クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります   作:らっぽん

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# 第45話:根の番人と、神速の閃き

 

 

「止まれ」

 

 最前線を歩いていたグラムが突然、太い右手を垂直に上げた。

 その合図とともに、後ろに続く六人全員がぴたりと足を止める。

 通路の先、発光植物の淡い光すら届かない濃厚な暗闇の奥に、確かに「何か」が潜んでいた。

 俺の『作庭』の目にも、それは悍ましい質量となってはっきりと映し出されている。巨大な生命の系譜。だが、そのすべてが、どす黒く変色した腐りの魔力によって完全に侵食されていた。

 

「何が、いるのですか……?」

 

 フィリアが白銀の杖を胸元でぎゅっと抱きかかえたまま、俺の後ろから震える声で囁いてくる。

 

「守護獣だ」

 

 グラムが低く、押し殺したような硬い声で言った。

 

「地底の最深部――『根の根』へと至る禁忌の通路を守護する、我らが一族の古き番人だ。……かつては、な」

 

 かつては、という過去形の二文字が、重苦しく湿った通路の空気に落とされる。

 やがて暗闇の奥から地響きを立てて姿を現したのは、全身が岩石で形成された巨大な獣だった。

 四本の無骨な太い脚に、水牛ほどもある巨躯。全身を岩盤の装甲のような頑強な外皮で覆われており、その継ぎ目という継ぎ目から、どす黒く腐りの魔力が熱い蒸気のように噴き出している。本来なら目があるはずの頭部には、赤黒い怨念のような光を放つ虚ろな空洞が広がっていた。

 

「……石獣」

 

 隣に立つ外套の人物が、フードの奥で小さく呟いた。

 

「地底の歴史において、もう三体しか現存していないと聞いていたが……。これがその内の一体か」

 

「汚染のせいで、完全に中身を乗っ取られているな……!」

 

 俺は石獣の体内の奥深くへと『作庭』の視線を巡らせた。腐りの浸透度合いが深すぎる。根元に近い場所である分、汚染の密度がこれまでの通路とは比べ物にならない。

 

(……これは想像以上に手強いぞ。剪定すべき箇所の見極めを、慎重にやらないと一歩間違えればこちらが呑まれる)

 

「アルト様」

 

 シアが俺の前に静かに進み出て、純白の剣の柄に手をかけた。

 

「私が先陣を切ります」

 

「シア! あの腐りの魔力密度は上の通路とは桁が違う……! 慎重にっ――」

 

「大丈夫です!! アルト様が今朝、綺麗に整えてくださったこの新しい力……ここで全部、使い切るつもりで挑みますから!!」

 

(……全然慎重にいく気がないな、あいつ)

 

 俺の心配を余所に、石獣が鼓膜を震わせる低い唸り声を上げた。

 凄まじい魔圧の振動に地面が小刻みに揺れる。フィリアが「うわっ」と短い悲鳴を上げてよろめき、その身体をエルダが咄嗟に横から抱き留めて支えた。

 

「フィリア、しっかりなさい! 後ろへ下がりますわよ!」

 

 エルダが自身の体内で魔力を激しく練り上げながら鋭く叫ぶ。

 

「あの忌々しい汚染の濃度、わたくしの反転感知がようやく戻ってきましたわ。近づきすぎると精度は落ちますが……それでも、フィリアの目の代わりくらいにはなってやれます!」

 

「分かりました、エルダさん! 私は『面』の展開で、皆さんの援護に回ります!」

 

「グラム、お前は左を頼む」

 

 外套の人物が、深く被ったフードの紐を強く引き締め直しながら一歩前に出た。

 

「……ふん、お前が右を受け持つというわけか」

 

「そうだ」

 

「分かった。遅れるなよ」

 

 この二人のやり取りは、本当に口数が少なくて無駄がない。

 直後、石獣が地を爆破するようにして動いた。巨体に似合わぬ凄まじい突進力。四本の頑強な足で岩盤の床を粉砕しながら、真っ直ぐに俺たちを目がけて突っ込んでくる。

 

「シア!」

 

「御意に――臨みます!!」

 

 シアが強く地を蹴った。

 その瞬間、すぐ隣で見ていた俺の目からすら、彼女の輪郭が完全に消失した。

 消え去ったのではない。やはり速すぎるのだ。石獣の正面からの突撃を紙一重の制動で完璧にかわし、その側面へと回り込む。生存本能が頂点へと植え直された新生・聖剣術、その真価。一瞬だけ、この世界の時間の流れよりも速く動く断絶の剣。

 

「聖剣術・二の型――【刹那】!!」

 

 キィィィン――!!!

 

 鼓膜を穿つような、どこまでも澄んだ金属音が狭い通路に響き渡った。

 石獣の右前脚の付け根、強固な岩の外皮に生じていたほんのわずかな隙間を、シアの純白の剣が正確無比に断ち割っていた。裂け目からどす黒い汚染魔力が一気に噴き出し、石獣が苦悶の声を上げて激しく巨体を捩る。

 

「すごい……! あの目にも留らぬ速度の中で、外皮の継ぎ目を正確に見つけて斬り落としたのですか……!?」

 

 後ろでフィリアが感嘆の息を呑んだ。

 シアは石獣の反対側の地面へと軽やかに着地し、何事もなかったかのように剣を構え直した。呼吸一つすら乱れていない。

 

「あの足さばき、先ほどまでの比ではないぞ……」

 

 グラムがその驚愕に目を細めた。

 

「昨日、謁見の間で見せた身のこなしより、さらに一歩、踏み込みが速くなっている……っ!」

 

「今朝植え替えたばかりですからね。本人の意識次第で、まだまだ伸び代はあると思いますよ」

 

