「……よし、警告灯クリア、チャーリー2スタンダップする。皆離れてくれ…」
「了解、ご武運を……!!」
シンイチの陸戦型ジムは無事、不調から復旧する。
配線を保持するフレームの歪みにより、コネクタが接触不良を起こしていたのが原因だった。
直ちに整備兵達が離れ、起動準備が進む。
コクピットハッチが閉まって一時真っ暗になるが、機体のシステムが再起動すると次々にディスプレイや計器に明かりが灯り、中はたちまち明るさを取り戻した。
《チャーリー2からチャーリー1、スタンダップ完了。異常信号無し、いけます!!》
《了解チャーリー2…チャーリー1からジャブロー管制、41中隊1小1分隊準備完了。これよりゲート144へ急行する。追加情報は?》
少し間が開き、事務的な声の返答。
《……ネガティヴ、ゲート144は敵MS出現により緊急閉鎖。現在2分隊が交戦中。》
「2分隊、交戦中って……バーリング達か?!」
シンイチの中で先程の「嫌な予感」がさらに強まった。
《…よって41中隊1小1分隊は指示を変更、地下艦船ドックのホワイトベース隊支援に向かわれたし。敵部隊侵入の報あり、ドック防衛を最優先とせよ。2分隊の支援にはSRT-ユニット1が急行中。》
ユニット1の名を聞き少し安心するシンイチ。バレンツィーノ大尉が管制宛に返答する。
《チャーリー1了解、それでは指示通り艦船ドック方面へ向かう………チャーリー2了解か?》
ひとつ深呼吸。
(大丈夫だ、バーリングなら………キムがついてる。デニス達も向かってる、何とかなる。ただ………無事でいてくれよ。)
必死に前向きに考え、「嫌な予感」を振り払う。改めて、返答。
《……チャーリー2傍受了解、行きましょう!!》
ハンガーから陸戦型ジム2機が離れ、力強い足音を響かせながら薄暗い通路に向け駆け出した………。
ゲート144付近、河川横。
バーリングの機体がズゴックのアイアンネイルに貫かれた。素早く引き抜こうとするがー
《………なんだと?!連邦のポンコツが、往生際の悪い………!!》
パイロットが驚愕する。
陸戦型ジムの両腕がズゴックの左腕をがっちりと掴み、引き抜けない。
《……ggzzgz…テメェも…ggz…道連れ……!!zzgzz……》
即座にアイアンネイル中央のメガ粒子砲の砲口が妖しく光るが、
「ッッッシャラァァァァァァァァ!!!!」
横合いから気合いとともに突っ込んできたキムの陸戦型ジムにより、掴まれた左腕を斬り落とされた。
バーリングの機体は完全に沈黙して膝をつき、いつもなら彼の悪態や軽口が入る筈の通信も無い。
しかし、キムに安否を確認する暇は無かった。
100㍉マシンガンを至近距離から撃ちまくるが、隻腕のズゴックはまるで怯んだ様子もない。
それどころか、驚異的な運動性能でことごとく回避しさらに間合いを詰めてくる。
すかさずキムはマシンガンを捨てながら二刀流になり、連続で袈裟懸けに振るった。
が、これも最小限の体捌きで躱され、さらに蹴りを入れられて右手に把持したビームサーベルを取り落とす。
「……ぐっ!!」
さらに叩きつけるが、またも右腕で受けられると同時にメガ粒子砲を接射され、左腕が掌から溶解しビームサーベルも失った。
「まだだァッッッ!!!」
しかしそれとほぼ同時に、残った右腕で顔面を殴りつけてモノアイを破壊すると一瞬動きが止まる。そこに前蹴りを見舞って、バランスを崩させた。
さらに連続して強烈な飛び蹴りを喰らわせると、たまらず仰向けに傾くズゴック。そのまま転倒しながらもメガ粒子砲を放つが、モノアイを破壊されて狙いもままならない。
(何としても、コイツだけは!!……たとえ手遅れだとしても、せめて…せめて仇討ちくらいは!!!)
