俺を孤立させた幼馴染(元男)が俺に惚れていた件、なお俺は一生気づかない   作:七支言

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静かに人を干す技術

 人が一人、社会的に干されていく過程というのは、わりと地味だ。

 

 ドラマみたいに机に花瓶は飾られない。上靴に画鋲も入らない。そういう分かりやすいやつはまだ救いがある。証拠が残るからだ。被害届が出せる。

 

 俺が食らったのは、もっと上等なやつだった。

 

 始まりは、本当に些細なことだった。

 

 昼休み、クラスの何人かと喋っていると、薫がやってくる。

 

「直己、ちょっといい? 相談したいことがあって」

 

 断る理由がない。幼馴染の頼みだ。俺は話の輪を抜けて、薫についていく。

 

 これが、何度もあった。

 

 薫の相談はだいたい他愛なかった。進路がどうとか、家のことがどうとか。深刻なときもあれば、今思えば俺を呼び出すための口実にしか見えないときもあった。だが当時は一ミリも疑わなかった。昔から薫は何かあれば俺に話す。一日三回食事するのと同じくらい当たり前のことだった。

 

 ただ、気づけば俺は、教室の輪から抜ける回数が妙に増えていた。

 

 前にも言った通り、この時期の人間関係は双葉だ。二言三言を交わすところまで来た相手も、その二言三言を重ねる機会が減れば、あっさり他人に戻る。俺が輪を抜けるたび、輪は俺抜きで回り続ける。で、戻ったときには俺の入る隙間が心なしか狭い。

 

 一回ごとは誤差だ。気のせいで片付く。

 

 だが、誤差も百回も足せば誤差じゃなくなる。

 

※ ※ ※

 

 次に来たのは、噂だった。

 

 ある日、隣の席の奴が、やけに気まずそうに俺を見た。

 

「真田って、前の中学で……いや、なんでもない」

 

 なんでもなくないだろ。続けろよ。

 

 追いかけて聞き出してみると、出てくる出てくる。曰く、俺は前の中学で女子と揉めたらしい。曰く、金の貸し借りでやらかしたらしい。曰く、人の手柄を横取りする癖があるらしい。

 

 全部、初耳である。俺の人生にそんな波瀾万丈は実装されていない。

 

 しかも困ったことに、どれも具体的な出所がない。「誰々が言ってた」と辿っていくと、その誰々も「誰かから聞いた」と言う。煙を素手で掴もうとする感じ。掴めないのに、部屋は確実に煙くなる。

 

 反論しようにも、相手がいない。空気と戦う羽目になる。空気は強い。孤軍奮闘したところで手応えすらないのだ。

 

 唯一、俺の無実を保証できる人間がいた。

 

 昔から俺を知っている、たった一人。

 

 薫だ。

 

 俺は薫に話した。最近、変なことになってる、と。薫は親身に聞いてくれた。眉をひそめて、ひどいね、と言って、それから――

 

「ぼくからもみんなに言っておくよ。直己はそんなことしないって」

 

 心強かった。

 

 学校一の発信力を持つ人間が、俺の保証人になってくれる。これで噂も収まるだろう。俺は素直にそう思った。礼まで言った。

 

 ……今の俺が当時の俺の肩を掴んで揺さぶりたいのは、だいたいこの辺だ。

 

 噂は、収まらなかった。

 

 収まるどころか、形を変えて再燃した。薫が俺を庇えば庇うほど、なぜか事態は悪化した。

 

 あとから導線を辿れば、理屈は分かる。学校一の人気者が、学校の嫌われものをわざわざ庇うのだ。そうなのか、という納得よりも何であんな奴を?という疑念のほうが先に立つ。嫉妬も加わって、もしかして弱みを握られているのかという方向に話が進んでいく。こうなるともう止まらない。

 

 もちろん当時の俺にそんな構造は見えない。見えたのは、善意の薫が一生懸命動いてくれているのに、状況が悪くなるという、ただの理不尽だけだった。

 

 薫は悪くない。そう信じていた。

 

「あいつが俺に都合の悪いことなんてするわけ……」と言いかけて、俺は首を振った。誰が悪いとか、そういう話じゃない。運が悪い。タイミングが悪い。そういうことにしておくのが、いちばん波風が立たなかった。

 

※ ※ ※

 

 半年もすると、俺の立ち位置は教室の隅に定着した。

 

 物理的な話じゃない。心理的な隅。同じ教室にいるのに、半径一メートルだけ気圧が違う場所。そこが俺の定位置になった。

 

 昼飯は一人。グループ分けでは余る。文化祭の準備では、誰からも仕事を振られず、振られないから手持ち無沙汰。で、手持ち無沙汰なやつは余計に浮く。浮いたやつには誰も話しかけない。永久機関が完成しちまった。エネルギー保存則を無視して孤立だけが回り続ける。

 

 なんでこうなった。

 

 俺は俺なりに考えた。考えて、ひとつの結論に着地した。

 

 妬まれてるんだ、と。

 

 考えてみれば当然だった。俺は学校一の美少女の特等席にいる。全校生徒が憧れる相手のいちばん近く。なのに俺ときたら、顔も普通、成績も普通、何の取り柄もない。

 

 そんな無印が、なんであの席を独占してるんだ。

 

 ふざけるな、というのがみんなの本音なんだろう。俺だって逆の立場なら同じことを思うだろう。なんで、あんな冴えない男が、と。

 

 つまり、これは嫉妬だ。身の程知らずが分不相応な席に座っているから、引きずり下ろされかけている。そう考えると、何もかも筋が通った。気持ちいいくらいだ。

 

 筋が通ると、人は安心する。安心したくて筋を通すのかもしれないが。

 

 俺はその結論で納得した。妬みなら仕方ない。俺が悪いわけでも、薫が悪いわけでもない。ただ俺の立ち位置が高望みだっただけ。胸の底の澱が一枚増えたが、いつも通り、底に沈めた。

 

 仕方ない。妬みだ妬み。

 

 ――この自己解決が、たぶん俺の人生で最初の、致命的な判断ミスだった。

 

 俺は犯人を探すのをやめた。「妬み」という名前のない犯人を作り上げ、捜査を打ち切った。おかげで真犯人は、追われることなく悠々と仕事を続けられた。

 

 その真犯人が誰なのか、俺はこのあともずいぶん長いあいだ気づかない。気づいたのは、何もかも終わって、取り返しもつかなくなった、ずっと後のことだ。そしてその時でさえ、いちばん肝心なことは、とうとう分からずじまいだった。

 

 ヒントだけ置いておく。

 

 その頃、俺がいちばん安心して隣にいられた人間。俺の無実を誰より熱心に保証してくれた人間。俺が孤立する夜、いちばん優しく話を聞いてくれた人間。

 

 犯人は、ずっと、俺の隣で笑っていた。

 

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