俺を孤立させた幼馴染(元男)が俺に惚れていた件、なお俺は一生気づかない   作:七支言

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善意という名の自爆ボタン

 人間が人生で押す自爆ボタンには、たいてい「善意」というラベルが貼ってある。

 

 赤くて、でかくて、「押すな」と書いてあるボタンならまだ理性が止める。厄介なのは、いい人ぶった顔で「これを押せばみんな幸せ」と囁いてくるやつだ。俺が押したのは、そっちだった。

 

 季節が二つ三つ巡っても、俺の立ち位置は教室の隅のままだった。

 

 むしろ孤立は静かに深まっていた。最初にあった「誤解を解こう」という気力は、とっくに蒸発して無くなっていた。抗っても無駄だと学習すると人は抗わなくなる。水槽に入れられた溺れるネズミは出口がなければいずれ諦める。

 

 俺の話し相手は、もう薫だけになっていた。

 

 それでもよかった。少なくとも、そう思おうとしていた。薫さえいれば他は要らない。周りのすべてが俺を遠ざけても薫だけは隣にいる。その一点が、かろうじて俺を支えていた。

 

 ところがだ。人間というのは、度し難いことに支えが一本になると、今度はその一本に申し訳なさを感じ始める。

 

 欲深いんじゃない。逆だ。卑屈になるのだ。

 

※ ※ ※

 

 ある日の昼休み。

 

 薫がいつものように俺の隣に来て、なんでもない話で笑っていた。その様子を、少し離れたところから何人かが見ているのに気づいた。

 

 視線には羨望があった。薫と親しげに話せる俺への、隠しきれない羨ましさ。そして、その羨望のすぐ裏に別のものが透けていた。

 

 なんで、あいつなんかが。

 

 声には出ていない。でも、視線がはっきりそう語っていた。なんであんな冴えない、噂まみれの、隅っこの男があの子の隣を独占してるんだ、と。

 

 その視線に晒されて、俺はふいに理解した――いや、理解した気になった。この差が後でデカいんだが、当時は区別がつかなかった。

 

 ああ、そうか。

 

 俺は、薫の邪魔をしているのか。

 

 考えてみれば当たり前だった。薫は学校でいちばん人を惹きつける存在だ。みんなが憧れ、近づきたがっている。なのに薫のいちばん近くには、いつも俺がいる。何の取り柄もない、全校から疎まれている、この俺が。

 

 薫は優しいから、昔からの幼馴染を邪険にしない。だから隣にいてくれる。でもそれは――薫にとって、重荷なんじゃないか。

 

 俺なんかを隣に置いてるせいで、薫まで変な目で見られてるんじゃないか。「あの子、なんであんなのと一緒にいるの」と。薫の輝きを、俺という染みが曇らせるんじゃないか。

 

 一度そう思うと、考えは止まらなくなった。

 

 ここで言っておきたい。この推論、ひとつひとつのステップは、そんなに間違ってない。俺が疎まれてるのは事実。薫が眩しいのも事実。問題は、事実を並べてその上に完全な妄想を接続したことだ。

 

 俺は「薫が俺を孤立させている」という真相には、かすりもしなかった。代わりに「俺が薫の足を引っ張っている」という、真逆の結論にたどり着いた。

 

 ご丁寧に、証拠まで自分で捏造した。

 

 噂が立つたび薫は庇ってくれた。あれは俺の尻拭いをさせていたんじゃないか。薫が俺を呼び出すのも、孤立した俺を気遣ってのことじゃないか。優しい薫が、無理して俺のそばにいてくれてるんじゃないか。

 

 全部、ベクトルが逆だった。薫が俺を呼び出すのは孤立させるためで、庇うのは疑いを深めるためだった。でも当時の俺は、同じ事実を百八十度ひっくり返して、自分を責める材料にした。

 

 我ながら器用なものだ。誰も褒めちゃくれないが。

 

※ ※ ※

 

 俺は、薫にとってのお荷物だった。

 

 その結論に着地したとき、不思議なほどすとんと腑に落ちた。

 

 俺はずっと薫に敵わなかった。顔も、頭も、何もかも。何をどう並べても勝てるところが一つもない。そんな俺が薫のいちばん近くという最高の席を、ずっと占め続けている。

 

 分不相応にもほどがあるわな。

 

 みんなが俺を妬むのも当然だ。俺は自分の値打ちに見合わない席に居座って、おまけに薫にまで迷惑をかけている。

 

 なら、答えは一つしかない。

 

 俺が、隣からいなくなればいい。

 

 その考えは、最初こそ冷たい刃みたいに胸を刺した。けど、何度も弄んでいるうちに、刃はなぜか温かいものに変わっていった。

 

 これは罰じゃない。俺にできる、たった一つの恩返しなんだ、と。

 

 ……今の俺はここで頭を抱える。恩返し。よりによって恩返しときた。世界一いらない親切というものがあるとすれば、これだ。他の誰も望んでいない自己犠牲ほど、迷惑なものはない。

 

 でも当時の俺は、本気でそう考えていたのだ。

 

 薫はずっと優しくしてくれた。みんなが離れる中、最後まで隣にいてくれた。その薫に俺が返せるものは何もない。頭も顔も力もない。

 

 でも一つだけできることがある。

 

 いなくなることだ。

 

 俺がいなくなれば、薫は重荷から解放される。俺という染みが消えれば、薫の輝きは何にも邪魔されずに世界を照らせる。隣にはもっとふさわしい誰かが座ればいい。薫と釣り合う、眩しい誰かが。

 

 それが薫のためだ。

 

 薫のことが好きだった。恋とかじゃない。ただ幼馴染として、世界でいちばん大事だった。その大事な薫のために俺ができる唯一のこと。それが自分から消えることだというなら、

 

 やってやろう。

 

 そう決めた。薫から、離れよう。

 

 静かに、波風を立てずに。薫が気に病まないように、自然に。少しずつ距離を取って、いつのまにかいなくなった、という形にしよう。薫が「行かないで」なんて言わずに済むように。何の罪悪感も残さないように。

 

 それが、俺にできる最後の優しさだと思った。

 

※ ※ ※

 

 ――あの頃の俺は、何も分かっていなかった。

 

 俺が「薫のため」と信じて選んだその道を、薫がどう受け止めるのか。静かに消えるはずだった俺の計画が、これからどうなっていくのか。

 

 何ひとつ、分からないまま。

 

 俺はただ、これが最善手だと信じて、盤上で自分の玉を自分から詰ませにいこうとしていた。

 

 笑えるだろ。

 

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