すかさず落としたビームサーベルを拾って逆手に握り、倒れたズゴックに馬乗りとなる。胸部にサーベルを突き立てようとするが、またも残った右腕にガードされた。
ーが、破壊され掌が溶け落ちた左腕でズゴックの右腕を何度も殴りつける。
キムはコックピット内で雄叫び、というよりもはや死に物狂いの言葉にならない絶叫をあげていた。
やがてズゴックの右腕はへし折れてガードもままならなくなり、ついにその胸部にビームサーベルが深々と突き立てられた………。
キムは肩で息をしながら、膝をつくバーリングの陸戦型ジムを見やる。
両腕はだらりと垂れ下がり、その胸部には斬り落とされたズゴックの左腕がなお突き刺さったままだった。
「バーリング曹長………レンフィールド准尉………隊長…………申し訳………!!!」
涙が溢れ、言葉が途切れる。
列機としてバーリングを守れず、そして彼が想いを寄せるサブリナにももはや顔向けできない。凄まじいまでの罪悪感がキムの胸を締め付けた。
また脳裏には、いつしかの他愛無い会話が蘇る。
(…よう新人、ホバートラックのドライバーの女マブいだろ?手ェ出すなよ。)
(出しませんよ!…惚れてるんですか?)
(あぁ、そりゃもう………ってどアホ!!俺じゃ釣り合わねぇよ!!さしづめ俺達は見守り役さ。悪い虫が付かねぇようにな…)
(『悪い虫』…それは軍曹殿の事ではなくて、でありますか?)
(おまッッッ…ホント生き埋めにするぞお前…!!)
何気ないやり取りが、さらに胸を抉るようだった。ひたすらに、仲間達への謝罪を繰り返す。
そんな彼のもとに追い討ちをかけるようにー
《……至急至急、対空監視所87よりチャーリー4!!さらに敵機を探知、チャーリー4対応しろ、何をしている!!》
けたたましい無線の声の直後、水中からもう1機のズゴックが現れた。
しかしここでようやくSRT-ユニット1が到着。ジムスナイパーカスタムIIがロングビームライフルを放ち、胸部を撃ち抜かれたズゴックはたちまち水面に倒れ込む。
次の瞬間、巨大な水柱を上げながら爆散した。
《チャーリー4こちらアイルワード、応答しろ!!チャーリー3はどうした!?》
《……こいつは…!!隊長、チャーリー3はもう……!!》
《まさか、遅かったっていうの?!……チャーリー4こちらポイズンアップル、何とか言いなさいよッッッ!!》
隊員が次々と問いかけるが、ショックのあまりキムは返答できない。
スコールのような水飛沫だけが、各々の機体を非情に濡らしてゆく。ゲート144付近の安全はようやく確保された………。
ジャブロー地下。
広い地下水路の傍に設けられた道路を、バレンツィーノ大尉とシンイチの陸戦型ジム2機がひた走る。
艦船ドックに敵MSが侵入との報告があり、また対応した友軍に損失も出ているらしい。
ドックには修理中のホワイトベースや建造中の同型艦が多数存在するため、ここを破壊されれば連邦軍は宇宙への攻撃兵力を失うことに繋がる。
また破壊に至らずとも、攻撃により建造作業や修理作業に大小の被害が出るだけでも今後の作戦に支障をきたしかねない。
その重要度故に、司令部から命令の変更がなされたのはある意味当然といえた。
《……艦船ドックの方大丈夫ですかね?何機かヤられたってまさか、ホワイトベース隊じゃあるまいな…》
愛機を走らせながら、シンイチが呟く。
《そちらは心配いらないだろう、ジオンのエース達をも屠る連中だ。彼らには、もしかしたら我々の手助けは必要無いかもな。》
《それもそれで、少し残念な気はしますけどね…》
《ただ建造中の艦船群は別だ、1機でも多くの護衛が要る。急ぐぞ!!》
《了解ッッッ!》
2機は再び、地下へ続く長い道路を走る………。
しばらく進んだのち、2機はついに敵に遭遇した。
「なッッッ………?!何でだ?!何でコイツがここに!!」
驚愕し、戦慄するシンイチ。
それもそのはず、目の前に現れたのは見覚えのあるインシグニア付きのグフ。
《……巡り合わせにしては、少し偶然が過ぎるな。そしてあの出立ちは…どういう腹つもりだ…?》
薄暗い道路の真ん中に立ち塞がるように立っている。右手に把持したヒートサーベルが、不気味なオレンジ色に発光し周囲を照らしていた。
さらに緊急通信。先程の事務的な雰囲気とは打って変わって慌てた様子の声。
《至急至急、ルート438水路付近に不明反応!!また同ルート南詰めの放棄施設エリアに07(グフ)の反応、直近の部隊は直ちに対応せよ!!》
《07はアレの事だな、水路にも敵だと……?!》
バレンツィーノ大尉がそちらに目を向けた瞬間、反対側の岩肌をぶち破って巨大な機影が現れる。
《何だと?!何だコイツはッッッ?!》
思わず驚愕するバレンツィーノ大尉のもとに現れたのは、ゴリラのように巨大な豪腕。頭部にはさながら前髪のごとくズラリと並ぶ鋭い刃物。胴体の中央には妖しく光る大型のモノアイ。
MSM-08ゾゴック。
格闘戦に特化した、ジャブロー侵攻作戦用の試作水陸両用MSであった。
ゾゴックはその豪腕をもってさらに殴りかかるが躱され、地面に大穴を穿つ。
《大尉?!危ないッッッ!!!》
衝撃で岩肌が一部崩落し、シンイチの陸戦型ジムと完全に分断された。さらに地面を殴りつけながら迫る。
「……なるほど、まず貴様を殺すのが最優先というわけか。」
放棄された施設群が並ぶエリアに追い込まれるが、ここにきて俄然、闘志と殺意を滲ませるバレンツィーノ大尉。
同時にシンイチも、コマツ大尉のグフと改めて対峙し覚悟を決めた。
(勝つしかないな。……ここを、俺の墓場にはしないッッッ!!!!)
