俺を孤立させた幼馴染(元男)が俺に惚れていた件、なお俺は一生気づかない   作:七支言

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犯人はぼく

 ずっと、誰にも言えなかったことがある。墓まで持っていくつもりだった。でも、もう、いいだろう。きみに、本当のことを話す。

 

 きみを孤立させた犯人を、きみは結局、見つけられなかった。ぼくは知っている。

 

 犯人は、ずっと、きみのいちばん近くにいた。

 

 ぼくだ。

 

 最初に、洗いざらい白状しておく。噂を流したのも、輪から引き剥がしたのも、庇うふりをして容疑を重くしたのも、全部ぼくだ。動機もある。手口もある。情状酌量の余地は、まあ、あんまりない。

 

 笑えるよね。きみがいちばん信じてた幼馴染が、きみを干してた張本人。

 

 でも、聞いてほしい。言い訳をさせてくれ、とは言わない。言い訳にすらならないから。ただ、なんでこんな馬鹿をやったのか。その経緯だけは、残しておきたい。

 

 いつから好きだったか、と訊かれると困る。

 

 気がついたら好きだった、としか言いようがない。あの砂場で、トンネルを掘ってみせたとき。きみが本気で「すげー!」と叫んだとき。あのとき胸に灯った何かを、ぼくはたぶん、消し方を知らないまま大人になった。

 

※ ※ ※

 

 問題が一つあった。

 

 ぼくは男で、きみも男だった。

 

 これは、当時のぼくにとって、けっこう大きな札だった。好きだという気持ちに「だめ」という赤い判子を押すには十分な大きさ。男が男を好きでいい、と頭では分かっていた。世の中にそういう人はいる。悪いとも思わない。

 

 ただ、自分のこととなると話が別、というやつだ。人間はだいたいそうできている。他人の自由には寛大で、自分の自由には臆病。

 

 だからぼくは、封印した。

 

 好きだという気持ちを、いちばん奥の部屋に押し込めて、鍵をかけた。そして、その部屋の前で、何食わぬ顔の門番をやることにした。幼馴染として。男友達として。きみの隣にいるのに最適化された、便利な顔。

 

 不思議と、苦しくはなかった。隣にいられれば、それでよかったから。

 

 ……今これを書いていて、当時の自分の健気さに少し泣きそうになっている。やめておこう。健気だったのは事実だが、そのあと盛大に台無しにするので、感動するだけ無駄だ。

 

※ ※ ※

 

 きみは、人を惹きつける子だった。

 

 本人はまるで気づいていなかったけど。きみはただ、人の良いところを見つけて、それを口に出していただけだ。あいつは絵がうまい、あの子は相槌の天才だ。なんの打算もなく、心の底から。

 

 言われた側は、自分でも知らなかった自分の値打ちを、きみの言葉で初めて知る。

 

 そんな目で見てもらえたら、誰だってきみを好きになる。

 

 ぼくが、そうだったように。

 

 でね。ここがぼくの地獄だったんだけど。

 

 きみのその目は、誰にでも向くんだ。

 

 クラスの誰にでも、たまたま隣り合った子にでも、分け隔てなく。きみはそれを優しさだと思ってたんだろう。実際、優しさだった。文句のつけようのない、きれいな優しさ。

 

 でもぼくには、それが何より怖かった。

 

 きみのあの目は、ぼくだけのものじゃない。今日はぼくの隣にいても、明日には別の誰かの良いところを見つけて、そっちへ歩いていくかもしれない。きみを好きになる人間なんて、ぼくのほかにいくらでもいる。きみはいつか、誰かに見つけられて、連れていかれる。

 

 その想像は、ぼくの胸を毎回きれいに冷やした。

 

 ――後から思えば、滑稽な話だ。きみがいちばんたくさんその目を向けてた相手は、ほかでもないぼくだったのに。きみはぼくの良いところを、誰よりたくさん見つけて、誰よりたくさん口にしてくれてた。

 

 なのにぼくは、その称賛を数えるどころか、その目が他人へ逸れる瞬間ばかり、怯えて待ってた。

 

 きみは自分の魅力を知らなかった。ぼくは、目の前に積まれていく「すげえ」の山を見落として、まだ手に入らないものばかり怖がっていた。お互い、いちばん大事なところで目が節穴だったわけだ。

 

※ ※ ※

 

 そんな宙ぶらりんのまま、高校に上がった。

 

 地元の人間がほとんどいない、少し離れた進学校。きみとぼくの昔を知ってるのは、もう互いしかいない場所。

 

 ――この意味を、当時のぼくはまだ、深くは考えていなかった。後で最大限に悪用することになるとも知らずに。

 

 そして、五月。ぼくは女になった。

 

