俺を孤立させた幼馴染(元男)が俺に惚れていた件、なお俺は一生気づかない   作:七支言

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幕間・捨てられた夜と、武装のはじまり

 きみが、ぼくを捨てた夜の話をしよう。

 

 教室を出てから家まで、どう帰ったか覚えていない。気づいたら自分の部屋の暗いベッドの上に座り込んでいた。鞄を放り出し、制服のまま膝を抱えて。

 

『もう、無理に俺に付き合わなくていい』

 

 きみの声が、何度も頭の中で繰り返される。軽い口調で、笑みまで浮かべて、きみはそう言った。お前はもっとふさわしい連中といるべきだ、俺なんかといてもお前のためにならない、と。

 

 ふさわしい連中。

 

 そんなもの、ぼくは一人もいらなかったのに。

 

 ぼくが欲しかったのは、きみだけだった。世界中の誰よりもきみだけ。なのにきみは、自分から離れていくと言う。ぼくの手の中から、するりと抜けていこうとする。

 

 なんで。

 

 なんで、こうなった。

 

 ぼくは間違えていなかったはずだ。きみの逃げ場を一つずつ塞いだ。周りから人を遠ざけて、頼れる相手をぼくだけにした。計画通り、すべては進んでいた。きみは孤立して、最後にはぼくだけを頼るようになる。そのはずだった。

 

 なのに、きみは、ぼくにすら頼ろうとしなかった。

 

 孤立したきみは、ぼくに寄りかかる代わりにぼくからも離れることを選んだ。ぼくが最後の一本の糸として残しておいたつもりの逃げ道まで、きみは自分の手で断ち切った。

 

 ぼくは、何かを決定的に読み違えていた。

 

 ――後から思えば、答えは単純だ。きみを閉じ込めれば、きみはぼくのものになる。その考えそのものが、根っこから間違っていた。閉じ込められたきみは、ぼくのものになるどころか、何も信じられない、誰にも寄りかからない、空っぽの何かになろうとしていた。ぼくはきみを手に入れるために、きみがぼくに寄りかかる理由そのものを、壊してしまったんだ。

 

 でも――そのことに、まだぼくははっきりとは気づいていなかった。

 

 その夜のぼくの胸を満たしていたのは、理屈じゃない。ただ、引き裂かれるような喪失感だけだった。きみがいなくなる。ぼくの隣からきみが消える。その事実だけが、何度も何度もぼくを苛んだ。

 

 ぼくは泣いた。声を殺して、長いあいだ泣いた。

 

 ……こうして書くと悲劇のヒロインみたいだけど、自業自得だ。自分で墓穴を掘って、自分で落ちて、暗いと泣いている。同情の余地は相変わらずない。

 

 それでも、泣き尽くしたあとに残ったものはあった。

 

 諦め、ではなかった。

 

 まだだ、と思った。

 

 まだ終わっていない。今は離れていく。でも永遠じゃない。ぼくたちはまだ若い。これから先、いくらでも時間はある。いつか、きっと、もう一度。

 

 そのときこそ、ちゃんと――。

 

 いや。その「ちゃんと」が何なのか、ぼくはまだ言葉にできなかった。ちゃんと告げる、なのか。ちゃんと取り戻す、なのか。あるいはまた別の手で今度こそ逃がさないようにする、なのか。

 

 自分でもどれだか分からなかった。分からないまま、執着だけがはっきりと残った。

 

 きみを諦めない。

 

 どんなに離れても、ぼくはきみを諦めない。いつか必ずきみのところへ、もう一度。

 

 暗い部屋の中で、ぼくはそう誓った。

 

 その誓いが、これから何年もぼく自身を縛りつける鎖になるとも知らずに。

 

※ ※ ※

 

 俺は大学に進学した。

 

 薫とは違う大学をわざわざ選んだ。同じ街にいるだけでどこかですれ違う気がして、それすら避けたかった。薫のいない場所で、一から始めたかった。

 

 薫と決別してからの高校生活を、俺はひたすら勉強に費やした。

 

