クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
「――おいアルト。お前は今日限りでクビだ」
きらびやかな白亜の伯爵邸。その豪奢な応接室で、俺――アルト・バトラーは、かつての雇い主である若き伯爵から非情な宣告を突きつけられていた。
「クビ、ですか……? 出過ぎた真似かもしれませんが、理由を伺っても?」
俺は手元にある愛用の剪定鋏《せんていばさみ》を握り直しながら、努めて冷静に問い返す。
この広大な伯爵邸の庭園を、たった一人で美しく保ち続けてきた自負があった。害虫を防ぎ、魔力を帯びた危険な植物を安全に管理し、常に最高の見栄えに整える。それが庭師である俺の仕事だった。
「理由だと? 決まっているだろう。お前が無能だからだ」
伯爵はふんぞり返り、鼻で笑った。
「我が伯爵家がお抱えにすべきは、華やかな攻撃魔法で庭を彩る『魔術庭園師』や、一瞬で草木を急成長させる『植物魔術師』だ。お前のように、地味にハサミでチョキチョキと枝を切るだけの男など、我が家の面汚しなのだよ。ステータスを見ても、お前の持つ固有スキルはただの『剪定』。戦闘にも使えんゴミスキルではないか」
「……」
現代のこの世界では、誰もが神から『スキル』を授かる。
強力な攻撃スキルや治癒スキルを持つ者は英雄と崇められ、俺のような生産系・地味系のスキル持ちは下に見られる傾向があった。
伯爵には理解できないのだろう。
魔法で無理やり急成長させた植物は、内側の栄養バランスが崩れてすぐに腐ってしまうこと。派手な魔法で見栄えだけを整えても、根の無駄な広がりを間引かなければ、やがて土地全体の魔力を吸い尽くして枯れ果てること。
俺の『剪定』スキルは、その世界の無駄を見抜き、正しく間引くための能力だったのだが……。
「話は終わりだ。荷物をまとめてさっさと出て行け。無能な泥臭い庭師め」
こうして俺は、長年勤め上げた職場をハサミ一本で追い出されたのだった。
伯爵邸を追い出され、行く当てもなく隣町のうらぶれた路地裏を歩いていた時のことだ。
季節はまもなく冬。冷たい風が吹き抜けるゴミ捨て場の脇に、それは捨てられていた。
「……う, あ……」
小さな、掠れた声。
ボロボロの、汚れきった灰色の布切れを纏った何かが、寒さに震えながらうずくまっている。
よく見ると、それは一人の少女だった。
だが、その体は異常なほどに細く、ガリガリに痩せ細っている。
髪は手入れを何年もされていない庭木のようにボサボサで泥にまみれ、顔色も青白い。見たところ、まだ12か13歳そこそこの、幼い子供のように見えた。首には、奴隷だったことを示す錆びついた鉄の首輪がはめられている。おそらく、使い潰されてここに捨てられたのだろう。
「おい、大丈夫か……?」
俺が声をかけ、そっと彼女の小さな肩に触れた瞬間――。
頭の中で、ピキィン!と、ガラスが割れるような甲高い音が響いた。
視界が、一変する。
俺の『剪定』スキルが、今まで体感したことのない全開の状態で覚醒したのだ。
(なんだ、これは……!?)
俺の目には、彼女の身体が一本の枯れかけた大樹のように見えていた。
だが、ただの枯れ木ではない。本来なら天を衝くほどの黄金の輝きを放つ、とてつもない可能性を秘めた大樹だ。
しかし、その幹や細い枝には、真っ黒な「いばら」が不気味に絡みつき、彼女が摂取すべき栄養や魔力を力ずくで吸い尽くしていた。
黒いいばらの正体は、奴隷の呪縛、そして彼女の心を縛る強烈な「恐怖」と「自己否定」の精神的ノイズ。
さらには、体内の栄養素がバラバラに乱れ、生きるための芯に届いていない。
『剪定』の直感が、俺の脳内でハッキリと告げていた。
――この無駄な雑草《ノイズ》を切り落とせ。そうすれば、この木は本来の姿を取り戻す、と。
「……すまない、ちょっとジッとしていてくれよ」
俺は腰のポーチから、愛用の剪定鋏を抜き放った。
伯爵にはゴミと言われた、ただの古いハサミ。だが今の俺には、これが世界で最も鋭利な刃物に見えた。
俺はハサミを構え、彼女の体を取り巻く黒いいばらの、最もエネルギーが滞っている結び目を見定める。
「そこだ――!」
チョキン。
静かな路地裏に、心地よい金属音が響く。
俺がハサミを入れたのは空間だ。衣服にも、彼女の肌にも一切触れていない。
しかし、刃が噛み合った瞬間、彼女の首についていた頑丈な鉄の首輪が、まるで枯れ葉のようにパキンと音を立てて真っ二つに割れ、地面に落ちた。
それと同時に、彼女の心を蝕んでいた目に見えない呪縛が、霧散するように消えていく。
「え……?」
少女が、信じられないといった様子で目を見開いた。
剪定は、まだ終わらない。