ヒートサーベルを掲げ、スラスター全開で迫るグフにビームライフルを指向する………!!
MSハンガー付近。
ホバートラック「アルマジロ」は不測の事態に備えてここで待機していた。
《……ゲート144周辺の敵部隊沈黙、エリア確保の報告。緊急閉鎖を解除。なお損傷MS及び負傷者有り。修理班、衛生班は至急向かえ……》
通信を聞きつけたサクラが、指揮官席に座るダンカン少佐に進言する。
「少佐、ゲート144の閉鎖が解けたようです。如何しますか?」
「うーーむ……地上に送ったバーリングとキムが心配だな、何も連絡が無い。かと言って艦船ドックに手助けに向かうのも今は危ない。どうしたものか…」
頬杖をついて考えていると、サブリナが振り返って提案。
「とりあえず衛生班や修理班をコイツに乗れるだけ乗せてやって、地上に連れてった方が良いんじゃないですか?シンイチの受け売りじゃないけど、できる事しましょ。」
「あたしも賛成です。荷台に何人か乗れませんかね?」
納得した様子で顔を上げる。
「……今はそれしか無い、か。それにホバートラックなら幾分早く展開できるだろう。カーマイケル軍曹、外の連中に声をかけてやってくれ。」
「了解、行ってきます!」
ガンナー席のカーマイケルが素早く銃座から離れ、ハッチを開けて降りていく。
「カーくんいってら〜」
陽気に手を振るサブリナ。
(……負傷者っつってたけど、まさかジョナサンやキムやんの事じゃないよね…)
何気なく脳裏に過ぎる。
…数分後、ホバートラックの後部荷台に数人ずつの衛生兵、整備兵が乗り込んだ。
カーマイケルが戻り、報告。
「少佐、整備と衛生それぞれ4名ずつ乗完(乗車完了)しました。」
「よし。レンフィールド准尉、やってくれ。地上までひとっ走り頼む。」
再び振り返り、笑顔で答える。
「了解!運賃は一人5ドルね!」
「 0 ド ル だ ! ! 軍人は運賃免除特例適用!!」
サブリナがからからと笑うと、ホバーユニットを始動させて出発した………。
「クソッッッ、荒々しい事だ…!!」
建物を次々にぶち壊しながら迫るゾゴックに、バレンツィーノ大尉は攻めあぐねていた。
超重量級の機体ゆえ小回りは効かないが、圧倒的なパワーと瞬発力は連邦軍の量産機をゆうに凌ぐ。
その巨大な両腕に捕まれば、堅牢な陸戦型ジムとてひとたまりもないのは明白であった。
唯一の救いは飛び道具らしきものを持たない事であった、が…
「………うおッッッ?!」
体を逸らして躱す。ゾゴックの右腕がゆうに十数メートルは伸びた。続けて迫る左腕。
スラスターを噴かして後ろ上方に逃げ、ライフルを数発放つ。1発は左脇腹を捉えたが、まだ致命傷には至っていない。
と思いきや、突如立膝をついて動きを止めた。
「?!やったのか?!………いや、違うッッッ!!」
着地する瞬間を見計らい、ゾゴックの頭部に並んだ刃物が一気に射出される。
「ぐうぅッッッ!!!おぉッッッ!!」
接地する直前に再度スラスターを噴かして横っ飛びに回避。凄まじい横方向のGに顔面が歪んで目が眩み、操縦桿から手が離れそうになったが、何とか距離をとって建物に身を隠す。
射出された刃物ーブーメランカッターは、コンクリート製の建物に深々と突き刺さっていた。
「……ヘアスタイルは見事なものだが飛び道具とは、いただけないな!!」
軽口を叩きつつライフル弾を再装填するが、明らかに押されている。しかしあまり時間もかけていられない。
大股で、バレンツィーノ大尉が身を隠している建物へと迫るゾゴック。
(…ひとつ、一撃に賭けてみるとするか。)
ライフルを槍のように持ち直し、刺突の構えで待ち伏せる……。
そして、ゾゴックが建物の陰から出てきた瞬間を狙い、
「Hurraaaaaaaaaaaaaah!!!!!!」
