機動戦士ガンダム外伝 斬凶戦記   作:野武士山芋侍

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第十話 生還の痛み

森林地帯の外れ、連邦軍ポイント情報「G(ゴルフ)4」に構築されたデポ。

ホバートラックを先頭に、61式戦車や陸戦型ジムが次々と帰投する。

デポで待機していた整備兵や補給要員の歓声が響く中、バレンツィーノ中尉やバーリングらの面々は愛機から降りて彼らの出迎えに答えていた。

しかしシンイチだけは、愛機から降りるなり血相を変えてホバートラックに駆け寄る。

その様子に気づいたバーリングもただならぬ雰囲気を感じ取り、慌てて後を追いながら呼びかけた。

「…?おッッッ、おいモリタ、どうした?!何だってんだよ?!」

振り返らず、大声で叫ぶ。

「……衛生兵!!衛生兵だ、大至急!!!」

群衆がざわめく。

シンイチが車体側面のハッチを開けた瞬間ー

 

車内の光景に青ざめ、絶望に包まれる。

 

血まみれで横たわる女性。すでに息絶えている。

その顔には見覚えがあった。シンイチが空軍時代「無茶」をして、すんでのところで脱出した後のこと。

負傷し、命からがらの逃避行を助けてくれたサクラの姉、キョーコ・タチバナに間違いない。

そして、その遺体にしがみついているサクラは…………

 

無表情だった。

 

目に光はなく、ただ虚ろに一点を見つめ続けている。まるで魂が抜け落ちた人形のように。

「タ、タチバナ………伍長?」

恐る恐る声をかけるシンイチ。全く反応がない。

「タチバナ、伍長……サ、サクラ??」

肩に手を添えて軽く揺すり、優しく呼びかけてみても、やはり全くの無反応。

バーリングも到着し、その悲惨な光景に息を呑んだ。

「なっ、これは……どういう…?!」

シンイチに駆け寄り、問いただす。

「なぁおい、モリタ、サクラちゃんは……どうしたんだ?!この人は…?!何があった?!」

明るい笑顔と愛らしい声で、自分や仲間達を支えていた彼女の姿は、もはやそこにはない。

サブリナはサクラの隣に座り込み、彼女の血まみれの手を握りしめながら、肩を震わせて啜り泣いていた。

やがて駆けつけた衛生兵数人がキョーコの脈を確認するや、静かに首を横に振る。手遅れは明白だった。

シンイチの視界が一瞬、大きく揺れた。膝の力が抜けてその場に崩れ落ちそうになるのを、壁に手をついてどうにか堪える。

「………そんな………」

やっとの思いで紡ぎ出した言葉は僅かに震え、すぐに途切れた。

容赦の無い非情な現実に、ただただ唇を噛み締める事しかできなかった………。

 

それから3日程経った、地球連邦軍某基地。

キョーコの葬儀は簡素に済ませられ、基地では次なる作戦へ向けての準備が進められていた。

基地内の無機質な会議室にはダンカン大尉とバレンツィーノ中尉、そして基地司令官のセドリック・ターナー中佐が顔を揃えている。

厳格そうな顔つきのターナー中佐だが、どこか若々しさも感じられた。

「さて……どうしたものかな。」

腕を組み、深い溜息をついて呟く。

「PTSD専門の軍医が到着するまで数週間はかかるそうだ。『この手』の人材は……今やどの戦線でも奪い合いでな。」

「そして、タチバナ伍長のような優秀なオペレーターも然り、と。どこも『余人を以て替えがたし』の一点張りです。」

ダンカン大尉が苦い顔で補足した。

あれからサクラには何の変化も無い。三日三晩ほぼ飲まず食わずで、自室のベッドに座ってただ虚ろに一点を見続けている。

数少ない救いは、ホバートラック鹵獲の失態について「キシリア機関の高級将校及びその関係者複数名を捕虜とした功績」により不問(情報部の計らいにもよるが)とされた事と、ここ数日敵襲の気配が全く無い事だった。

