俺を孤立させた幼馴染(元男)が俺に惚れていた件、なお俺は一生気づかない 作:七支言
人を能力で選ぶ。
言葉にすれば簡単だが、実際にやってみると、これがなかなか面白い作業だった。
俺が必要としたのは三種類。技術を形にする者、法で固める者、出来たものを売る者。その三つの役割に、いちばんふさわしい人間を一人ずつ。
探しはじめて、すぐ奇妙なことに気づいた。
俺が「使える」と感じる人間は、決まってどこか俺に似ていた。
人懐っこくて誰とでもすぐ打ち解ける、明るいタイプじゃない。むしろ逆。人と人の間に見えない壁を持っている。馴れ合わず、深入りせず、淡々と自分の領域で結果だけを出す。そういう乾いた人間ばかりに、俺の目は吸い寄せられた。
偶然じゃない。俺は人を信じない。だから心を許す必要のない相手を、無意識に選んでいた。情でべたべたしてこない、こっちの領域に踏み込んでこない人間を。
そして面白いことに、そいつらもまた、それぞれの理由で人を信じることをやめた連中だった。
類は友を呼ぶ、というか。友だと思ってないあたりが、また俺達らしいんだが。
※ ※ ※
まず、技術を担う開発者を見つけた。牧瀬。大学の同期で、能力は俺の上を行く奴だ。
牧瀬は、俺が会った中でいちばん冷静な人間だった。感情でものを言わない。何かを判断するとき、好き嫌いもしがらみも一切挟まない。事実と論理と効率だけで全部を決める。話していて心地いいほど無駄がなかった。あいつから見ても、俺は付き合いやすい相手らしい。
牧瀬は別に、何かに傷ついてそうなったわけじゃないらしい。
「ずっと観察して、考えてきた結論なんで」と、あいつは鼻から息を抜くみたいに言った。「人間関係はコストが高くて、リターンが不確かで、要するに割に合わない。だから最小限にしてる。それだけです」
痕じゃない。最初からそう設計されている。
計算の果てに、人を信じることの非効率を淡々と見切った人間。俺の諦観が孤独の底で見つけた苦い結論なら、牧瀬のそれは机の上で導き出された冷たい定理だった。道は違っても、たどり着いた場所は同じ。牧瀬とは感情を一切挟まずに、結論だけをやり取りできた。これ以上ないほど楽な相手だった。
※ ※ ※
次に、法を担う弁護士を見つけた。早乙女。アプリ販売の際のトラブルで世話になった事務所の、まだ若い弁護士だ。
早乙女は牧瀬とはまた違った。冷静で有能で、契約や法律のことになると誰より頼りになる。けど早乙女の乾き方には、どこか湿ったものが隠れていた。
俺の目はそれを見抜いた。
早乙女はかつての俺と同様に人を信じる人間だったんだろう。信じて、信じられて、そして――その関係の中で誰かを深く傷つけたことがあるんじゃないか。確かめたわけじゃない。詳しいことは知らないし、知る必要もなかった。ただ、早乙女の目の奥には消えない罪の意識みたいなものが沈んでいた。
だから早乙女は法に逃げ込んだんだと思う。法律は非情だ。感情を挟まない。誰が相手でも同じルールを同じように適用する。その非情さの中に身を置くことで、二度と人を傷つけないよう自分を律していた。情ではなく条文で人と関わる。それが早乙女なりの距離の取り方だった。
俺とはまた別の種類の、人を信じない人間。けど結局は同類だった。
※ ※ ※
最後に、売る役割を担う営業を見つけた。戸塚。アプリの売り込みの際に、相手企業の担当として現れた人間だ。
戸塚がいちばん変わっていた。
人当たりは抜群によかった。誰とでもすぐ打ち解ける。相手の懐にするりと入り込み、いつのまにかその気にさせている。営業として、これ以上ない才能だった。
なのに、戸塚の内側は空っぽだった。
誰よりも人の心をよく理解していた。何が人を動かすか。何を言えば喜ぶか。何を見せれば買うか。完璧に読み切る。なのに戸塚自身は、何も感じていなかった。相手の心を理解はする。けど共感はしない。人の感情を操作すべき変数として冷静に見ているだけで、自分の心がそれに揺れることはない。
だから戸塚の判断は、絶対にブレなかった。情に流されて損な取引をすることもない。引くべきところではきちんと引く。感情という、計算を狂わせる雑音が戸塚には最初からなかった。
傷ついて人を信じなくなったんじゃない。信じるという回路が、そもそもない。最初から感情の土俵に立っていない。俺たちが考え抜いて、あるいは傷ついてたどり着いた場所に、戸塚は生まれたときから立っていた。
「あはは、買いかぶりすぎですよ」と戸塚は明るく笑って、すぐ真顔に戻った。その切り替えの速さが、何よりの証明だった。
これが天然の才能か、と俺は思った。
俺の中にはまだ、消しきれない何かがある。かつての温かさの残骸みたいなものが、まだどこかに。だからときどき、それが疼く。けど戸塚にはそれすらない。完全に乾いている。羨ましいような、空恐ろしいような、不思議な気分だった。
※ ※ ※
こうして三人が揃った。
別々の道を歩いて、別々の理由で、けど全員が同じ場所にたどり着いた連中。誰も人を信じていない。誰も馴れ合いを求めていない。それぞれが自分の領域で淡々と結果を出す。
俺たちを結びつけるものは、ただ一つ。
利益だけだ。
友情でも、信頼でも、夢でもない。この事業がそれぞれにとって割に合う。ただそれだけの理由で、俺たちは一つのテーブルに着いた。
だから俺は、関係の作り方を慎重に設計した。
まず、会社の出資は全額、俺が持った。一株も分けなかった。
共同経営者は作らない。対等なパートナーも置かない。なぜなら、それは信頼を前提とするからだ。運命を共にする相手を俺は信じられない。だから最初からそういう関係を作らなかった。
三人にはあくまで能力に応じた報酬を支払う。報酬の条件は全て明文化した。誰が何をすればいくら受け取れるか。曖昧さを一切残さなかった。そして仕組みをこう設計した――誰かが裏切っても、絶対に得をしないように。
裏切るより、誠実に働くほうが儲かる。
そういう構造にしておけば、信頼は要らない。相手の良心に期待する必要もない。各自が自分の利益を合理的に追求すれば、結果として全員が誠実に働くことになる。
人を信じなくていい。仕組みを信じればいい。
それはまさに、俺が孤独の底で見つけたあの考えの実践だった。人は裏切る。でもよくできた仕組みは裏切らない。俺はその思想を、一つの会社という形に組み上げた。
三人もその仕組みをすぐ理解した。あいつらも信頼なんてものを当てにしていなかったからだ。明文化された裏切る動機のわかない仕組み。それは人を信じない人間同士が、唯一安心して組める形だった。
俺たちは握手すらしなかった。ただ契約書にサインした。それで十分だった。
心を通わせる必要はなかった。互いを好きになる必要も。ただそれぞれが能力を出し、決められた取り分を受け取る。乾いた、けどこれ以上ないほど安定した関係が、そこに生まれた。
こうして俺の城の、最初の石垣が積まれた。
誰の好意にも頼らず、誰の悪意にも怯えない。利害だけで噛み合った、四つの歯車。
それは、俺がずっと欲しかったものだった。
……ひとつだけ言っておく。この四つの歯車は、本当によく回った。よく回りすぎて、俺はこのあと自分が何を手に入れて何を手に入れ損ねたのか、長いこと気づかないままになる。
まあ、それも順番に話そう。