気勢を示して一気に詰め寄り刺突。意表を突かれたゾゴックは回避も反撃もままならず、腹部に銃剣を突き立てられた。
さらに、銃剣が刺さったままライフルを接射。5発全てを叩き込むが………
「………まだか。全く頑丈なことだ。」
ゾゴックは倒れない。巨大な両腕がライフルを掴んで引き抜き、そのまま奪い取る。
だが、そんな事で怖気付くバレンツィーノ大尉ではない。むしろ「奪い取らせて隙を作った」という方が正確だった。
「くれて、やるさ!!!!」
ビームサーベルを左右同時に抜刀。まず右腕を斬り飛ばし、返す刃で左腕も断ち切る。
地面に転がる輪切り状の腕の残骸。
手詰まりとなったゾゴックは一転して背を向け、逃げようとするがー
「貴君、何処へ向かわれるおつもりか?」
後頭部からひと突き。モノアイ部分を破壊しながらビームが貫通する。
ついに機能停止してうつ伏せに倒れ伏し、動かなくなった………。
ヒートサーベルを掲げて一気に距離を詰めてくるグフに対し、ビームライフルを撃ちつつ牽制するシンイチの陸戦型ジム。一歩も退かない、退けない。
間合いに入るや横薙ぎに振るわれるも、瞬間さらに距離を詰め、小楯で手首を押さえて受ける。
ビームライフルの銃口を腹部に押し当て撃とうとするが、グフもまた左手のフィンガーバルカンを顔面に突き立てていた。
互いに発砲、しかしいずれも体を逸らしてすんでのところで躱す。
陸戦型ジムは胸部機銃で牽制するが盾に防がれた。撃ちながらさらに迫るが、グフは防御しながら距離をとる。
さらにビームライフルを連続して撃つが、これもスラスターを噴かしつつ絶妙な体捌きで悉く躱された。そのまま通路を進み、艦船ドック入り口の方へ逃げ込む。
「………チッ、簡単にはいかねーか!!当たり前だけど!!」
悪態をつきながら追いかける。
大広間に出た。遠影にドックと、そこに鎮座する大型の強襲揚陸艦群。爆発音が聞こえる。無線情報から友軍が交戦中との一報が入ったが、シンイチはそれどころではなかった。
「どこ行った、あのグフ…………いや、『コマツ師範』!!!」
あえて口に出す。これまで戦った経験から、シンイチはグフのパイロットが彼であることを見抜いていた。
陸戦型ジムを走らせながら、思案を巡らせる。
(……なんで軍人なんかに!!アンタ、そういう雰囲気じゃ無かっただろ!!……)
ー高校時代、サイド6留学当時。
剣道の師範であると同時に、歴史の授業を教えてくれたコマツ先生。生徒達からの信頼も厚く、自分もまた慕っていた。
留学を終えた後の風の噂で、思想犯の嫌疑がかけられ拘束されたらしいと聞く。
分け隔てない、平等な目線での教育。
そこには地球至上主義も優良種主義もエレズム(地球を聖地として残しておくべきという宇宙移民の思想)も無い、真実の歴史のみに基づいた授業……。
そんな彼が、ギレン・ザビの思想に靡くなど到底思いもつかない。
間違いなく、何か理由がある。あの人には家族が居た。ザビ家による独裁体制、言論と思想の統制、キシリア機関による工作と暗躍。
シンイチの中で、ひとつの仮説が立てられたー
(………まさか、家族を人質に……?)
(……だとしても、仮にそうだったとしても、もしここで手心を加えて捕虜にでもなろうもんなら……その事実を奴らが知れば……)
キシリア機関に目をつけられている者が虜囚の辱めを受けるとなると、当然関わりのある人間も無事では済まない。
シンイチが取りうる手段は、一つしか無かった。
(……『斬る』しかないのか、俺が、この凶事を。そもそも、師範は今は『敵』だ。そして俺は軍人、余計な感情や手心は……)
警告音。見上げると、眼前上の高位からヒートサーベルを掲げて飛び降りてくるコマツ大尉のグフ。
(一切合切、不要ッッッ!!!!)