「自然に回復するのを待つか……あるいは、オペレーター抜きで戦うか。最悪それしか無さそうだな。」

ダンカン大尉の言葉にターナー中佐は頭を抱えて即答する。

「現実的に言えば…後者になる可能性が高いだろう。この状況だ、個人の事情で部隊を留めるわけにはいかん。」

若干の申し訳なさを滲ませつつも、司令官として判断を誤るわけにはいかない故の厳しい決断だった。

「中尉、貴官はどう思う?」

ターナー中佐から話を振られたバレンツィーノ中尉は、ゆっくりと立ち上がって兵舎の方を見やりながら語り出す。

「私は………ひとつ、彼らに賭けてみたい。」

静かな声だが、どこか確信に満ちている。

「…どういう、意味だ?」

「アイツらは若い、ガッツもある。特にウチのエースはその筆頭候補です。彼らの『熱意』と『結束』に少しばかり、ベットしてみようかと。」

自嘲気味に笑ってみせたが、明らかにシンイチやバーリング達に対する信頼と期待が含まれていた。

「私は…それにコールする勇気は無いな。不確定要素が多すぎる。」

ターナー中佐が冗談を交えつつも現実的な目線で答えた。ダンカン大尉も同様に、

「俺も…チェックだ。随分とロマンチックな話だがな、今回ばかりは少年コミックや映画とワケが違うぞ。」

と、苦笑いしつつやや辛辣な意見。バレンツィーノ中尉が振り返ってさらに補足。

「あくまで少しばかり、です。全面的に縋るつもりはない。ただ……私は彼らを信頼している。部下としてだけではなく、人としてね。」

再び兵舎に目を向ける。向かいの大型格納庫には陸戦型ジム3機が並んで立っている。

「少なくとも良いカードは、手札に揃っていると自負しております。一番近くで見てきた自分には、それが分かるんです。」

絶望と希望が交錯する間際で、41中隊は岐路に立たされていた。

外では、大粒の雨が降っている………。

 

格納庫前に並ぶ、陸戦型ジム。

点検と整備が進む中、シンイチは愛機のコックピットに座り、腕を組んで固く目を閉じている。

彼もまた、この三日間葛藤を抱えていた。

弱い自分を、全てを投げ出して逃げたくなる自分を、心の中で全力で叱咤する。

(…俺がここで弱音を吐いていたとて、キョーコが生き返るのか。サクラが元気になるのか。皆がまた一緒に、戦えるようになるのか。………違う。俺が今できる事は、すべき事は何だ。)

必死に自問自答を繰り返した。

サクラの虚ろな目と、無線の背景音に混じる叫び声が脳裏に焼き付いて離れない。

(サクラの方がもっと辛かった筈。当たり前だ…)

(俺が今動かないで、どうする………。)

ゆっくりと目を開けると同時に、答えは決まった。

「…………よしッッッ!!しっかりしろよ、俺!!」

両手で頬を何度も叩き、自分を奮い立たせる。

コクピットから降り、まだ雨の降る基地内を急ぎ足で兵舎に向かった。

 

サクラの自室の前にはサブリナが憔悴しきった様子で膝を抱えて座り込み、その向かいにはバーリングとザジーが壁にもたれて立っていた。二人とも、普段のおちゃらけた様子が全く感じられない神妙な表情。

シンイチが来た事に気づいたサブリナが顔を上げるが、黙って首を横に振る。

泣き腫らした目。その痛々しさを気の毒に思いながらも、声を絞り出して聞いた。

「…中に入って、サクラと話しても?」

頷き、今にも泣きそうな声で言う。

「シンイチ…もう、アンタしかいないよ。アタイ達じゃ…何も、できなくて………。」

無力感に苛まれるサブリナ。縋るような口調で続ける。

「ねぇ、お願い。このままじゃあの子……壊れたままで、そのまま死んじゃうかもって………うっ、うぅぅ……」

顔を伏せて、再び泣き出してしまった。

バーリングが彼女の肩にそっと手を添える。

入り口の前で、目を閉じて深呼吸。意を決して部屋に入る……。

 

部屋の隅のベッドには、血で汚れた軍服姿のままのサクラが座っていた。

虚ろな表情はまるで人形。三日前にホバートラックの中で見た時とまるで変わっていない。

室内には少しだけ、すえた匂いも漂っている。

「……タチバ……いや、サクラ。」

シンイチは彼女の隣に腰を下ろし、静かに、しかし真剣に語りかけた。

「そのままでいいから、聞いてくれ。……率直に言うと、君には戻ってきてほしい。できるなら、今すぐに。」

彼女の方に顔を向けて、乾いた血の痕が残る手をそっと握る。

「……俺たちは、君を必要としている。でも、それよりも大切なことがある。」

少しだけ、言葉に力を込める。

「君にできる事を、すべき事を全力で全うすることの方が余程大切だと思う。姉さんも、きっとそれを望んでいたはずだ。少なくとも、今の姿の君はそうじゃない。」

サクラの手が、シンイチの手を僅かに握り返し、乾き切った唇が少しだけ震える。

(…………姉さん……………)

