クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
扉の前に立っていたのは、老将ガルドだった。
それが、俺たちがその場に釘付けになり、一瞬のあいだ言葉を失った理由のすべてだった。
長く美しい白髪に、気品ある深緑の長衣。しかしその瞳は、かつて幽閉されていた俺たちにそっと食事を運んでくれた時の、あの穏やかで慈愛に満ちた眼光とは完全に別物だった。
虚ろ――四天王たちとまったく同じ、おぞましい腐りの瘴気に自我を根こそぎ奪われた空洞の目。
しかし、先ほどの彼らとは、決定的に違っている部分が一つだけあった。
ガルドは動かない。ただ重厚な大扉の前に直立不動で立ち、自らが強固な楔となったかのように、俺たちの進路を塞ぐようにして佇んでいた。
「……ガルド」
テラが縋るように一歩、踏み出した。
老将の目が、微かに、本当に微かに動いた。
「……私だ、ガルド。分かるか」
ガルドの乾いた唇が、軋むような音を立ててゆっくりと動いた。
「……誰も、通すな」
それは肉声でありながら、命の通っていない機械的な声だった。言葉ではなく、命令の残骸。地王から受けた最後の厳命が、自我を失い、魂が摩耗した後も、この老戦士の肉体の奥深くに呪縛として居座り続けているのだ。
「ガルド……っ」
テラが胸を締め付けられたように声を詰まらせる。
「……父上が、命じたのか。誰も、ここから先へは通すなと」
「誰も、通すな」
感情を完全に欠いたまま、寸分違わぬ同じ言葉を繰り返す。しかし、奇妙なことにガルドの足は一歩も前へ動いていなかった。絶対の命令が残っているはずなのに、彼の肉体が、無意識の底で明確に躊躇っている。
(自我は失われていても、テラの顔を見て……かつて慈しんだ姫の姿を見て、魂の奥底で何かが激しく抵抗しているのかもしれない)
しかし、それも本当に一瞬の奇跡に過ぎなかった。
ガルドの全身から、爆発的な魔力の奔流が膨れ上がる。老いたその手が、無造作に腰の得物へと伸びた。
「……ガルド様は、完全に正気を失っておられるのですか」
シアが俺の隣で、痛ましそうに小さく呟いた。
「自我は完全に奪われている。ただ、地王から受けた最後の絶対命令だけが、彼の肉体を無理やり動かしているんだ」
「最後の命令、だけが……」
シアはガルドを見つめた。虚ろな目を向けながらも、毅然と扉を塞ぎ続ける老人。かつて自分たちに静かに微笑み、穏やかな横顔を見せてくれたあの高潔な老戦士と同じ人物が、今は敵として立ち塞がっている。
「テラ」
俺はテラに声をかけた。彼女は黙ったまま、血が滲むほどに強く唇を噛み締めていた。
「玉座の間に入るには、ガルドを越えなければならない。でも、俺がここで正面から戦っている時間はないんだ」
「……分かってる」
テラは、胸の奥から言葉を絞り出すようにして呟いた。
「シア、ここを任せてもいいか?」
「はい、アルト様」
シアが静かに一歩前に出た。純白の聖剣の柄に細い指をかけ、真っ直ぐにガルドを見据える。その鋭い双眸には、もう何の迷いもなかった。
「ガルドは四天王達の師でもある。つまり父上の配下の中では最強の戦士だ」
テラがシアに厳然たる事実として伝えた。
「御意に。ここは私が引き受けます」
「――待て、一つだけ。少しだけ時間をくれ」
俺は懐から、栽培のジョウロを取り出し
た。
「アルト様……?」
「シア、お前の聖剣術――まだ三の型までしか、自分のものにできていないんだろう?」
シアが少し驚いたように、その丸い目を大きく見開いた。
「……っ。はい。その先にある型は、私の今の剣では、まだ……」
「その先へと進むには、生存本能としての『速さ』だけじゃ足りないんだ。本当の意味で極致へ至るための、絶対的な守りの力が要る」
俺は『作庭』の目を最大まで開き、シアの体内にある魔力の系譜をもう一度深く見つめ直した。
聖剣術という名の、天を突く大樹。恐怖を起点にして生き残るために植え直した枝は、確かに美しく鋭利に育っている。しかし、その強固な幹のさらに深い中心部、暗闇の奥底に、まだ水を受けていない小さな種が眠っているのが見えた。
「死の恐怖から逃れるための速さは、もう十分に咲いた。……次に咲かせるのは、大切な人を守りたいという力だ」
「守りたい……」
「その種に、今ここで水だけを届けておく」
俺は栽培のジョウロを、シアの胸元へと静かに傾けた。
「それが今日この瞬間に咲くかどうかは、お前次第だ。でも」
「でも……?」
「俺は、必ず咲くと信じてる。お前なら、完璧に咲かせられる」
シアはしばらくの間、俺の目をじっと見つめ返していた。それから、信頼のすべてを込めるようにして、ゆっくりと優しく目を細めた。
「……アルト様がそこまで言ってくださるのなら。私、絶対に咲かせてみせます」
「ああ。信じてるよ」
シアが深く深く頷き、再びガルドへと向き直る。
シャリン、と、静謐な音を立てて純白の刃が抜かれた。その白銀の刀身が、いつもよりも少しだけ、温かく優しい光の粒子を帯びた気がした。
「頼んだぞ」
俺はテラの腕を引き、ガルドの脇をすり抜けるようにして一気に走り出した。
背後で、激しい剣と拳が激突する、凄まじい衝撃音が響き渡った。
(第53話 終)