クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります   作:らっぽん

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# 第44話:深部への降下と、六人の歩調

 

 

「アルト様、寒くないですか…?」

 

 地底の都を出発して一時間が経過した頃、シアが俺の袖をぐいぐいと引っ張りながら、心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「大丈夫だよ」

 

「本当ですか? 私は平気ですけれど、アルト様は庭師ですから地底の寒さに慣れていらっしゃらないかもと思って……!」

 

「シア、俺は庭師であって草木じゃないからな。人並みには寒さに強いさ」

 

「あっ、そうですよね… 失礼いたしました!」

 

 全力で頭を下げるシアのいつも通りの元気さに、俺は少しだけ張り詰めていた心を緩めた。

 周囲の通路は歩を進めるごとにどんどん狭くなり、壁に自生する発光植物の輝きも目に見えて心細くなってきている。フィリアが白銀の杖の先端に灯した古代魔法の清涼な光が、今や六人分の足元を照らす唯一の明かりだった。前を歩くグラムの岩のような背中が、揺れる光の中でぼんやりと浮かび上がっている。

 

「確実に気温が下がってきましたね……」

 

 フィリアが自らの細い両腕をさすった。

 

「ですが、実に興味深いです。深淵へ降りるほど、地熱よりも地脈の『冷え』が上回ってくるなんて。地上では絶対に観測できない、未知の現象です……」

 

「どこへ行っても探究心を忘れませんわね、フィリアは」

 

 エルダが呆れたように息を吐き出した。

 

「わたくしは今、それどころではありませんわよ。光と闇の反転感知を全開にしているのですが、このあたりから魔力の『雑音』が酷すぎて、まともに索敵機能が働かなくなってきています」

 

「あっ、それって大問題じゃないですか!?」

 

 シアが勢いよく振り返った。

 

「アルト様、聞きましたか!? エルダさんの索敵が――」

 

「聞こえているよ、シア」

 

「す、すみません!! でも、どうしても気になってしまって……!!」

 

「深部に近づくほど、魔力を用いた固有能力は精度が落ちるものだ」

 

 先頭を歩くグラムが、前を向いたままぼそりと重い声で言った。

 

「遥か昔からそうだ。理由は我らにも分からん」

 

「おそらく、淀んだ魔力の波形が周囲に乱反射しているせいだと思いますわ」

 

 フィリアがすかさず知的な考察を述べる。

 

「雷の魔力のようなものです。周囲の環境が酷く荒れて波立っていると、自身の魔力を正確に流せなくなるのです」

 

 しん、と静寂が落ちた。

 グラムがかすかに足取りを緩め、それから何事もなかったかのように再び力強く歩き続けた。

 

(あれは……内心で納得している顔だな)

 

 グラムは口こそ悪いが、戦士として無駄なことは言わない。フィリアの理路整然とした説明に反論しなかったということは、彼女の意見を正しいと認めた証拠だ。

 

「アルト様、今グラムさんの横顔、見ましたか!?」

 

 シアが俺の耳元でこっそりと、しかし全く忍べていない声で囁いてくる。

 

「見たよ」

 

「納得してましたよね!! すごく複雑そうな顔で!!」

 

「声が大きいぞ、シア」

 

「あっ……すみません……!!」

 

「――筒抜けだ、地上の小娘ども」

 

 グラムが前を向いたまま、忌々しげに低い声を響かせた。

 シアが全身をカチコチに硬直させた。俺はそっと視線を逸らす。気まずい。

 隣を歩く外套の人物が、その様子をちらりと一瞥し、すぐに視線を元に戻した。フードの深さのせいで、笑っているのか呆れているのか顔が見えないのが、地味に悔しい。

 しばらく進むと、暗闇の中に不気味な三叉路が現れた。

 グラムがピタリと足を止め、三つの分かれ道を見比べた。

 

「どっちだ」

 

 グラムが外套の人物に向かって短く問いかける。先程まで「信用ならん不審者」と刃を向け合っていた男が、今はごく自然に意見を求めている。

 

「……真ん中だ」

 

「分かった」

 

 会話はそれだけだった。

 

(二人とも、口数が少ない武人気質同士、妙に相性がいいな)

 

 俺が内心で感心していると、フィリアが俺の袖をそっと引いた。

 

「アルト様……地脈の状態は、いかがですか?」

 

「近づいてるよ。この世界の『腐りの元』に」

 

「それは……怖いですか?」

 

「怖いというよりは……」俺は少し言葉を探した。

 

「ドロドロに腐りかけた大木の根元に、ハサミを持って近づく時の感覚に近いかな。これ以上放っておいたら手遅れになる、っていう庭師としての焦りみたいなものさ」

 

「アルト様らしい、素敵な答えですね」

 

 フィリアがふわりと聖女のような笑みを浮かべた。

 

「恐怖よりも先に、救いたいという職人の本能が来るのですね」

 

「そうなのかな」

 

「そうですよ!!」

 

 シアが俺の反対側から強引に割り込んできた。

 

「アルト様は昔からずっとそうです! 帝都の薄暗い路地裏で、奴隷だった私を初めて見つけてくださった時も、きっと今と同じ顔をしていらっしゃいました!」

 

「……すまん、そこまでは覚えてないな」

 

「私は生涯忘れません! あの時、アルト様は怖い顔なんて一つもしていなかった。ただただ、放っておけないって顔で、私を真っ直ぐに見つめてくださったんです!」

 

 不意に投げかけられた言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 

(こいつ、時々こういう恥ずかしいことをさらりと言うんだよな……)

 

 慌てて視線を前方へと戻す。耳が熱い。庭師が地底の冷気の中で耳を熱くしてどうする。

 

「……随分と、深い信頼で結ばれているのだな」

 

 外套の人物が、珍しく自ら口を開いた。その声音に棘はない。どちらかといえば、未知の光景を目の当たりにしたかのような、不思議そうな響きだった。

 

「大切な仲間だから」と、俺は答えた。

 

「地上では、仲間という存在は……みな、そのように温かいものなのか?」

 

「世間一般がどうかは知らないが、少なくとも、俺たちはこうだな」

 

 外套の人物はしばらく沈黙した。それから、噛み締めるように「……そうか」とだけ呟き、再び前を見据えた。

「なんか……」シアがまた俺の袖を引いた。

 

「あの人も、だんだんお話ししてくれるようになってきた気がします」

 

「かもな」

 

「これなら、きっと仲良くなれそうです!!」

 

 最前線を歩くグラムが、深いため息を吐き出した。

 

「……本当に、賑やかすぎて耳障りな地上人どもだ」

 

「最高の褒め言葉として受け取っておきます」

 

「褒めてなどいない!」

 

「ありがとうございます」

 

「だから、褒めていないと言っているだろうが……!」

 

 シアが我慢しきれずにくすくすと笑い声を漏らした。フィリアも可憐に微笑み、エルダが呆れ顔でため息をつきながらも、愛おしそうに口元を隠している。外套の人物の肩も、ほんのわずかだけ、微かに揺れていた。

 これこそが、俺たちのいつもの歩調だ。

 騒がしくて、賑やかで、少々お節介で――それでも、決して嫌いにはなれない。

 前を歩くグラムの足取りが、ほんの少しだけ速くなった。

 どうやら、照れているらしい。

 

(第44話 終)

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