本当に小さな、か細い声。シンイチは聞き取れなかったが、確かに彼女自身の声だった。

シンイチは彼女の肩に手を添えて、少し力をこめて続けた。

「……サクラ、諦めちゃ駄目だ。自棄になっちゃ駄目だ。………姉さんのためにも、そろそろ前に進まないか?……なぁ、サクラ。」

サクラの中で鮮明に蘇る、痛ましい記憶。

逃避行に揺れるホバートラックの中。

冷たくなっていくキョーコの身体。

絶え絶えの息。

その中でキョーコから託された最期の言葉が、鮮やかに脳裏に蘇る………

 

(……サクラ、ごめんね…私、もう、駄目みたい。今から言う、事を…よく聞いて。)

 

(…いい?私の後を追うなんて、馬鹿な、事は…絶対に…駄目よ。諦めちゃ駄目、自棄になっても…駄目。……わかる?)

 

(……あなたの、できる事は、なに?最後まで、全う、するのよ………やり遂げるの。最後、まで………)

 

(………………サクラ……大好きよ。…………ありがとう…………ね。………さよう、なら………)

 

…………偶然か、それとも必然か。

シンイチの言葉が、キョーコのそれと重なる。

姉を喪い、壊れてしまった心は一番大切な事を忘れていた。シンイチの説得が、それをゆっくりと思い出させた。

サクラの目からは涙が溢れ、堰を切ったように言葉が紡がれる。

「……シンイチ、さん……あ、あたし………」

「………?!サクラ?サクラ!!」

驚愕し、思わず両肩を掴んで自分に正対させる。

サクラは静かに涙を流しながら、次々と言葉を零した。

「……と、とうさんも死んだ、かあさんも……もういない。姉さんまで、死んじゃって………あたし、あたし、もう何もないの、ひとりぼっち………もう、何もない……あたしだけ……」

 

シンイチは彼女をそっと抱きしめた。

 

「…何もないなんてそんな事、あるもんか。辛かったらいつでも俺に甘えていい。………俺は、どこにも行かないよ。」

 

魂を洗い流すような、優しい声。

サクラの目には、少しだが光が戻った。

「シンイチ、さぁん……うっ、ううぅっ………」

彼女はシンイチの胸に顔を埋め、肩を震わせて静かに泣き続けた。

しばらく後、少し落ち着きを取り戻したサクラが静かに囁く。

「…………シンイチ…さん?」

「うん?」

「………………もう少し、このままでいさせて。なんだか…すごく、安心するの。」

「……あっ?!…あぁ、いいよ。」

甘えたような声に、シンイチは思わず赤面。

説得するのに必死でほとんど気にかけていなかったが、母親以外の女性とここまで身体を密着させたのは、彼の人生で初めての事だった。

 

…そして、再びしばらく後。

部屋を後にする。外ではやはり、サブリナ達が待っていた。

「ど、どうだった?!なんか泣き声とか、色々聞こえてきたけど……!!」

必死に問いただすサブリナ。シンイチは赤面しつつも、首を縦に軽く振って答えた。

「………多分、大丈夫。還ってきたと思う。今…シャワー浴びてるよ。」

歓喜に沸く三人。

「ッッッ、……はあぁぁぁ〜〜〜っ………」

バーリングが大きなため息をついて、へなへなとその場に座り込んだ。

「でも、まだ予断を許さない。感情は戻ってきたけど全快までは……まだ何とも。」

真剣な顔で補足する。実際、シャワー室に向かうにもシンイチの介助が必要な程だった。

「なるほど。とりあえずは…まぁ一歩前進ってところだな。」

座ったまま、頭を掻くバーリング。

「いや、動けるようになったのは大きいですぜ。少なくともこのまま餓死しちまう危機は去った。」

ザジーの言い方は極論ではあるものの、的は得ていた。

サブリナも涙を流しながら安堵する。

「でも、よかった、ホント、良かった……アハハ、ハハ……うっ、……んっ………」

突然、糸が切れた操り人形のように倒れ込む。彼女もまた、サクラの事で思い詰め三日三晩眠っていなかった。

「あっ?!おい、サブリナ!?おい!!」

「姐さん!!」

すかさずバーリングが抱き抱える。

「ザッッッ、ザジー!!!タオル濡らして医務室まで持ってこい、モリタ、足支えろ!!!」

「合点承知!!」

「おっ、おう!!」

雨は止み、雲間から光が差しつつあった。

 