 最初は、ただ怖かった。自分の身体が自分のものでなくなっていく。鏡の中の顔が、日に日に知らない誰かになる。受け止めるだけで精一杯で、好きだの恋だの考える余裕はなかった。

 

 でも、ある夜、ふと気づいてしまった。

 

 ぼくはもう、男じゃない。

 

 その瞬間、いちばん奥の部屋の鍵が、音もなく外れた。

 

 何年も封じてたものが、堰を切って溢れた。長く閉じ込めてた分、圧が異常だった。好きだ。ずっと好きだった。そして今、ぼくを縛ってた「男同士だから」の札は、もうどこにもない。

 

 心の準備? あるわけない。病はぼくの都合なんて聞かずに身体を変えて、ついでにぼくの封印も勝手に叩き割っていったんだから。

 

 溢れたものは、行き場を求めて暴れた。隣にいるだけじゃ足りなくなった。きみが欲しくなった。ぼくだけのものにしたくなった。

 

※ ※ ※

 

 女になったぼくには、力があった。

 

 廊下を歩けば視線が集まる。話しかけられる。輪ができる。前からあった人を惹きつける力が、病のおまけで一段跳ね上がっていた。皮肉な話だ。ぼくを苦しめる恋を、ぼくに叶えさせる道具を、病は一緒に置いていった。

 

 最初に浮かんだのは、いちばん単純な道だった。

 

 告白すればいい。好きだと言えばいい。

 

 きみは人を形で測らない。それはぼくが誰より知ってた。きみなら、ぼくが女になったことなんて――。

 

 そこまで考えて、足が止まった。

 

 でも、と思った。

 

 きみの中のぼくは、ずっと「男友達」だ。十年あまり、きみはぼくをそういう存在として見てきた。砂場でトンネルを掘った男の子。隣で馬鹿をやった幼馴染。その積み重ねは長くて、重い。

 

 今さら女として好きだなんて言われても、きみは困るだけじゃないか。これまでの関係が、ぼくの告白ひとつで気まずく変質するんじゃないか。きみは優しいから、はっきりは拒まない。でもその優しさがいちばん怖い。やんわり距離を置かれて、あの心地よかった時間ごと失ったら――。

 

 元男のぼくを、きみが恋愛の相手として見るわけがない。

 

 いつのまにか、ぼくはそう思い込んでいた。

 

 当時のぼくには、それが確かめるまでもない事実に思えた。動かしようのない現実に。

 

 ……今これを読んでいる人は、たぶん思っているだろう。確かめろよ、と。一回訊けよ、と。

 

 その通りだ。ぐうの音も出ない。でも当時のぼくは、確かめなかった。いちばん怖い未来を勝手に選び取って、それが現実だと信じ込んだ。

 

 正面から行けば負ける。きみとの関係を全部失う。

 

 ――なら、正面からは行かない。

 

 ぼくの中で、何かが静かに歪んだ。

 

※ ※ ※

 

 告白して断られるくらいなら。きみがいつか他の誰かに連れていかれるのを指をくわえて見てるくらいなら。

 

 きみが、ぼく以外の誰のところへも行けないようにしてしまえばいい。

 

 きみの逃げ場を、一つずつ塞ぐ。きみの周りから人を遠ざける。新しい関係を築けないように輪から引き剥がす。きみが頼れる相手を、ぼくだけにする。そうして孤立したきみは、最後にはぼくだけを頼るしかなくなる。ぼくだけを、見るしかなくなる。

 

 幸い、道具は揃っていた。人を動かす力。昔を知る者が互いしかいない都合のいい舞台。きみの輪郭を、ぼくの囁き一つで好きに描ける環境。

 

 ぼくは、それを使うことにした。

 

 好きだと伝える代わりに、きみを閉じ込める道を選んだ。きみの世界を、ぼく一人だけにする道を。

 

 醜いって分かってなかったわけじゃない。分かってた。分かってて止められなかった。長く封じすぎた気持ちは、まっすぐ伝える方法を忘れていて、歪んだ形でしか外に出られなくなっていた。

 

 ごめんね、と心の中で呟いた。ごめんね。でも、きみを誰にも渡したくないんだ。

 

 そうしてぼくは、いちばん近くで微笑みながら、きみの逃げ場を一つずつ塞ぎはじめた。

 

 きみが「妬まれてんのかな、まあ仕方ないか」なんて、ぼくの隣でぽつりとこぼすのを、聞きながら。きみは自分でそう結論づけて、それで納得してしまっていた。ぼくは「そうかもね」とでも相槌を打ったんだと思う。よく覚えてない。覚えていたくないだけかもしれないけど。

 

 ね。言ったでしょう。

 

 情状酌量の余地、あんまりないって。

 

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