俺を孤立させた幼馴染(元男)が俺に惚れていた件、なお俺は一生気づかない 作:七支言
あの再会のあと、ぼくはきみの連絡先を手に入れた。
昔の知り合いを何人かたどれば、難しいことじゃなかった。きみの大学も、住んでいる場所もすぐに分かった。ぼくには人脈がある。人を動かす力もある。その気になれば、きみについて調べるくらい造作もない。
……便利な力だよね。このところ、ずっとこういうことにばっかり使ってる。本来もっとまともな用途があるはずなのに。
ぼくはきみに連絡を取った。今度、食事でもどうか、と。久しぶりにゆっくり話したい、と。
返事はすぐには来なかった。何日か経って届いたそれは、短かった。悪いけど忙しいから、と。たった、それだけ。
ぼくは引き下がらなかった。
諦めない、と誓った夜のことを、ぼくは忘れていなかった。一度や二度断られたくらいで引くわけにはいかない。日を変え、口実を変え、きみの予定に合わせると言って、何度も誘いを送った。
何度目かで、ようやくきみは折れた。
たぶん、断り続けるのも面倒になったんだろう。そんなに時間は取れないぞ、としぶしぶ応じてくれた。
その「しぶしぶ」が、もう痛かった。
昔のきみなら、ぼくの誘いをしぶしぶ受けたりしなかった。むしろいつだって、きみのほうから来て、ぼくの良いところを見つけては、嬉しそうに話しかけてくれた。それがぼくたちの当たり前だった。
その当たり前を壊したのが、ぼく自身だってことは、棚に上げておく。棚はもう、ぼくの罪でいっぱいなんだけど。
※ ※ ※
待ち合わせた店で、きみは時間ちょうどに現れた。
一分の遅れもなく、一分の早さもなく。きっちり約束の時間に来て、向かいに座った。その正確さが、なぜかぼくの胸を冷やした。会いたくて待ちきれなくて早く来る、ということが、きみにはもうないんだ。
ぼくは必死だった。
昔の話をした。覚えてる? あの頃こんなことがあったよね。あの夏、二人で行った場所。あのとき、きみがぼくに言ってくれた言葉。
ぼくはきみとの思い出を、一つずつテーブルに並べた。その一つひとつが、ぼくにとっては宝物だった。きっときみにとっても――そう、思いたかった。
でも、きみは。
「ああ、そんなこともあったな」
そう言って、薄く笑うだけだった。
懐かしむでもなく、嫌がるでもなく。遠い昔の、どうでもいい記録を確認するように。ぼくが差し出した宝物を、きみは手に取りもせず、ただ眺めていた。
ぼくはもっと踏み込んだ。
「ねえ」
声が震えないように気をつけながら。
「もしよかったら、なんだけど。これからときどき、会えないかな。昔みたいに。ぼく、きみと、また――」
そこで、きみがぼくを見た。
その目に、ぼくはぞっとした。
冷たいわけじゃない。怒っているのでも、拒んでいるのでもない。ただ、きみの目はぼくをまっすぐ値踏みしていた。
この女はぼくに何の用があるのか。会って何を得ようとしているのか。この誘いにはどんな意図があるのか。きみの目はそういうことを、静かに計算しているように見えた。
昔、きみがぼくを見ていた目は、そうじゃなかった。
きみはぼくの良いところを見つけてくれる目で、ぼくを見ていた。ぼくの中の光をまっすぐ見つめてくれる、温かい目で。
でも今ぼくを見ているのは、まったく別の目だった。相手が自分にとって利益になるか害になるか。それだけを見極めようとする、感情の入る隙間のない、冷たい機械みたいな目。
きみは、人を信じることをやめていた。
そしてぼくのことも――あれほど近くにいたぼくのことすら、ただの「利害を測るべき相手」の一人として見ていた。
「なぜ」と、ぼくはほとんど無意識に尋ねた。「なぜ、そんな目で、ぼくを見るの」
きみは少し不思議そうな顔をした。自分がどんな目をしているか、きみ自身は気づいていないようだった。それがもう、きみにとっての当たり前の目になっているから。
「……どんな目、って?」
きみはそう聞き返した。本当に分かっていない様子で。
ぼくは答えられなかった。
喉の奥に言葉がつかえた。きみが昔と変わってしまったのはぼくのせいだ、なんて。きみが人を信じられなくなったのは、ぼくがきみを孤立させたからだ、なんて。言えるはずがなかった。
ぼくはようやく、思い知りはじめていた。
ぼくが何を壊したのかを。
ぼくはきみをぼくだけのものにしたかった。だから周りから人を遠ざけた。きみが誰も信じられなくなるように、きみの世界をぼくだけのものにしようとした。
でもその結果、きみはぼくのことも信じられなくなった。
ぼくは、きみの人を信じる心そのものを壊してしまったんだ。きみがぼくを好きになってくれるための、いちばん大事な部分を、ぼく自身の手で潰した。
ぼくが欲しかったきみは、もうどこにもいなかった。目の前にいるのは、ぼくが壊した抜け殻みたいなきみだった。
……笑えないよね。さすがにこれは、ぼくも笑えない。
それでも、ぼくは諦められなかった。諦められない自分が、自分でも嫌になるくらいに。
「ごめん」と、ぼくは小さく言った。「なんでもない。変なこと言って」
きみは軽く肩をすくめて、それ以上は追及しなかった。興味がないのだ。ぼくがなぜそんなことを言ったのか、その理由を探ろうという気すら、きみにはない。
約束の短い時間が過ぎると、きみは迷いなく席を立った。
「じゃあ」
それだけだった。
ぼくは去っていくきみの背中を見送った。まっすぐで、揺るぎなくて、何も振り返らない。ぼくのいる世界を置き去りにして、まったく別の方向へ迷いなく歩いていく背中だった。
その夜も、ぼくは泣いた。
でも、あの決別の夜とは涙の意味が違っていた。あの夜はきみを失う痛みで泣いた。今夜は――きみをぼく自身の手で壊してしまったことを、ようやくほんの少しだけ理解して、泣いた。
それでも、まだ、ぼくは諦めるとは言えなかった。
壊したなら直せばいい。きみが人を信じられなくなったなら、もう一度信じさせればいい。時間をかけて。きみの隣にもう一度戻れさえすれば。
ぼくはまだ、そんなことを考えていた。
自分が壊したものの本当の大きさを、まだ何ひとつ分かっていないまま。