 孤独には一つだけ利点がある。時間が有り余ることだ。誰とも付き合わず何の誘いもない毎日は、まるごと机に向かう時間に変換できる。俺はそれを全部、勉強に注いだ。

 

 成績は面白いように伸びた。もともと薫の隣で勉強する癖はついていた。あとは注ぐ時間の問題でしかない。志望できる大学のランクもみるみる上がっていった。

 

 俺にとって勉強は、もう夢のためのものじゃなかった。

 

 武装だった。

 

 人を信じずに生きると決めた以上、俺は一人で立たなきゃいけない。誰の助けも当てにできない。そんな生き方を支えるのは、結局、自分自身の力だけだ。

 

 だから力を蓄える。一つでも多くの知識を、一つでも高い学歴を、自分という城の石垣として積み上げていく。

 

 大学では専攻の勉強だけに留まらなかった。俺は手当たり次第に、生きるための知識を漁った。

 

 金融を学んだ。金がどう動き、どう増え、どう守られるのか。複利の恐ろしさと頼もしさ。金は感情を持たない。妬みもしないし、裏切りもしない。ルールに従って淡々と増減するだけだ。その透明さが、俺にはひどく信頼できるものに見えた。

 

 法律を学んだ。社会というシステムがどういう構造をしているのか。自分の身を守るにはどう使うのか。契約とは何か。法は気分で変わらない。誰が相手でも同じ条文が同じように適用される。人の心よりずっと当てにできた。

 

 生活の技術も身につけた。一人で、誰の手も借りずに生きていく術を。

 

 俺の目標は、要するに独立だった。誰にも依存しない、誰にも左右されない、自分の力と信頼できる仕組みだけで完結して生きていける状態。それが目指す場所だった。

 

 その独立を最も確実に支えるものが何か、俺は考え続けた。

 

 答えはわりと早く見えた。

 

 金だ。

 

 身も蓋もないが、結局それに尽きる。十分な金があれば、人はほとんどのことから自由になれる。働かなくていい。嫌な人間と無理に付き合わなくていい。誰かの機嫌を取らなくていい。理不尽に頭を下げなくていい。金は、人間関係という不確かなものから人を解放してくれる。

 

 欲しかったのは莫大な富じゃない。ただ、二度と誰かに頼らずに済むだけの基盤。何があっても一人で立っていられる土台。それを与えてくれるのが金だった。

 

 では、どうやって築くか。

 

 俺は自分に何ができるかを冷静に見つめた。幸い、頭は悪くない。大学受験で証明された。そしてもう一つ、俺には持て余している性質があった。

 

 人を見る、目だ。

 

 昔から俺は、人の中の良いものを見つけるのが得意だった。あの子は何が得意で、どこに秀でているか。自然と見えた。かつてそれは、人を褒めて人を集める力だった。

 

 けど、その目は別の使い方もできる。俺はそう気づきはじめていた。

 

 人の能力を、見抜く目。

 

 誰が何に向いているか。誰をどこに置けば力が活きるか。それを見極める目は、人を動かす立場に立ったとき、とんでもない武器になる。

 

 信じる必要はない。

 

 人を信じるつもりはもうない。でも、人の能力を見抜くことはできる。信頼と評価は別物だ。心を許さなくても、その人間が何に長けているかは冷静に測れる。むしろ感情を挟まない分、目はより正確に働くかもしれない。

 

 俺は技術の世界に目をつけた。とりわけ、これから伸びるであろうAIという分野に。技術を理解する頭と、それを作るための才能を見抜く目。二つを併せ持てば、いずれ大きなものを動かせるかもしれない。

 

 まだ漠然とした予感に過ぎない。けど、方向性は定まりつつあった。知識という石垣を積み、人を見抜く目を研ぎ、いつか自分だけの城を築く。誰にも頼らず、誰にも崩されない城を。

 

 俺は淡々と準備を進めた。大学の四年間を、まるごとそのために使うつもりで。

 

 あの頃の俺は、前だけを見ていた。後ろを振り返ることはもうなかった。薫のことも、ほとんど思い出さなくなっていた。

 

 ――まもなく、薫と再び出くわすことになるとも知らずに。

 

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