クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります   作:らっぽん

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# 第34話:亡霊の迷い森と、謎の誘拐犯

 

 

 澄み渡る朝の光の中。俺たちはオルトヴィンの北門を潜り抜け、一台の幌馬車に揺られていた。

 パチィィン、と小気味よい音が響く。御者台に座るエルダが、慣れた手つきで手綱を捌いていた。新調したばかりのお気に入りのブーツの踵が、御者台にコツコツと小気味よいリズムを刻んでいる。

 

「それでは皆様、旅の退屈しのぎに、これより向かう『亡霊の迷い森』についてレクチャーして差し上げますわ。大図書館の禁書スレスレの区域から仕入れた情報ですので、信頼性はわたくしが保証いたします」

 

「はーいっ! よろしくお願いします、エルダ先生っ!!」

 

 荷台から元気よくおのれの手を挙げたのはシアだ。ぴょこぴょこと動くその姿は、まるで遠足前の子供のようである。

 

「……先生ではありませんわ。コホン、話を戻します。まず、件の『亡霊の迷い森』ですが、帝国の正式地図において最高ランクの『立入禁止区域』に指定されています。理由は大きく分けて三つ。方位磁石が一切機能しないこと。魔力感知が異常に乱れること。そして――」

 

 エルダがそこで言葉を切り、ちろりとこちらを振り返る。

 

「……迷い込んだ者が、誰一人として生きて帰ってこないことですわ」

 

「ひゃぅっ……!? さ、最後のが圧倒的に一番怖いです……っ」

 

 フィリアが怯えたように身を竦め、愛用の白銀の杖を胸元でぎゅっと抱きしめた。

 

「帰ってこない理由についてですが、わたくしの考察では、森の地脈が異常なまでに歪んでいるせいで、空間認識そのものが狂わされているのだと思います。つまり、道に迷うのではなく、自分が『どこにいるのかすら分からなくなる』んですのよ」

 

「あ、それならアルト様の『目』があれば万事解決じゃないですかっ! ね、アルト様!」

 

シアが弾かれたように、キラキラとした期待の眼差しを俺に向けてくる。

 

「まあ、地脈の流れそのものは視認できるから、安全なルートを作ることはできると思う。……ただ、俺たちが向かっているのはその汚染の源泉だ。深部に行けば行くほど、視界が効かなくなる可能性はある」

 

「――つまり、どこまでも慎重に、ということですわね」

 

 エルダが再び前を向き、手綱を握り直す。

 

「ご安心なさい。わたくしの光と闇の感知がサポートに回りますわ。磁気は狂っても、世界を照らす光と世界を包む闇の方位までは狂いませんもの」

 

「エルダさん、めちゃくちゃ頼りになります……!!」

 

「フッ、当然ですわ。これくらい、淑女の嗜みですもの」

 

 ふふんと鼻を鳴らすエルダの横顔を見ながら、馬車はいつしか整備された街道を外れ、鬱蒼とした獣道へと分け入っていく。木々が徐々に密集し、頭上の青空がみるみるうちに狭まっていった。

 ◇

「亡霊の迷い森」の境界線には、警告を促す標識も、侵入を防ぐ柵も存在しなかった。

 だが、一歩足を踏み入れた瞬間に、肌を刺す空気で理解した。――世界が変わった、と。

 唐突に音が消える。鳥のさえずりは途絶え、優しかった風はピタリと止み、代わりに、地の底から響くような不気味な低い地鳴りが足の裏を通じて伝わってきた。

 

「うわぁ……本当に、一瞬で雰囲気が変わっちゃいましたね……!」

 

 シアが俺の袖をきゅっと、少し強めの力で握りしめてくる。

 

「でも! アルト様が一緒にいてくだされば、私はどこまでだって平気です!!」

 

「はは、その絶対的な自信、ありがたく受け取っておくよ」

 

 周囲を見渡すと、生えている木々の幹はどれもこれも苦悶に歪むように捻じ曲がっており、葉は完全に枯れ果てているというのに不思議と落ちる気配がない。それどころか、剥き出しになった根元からは、不気味な青白い燐光がじわりと滲み出ていた。

 俺はスキル――『作庭』の目を解放する。

 視界に映る地脈の系譜は、そのすべてがどす黒い漆黒に染まっていた。腐敗の毒が、地の底からじわじわと世界を侵食するように染み上がってきている。

 

「フィリア、そっちの魔法の感知の調子はどう……?」

 

「う、ううお、お腹の底がざわざわしています……! 私の中の古代魔法が何かに反応して……なんだか、奥へ奥へと惹かれるような、不思議な感じがして……」

 

 フィリアが頼りなげに小首を傾げた。

 

「それは気をつけた方がいい。おそらく、この森が人を迷い込ませる原因の一端だ」

 

「は、はいっ……! 気をつけます……っ!」

 

