俺を孤立させた幼馴染(元男)が俺に惚れていた件、なお俺は一生気づかない   作:七支言

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幼馴染を「資源」フォルダに入れた日

 大学三年に上がる頃には、俺はもうただの学生ではなくなっていた。

 

 学業の合間に、小さな仕事を始めていた。最初はアプリの作成だ。学んだ技術を金に換える。それだけのことだったが、自分の力がそのまま数字になって返ってくる感覚は、悪くなかった。

 

 人の好意に頼らなくても、技術と知識は裏切らずに金を生む。

 

 その手応えが、俺を次の一歩へ押し出した。

 

 個人事業では飽き足らなくなった。いずれはもっと売れる物を作りたい。それにはどうしても個人の力だけでは限界がある。そう思いはじめていた。

 

 目をつけていたのは、やっぱりAIの分野だった。

 

 この技術はこれから爆発的に広がる。誰の目にも明らかだった。問題は、その大きな波にどう乗るかだ。

 

 俺の構想は最初から決まっていた。

 

 高級品では勝負しない。

 

 最先端の、一部の人間しか使えない高価なものを作る気はなかった。そういう市場は強い者同士が限られたパイを奪い合う血みどろの戦場だ。それに、高い金を出す客は関係性を求める。信頼を、人柄を、付き合いを。俺のいちばん苦手なものを。

 

 俺が狙うのは逆だった。

 

 安くて、そこそこ使えて、誰でも手に入るもの。一つあたりの儲けは薄くていい。その代わり数で稼ぐ。広く、浅く、世界中に行き渡らせて、塵が積もるように利益を重ねる。

 

 この売り方には、関係性が要らない。

 

 客は安くて使えるから買う。それだけだ。俺がどんな人間かなんて関係ない。愛想を振りまく必要も、信頼を勝ち取る必要もない。価格と性能という数字だけが勝負を決める。

 

 今の俺の生き方に、これほど合った商売はなかった。

 

 俺はその構想を少しずつ形にしはじめた。

 

 まだ何もない。金も、能力も、製品もない。けど頭の中には確かな設計図があった。あとは一つずつ現実にしていくだけだ。

 

 そのために必要なものを、俺は冷静に数え上げた。技術を形にする人間。法的な部分を固める人間。出来たものを売る人間。そして全体を見て舵を取る、俺自身。

 

 信じられる仲間を探すんじゃない。使える能力を探すんだ。

 

 その違いは決定的だった。仲間なら心を許さなきゃいけない。裏切られる危険を引き受けなきゃいけない。けど能力なら、ただ見極めればいい。この人間は何ができて、何ができないか。それさえ正確に測れれば、心を許す必要はどこにもない。

 

 俺の目は、そのためにある。

 

※ ※ ※

 

 そんなある日、また薫から連絡が来た。

 

 あれから薫は、ときどきこうして連絡を寄越すようになっていた。たいていは適当にあしらっていた。けどその日のメッセージは少し違った。

 

 仕事の話で相談があるという。

 

 俺は少し考えた。

 

 薫は今や、それなりの影響力を持つ人間だ。モデルとして、インフルエンサーとして、何万人もを動かす力がある。その力は――使い方によっては、商売の役に立つかもしれない。

 

 ものを売るとき、人の心を動かす力は大きな武器になる。薫みたいな存在に製品を紹介させれば、とんでもない宣伝になるだろう。

 

 俺はその可能性を計算した。

 

 薫との過去のしがらみ、気まずさ、そういう感情は勘定に入れなかった。入れる必要を感じなかった。ただ純粋に、薫という「人を惹きつける装置」が、将来の俺の商売にどれだけ使えるか。それだけを冷静に見積もった。

 

 ……書いていて自分でもなかなかの外道だと思う。幼馴染の誘いを、宣伝効果の試算で受けている。昔の俺が見たらぶっ倒れるだろう。だが昔の俺は、もういない。

 

 俺は薫の誘いに応じることにした。旧交を温めるためじゃない。薫が使えるかどうかを見定めるためだった。

 

 会ってみると、薫は先日あったときのように嬉しそうだった。

 

「ぼくの相談に乗ってくれるなんて」久しぶりに二人でちゃんと話せる、と。薫の「ぼく」がまた顔を覗かせる。薫はこの機会を、関係を取り戻すきっかけだと思っているようだった。

 

 けど、俺の頭の中はまったく違うことを考えていた。

 

 薫のフォロワーの数。その層。影響力の及ぶ範囲。薫に何かを紹介させたとき、どれだけの売り上げが見込めるか。俺は薫の話に相槌を打ちながら、その裏でずっとそろばんを弾いていた。

 

 薫の相談は、結局たいした話じゃなかった。仕事の進め方についてのちょっとした愚痴と、世間話。本当に相談したいことがあったわけじゃなく、ただ俺と会う口実が欲しかったんだろう。

 

 それでも俺には収穫があった。薫がどれだけの影響力を持っているか、直接確かめられた。結論は出た。薫は――将来、使える。今すぐじゃない。けど俺の商売が形になったとき、薫の力は有効なカードの一枚になる。

 

 俺は心の中で、薫をそういう「資源」として分類した。

 

 昔の幼馴染、じゃなく。使える可能性のある影響力、として。

 

 会話の途中、薫がふと言った。

 

「きみ、何だか、変わったね」

 

 その声には、寂しさみたいなものが滲んでいた。

 

「昔のきみは、もっと人の話をちゃんと聞いてくれた。ぼくの目を見て、ぼくの言葉に心から反応してくれた。でも今のきみは……なんだか、ぼくの向こう側の、何か別のものを見てるみたいだ」

 

 鋭いな、と思った。

 

 実際、俺は薫を見ていなかった。薫の向こうにある数字を、市場を、可能性を見ていた。薫自身にはもう、何の興味もなかった。

 

 でも、それを正直に言う理由はない。

 

「そうかな」と俺は軽く流した。「歳を取ったんだ。みんな、変わるさ」

 

 薫はそれ以上、何も言わなかった。

 

 ただ、その目にこれまでとは少し違う色が浮かんでいた。すがるような未練でも、必死さでもない。もっと静かな、諦めにも似た――けど、まだ諦めきってはいない、宙ぶらりんの何か。

 

 ――今になって思えば、薫はその日、初めてはっきり感じたのかもしれない。

 

 俺がもう、自分とはまったく違う場所へ行ってしまったことを。

 

 薫は人を惹きつけ、人の心の中で生きる道を選んだ。何万人もの感情を動かし、愛され、そこに居場所を作った。俺はその正反対だった。人の心から降りた。感情の通わない、数字と仕組みだけの乾いた世界へ。そこでなら誰にも裏切られず、誰にも怯えずに生きていける。

 

 薫がどれだけ手を伸ばしても、俺はもう、薫の手の届く場所にはいなかった。

 

 別々の方向へ、どんどん離れていく。薫は光のほうへ、俺は影のほうへ。その距離はこれから先、開く一方で、二度と縮まらない。

 

 薫はそれを感じ取ったんだと思う。

 

 けど、当時の俺はそんな薫の内心になど気づきもしなかった。

 

 俺にとってその日の収穫はただ一つ。薫が将来「使える」と分かったこと。それだけだった。

 

 俺は満足してその日を終えた。

 

 別れ際、薫が何か言いたげにこっちを見ていたことには気づいていた。でも俺は気づかないふりをして背を向けた。

 

 関わるべきは、薫の心じゃない。薫の影響力だ。

 

 そう、自分に言い聞かせて。

 

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