クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
その光の源は、俺たちの想像をはるかに超えていた。
薄暗い通路を抜けた先に広がっていたのは、世界の底に穿たれた、気の遠くなるほど広大な大空洞だった。
天井は見上げても果てが見えないほどに高く、その荒々しい岩肌には、大小無数の発光鉱石がびっしりと埋め込まれている。それはまるで、地底に現れた満天の星空のようだった。地上のギラギラとした太陽光とは全く違う、淡い青みを帯びた、どこまでも静かで幻想的な光が世界を満たしている。
そして、その星海のような光の下に――ひとつの「都市」が息づいていた。
精巧にカットされた石造りの建物が整然と立ち並び、美しく磨かれた石畳の道が網の目のように縦横に走っている。街を潤すように清らかな水路が引かれ、淡く発光する地底植物で彩られた広場には、大勢の地の民たちが行き交っていた。
無邪気に走り回る子供たち、ベンチで穏やかに語らう老人たち、市場で珍しい鉱石や輝く結晶を綺麗に並べた露店。
「……凄いな」
思わず、感嘆の声が漏れた。
「すごい……! 本当にすごいです、アルト様っ!!」
シアが俺の袖をぐっと力任せに引いた。地底の都市を見上げるその瞳は、まるで初めてお祭りへ連れてこられた子供みたいにキラキラと輝いている。
「星みたいな光が、あんなにたくさん……! 子供たちが元気に走っています……! ここは、ずっと地上から隠れて、独自の歴史を紡いできたんですね……!」
「シア、感動するのはいいけれど、少し声が大きくてよ?」
「あっ、す、すみません……! でも、本当にすごくて、つい……っ!」
慌ててペコペコと頭を下げるシアの横で、フィリアもまた、その大きな瞳をらんらんと輝かせながら俺の反対側の袖を引いた。
「本当に、こんな世界が実在したんですね……! アルト様、見てください、あの広場に生えている植物! 地上では絶対にお目にかかれない新種です! あぁ、今すぐ根こそぎ採取して研究したい……っ!」
「はは、じゃあ帰りに少しだけ寄って行こうか」
「本当ですか!? 約束ですよ、アルト様!!」
「まったく、どこまでもブレない研究者肌《マッドサイエンティスト》ですわね、フィリアは」
エルダが呆れたように小さく溜息をつく。だが、そう言う彼女自身も、物珍しそうに視線をあちこちへ走らせていた。
「……確かに、建築様式が地上とは根本から異なりますわ。レンガや岩を積み上げるのではなく、巨大な岩盤そのものを削り出して成形しているようですわね」
「地の民は、石を操る技術が尋常じゃなく長けているんだろうな。重装兵たちが地脈石を鎧に見事に組み込んでいたくらいだし」
俺たちがそんな会話を交わしながら進んでいると、道を行き交う地の民たちが、次々と足を止めて俺たちをじっと見つめ始めた。
そこに漂うのは、明確な怒りや敵意というよりも――「まさか地上の人間がここに?」という、強い困惑と抑えきれない好奇心がちゃんぽんになった複雑な表情だ。地上人がこの聖域に足を踏み入れることなど、歴史が始まって以来、おそらく一度もなかったのだろう。
そんな周囲の視線を浴びる中、シアは俺の隣で背筋をシャキッと伸ばし、凛とした態度で堂々と受け流しながら歩いていた。
「アルト様、ものすごく注目されています。私もかなり見られていますが……ふふ、アルト様への視線の方が圧倒的に多いですね!」
どこか誇らしげに、少しだけ得意そうな顔でシアが言った。
「そうだな。シアは大丈夫か? 緊張してないか」
「全く問題ありません! ……ですが、そうやってアルト様が私のことを気にかけてくださるのは、その……すっごく嬉しいです」
シアがふにゃりと、嬉しそうにその美麗な目を和らげた。俺は気恥ずかしさに苦笑いして前を向く。こういう緊迫した状況でも、こいつは本当に素直で可愛いやつだ。
やがて、ガルドは俺たちを都市の中央へと導いた。
そこに鎮座していたのは、街の中で一際巨大な存在感を放つ石造りの神殿だった。太い柱の一本一本に地脈の流れを模した美しい紋様が刻まれ、重厚な入口には、精鋭中の精鋭とおぼしき近衛兵たちが左右にズラリと立ち並んで警備にあたっている。
「ここが謁見の間だ。中に入ったら、くれぐれも余計な動きはするなよ」
ガルドが厳かに釘を刺す。
「分かった。――ところで、ガルド」
「……何だ」
「あんたの体内を流れる魔力、周囲の汚染の影響でかなり歪んでる。……どこか、痛むところはないか?」
ガルドの足が、ピタリと止まった。
ゆっくりと振り返った老人の瞳が、この旅の中で初めて、明確に、激しく揺れ動いた。
「……地上の、それも侵略者の末裔たる庭師に、この身を心配されるとは夢にも思わなかったな」
「まあ、庭師の悪い癖なんだよ。手入れが必要な、今にも折れそうな枝を見かけると、どうにも放っておけなくてね。お節介が嫌だったら忘れてくれ」
ガルドは言葉を失ったように、しばらくの間じっと俺の顔を見つめていた。
やがて、深く息を吐き出すと、「……入れ」とだけ短く告げ、その巨大な扉を静かに開け放った。