 警戒を高め、俺たちは四人縦一列の陣形で進む。先頭に前衛のシア、次列に俺、その後ろにエルダ、そしてしんがりをフィリアが務める形だ。

 しばらく進むと、地面は徐々に湿り気を帯び、一面に奇妙な苔が繁茂し始めた。大蛇のようにうねる木の根が地表に複雑に張り出している。エルダが指先から薄い魔力の結界を展開し、フィリアが杖の先に柔らかな光の灯火を掲げた。

 

「ここまでは大図書館の古地図と一致していますわ」

エルダが静かに、周囲を警戒しながら呟く。

 

「この先に、地脈の乱れが特に顕著なポイントが――」

 

「――きゃあっ……!?」

 

 突如、背後から短い悲鳴が上がった。フィリアの声だ。

 

「っ!?」

 

 俺たちは弾かれたように、一斉に振り返った。

 そこに、フィリアの姿はあった。――ただし、背後から謎の人影に完璧なホールドで羽交い締めにされた状態で。

 

「フィリアっっ!!」

 

 シアの瞳に鋭い殺気が宿る。純白の剣の柄に手をかけ、肉迫せんともう一歩を踏み出した。

 

「動くな」

 

 低く、そして針のように鋭い声が響く。

 フードを深く被った外套の人物が、フィリアの背後に隙なくぴったりと張り付いていた。武器は持っておらず、素手だ。しかし、その腕の拘束の強さは、フィリアがどれだけ必死に身をよじってもピクリとも動かない、圧倒的な筋力差を見せつけていた。

 

「はっ、離してください……っ! いきなり何をするんですか、もう……っ!!」

 

「黙れ。大人しくしていれば、怪我はさせない」

 

「黙れって言われて、はいそうですかって黙れるわけないでしょう……っ!!」

 

「シア、待て」

 

 俺は制するように静かに声をかけた。シアが悔しそうに歯を食いしばりながらも、俺の言葉に従ってぴたりと足を止める。

 俺はフードを深く被った外套の人物をじっと凝視し、その視界に『作庭』の目を重ね合わせた。魔力の流れ、魂の輪郭を読み解く。

 

(……敵意はない。害意も、ないな。ただ、異様なまでに焦っている……?)

 

 その魔力の質は、帝国の魔術師たちのそれとは全く異なる別系統のものだった。今はそれよりも、相手の意図を確かめるのが先決だ。

 

「お前の目的は何だ」

 

「地の底に、来い」

 

「なんだと?」

 

「ここの汚染源は地下にある。お前たちが血眼になって探している代物も、すべてはその地下だ。私が案内してやる」

 

「……随分と手荒な案内人だな。俺たちが信用しないと思わなかったのか?」

 

「信用できないというなら、この娘を人質として連れて行けばいいだけの話。地下に到着すれば、五体満足で解放してやる」

 

「――それを世間一般では『人質を取った誘拐犯』と言うんですわよ、この不届き者が……っ!!」

 

 エルダが周囲の空気をピリピリと震わせながら、魔力を練り上げ、冷徹な声を放つ。

 

「今すぐフィリアを離しなさい。さもなければ、わたくしの極大魔法の精密射撃の的にして差し上げますわ」

 

「構わない。撃ちたくば撃て。だが、この不吉な森で時間を空費すれば、全員が等しく迷い、二度と出られなくなる。……選べ」

 

 膠着する空気。俺は一瞬、思考を巡らせた。

 

「フィリア、どこか痛むところや、怪我はないか?」

 

「な、ないですけど……っ! アルト様、まさかそんな、いいんですか……っ!?」

 

「行こう。お言葉に甘えて、案内してもらうとするさ」

 

「アルト様っ!?」

 

シアが信じられないといった様子で、俺の袖をぐっと力任せに掴んできた。

 

「本っ当に、本当にいいんですか……っ!?」

 

「ああ。あの人に、俺たちを害する意思はない。ただ……どうしようもなく焦っているだけだ」

 

 俺はまっすぐに、フードの奥の瞳を見据えて言った。

 

「地下で、お前にとって見過ごせない『何か』が起きているんだろう。だから、こんな強引な手段を使ってでも、俺たちの力を借りたい。……違うか?」

 

 その言葉に、外套の人物の身体がピクリと微かに揺れた。

 

「……フン、余計な詮索をするな、庭師」

 

「図星みたいだな。……よし、行こう」

 

 俺が一歩を踏み出すと、シアはひどく渋々といった様子で剣から手を離し、エルダは

「はぁ……後で大後悔しても、わたくしは知りませんわよ」と呆れたように溜息を漏らしながら後に続いた。

 しばし、その誘拐犯の後を追って進んだ瞬間――ズ、ズズズ……と地面が低く鳴動した。

 俺たちの目の前の大地に、稲妻のようなひび割れが走り、じわりと、貪欲に口を開けるようにして巨大な『縦穴』が出現する。そこからは、肌が粟立つような冷たくて湿った空気が、不気味に這い上がってきていた。

 

「ここだ」

 

 外套の人物が、縦穴の暗闇を指し示す。

 シアがその凛烈な瞳で俺を振り返り、力強く肯いた。

 

「――何があろうと、絶対に守り抜きます、アルト様。」

 

「ああ。頼りにしているよ、シア」

 

(第34話 終)

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