シャワー室。裸のサクラがシャワー室に座り込み、暖かい湯を全身に浴びながら心の中でキョーコに想いを伝える。

(姉さん………私、まだ戦うわ。姉さんに会った時に約束したんだもの。それに、皆もいる。でも…………)

泣きそうになるのを、あえて堪えた。

 

(………ううん、泣かないわ。悲劇のヒロインはもうおしまい。…………見守ってて、ね。)

 

第十話 生還の痛み 終幕

 

 

幕間 医務室の二人

 

「………ッッッ?!あれっ?!………」

「よぉ、おはようさん。もう夜だけど。」

基地内医務室。サブリナがベッドから跳ね起き、その傍らにはバーリングが座っている。

「…えっ…と、何でアタイ、ここで寝てるんだっけ?」

キョロキョロと辺りを見回しながら尋ねた。

「サクラちゃんの部屋の前でぶっ倒れたのさ。………お前さんも、大分根を詰めてたようだな。流石に焦ったぞ。」

ぶっきらぼうに語る彼の目の下にも隈ができていた。

サブリナの胸元には冷たいタオル。跳ね起きた時に額から落ちたものらしい。

状況を理解できたようで、サブリナは申し訳なさそうに背を向けて寝転がる。

医務室にサブリナを運んだ後、バーリングは一人付きっきりで様子を看ていたのだった。

毛布に包まったまま、涙声でぽつりと呟く。

「アタイったら………情けないね。サクラちゃんの方がもっと辛いのに、こんな…」

バーリングが声を荒げて遮った。

「どアホゥ、それで自分がぶっ倒れちゃ元も子もねぇだろうが!!仲間思いは結構だがな、もっと自分を大事にしろ!!………そりゃサクラちゃんのがもっと辛いだろうがな……それに続いて、お前さんまで壊れちまう様なんて死んでも見たくねぇんだよ。」

笑顔を向けながら、さらに続ける。

「………無事に帰ってきて、本当に良かったよ。くだらねー話できる相手がいなくなるのは………辛いからな。」

サブリナが赤面して、再び毛布に顔を埋める。

相変わらず顔は背けたまま。

「………バカ。もっと言い方、あるでしょ。」

「悪いが俺はモリタみたいに上手い言い回しはできねぇ、残念だったな。………まぁ、も少し寝てな。じゃあな。」

毛布を肩にかけてやり、立ちあがろうとしたバーリング。

しかし、何かに軍服の裾を引っ張られ、振り返る。

向こう側を向いたままのサブリナが毛布から手だけを出し、バーリングの軍服の裾を握っていた。

彼女なりの、「もう少し一緒に居て。」のサインだった。

バーリングはため息をついて、再びどっかりとベッドに腰を下ろす。

それに驚いたのか、サブリナがバーリングを咎めた。

「……やっ、もうちょいそっと座ってよ!!びっくりしたじゃない!!」

「うるへぇ、お前さんが服を引っ張るからだろ!!」

「そんな…強く引っ張ってない!!」

「テメェら静かにしろや!!!!」

「「ハッ、スンマセン…」」

痴話喧嘩を始めた二人は当直の軍医に怒鳴られ、仲良く小さくなった………。

 

幕間 医務室の二人 終幕




ハロー皆の衆、芋侍です。
記念すべき第十話は意図せず色々なターニングポイントが交錯することとなりました、そしてシンイチ×サクラちゃんがほぼ成立と…ゆーてまぁ今後どうなるかはわかりませんが、ウフフフ( ͡° ͜ʖ ͡°)
今回サクラちゃんが陥った症状は現実に存在するもので、親しい人の短い説得や熱い言葉でパッと治り回復に繋がるケースは実際にあるものの稀だそうです。
まぁ創作という事で大目に見て下さい、というのもあと半月くらいでジャブロー攻略戦が始まるのでサクラちゃんに早めに復活してほしいからです、時間がないどうしようワハハハハハ!!(爆)
一年戦争ってホント、めちゃくちゃハードスケジュールやったんやなって…そりゃ「10年くらいやってても良かったんじゃね?」って声も出るわなと
っていうかこの時期のジム本格配備から戦局ひっくり返した連邦マジで何??

次回第十一話、「生きて、戦う。再び…」
お楽しみにッッッ!!!!

プール遊びの時の組み合わせはカップリングを意図したものではないと言ったな?あれは嘘だ。

追記:第十一話、只今どんどんアイデアが溢れてきとります。ウフフフフ…( ͡° ͜ʖ ͡°)
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