次に俺は、彼女の体内を巡る乱れた栄養と魔力の流れを整えるため、空気中に漂うわずかな大気魔力をハサミで間引き、彼女の口元へと集約させた。
「これを吸い込んで、ゆっくり呼吸するんだ」
「は、はいっ……! ――すぅ、はぁ……」
彼女が深く息を吸い込む。
その瞬間、劇的な変化が始まった。
呪縛という無駄な枝を切り落とされると同時に、本来彼女が行き届かせるべきだった栄養が、全身の細胞へと爆速で循環していく。
ボサボサだった泥まみれの髪が、剪定された生垣が美しい新芽を吹くように、一瞬でツヤツヤとした美しい漆黒の黒髪へと生まれ変わる。
ガリガリだった頬には血色が戻り、まるで極上のリンゴのように瑞々しい赤みが差した。
「嘘……からだが、軽い……? お腹の奥が、あったかいです……!」
そこにいたのは、さっきまでの哀れな捨てられ奴隷ではなかった。
息を呑むほどに可愛らしく、どこか気高きオーラをまとった美少女だった。まだ少し服がぶかぶかだが、見違えるほど健康的になっている。
彼女は自分の小さな手を握ったり開いたりした後、潤んだ瞳でじっと俺を見つめてきた。
その目は、まるで生まれて初めて見た親鳥を慕う雛のようであり、あるいは大好きな主人の帰りを待ちわびていた従順な子犬のようでもあった。
「あの……お兄さんが、私を治してくれたんですか……?」
「治したっていうか……俺はただの庭師だからな。ちょっと見栄えを『剪定』して、整えただけさ」
俺が照れくさくてハサミをポケットにしまうと、彼女はいきなり、俺の手を両手でぎゅっと握りしめてきた。
「ありがとうございます……! 私、もうダメかと思ってました……! あなたが私の新しいご主人様ですか!? どこまでもついていきます! どんな雑用でもしますから、どうか側に置いてください……!」
「お、おい、落ち着けって。ご主人様じゃなくて、俺はただの無職の庭師で――」
「いいえ、私にとっては命の恩人です……っ。捨てないでいてくれるだけで、なんでもします……!」
すがるような必死な目で、でもどこか安心したように俺を見つめてくる。
ひとまずこのまま路地裏にいるわけにもいかない。俺は彼女の小さな手を引き、ひとまず近くの安宿へと向かうことにした。
「ご主人様、あの、お名前を聞いてもいいですか……?」
宿へ向かう道中、彼女は俺の袖をぎゅっと握りしめたまま、上目遣いで尋ねてきた。
その歩調は驚くほど軽やかで、さっきまで行き倒れていたのが嘘のようだ。
「アルトだ。ご主人様ってのは気恥ずかしいから、普通に呼んでくれよ」
「アルト様! 私、お名前を呼べるだけで幸せです! あ、私のことは好きに呼んでください。前の主からは『おい』とか『ゴミ』としか呼ばれていなかったので、名前なんてなくて……」
寂しげに微笑む彼女を見て、胸が痛んだ。
手入れをされず、名前も与えられず、ただ枯れるのを待つだけだった花。
庭師の血が騒ぐ、と言ったら格好つけすぎだろうか。俺は彼女の頭をそっと撫た。
「じゃあ……『シア』はどうだ? 君の黒い髪が、夜の星空(シア・ルミナス)みたいに綺麗だから」
「シア……! 私の名前……! はい、私、今日からシアです! アルト様のシアとして、一生懸命お仕えします!」
シアは満面の笑みを咲かせ、嬉しさのあまり俺の手を両手で包み込んでブンブンと振った。
その無邪気な姿は、どう見ても微笑ましい小動物か、年の離れた妹のようで、俺の庇護欲を激しく刺激する。
宿に着き、受付で少なめの手持ちから一部屋分の銀貨を払う。
部屋に入ると、シアはふかふかのベッドを見て「うわぁ……!」と目を輝かせた。
「今日はもう遅い。シアはベッドで寝てくれ。俺は床で毛布を被って寝るから」
「ええっ!? そんなのダメです! アルト様は私の恩人なんですから、ベッドを使ってください! 私はアルト様の足元か、床の隅っこで丸まって寝ますから!」
「いやいや、女の子を床で寝かせるわけにいかないだろ。いいから、シアは温かくして眠るんだ。ほら、おやすみ」
「うぅ……アルト様、優しすぎます……」
シアは名残惜しそうにしながらも、素直にベッドに潜り込んだ。
俺は床に背中を預け、愛用のハサミを眺める。
伯爵邸をクビになった時はどうなるかと思ったが、このハサミがシアを救った。俺の『剪定』スキルには、まだ俺自身も知らない秘密があるのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は深い眠りに落ちていった。
――だが、この時の俺はまだ知らなかった。
彼女がこれほど幼く見えるのは、深刻な栄養不足のせいであったこと。
そして、しっかり栄養が行き渡る明日、彼女の身体が驚くべき『本当の姿』へと急成長を遂げることを、この時の俺はまだ、全く予想すらしていなかった。
(第1話 終)