クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります   作:らっぽん

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# 第53話:剣の花と、老将の壁

 

 

 扉の前に立っていたのは、老将ガルドだった。

 それが、俺たちがその場に釘付けになり、一瞬のあいだ言葉を失った理由のすべてだった。

 長く美しい白髪に、気品ある深緑の長衣。しかしその瞳は、かつて幽閉されていた俺たちにそっと食事を運んでくれた時の、あの穏やかで慈愛に満ちた眼光とは完全に別物だった。

 虚ろ――四天王たちとまったく同じ、おぞましい腐りの瘴気に自我を根こそぎ奪われた空洞の目。

 しかし、先ほどの彼らとは、決定的に違っている部分が一つだけあった。

 ガルドは動かない。ただ重厚な大扉の前に直立不動で立ち、自らが強固な楔となったかのように、俺たちの進路を塞ぐようにして佇んでいた。

 

「……ガルド」

 

 テラが縋るように一歩、踏み出した。

 老将の目が、微かに、本当に微かに動いた。

 

「……私だ、ガルド。分かるか」

 

 ガルドの乾いた唇が、軋むような音を立ててゆっくりと動いた。

 

「……誰も、通すな」

 

 それは肉声でありながら、命の通っていない機械的な声だった。言葉ではなく、命令の残骸。地王から受けた最後の厳命が、自我を失い、魂が摩耗した後も、この老戦士の肉体の奥深くに呪縛として居座り続けているのだ。

 

「ガルド……っ」

 

 テラが胸を締め付けられたように声を詰まらせる。

 

「……父上が、命じたのか。誰も、ここから先へは通すなと」

 

「誰も、通すな」

 

 感情を完全に欠いたまま、寸分違わぬ同じ言葉を繰り返す。しかし、奇妙なことにガルドの足は一歩も前へ動いていなかった。絶対の命令が残っているはずなのに、彼の肉体が、無意識の底で明確に躊躇っている。

 

(自我は失われていても、テラの顔を見て……かつて慈しんだ姫の姿を見て、魂の奥底で何かが激しく抵抗しているのかもしれない)

 

 しかし、それも本当に一瞬の奇跡に過ぎなかった。

 ガルドの全身から、爆発的な魔力の奔流が膨れ上がる。老いたその手が、無造作に腰の得物へと伸びた。

 

「……ガルド様は、完全に正気を失っておられるのですか」

 

 シアが俺の隣で、痛ましそうに小さく呟いた。

 

「自我は完全に奪われている。ただ、地王から受けた最後の絶対命令だけが、彼の肉体を無理やり動かしているんだ」

 

「最後の命令、だけが……」

 

 シアはガルドを見つめた。虚ろな目を向けながらも、毅然と扉を塞ぎ続ける老人。かつて自分たちに静かに微笑み、穏やかな横顔を見せてくれたあの高潔な老戦士と同じ人物が、今は敵として立ち塞がっている。

 

「テラ」

 

 俺はテラに声をかけた。彼女は黙ったまま、血が滲むほどに強く唇を噛み締めていた。

 

「玉座の間に入るには、ガルドを越えなければならない。でも、俺がここで正面から戦っている時間はないんだ」

 

「……分かってる」

 

 テラは、胸の奥から言葉を絞り出すようにして呟いた。

 

「シア、ここを任せてもいいか?」

 

「はい、アルト様」

 

 シアが静かに一歩前に出た。純白の聖剣の柄に細い指をかけ、真っ直ぐにガルドを見据える。その鋭い双眸には、もう何の迷いもなかった。

 

「ガルドは四天王達の師でもある。つまり父上の配下の中では最強の戦士だ」

 

テラがシアに厳然たる事実として伝えた。

 

「御意に。ここは私が引き受けます」

 

「――待て、一つだけ。少しだけ時間をくれ」

 俺は懐から、栽培のジョウロを取り出し

た。

 

「アルト様……?」

 

「シア、お前の聖剣術――まだ三の型までしか、自分のものにできていないんだろう?」

 

 シアが少し驚いたように、その丸い目を大きく見開いた。

 

「……っ。はい。その先にある型は、私の今の剣では、まだ……」

 

「その先へと進むには、生存本能としての『速さ』だけじゃ足りないんだ。本当の意味で極致へ至るための、絶対的な守りの力が要る」

 

 俺は『作庭』の目を最大まで開き、シアの体内にある魔力の系譜をもう一度深く見つめ直した。

 聖剣術という名の、天を突く大樹。恐怖を起点にして生き残るために植え直した枝は、確かに美しく鋭利に育っている。しかし、その強固な幹のさらに深い中心部、暗闇の奥底に、まだ水を受けていない小さな種が眠っているのが見えた。

 

「死の恐怖から逃れるための速さは、もう十分に咲いた。……次に咲かせるのは、大切な人を守りたいという力だ」

 

「守りたい……」

 

「その種に、今ここで水だけを届けておく」

 

 俺は栽培のジョウロを、シアの胸元へと静かに傾けた。

 

「それが今日この瞬間に咲くかどうかは、お前次第だ。でも」

 

「でも……?」

 

「俺は、必ず咲くと信じてる。お前なら、完璧に咲かせられる」

 

 シアはしばらくの間、俺の目をじっと見つめ返していた。それから、信頼のすべてを込めるようにして、ゆっくりと優しく目を細めた。

 

「……アルト様がそこまで言ってくださるのなら。私、絶対に咲かせてみせます」

 

「ああ。信じてるよ」

 

 シアが深く深く頷き、再びガルドへと向き直る。

 シャリン、と、静謐な音を立てて純白の刃が抜かれた。その白銀の刀身が、いつもよりも少しだけ、温かく優しい光の粒子を帯びた気がした。

 

「頼んだぞ」

 

 俺はテラの腕を引き、ガルドの脇をすり抜けるようにして一気に走り出した。

 

 背後で、激しい剣と拳が激突する、凄まじい衝撃音が響き渡った。

 

(第53話 終)

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