ビームライフルを腰にマウントし、左手でビームサーベルを抜いて二刀流になる。
彼の中にもはや余計な感情は無い。
ビームサーベル2本をクロスさせて掲げ、落下の勢いが乗せられたヒートサーベルをかろうじて受ける。上乗せされた重量でコンクリート舗装された路面が陥没した。
「ぐッッッ!!!おぉぉぉぉ……!!!」
スラスターを全開にして押し返し、逆に退け反らせると、グフから前蹴りが放たれる。
仰向けに仰け反るが、転倒は避けられた。膠着状態を脱しつつも体勢を崩したグフにビームサーベルを振り翳すが、ローリングして回避される。
そのまま素早く立ち上がるグフ。
陸戦型ジムが後退しつつ背後の建物に接触するところに即座に突きを繰り出すが、またも躱された。互いに距離をとる2機。
「次で、決めてやる!!!……斬る、絶対に!!!」
再び斬り合わんと、両機が同時に地を蹴った………!!
(……もう、疲れたな………)
(こんな負け戦は、もはや無駄だ。………そういえば、しばらくまともに寝ていないな。)
コマツ大尉の脳裏では、前々から振り払おうとしていた「ある考え」が今や決意に変わっていた。
(……ここで生き残ったとしても待っているのは捕虜の身か、逃げおおせたとしても敵前逃亡の謗りか、どちらしかない。)
(俺の罪状さえ消えれば、ノリコとアキヒコだけは救われる。だが名誉を回復させる術はもうない。そうなると、罪状を消す唯一の手段は…………………)
腹を括る。
駆け出そうとしていたグフは足を止め、右足を半歩前に出し、ヒートサーベルを両手持ちして上段の姿勢で頭上に掲げた。
瞬間、シンイチは違和感を覚える。
(………何だ、『胴』を……『開けた』?!?!)
それは明らかに、剣道でいう「上段の構えから竹刀を振り下ろす」構えではなく、「練習の際に胴を打たせる」ための構え。
何かを察したシンイチは、抜き胴を放とうとしていたビームサーベルの握り方を無意識のうちに変え………
「突きッッッ!!!!イィぃぃぃぃぃいいあああ……………!!!!!!」
グフの頭部中央、モノアイ部分をひと突きにする。シンイチの陸戦型ジムに対して、グフのヒートサーベルが振り下ろされる事はついに無かった。
雑音混じりの接触回線から聞こえてくる、懐かしい声。
《………zzgzzzg……何故、胴を…zgzz…打たない?開けて…ggz……いただろ……モリタ……zzzgzz…》
「やっぱり、コマツ師範……!!……アンタは、また俺に勝ちを譲ったのか!!」
ビームサーベルを頭部に突き立てたまま問いかける。
《zzzggz……なぁに、譲ったのは…ggzzz…今回だけさ…gzzzz………》
「……何だと?!アンタ、何のつもりだ!!何故軍に居るんだ!!」
シンイチの声が潤む。目尻にも涙が溜まり始めた。雑音が少し止む。
《………こうするしか、無かったのさ。》
何か言い返そうと思ったが、言葉が出ない。
この時ばかりは「そんな事はない、何か出来る事はある。」などと無責任に言えるはずもなかった。
《あの壊れた祖国で…家族とともに生き続けるには、これしか術が無かったんだ。》
全てを悟る。皮肉にも推測は当たっていた。そして、コマツ大尉が「胴を開けた」意味も今ならわかる。
「……アンタ、死ぬ気だな?!まさか最初から、そのつもりで………!!!」
《………そうだ。》
シンイチは息を呑んだ。
《お前に斬られて死ぬなら、本望さ。相変わらずお前は……油断ならない奴だよ。強く………なったな。『参った』。》
涙が溢れた。
留学最終日の、最後の手合わせ。初めて師範から取った「一本」。
その後の師範の「参った。」は、勝ちを譲ったものではなく本心からのものだった。
シンイチは実のところ、コマツ師範からのあの時の「一本」は譲られたものではないのかと思い悩み続けていたのだった。
《………早く、斬れ。でないとこのまま、お前を斬るぞ。》
