クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
「ガァァァァァッ!!」
頭上から振り下ろされるアースベアの爪は、もはや一本の巨大な黒い大剣の群れだった。
浴びせられる風圧だけで地面がひび割れ、すぐ後ろにいるフィリアの悲鳴が風の音にかき消される。誰もが、俺の細い身体が消し飛ぶと確信したその瞬間――。
俺は、ハサミをただ真っ直ぐに、その漆黒の爪の軌道へと突き出した。
「な……ッ!?」
後方で辛うじて立ち上がったボルドが、驚愕のあまり声を裏返らせる。
大剣の直撃すら耐えきれなかった化け物の猛攻を、ただの鉄のハサミで受け止められるはずがない。普通ならそう思うだろう。
だが、俺の目には、その爪の周囲に絡みつく、吐き気がするほど不格好な「魔力の歪みの根元」が完全に浮かび上がっていた。
どれほど強大で、どれほど巨大な質量を持った攻撃だろうと、それが『歪んだ魔力』によって構成されている以上、俺のハサミの対象外ではない。
「――間引く…!」
ガキィィィィィン!!!
平原全体に、鼓膜が破れるかと思うほどの澄んだ金属音が鳴り響いた。
次の瞬間、アースベアの巨大な爪が、俺のハサミの刃が触れた部分から、まるでガラス細工のようにパリンと音を立てて木っ端微塵に砕け散った。
「グル、ァ……!?」
アースベアの血走った目が、信じられないというように見開かれる。
攻撃を受け止めたのではない。その攻撃を維持していた、体内の『歪んだ術式の結び目』を、俺がハサミで直接パチンと切り落としたのだ。根元を絶たれた爪は、ただの脆い肉塊に成り下がったに過ぎない。
「アルト様……!」
嵐が止み、シアがようやく俺の隣へと滑り込む。
「シア、フィリア。この化け物の表面に生えている赤黒い結晶――あれが、周囲の地脈の汚染を吸い上げている『寄生植物の根』だ。あれがある限り、どれだけ攻撃しても魔力を無効化される」
俺はハサミを構え直し、アースベアの巨体を見据えた。
『剪定』の目を最高深度まで引き上げる。
アースベアの全身を覆う赤黒い魔石の結晶。それらが、まるで一本の巨大などす黒いツタとなって、彼の心臓部にある「魔力の核」へと繋がっているのが見えた。
「私が、あの結晶を……!」
シアが剣を構えるが、俺は静かに手を挙げてそれを制した。
「いや、あれは普通に斬っても再生する。……俺が直接、大元の根を刈る」
俺は地面を強く蹴り、アースベアの懐へと一気に飛び込んだ。
「ガ、ガァァァッ!」
片腕を失ったアースベアが、残った左腕で俺を叩き潰そうと狂ったように暴れる。だが、その動きの軌道にある『魔力の動線』は、俺の目には全てスローモーションの「伸びすぎた雑草」にしか見えない。
死角をすり抜け、牙の嵐を紙一重でかわす。
気付けば俺は、アースベアの巨大な胸の真ん前――最も赤黒い結晶が密集し、心臓の核へと繋がっている『根元』の前に立っていた。
「ここだ」
俺はハサミの刃を、その結晶の隙間、肉体の奥深くを流れる「どす黒い生命線の結び目」へと、正確に突き刺すように噛み合わせた。
アースベアの巨体が、恐怖に震えるようにピクリと硬直する。
「お前は、この庭に必要ない。――剪定だ」
指先に全神経を集中させ、ハサミの柄を力一杯、握り締める。
――チョキィィィィィン!!!
重く、どこまでも響き渡る絶対的な金属音が、戦場を支配した。
「――グ、ガ、ァ……ッ!?」
アースベアの口から、魂の底から絞り出されたような悲鳴が漏れる。
直後、彼の全身に生びっしりと生えていた赤黒い結晶が、一斉に光を失ってパサパサとした灰へと変わり、風に吹かれて消滅していった。
それだけではない。アースベアの巨体を包んでいた、あの災厄級のどす黒いオーラが、まるで霧散するように完全に消え去ったのだ。
「魔力の……『歪み』が、消えた……?」
フィリアが呆然と呟く。
アースベアの体内にあった地脈の汚染は、いま完全に根元から刈り取られた。あとに残ったのは、ただの、少し大きめな、疲れ果てた普通の野生の熊だ。
ドォォォン……。
戦意を完全に喪失し、魔力の供給を絶たれたアースベアが、その場に力なく仰向けに倒れ込んだ。
静寂が、平原を包み込む。
最前線で命懸けで戦っていた冒険者たちも、遠くで防衛線を見守っていたギルドの面々も、全員が言葉を失って、ハサミを片手に立つ俺の背中を、ただ硬直して見つめていた。
「おい、嘘だろ……。Aランクの変異種を……ハサミ一つで、無力化しやがった……」
ボルドが呆然と呟き、大剣を地面に落とした。
「アルト様、見事な……見事すぎる剪定です……!」
シアが興奮に頬を紅潮させ、純白の剣を天に掲げるようにして俺を称える。
「あ、アルト様……本当に、凄いです……!」
フィリアも白銀の杖を抱きしめ、尊敬の眼差しを向けてくれた。
「ふぅ。なんとか、手遅れになる前に綺麗にできたみたいだな」
俺はハサミに付いた灰をパパッと払い、ポーチへと収めた。
アースベアという大雑草を刈り取ったことで、平原を埋め尽くしていた他の下級魔獣たちも、正気を取り戻したように蜘蛛の子を散らすように森へと逃げ帰っていく。
こうして、リファルの街を揺るがした未曾有の危機は、一人の『クビになった庭師』の手によって、あっけなく、そして完璧に解決されたのだった。
(第23話 終)