 俺は当然の結果だと言わんばかりに答えてやった。

 

「植え替え、だと……」

 

 グラムは何かを深く思考するような間を置いてから、自身の巨大な石剣を荒々しく構え直した。

 

「そのわけの分からん技術の話は後だ! 今は目の前の敵に集中しろ!」

 

 石獣が怒り狂い、大気を震わせる咆哮を上げた。その衝撃の波紋だけで、通路の堅牢な壁面に蜘蛛の巣状のひび割れが走る。

 

「アルト様!! もう一撃、お見舞いしてきます!!」

 

「待て、シア! ただ切り刻むより先に、やることがある!」

 

 俺はポーチから相棒の剪定鋏を抜き放ち、石獣の体内で脈打つ腐りの魔力の流れを凝視した。

 

(一体どこからこれほどの密度を吸い上げている……? ――いや、違う! この個体の奥から、さらに深い『根の根』から直接、汚染が流れ込んでいるんだ。つまり、こいつは腐りの供給源と直接、見えないパイプで繋がっている……!)

 

 これは厄介だ。目の前の個体をいくら叩き潰しても、源流を断たない限り、いくらでも無限に汚染の魔力が補充されて再生してしまう。

 

「フィリア! あの石獣の周囲に立ち込めている腐りの魔力霧を、広範囲に一斉に吹き飛ばせるか!?」

 

「やってみせます!、アルト様!!」

 

 フィリアが白銀の杖を大きく横一閃に薙いだ。手入れによって得た、広域への魔力展開。

 

「――『純白の羽ばたき《プラヴィナ・アーラ》』!!」

 

 扇状に美しく、どこまでも広大に広がっていく純白の光の幕が、石獣の周囲を根こそぎ薙ぎ払った。辺りに漂っていた濃密な腐りの霧が、その光の波紋によって一時的に完全に霧散する。

 一瞬にして視界がクリアに開けた。霧が晴れたことで、石獣の体内構造がより鮮明に俺の目に映り込む。

 

「――見つけたぞ」

 

 腐りの魔力を注ぎ込み続けている、諸悪の根源。

 石獣の背中の中心、強固な岩盤装甲のさらに奥深くに一点、どす黒く脈打つ「結節」が存在していた。あの結び目さえ切り離せば、外部からの魔力補充は完全に停止する。

 

「シア! もう一度行くぞ! あの背中の中心にある装甲を砕いて、内部への風穴を開けてくれ。その隙間に、俺が直接飛び込む!」

 

「えっ、アルト様がご自身で入るのですか!?」

 

「俺のハサミをあの結節に届かせるには、ある程度まで物理的に接近する必要があるんだ!」

 

「分かりました! アルト様の進む道は、この私が、命に代えても切り開きます!!」

 

 シアの瞳に、ひときわ強い覚悟の炎が灯った。

 

「アルト様!! ――行きますっ!!」

 

 シアの姿が再び、その場から掻き消えた。石獣の背中に向けて、一直線の神速の軌道を描く。

 俺はその後を追って、全力で地を駆けた。ただの庭師であるはずの自分が、こうして激しい戦場の中心を全力走破しているのは、一体これで何度目だろうか。慣れてきた、などとは口が裂けても言いたくないが、足が一切すくまないのだけは確かだった。

 

「アルト様の後方、すべて私が防ぎます!!」

 

 姿は見えないが、フィリアの必死な声が聞こえる。彼女がそこにいる、それだけで俺にとっては十分すぎるほどの盾だった。

 

「エルダ! 敵の意識を逸らす援護を!」

 

「言われなくとも分かっていますわ!」

 

 エルダの放つ光と闇の魔力弾が、石獣の顔面を正確に捉えて爆発し、その巨体の注意を強引に引きつける。

 さらにグラムが左側から巨大な石剣を叩き込んで側面を削り取り、同時に、外套の人物が右側から――驚くべき速度で肉薄していた。

 その人物は武器を手にしていない。にもかかわらず、その身一つ、素手の強烈な一撃によって石獣の頑強な岩の装甲を粉砕してみせていた。

 

(……近接の体術使い、か。なんて凄まじい破壊力だ)

 

 素手で岩盤を容易く砕くその体術の軌道を目にした瞬間、俺のすぐ横を走っていたグラムが一瞬だけ、完全に動きを止めた。

 

「……なっ」

 

「グラム! どうした!?」

 

「……いや、何でもない!」

 

 グラムは慌てて前を向き直り、再び石剣を大きく振り上げた。だが、その瞳が一瞬だけ、明らかな動揺を孕んで外套の人物の動きを追いかけていたのを、俺は見逃さなかった。

 

(知っているのか……? あの特異な身のこなしを……)

 

 石獣がエルダとグラムの猛攻に意識を奪われた、文字通り一瞬の隙。

 

「聖剣術・三の型――【貫】!!」

 

 石獣の背中の中心へと着地したシアが、純白の剣を渾身の力で垂直に突き立てた。

 バリバリと音を立てて岩の外皮が砕け散り、その奥に隠されていた黒く淀んだ核心が白日の下に露出する。

 

「アルト様!! 今です、来てくださいっ!!」

 

「分かった、任せろ!!」

 

 俺はシアが開けてくれた風穴を目指し、力強く跳躍した。

 石獣の背中の上、剥き出しになった黒い結節。俺は手にした剪定鋏の刃先を、その魔力の中心へと真っ直ぐに突き出す。汚染の源流が交わる、そのど真ん中へ。

 

「――間引くっ!!」

 

 チョキィィィン――!!!

 

 剪定鋏の刃が噛み合い、確かな手応えが俺の右腕へと伝わってきた。

 

(第45話 終)

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