「……コマツ師範!!……先生………ッッッ!!!!」
操縦桿を握る両手が震える。
考えている暇は無い。このまま見逃して逃げるわけにも、もちろん黙って斬られるわけにもいかない。
………涙を拭い、顔を上げる。
改めて迷いを断ち切り決意を固め、頭部からビームサーベルを引き抜く。
そこから数歩下がり、間合いをとった。
ビームサーベルを両手で握り、構える。
右手は上、左手は下。
竹刀の正しい握り方。
グフは相変わらず「胴を開けて」いる。
そして、陸戦型ジムはスラスターを一気に噴かしつつ踏み出しー
「胴おぉぉぉォォォォォーーーッッッ!!!!!!」
手首を返して、一刀両断。上半身と下半身に分たれるグフ。
コックピットは一瞬で白熱し、爆ぜる………。
(モリタ………俺は、お前に賭けたぞ。壊れてしまった祖国の、狂った体制を……斬ってくれ…………)
少しばかり時を遡り、地上へ続く通路。
そこを走るホバートラック「アルマジロ」の荷台には、「乗客」8人が乗っている。
「さぁ〜て、もう少しで久々の地上よッッッ!!」
数日ぶりに太陽の光を拝める故か、サブリナは少しご機嫌な様子。しかし……
「………えっ?!?!そんな、それって………少佐、少佐ぁ!!」
通信を聞いたサクラが青ざめ、ダンカン少佐に顔を向ける。
「タチバナ軍曹、どうした?何かあったのか?」
「チャーリー3が!!…バ、バーリング、曹長が…!!」
「なッッッ……何だと?!そんなバカな?!」
涙を堪えながら、必死に報告。サブリナにはまだ聞こえていないのが幸いか。
同時に、ゲート144に到達。地上に躍り出るや停車する。
「さぁて、と。お客さん方!!ここで降りてもらって……………え?」
運転手席横のドアを開けて降車し、外の様子を見るや凍りつくサブリナ。
そこには、胸部を貫かれ膝をつく陸戦型ジム。
その傍に佇む左腕を損傷した僚機。
荷台から修理班と衛生班が即座に降車し、駆け寄っていく。
サブリナは血相を変えて車内に舞い戻り、通信主席のサクラに呼びかける。ほとんど絶叫に近い声。
「……サクラちゃん!!!外でヤられてるジム、どこの誰の?!?!」
サクラは涙を流しながら、ゆっくりと顔を向けて必死に言葉を紡ぐ。
「バ………バ………バーリング、さんの………です、うっ、ううぅぅっ………」
顔を両手で覆い、泣き崩れた。
表情が死に、大きくふらつく。倒れそうになるのを必死に堪えつつ、再びヨロヨロと車外に出るサブリナ。
バーリングの陸戦型ジムに近づこうとするが、ショックで足元がおぼつかない。
そのまま地面にへたり込んでしまった。
「………ジョナサン?………………嘘、嘘でしょ?そんな、そんな、そんな…………嘘でしょ?!嘘、でしょお?!?!」
大粒の涙を流し、激しく慟哭する。
その声を聞いたダンカン少佐とカーマイケル、サクラがホバートラックから降りてきた。
「なんて………こった!!……バーリング曹長が、こんな……」
カーマイケルが顔を顰め、絶句する。
サクラも泣きながら、サブリナの肩に手を添えた。
ダンカン少佐は涙を堪えながら静かに、挙手の敬礼を贈る………。
「………こいつは、ダメかもな。」
「あぁ、コックピットは逸れてるが…厳しいだろうな。一応確認するか。」
コックピットまで上がった衛生兵2人が、ハッチを数回ノックした。
返答はない。顔を見合わせて、静かに首を振る。
………が、しかし。
すぐにコックピットハッチ内から叩く音。要するに、返答有り。
「………?え゜ッッッ???」
もう一度、数回ノック。やはり返答有り。今度はリズムを刻んで数回ノック。同じようなリズムでノックが返り、続けて………
「………遊んでんなこのタコ!!いいから早く開けやがれ、どアホぅ!!!!」
くぐもってはいるものの、元気そうな声。
衛生兵コンビ2人は穏やかな笑顔で再び顔を見合わせて頷いてから、即座に絶叫。
「パイロット意識有り!!意識有りだ!!ハッチ強制開放オオォォォォォォォォ!!!!」
