クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
縦穴の底は、想像していたよりもずっと浅かった。
十数メートルほど垂直に降りると、足元はごつごつとした岩肌から、綺麗に整えられた広い石の床へと繋がっていた。自然の神秘が成したのか、あるいは古代の何者かが穿ったのか――判別すらつかない巨大な通路が、吸い込まれそうな暗闇の奥へと延々と伸びている。
「……もう、離してくださいっ!」
地下に降り立った瞬間、フィリアが外套の人物の腕を思い切り振り払った。地の底に足がついた途端、それまでの鉄のようだった拘束が、嘘みたいに緩んでいたのだ。
「……約束通りだ」
外套の人物は、感情の起伏が見えない静かな声でそう告げた。
「約束って……! そもそも最初からこんな乱暴な拘束をしなければよかったんですよぅ……っ!!」
フィリアは両の頬をぷくりと膨らませて、おこおこと抗議の視線をぶつける。
「私、こう見えてもとっても繊細で『か弱い』魔法使いなんですからね……!?」
「……『か弱い』は、さすがに盛りすぎではなくて?」
エルダがすぐ横から、聞こえるか聞こえないかほどの小声でツッコミを入れる。
「盛りすぎじゃないですーっ!! ちゃんと、ちゃーんと怖かったんですからねっ!!」
「――それについては、すまなかったと思っている」
「……え?」
外套の人物から返ってきたのは、予想外に素直で、かつ短い謝罪の言葉だった。これにはフィリアも完全に毒気を抜かれたようで、「あ、う……」と拍子抜けした顔でパチクリと瞬きを繰り返している。
「シア、フィリアの怪我を確認してやってくれ」
「はいっ、アルト様!! ――フィリア、どこか痛むところはありませんか……っ!?」
シアが弾かれたようにフィリアの細い腕を取り、ぐるぐると全方位から確認し始めた。
「ちょっとでも痛いところがあったら、遠慮なく私に言ってください!! 次に何かあったら、私が絶対に盾になって庇いますから……っ!!」
「だ、大丈夫ですよシアさん、気持ちだけでお腹いっぱいですから……っ」
大袈裟に心配するシアをなだめるフィリアを一瞥し、俺は改めて外套の人物へと向き直った。
「案内してくれると言ったな。俺たちはここからどこへ向かう?」
「地脈の源流だ。この地下回廊を、ただまっすぐ進めばいい」
「お前は何者だ」
「……ただの案内人だ」
「それだけか?」
「今は、それだけだ」
なるほど、これ以上は口を割る気はないらしい。鉄壁のポーカーフェイスだ。俺はそれ以上の追及をひとまず棚上げすることにした。
ふと見ると、古めかしい石壁には苔に似た奇妙な発光植物がびっしりと張り付いており、淡いエメラルドグリーンの光を放っていた。それを見たフィリアの瞳が、一瞬でらんらんと輝き出す。さっきまでの怒りなど、脳細胞から綺麗さっぱり消え去ったかのような変わり身の早さだ。
「わあぁ……! すごいです、こんな植物、地上の植物図鑑でも見たことがありません……! アルト様、アルト様見てください! 本当に自発光していますよ……っ!!」
「観察なら後でじっくり付き合う。今は進むぞ」
「えぇー……、アルト様のいじわる……」
「フィリア、今は移動が最優先ですわ」
エルダが苦笑いを浮かべながら、未練たらたらなフィリアの腕を優しく引っ張る。
「研究なら、安全を確保した後にいくらでも付き合って差し上げますから」
「うぅ、はーい……。――ねえねえ、案内人さん」
フィリアはトボトボと歩きながらも、前を行く外套の人物の背中に向かって声をかけた。
「この光る植物、なんていう名前か知っていますか?」
外套の人物は、ほんの少しだけ歩調を緩め、わずかな沈黙の後に答えた。
「……『根蛍石《こんけいせき》』という。日の光が届かない、地の底にしか群生しない植物だ」
「根蛍石……! わぁ、初めて聞く名前です!! 光る原理は一体なんなんですか? やっぱり地脈の魔力を直接吸い上げて……」
「フィリア」
「あ、すみませんっ、絶賛移動中でした……っ!!」
慌てて口を両手で塞ぐフィリアを見て、俺は内心で小さく笑ってしまった。
無愛想極まりない案内人だが、わざわざ名前を教えてくれたあたり、完全に冷酷無比というわけでもなさそうだ。
「アルト様」
不意に、シアが足音を殺してそっと俺の隣に並びかけてきた。可憐な横顔には、多分に警戒の色が混じっている。
「……あの誘拐犯のこと、どう思いますか?」
「焦っているな。何者かに追われているか、あるいは……一刻の猶予もないほど、時間がないかのどちらかだ」
「やっぱり怪しいですよ……。信用しきるのは危険です」
「怪しいのは大前提さ。でも、こうして道を案内してくれているうちは、ひとまず乗っかっておくのが吉だ」
「……アルト様がそう仰るなら、私は従いますけど……」
シアはまだ100%納得していないという風に小さく唇を尖らせていたが、それでも俺の隣からは一歩も離れようとしない。
「でも、もし万が一、あの男がアルト様に牙を剥くようなことがあれば……私が絶対に、命に代えても守りますからね!」
「ああ、頼りにしてるよ」
「っ……! 本当に、本当に頼りにしてますか……!? ちゃんと分かってますか……っ!?」
「分かってる、分かってるよ、シア」
くすりと笑って頭を撫でてやると、シアはほんのりときつね色に頬を染め、慌ててぷいっと前を向いた。
それからしばらく暗闇の回廊を歩いていると、徐々に通路が開け、視界の先からぼんやりとした暖色の灯りが見え始めてきた。橙色の、松明のような光が規則正しくいくつも並んでいる。
「あれは……」
「……集落だ」
外套の人物が、低く、警告を含んだ声で遮った。
「これ以上近づくな。奴らに見つかると、非常に面倒なことになる」
「面倒、とは?」
「ここの住人どもは……地上から来た人間に対して、お世辞にも友好的とは言えない」
「……なるほど。では、そんな場所に俺たちを連れてきたお前は――」
一体何者なんだ、と。
そう問いかけようと俺が振り返った瞬間――、
「――え?」
そこには、もう誰もいなかった。
足音の残響すらない。気配の残滓すら、綺麗さっぱり消えている。まさに煙のように、いつの間に、どこへ消えたというのか。
「……はぇ!? い、いなくなりましたよ……っ!?」
シアが信じられないといった様子で目を丸くする。
「完全に、一瞬で見失いました……っ!!」
フィリアも杖を握り直して周囲を見回すが、完全に空振りだ。
「最初からこの地の底の構造を知り尽くしている人間だ。闇に紛れて姿を消すことくらい、お手の物なのでしょうね」
エルダがフゥと息を吐きながら、鋭い視線を周囲の闇に走らせる。
「……はぁ、なんか釈然としない消え方ですね……っ!!」
シアが悔しそうに足を踏み鳴らすが、釈然としないのは俺も同じだった。
しかし、思考を巡らせる余地など、地の底の闇は与えてくれない。
――タッタッタッタッ……!
通路の奥、松明の灯る集落の方角から、複数を数える明確な足音がこちらへ向かって響き渡り始めた。
(第35話 終)