生した。
転生ものを読んだことも書いたこともたくさんあるらしい。魔法ものが好き。特にハリー・ポッターが好き。
パーシバル
教会のトップ。
アリアナ
教会のメイド。