「本当に優しいですね、アルト様は」
フィリアがこっそり、俺の袖をきゅっと引きながら囁いてくる。
「そうか?」
「そうですよ! 敵かもしれない相手に対しても、そういう温かい言葉を自然にぽろっと言えちゃうんですから」
「私も、フィリアと同意見です!」
シアが弾んだ声で元気よく頷いた。
「アルト様はずっとそうです。あの薄暗い路地裏で、ボロボロだった私を拾ってくださったその時から、何一つ変わっていません」
そこまで真っ直ぐに褒められると、さすがに照れくさくなってしまい、俺は無言でそっぽを向いた。
そんな俺の様子を見て、エルダが「まったく、隅に置けませんわね」と小さく呟いて悪戯っぽく笑い、シアとフィリアもつられたように嬉しそうにクスクスと笑い声を漏らした。
開かれた謁見の間は、広大で、そして静まり返っていた。
その空間の最奥、一段と高い場所に据えられた漆黒の玉座に、一人の人物が深く腰掛けていた。
地の民にしては異例なほどに背が高い。
純白の高貴な長衣を纏い、その頭上には、眩い輝きを放つ最高級の地脈石を組み込んだ重厚な冠を戴いている。外見からはその年齢を推し量ることはできなかったが、全身から滲み出る魔力は――静かでありながら、空間そのものを圧し潰さんばかりの、圧倒的な重さと威厳を孕んでいた。
この地の底を統べる絶対者。――地王だ。
玉座の足元には、馬ほどの大きさのゴツゴツとした岩のような鱗を持つ、巨大なトカゲが繋がれていた。地の民が「地龍」と呼ぶ、地底にのみ生息する希少な生き物だ。穏やかな目をした生き物らしかったが、今は首に太い鎖をつけられ、玉座の足元でじっと丸くなっていた。
「……地上から来たりし、庭師とやら」
低く、文字通り地の底から地鳴りのように響く声音だった。
「我らが不可侵の地底に、一体何の用があって降りてきた」
俺は気圧されることなく、真っ直ぐに地王の瞳を見据えて、はっきりと答えた。
「あなたたちの『庭』を、整えに来ました」
その瞬間、地王の目が鋭く細められた。
玉座の左右に微動だにせず控えていた近衛兵たちが、一斉に殺気を放ち、ガシャリと音を立てて武器を構える。
「……随分と、大きな口を叩くものだな、小僧」
「大きいとは思っていませんよ。俺はただのしがない庭師でしてね。荒れ果てた庭を放っておけない、ひどく難儀な性分なだけです。それが地上だろうと地底だろうと、俺にとっては同じことですから」
「地上人が、我らの苦しみの何を知るというのだ……っ!!」
地王の声に、初めて激しい感情の迸りが滲んだ。
「地脈を強欲に奪われ、住処を無残に腐らされ、何百年もの間、この暗き地底でその激痛に耐え続けてきた我らの、一体何の痛みが分かるというのだ!」
「全部を知っているわけじゃない。――でも、見てきたさ」
俺は恐れることなく、毅然と一歩前に出た。
「この都市に来るまでの通路を見て、あなたたちがどれほど地脈を丁寧に、大切に守ってきたかが痛いほど分かった。地上の人間が無計画に引き剥がし、荒らし尽くした地脈の残骸を、あなたたちはこの地底で、ずっと一本一本繋ぎ直し続けてきた。その途方もない丹精と執念は……同じ庭師として、本物《プロ》だと思っています」
痛烈なまでの、長い長い沈黙が謁見の間を支配した。
近衛兵たちが困惑したように地王の様子をうかがい、扉の近くではガルドが静かに腕を組んだまま、じっとこちらの動向を見守っている。
「アルト様」
シアが俺の隣にぴったりと身を寄せ、いつでも動けるように重心を低くした。
「何かあれば、一瞬で前に出ます…」
その後ろには、フィリアとエルダも一歩も引かずに控えている。三人が俺の背中を、その全信頼を懸けて支えてくれているのが、足元から地響きのように伝わってきた。
「庭師よ」
地王が、ゆっくりとその巨体を玉座から立ち上げた。
「お前が今紡いだ言葉が、本物か、あるいはただの綺麗事か……我にはまだ分からぬ。だが――」
地王は玉座の階段を一段、また一段と降り、俺の目の前、手を伸ばせば届くほどの至近距離まで歩み寄ってきた。
間近で見るその瞳には、燃え盛る怒りの奥底に、世界の崩壊を食い止め続けてきた深い深い疲弊が宿っていた。
「もし……もし本当にお前が、我が世界を蝕む『根の腐り』を止められるというのなら、その言葉を聞く耳くらいは持とう」
「……ありがとうございます」
「フン、礼を言うのはまだ早い。お前たちを歓迎すべき『客人』として扱うか、あるいは地下の牢に繋ぐ『捕虜』にするかは、まだ何一つ決めていないのだからな」
地王が不敵に口元を歪めた瞬間、シアの瞳に鋭い光が走り、即座に腰の剣の柄へと手をかけた。
「――もし、アルト様をこれ以上脅し、傷つけるおつもりなら、私が全力でお相手になります」
地の底の絶対者を前にして、一歩も退かずにハッキリと言ってのける。
その凛烈な気迫を目の当たりにした地王は、驚いたように初めて微かに目を見開いた。
「……クク。地上の猛き娘が三人、か。お前、なかなか面白いものを連れている、妙な庭師だな」
「ええ、よく言われます」
地王は満足そうに静かに笑うと、その重厚な足取りで、再び奥の玉座へと戻っていった。
(第38話 終)