絶叫は、絶望に暮れる仲間達にも届いた。
全員が一瞬、固まる。
「………えっ?」
サクラがようやく声を出した。
「意識有りって…生きてる?!サブリナさん、バーリングさん生きてる!!!生きてます!!!」
必死に呼びかけつつ、肩を揺らす。
「………えっ?!?!」
涙で濡れに濡れた顔のサブリナが勢いよく顔を上げると同時に、ハッチが開放される。
中から見覚えのあるチャラそうな若者が這い出てきた。
「ハァァァ〜〜〜っ、あのクソ海坊主野朗!!俺の愛機をよくも………おっ!」
ヘルメットを片手に地面まで降りると、少しよろめきながらもホバートラックのクルーのもとに近づく。
引き攣った笑顔を向けて、明るく手を振った。
「よぉ、還ったぜ!……あれ、なんで皆こんな暗いの?もしかして、俺の葬式の帰りとか?もう、済ませちゃった感じ??」
しょうもない軽口は、間違いなくいつものバーリング。
サブリナも再び立ち上がり、バーリングにヨロヨロと近づいた。口をパクパクさせながら、ようやく言葉を紡ぐ。
「あっ、あっ、あっ………あんた、ジョナサン……よね??幽霊、じゃない………よね?!」
「んぁ?…当たり前だろ!足はこの通り……うおッッッ?!?!」
言い終わらないうちに、バーリングの胸に飛び込んで抱きつくサブリナ。勢いのあまり地面に尻餅をつく。
「………こンの、どバカッッッ!!!大バカ!!!クソ野朗ッッッ!!!タコ野朗ッッッ!!!生きてるなら生きてるって言え、このクソボケマンゴスチンッッッ!!!!この、この、………うっ、うああぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜ん、この……どバカぁぁぁ〜〜〜ッッッ!!!!」
思いつく限りの罵詈雑言を浴びせた後、感情を爆発させ、バーリングの胸の中で大泣きに泣きじゃくった。
「あっ、あぁ…ワリ、無線もヤられててさ。っていうか…クソボケ…何て??ハハ、ハハハ…」
不器用に苦笑いしながら、サブリナの髪を優しく撫でる。
そこへダンカン少佐やカーマイケル、サクラも駆け寄ってきた。
「バーリング……!!よく無事だったな!!」
「やぁどうも少佐、無傷じゃないですけどね。」
顔を横に向けると、右頬に大きめの切り傷を負っている。頬だけでなく耳まで切れており、軍服の右肩は血で真っ赤になっていた。
「ハハハ、せっかくの男前が台無しだな。」
「名誉の負傷です……でも、結構血が出たので、衛生兵、を…止血パッチ、を…いただけたら、ありがた………」
急に言葉が途切れて気を失った。サブリナの背中に回していた手もだらんと垂れ、仰向けに仰け反る。
「うっ、うぉぉ?!大丈夫ですか?!」
「えっ?!ちょっと、バーリングさん?!衛生兵!!衛生兵〜〜〜ッッッ!!!」
カーマイケルが支え、サクラが絶叫して衛生兵を呼びやった。サブリナは相変わらず号泣………。
ジオン公国軍によるジャブロー攻略戦は失敗に終わった。
それぞれが何かを得て、何かを失った戦いは、やがて一年戦争そのものの大きな転換点となっていく………。
第十八話 重力の底の底で:ジャブロー決着編 終幕
幕間 疾風(はやて)の紳士、バレンツィーノ
襲撃の前日、ジャブローでの夕食後。
サブリナが立ち直りを見せた直後の彼女の自室にて…。
泣き腫らした目を擦って、サブリナが顔を上げる。
「……さて、もう塞ぎ込むのはヤメヤメ!さっぱりしに行こ!」
「そうですね、もう遅いし一緒にお風呂でも…!」
「お風呂といえば…知ってる?ジャブローの入浴施設には、旧世紀の日本の銭湯を模したのがあるのよ。行ってみない?」
サクラの目が一段と輝いた。
「えッッッ、銭湯?!行ってみたい!!今夜そこにしましょう!!」
「でしょ?!早く行こ行こッッッ!!」
キャミソールとショーツ姿のまま部屋から出ようとするサブリナをサクラが慌てて制止する。ど変態かな?
「ちょちょちょサブリナさん、その格好はマズイですよぉ!!」
「え?…あっ、ズボン履くの忘れてたわ…」
………そして、入浴施設「銭湯」風スパ。
入り口は何の変哲もない扉(割と小さく『MEN』『WOMEN』とだけ書かれた紙が貼られている)だが、中の脱衣所やロッカーは成程日本の銭湯を模していた。
さらに、奥の風呂場はそのまんま昭和の銭湯そのものであり、雰囲気は抜群。
「男湯」には、既にシンイチとバーリングが居て体を洗っていた。夜も遅いのか他に誰も居ない。
そこへ、バレンツィーノ大尉が入ってきた。
「あっ、大尉殿…お疲れっス。」
バーリングが軽い挨拶。
「あぁ、お疲れ……いや、参ったよ。編成替えの打ち合わせがね。」
「ハハハ、新中隊長は大変っすね…」
「モリタ、君も昇進すれば分かるさ。准尉になったのならもうすぐだぞ…」
他愛ない会話。そのころ、「男湯」の脱衣所…。
「う〜、よく見えない…コンタクトも忘れちゃったし……こっちかな?」
何故か「こちら側」に居る、素っ裸のサクラ。眼鏡をサブリナの部屋に置き忘れ、剰えコンタクトレンズさえ自室に忘れてしまった彼女はあろうことか「男湯」への突撃を決め込んでしまったのである!!!!
風呂場には丁度、並んで頭を洗うシンイチとバーリング。またかけ湯をしているバレンツィーノ大尉。
風呂場の扉が少し開き、その物音にバレンツィーノ大尉が反応。目をやると…………
僅かに見えた、見覚えのある三つ編みのおさげ髪。曇りガラスにぼんやりと浮かぶシルエットは、明らかに女性。
(………アレはまさか、タチバナ嬢ッッッ?!?!いかんッッッ!!!!)
考えるより先に、バレンツィーノ大尉の体が反射的に動く。
風呂場から出ると同時に扉を閉め、サクラにバスタオルを高速で巻く。この間僅かに数秒。
「えッッッ?!何、誰?!嫌……」
驚くサクラに背中合わせとなり、尚且つ顔を伏せた状態のバレンツィーノ大尉が小声で伝える。
「…………タチバナ嬢、私だ。バレンツィーノだ。率直に言おう、君は今『男湯』に居る。」
「うぇぇッッッ?!?!おと、おとこ…うぇッッッ?!?!」
真っ赤になり、さらに慌てふためくサクラ。しかし引き続き小声で優しく諭す。
「大丈夫、大丈夫だ!!……君がここに居る事は、幸いにして私と君しか知らない。もちろん私は誰に言うつもりもないし、君の裸も見ていない。……直ちに服を着て、隣の女湯に行きたまえ。いいね?」
「はッッッ、はいぃぃぃ〜〜〜!!!!」
サクラは超音速で服を着て、足早に男湯から出て行った………。
再び、風呂場内。
「あ〜〜いけね、目にシャンプーが…何も見えねぇ。モリタ、流してくれよ。」
「はぁ??自分でやれよ……ホレ」
バーリングの顔面に全開のシャワーをぶちまけるシンイチ。
「おぶぶぶぶぶゎ、何すんだ溺れるわ!!……ところでよ、さっき誰か入って来なかった?」
「さぁ?…あれ、バレンツィーノ大尉は?」
丁度バレンツィーノ大尉が戻ってきたが、何故か汗だく。
「……あれ?大尉??さっき入って来なかったですか?…デジャヴかな?」
「あ、あぁ…少し、ロッカーに忘れ物をね。ハハハ……」
ジャブロー基地の短い夜は、更けていく。
「………断じて、断じて私は『見て』などいないッッッ!!!!ソフィアあぁぁッッッ!!!!」
叫びながら、バレンツィーノ大尉は水風呂に飛び込んだ。死ぬど。
「うぉッッッ?!?!何?!?!こっわ!!!!」
突然の奇行に、バーリングがドン引きした………。
幕間 疾風(はやて)の紳士、バレンツィーノ 終幕
はい、ハーメルンの皆様読者の皆様お疲れ様です野武士山です!!
今回はジャブロー決着編という事でタイトルの通り色々着きましたね、決着が……!
幕間に登場したジャブローの銭湯風スパは自分が勝手に考えたオリジナルです、でも実際そういうのありそうよね。何たって別の世界線じゃ戦艦内に温泉あるくらいだし。
あともう一話くらい挟んだのちにいよいよ「宇宙編」に突入します、あんま構想練られてないから少し間が空くかもですが勘弁な!!
オリジンの宇宙編あたり、また読み返そうかしら…?
次回は戦いがひと段落、てぇてぇ増し増し故過剰摂取に注意だッッッ!!!!
次回第十九話「宇宙(そら)へ、共に」
お楽しみにッッッ!!!!
…え?「サクラちゃんがそのまま男湯に凸った世界線」も見たかったって?
ダ メ で す ! ! !